奴隷勇者の異世界譚~勇者の奴隷は勇者で魔王~

Takachiho

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第十六章

16-25.詰問

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「あなたは我々の、ご主人様の敵ですか?」

 底冷えするようなファレスの言葉が、絶望に塗れた少女の心に突き刺さった。顔面を蒼白にした少女はすぐにでも否定しなければと思いながらも、口が上手く動かない。

「答えなさい。エリーネ」

 ファレスの鋭い視線がエリーネを射抜く。エリーネは下を向いてしまいそうになる顔を何とか押し止め、揺れる瞳を無理やり正面に固定した。エリーネの全身から冷や汗が溢れ出る。

「い、いいえ」

 エリーネが震える声を絞り出すと、ファレスの視線が一層鋭くなった。エリーネは蛇ににらまれた蛙のように竦み上がりそうになるが、肩を小さく震わすだけに止めた。

「では、なぜ、第一皇子殿下にジン殿の存在が知られていたのですか?」

 奴隷騎士隊がこの場から帝都に撤退したとき、仁は黒色甲冑を身に纏い、食事時を除いてほとんどバイザーを下ろしていた。ファレスは性別や呼び名でバレるだの何だのと揶揄していたが、仁が奴隷騎士隊に紛れて帝都に侵入しようとしたことは奴隷騎士隊の隊員しか知り得ない。

 それなのに、奴隷騎士隊を城の外敵用通路に閉じ込めて詰問したガウェインは、初めから仁が同行していることを確信していた。

 コーデリアの仮説では、一連の出来事は仁をメルニールから遠ざけるためのガウェイン一派の策謀だったということだが、皇位を狙い、失態を恐れるはずのガウェインが、確たる証拠もなく仁があの場にいると明言するはずがないとファレスは思っていた。

 だとするならば、ガウェインに情報を伝えた者がいたはずだ。そう主張するファレスに、エリーネを取り囲んでいる奴隷騎士たちはもちろん、その外側から戦々恐々と事の推移を見守っていた者たちからも反論の声は上がらなかった。

 そして事情を聞かされていなかった騎士たちも、事ここに至り、目の前で起こっていることの意味を理解した。辺りを緊迫した空気が覆いつくす。

「我々の帰還の報を帝都に伝えたのは、エリーネ。あなたで間違いないですね」
「……はい」

 純然たる事実に、エリーネは頷く他ない。

「使者の任を任された者はもう一人いましたが、その者は緊急時に備えて帝都付近で警戒に当たり、帝都に直接赴いたのはあなた一人だけだった。間違いありませんね」

 エリーネが再び小さく頷く。刺すようなファレスの視線が、エリーネの心拍数の高まりに拍車をかける。心臓の鼓動が激しくなるのに反比例して、エリーネの全身は血糖値が下がっていくかのような脱力感に襲われた。

「使者を選定する際、あなたは魔人もどきに襲われたことを隊長から労わられたにもかかわらず、強硬に自身が使者となると言って聞きませんでしたね。いつもは引っ込み思案なあなたが。それはなぜですか?」
「そ、それは……」
「何者かに命じられていたからではないのですか?」

 辺りの皆が、ハッと息を呑んだ。ファレスもエリーネも他の奴隷騎士たちも、奴隷騎士隊は隊長のセシルを除き、皆がコーデリアの奴隷だ。奴隷に命じることができるのは主人だけ。しかし、城の部屋で監禁されていたコーデリアが命じることなど不可能だ。

「ち、違います! わ、私の主人はコーデリア様だけです!」

 エリーネがコーデリアに確かめればわかるはずだと必死の形相で訴える。エリーネの縋るような視線がファレスを通り越し、少し離れたところで腕を組んでいるコーデリアに注がれた。

「ご主人様」

 ファレスが一時的にエリーネから視線を外して振り返ると、コーデリアが大きく頷いた。主人のステータスには自身の奴隷が表示されるため、コーデリアが言うのであれば間違いはなく、ファレスとコーデリアの間では既に確認済みのことだった。

 ファレスはコーデリアに黙礼し、向き直る。

「命じられたのでなければ、お願いされたのですか? それとも、自発的にですか?」

 エリーネが密告したと微塵も疑っていない様子のファレスに、エリーネの心がより深く、絶望という名の底なし沼に沈んでいく。

「ともかく、あなたがジン殿の存在を知らせたことによって、ジン殿も我々も窮地に陥り、ご主人様にも不利益をもたらした。その自覚はありますか?」
「そ、それは……」

 エリーネの視線が徐々に地に落ちていく。

「あなたのしたことは、我々は元より、魔人もどきからあなたを救ったジン殿や、何よりご主人様に対する明確な裏切りです。まずはそれを自覚なさい」

 ファレスが自身の過ちを意識的に棚上げして冷たく言い放つ。エリーネの肩が小刻みに震えていた。

「あなたのしたことが、今のこの結果を招いたのです」

 エリーネが僅かに顔を上げ、辺りの様子を見回す。奴隷の身なれど騎士として矜持を持てという主人の言葉に共に感銘を受けていた仲間たちは、誰一人として希望と誇りの象徴である黒色甲冑を身に纏ってはいなかった。泥と汗と血に塗れた自分や仲間たち。そして、両親に売られて奴隷となった自分を救い上げてくれた敬愛すべき麗人も、血こそ流していないものの、状況はさして変わらなかった。

 いや、帝国という大国家の皇位継承権を失ったばかりか罪人として追われる立場になったコーデリア。それは奴隷騎士がただの奴隷に戻ることなどと比べるべくもなかった。

 ファレスはそれがエリーネのせいだと言っているのだ。エリーネはファレスのみならず、自身に向けられたすべての目が、自身を責め立てているように感じた。

 実際には仁の存在が知られていようといなかろうとコーデリアはカティアの件で監禁されていたし、仁の存在という捏造された証拠の有無にかかわらず、ガウェインがコーデリアの皇位継承権を剥奪したであろうことは誰の目にも明らかだ。しかし、理路整然と事実を事実として反論するのは、精神的に追い込まれたエリーネには無理な話だった。

 エリーネにできるのは、潔く自身の非を認めて洗いざらい吐くことか、感情的に否定して馬脚を露わすことだけ。

 ファレスとしては前者であることを願っていたが、エリーネが選んだのは後者だった。

「わ、私は報告しないつもりだったんです! でも、あの人は、私が言わなくても知っていました! 離れたところから誰にも悟られずに監視する魔法があるんです!」
「だから私は悪くないとでも言うつもりですか? そんな夢みたいな魔法より、あなたのした報告が証拠とされるに決まっているでしょう」
「で、でも……!」

 二の句を継げないエリーネに、ファレスは失望したかのように溜息を吐いた。

「再度、問います。あなたは我々の、ご主人様の敵ですか?」

 何か反論しなければと口をパクパク動かしていたエリーネだったが、ファレスの憐みの視線に晒され、自身の感情に任せた言葉が密告したことを認めてしまっていることに気付いた。

 エリーネの顔から血の気が引いていく。

「答えなさい」
「……い、いいえ」

 エリーネは小声で答え、脱力したようにその場に崩れ落ちた。
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