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第三章
3-9.理由
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「あの短剣は、ミルのおとーさんが使ってたものなの」
ミルが虚空を見つめながら、静かに話し始めた。
「ミルのおとーさんは、2年前におかーさんと一緒にダンジョンに入って、それっきり戻ってこなかったの」
玲奈が息を呑んだ。仁はミルと出会ったときの状況から、ミルは孤児なのだろうとは推測していた。
「ミルの御両親は冒険者か探索者だったのかな?」
ミルが首を縦に振った。
「もともと二人でサポーターをしてたけど、ミルが生まれるってわかってから、おとーさんはがんばって冒険者になったって」
ミルが物心つくまでは母親はサポーター業を休止せざるを得ず、ミルを育てるためには父親一人のサポーターの稼ぎだけでは心もとなかったのだろう。仁は生まれてくる子供のために短期間でC級の冒険者になったミルの父親の努力に敬意を抱いた。
「おとーさんは毎日朝早くに家を出て、夕方には帰ってきてくれたの。もっと下の階層には行かないのって聞いたら、毎日ミルに会いたいからだって笑ってた」
父親の笑顔を思い出したのか、ミルの顔に微笑が浮かんだが、すぐに消えてしまった。
「でも、2年前のあの日、おとーさんは初めて泊りがけでダンジョンに潜ることになったの。信頼できる人をサポーターとして連れて行きたいからって、おかーさんも一緒に行くことになったの。初めてのお留守番で寂しかったけど、帰って来たらおいしいものをいっぱい食べさせてくれるって言われて、ミルは我慢したの」
淡々と語るミルの姿に、仁は胸が締め付けられる思いだった。幼いミルは、両親の死を受け入れて、自分なりに消化しきっているように感じられた。
「おとーさんたちは予定の日を過ぎても帰って来なかった。ミルは毎日ダンジョンの前の広場で待ってたけど、冒険者ギルドの人が来て、おとーさんも、おかーさんも、もう戻ってこないって言われたの。ミルは初めは何を言われてるのかわからなかったけど、おかーさんが用意しておいてくれたご飯がなくなって、お金が払えなくて住んでた家を追い出された頃になって、やっとわかったの。おとーさんも、おかーさんも、ダンジョンで死んじゃったんだって」
仁は唇を噛んだ。玲奈が顔を天井に向け、涙が零れ落ちるのを堪えているようだった。
「ダンジョンが怖いところだって、おとーさんから聞いてたし、ダンジョンで死ぬとどうなるかっていうことも知ってたから、そういうものなんだって思った。でも、ミルは、おとーさんと、おかーさんが、ちゃんとこの世界に生きてたんだっていう証が欲しいと思ったの。だからミルはサポーターになったの」
仁の目には、ミルの赤紫の瞳に意志が宿っているように見えた。
ダンジョンで死んだ人は魔物同様、ダンジョンに吸収されて消えてしまう。そしてその際にその人が身に着けていた武具は、アーティファクトなどと同じようにダンジョンから見つかることがあった。
「本当はミルが冒険者になってダンジョンでおとーさんの短剣を見つけたかったの。だけどミルは非力だから、サポーターでがんばってお金を貯めて、いつか雇ってくれた誰かと一緒にあの短剣を見つけて、買い取りたいって思ったの」
ミルの瞳が揺れた。仁は、ミルがとても向いているとは思えないサポーターを必死で続けていた理由を理解した。
「でも、ミルは見つけられなかったの! お金も持ってないの……!」
ミルの瞳から涙が溢れだした。あの短剣を見つけるという目的が、ミルの心の拠り所になっていたのだろう。それが失われ、ミルの心が悲鳴を上げていた。
玲奈がミルを抱き寄せ、一緒になって泣いていた。仁はミルの頭に手を置きながら、どうしたものかと頭を悩ませた。
泣き疲れてそのまま眠ってしまったミルを玲奈のベッドに寝かせ、仁と玲奈は仁のベッドに並んで腰を下ろした。二人の視線は規則正しく胸を上下させているミルに向いていた。
