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115話 二番隊(3)
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内開きの扉を予告無く開けば、そこに耳をそばだてていた輩はどうなるのか想像に難くない。支えを失った者達はドミノ倒しのように室内に雪崩れ込む。人数はひとり、ふたり――
「3人……ネズミの数は3が正解だったね」
レナードは椅子から立ち上がると、入り口の手前で折り重なって倒れている者達へと近付いていく。扉を開けたルイスの横に並んで彼らを見下ろした。濃紺の軍服に身を包んだ若い男女。聞き耳を立てていたのは、クレール隊長率いる二番隊の隊員達であった。
「百合の襟章……君達二番隊だね。どういうつもりなのかな? 一応理由は聞いてあげるよ」
聞き耳犯が同胞と分かったので、レナードの殺気立っていた空気は霧散した。しかし、問い掛ける声は穏やかとは程遠い。兄弟に凄まれてすっかり縮こまってしまった兵士達は、なかなか言葉を発することが出来ない。そんな膠着状態を破ったのはクレール隊長だった。
「お前達、何をやってるんだ……」
「クレール隊長……」
きまりが悪そうに長の名前を呼んだのは1番手前にいた男だ