「ねえ、仁くん。ミルちゃんが自分で見つけることはできなかったけど、何とか買い取ることはできないかな」
「それは、俺たちがあの探索者から買い取って、ミルにあげるっていうことかな?」
仁の物言いに、玲奈の表情が曇る。
「う、うん。私たちの生活もまだ安定してないし、余裕がないこともわかってるけど、ミルちゃんを放っておけないよ。これからもっと頑張るから、何とかできないかな」
仁はアイテムリングから金貨10枚を取り出し、玲奈に渡した。
「ガザムの宿代とメルニールに着いてから使った分はダンジョンでの稼ぎを充てたとして、それがルーナから貰った、今の玲奈ちゃんの全財産だよ。それを玲奈ちゃんがどう使っても、俺の関知するところじゃない」
突き放すような仁の言葉に、玲奈は眉目を寄せた。
「でも、例え玲奈ちゃんが無駄遣いして、あっという間に一文無しになったとしても、俺は絶対に見捨てないし、養ってみせるよ」
俯きかけていた玲奈の顔が、勢いよく上げられた。
「ありがとう。仁くん」
玲奈の瞳に仁の笑顔が映り、玲奈が相好を崩した。仁にとっては玲奈が最優先ではあるが、一定以上に関わったミルを何もせずに見捨てたくはなかった。
「ただ、あの短剣なんだけど、おそらくかなり高価なものだと思う」
仁は歩き去るザムザの後ろで鑑定の魔眼を発動させたときのことを思い出し、玲奈に告げた。
“血喰らいの魔剣”
生物の血を吸い上げて自身の力に変える魔剣。定期的に血を与えないと魔剣の意志が持ち主を乗っ取り、渇きが治まるまで手当たり次第に生物に襲い掛かる。
なぜサポーターをしていたミルの父親が希少な魔剣を持っていたのかはわからないが、ザムザがその事実を知っているのなら、とても金貨10枚で手放すとは思えなかった。
仁は不機嫌そうなゲラムと、嘘くさい笑みを張り付けたザムザの顔を思い浮かべた。ただの新人いびりや先輩風を吹かせているだけなら問題ないが、仁はそれだけではないように感じていた。仁はゲラムらが自分たちに絡む意図が読み切れず警戒していたが、これを機に探りを入れることを決めた。
「とりあえず、少し情報を集めよう」
仁と玲奈は頷き合い、二人並んでしばらくの間、ミルの寝顔を眺めた。ミルの閉じられた瞼の下が、少しだけ湿っているように見えた。
ミルが虚空を見つめながら、静かに話し始めた。
「ミルのおとーさんは、2年前におかーさんと一緒にダンジョンに入って、それっきり戻ってこなかったの」
玲奈が息を呑んだ。仁はミルと出会ったときの状況から、ミルは孤児なのだろうとは推測していた。
「ミルの御両親は冒険者か探索者だったのかな?」
ミルが首を縦に振った。
「もともと二人でサポーターをしてたけど、ミルが生まれるってわかってから、おとーさんはがんばって冒険者になったって」
ミルが物心つくまでは母親はサポーター業を休止せざるを得ず、ミルを育てるためには父親一人のサポーターの稼ぎだけでは心もとなかったのだろう。仁は生まれてくる子供のために短期間でC級の冒険者になったミルの父親の努力に敬意を抱いた。
「おとーさんは毎日朝早くに家を出て、夕方には帰ってきてくれたの。もっと下の階層には行かないのって聞いたら、毎日ミルに会いたいからだって笑ってた」
父親の笑顔を思い出したのか、ミルの顔に微笑が浮かんだが、すぐに消えてしまった。
「でも、2年前のあの日、おとーさんは初めて泊りがけでダンジョンに潜ることになったの。信頼できる人をサポーターとして連れて行きたいからって、おかーさんも一緒に行くことになったの。初めてのお留守番で寂しかったけど、帰って来たらおいしいものをいっぱい食べさせてくれるって言われて、ミルは我慢したの」
淡々と語るミルの姿に、仁は胸が締め付けられる思いだった。幼いミルは、両親の死を受け入れて、自分なりに消化しきっているように感じられた。
「おとーさんたちは予定の日を過ぎても帰って来なかった。ミルは毎日ダンジョンの前の広場で待ってたけど、冒険者ギルドの人が来て、おとーさんも、おかーさんも、もう戻ってこないって言われたの。ミルは初めは何を言われてるのかわからなかったけど、おかーさんが用意しておいてくれたご飯がなくなって、お金が払えなくて住んでた家を追い出された頃になって、やっとわかったの。おとーさんも、おかーさんも、ダンジョンで死んじゃったんだって」
仁は唇を噛んだ。玲奈が顔を天井に向け、涙が零れ落ちるのを堪えているようだった。
「ダンジョンが怖いところだって、おとーさんから聞いてたし、ダンジョンで死ぬとどうなるかっていうことも知ってたから、そういうものなんだって思った。でも、ミルは、おとーさんと、おかーさんが、ちゃんとこの世界に生きてたんだっていう証が欲しいと思ったの。だからミルはサポーターになったの」
仁の目には、ミルの赤紫の瞳に意志が宿っているように見えた。
ダンジョンで死んだ人は魔物同様、ダンジョンに吸収されて消えてしまう。そしてその際にその人が身に着けていた武具は、アーティファクトなどと同じようにダンジョンから見つかることがあった。
「本当はミルが冒険者になってダンジョンでおとーさんの短剣を見つけたかったの。だけどミルは非力だから、サポーターでがんばってお金を貯めて、いつか雇ってくれた誰かと一緒にあの短剣を見つけて、買い取りたいって思ったの」
ミルの瞳が揺れた。仁は、ミルがとても向いているとは思えないサポーターを必死で続けていた理由を理解した。
「でも、ミルは見つけられなかったの! お金も持ってないの……!」
ミルの瞳から涙が溢れだした。あの短剣を見つけるという目的が、ミルの心の拠り所になっていたのだろう。それが失われ、ミルの心が悲鳴を上げていた。
玲奈がミルを抱き寄せ、一緒になって泣いていた。仁はミルの頭に手を置きながら、どうしたものかと頭を悩ませた。
泣き疲れてそのまま眠ってしまったミルを玲奈のベッドに寝かせ、仁と玲奈は仁のベッドに並んで腰を下ろした。二人の視線は規則正しく胸を上下させているミルに向いていた。
「ねえ、仁くん。ミルちゃんが自分で見つけることはできなかったけど、何とか買い取ることはできないかな」
「それは、俺たちがあの探索者から買い取って、ミルにあげるっていうことかな?」
仁の物言いに、玲奈の表情が曇る。
「う、うん。私たちの生活もまだ安定してないし、余裕がないこともわかってるけど、ミルちゃんを放っておけないよ。これからもっと頑張るから、何とかできないかな」
仁はアイテムリングから金貨10枚を取り出し、玲奈に渡した。
「ガザムの宿代とメルニールに着いてから使った分はダンジョンでの稼ぎを充てたとして、それがルーナから貰った、今の玲奈ちゃんの全財産だよ。それを玲奈ちゃんがどう使っても、俺の関知するところじゃない」
突き放すような仁の言葉に、玲奈は眉目を寄せた。
「でも、例え玲奈ちゃんが無駄遣いして、あっという間に一文無しになったとしても、俺は絶対に見捨てないし、養ってみせるよ」
俯きかけていた玲奈の顔が、勢いよく上げられた。
「ありがとう。仁くん」
玲奈の瞳に仁の笑顔が映り、玲奈が相好を崩した。仁にとっては玲奈が最優先ではあるが、一定以上に関わったミルを何もせずに見捨てたくはなかった。
「ただ、あの短剣なんだけど、おそらくかなり高価なものだと思う」
仁は歩き去るザムザの後ろで鑑定の魔眼を発動させたときのことを思い出し、玲奈に告げた。
“血喰らいの魔剣”
生物の血を吸い上げて自身の力に変える魔剣。定期的に血を与えないと魔剣の意志が持ち主を乗っ取り、渇きが治まるまで手当たり次第に生物に襲い掛かる。
なぜサポーターをしていたミルの父親が希少な魔剣を持っていたのかはわからないが、ザムザがその事実を知っているのなら、とても金貨10枚で手放すとは思えなかった。
仁は不機嫌そうなゲラムと、嘘くさい笑みを張り付けたザムザの顔を思い浮かべた。ただの新人いびりや先輩風を吹かせているだけなら問題ないが、仁はそれだけではないように感じていた。仁はゲラムらが自分たちに絡む意図が読み切れず警戒していたが、これを機に探りを入れることを決めた。
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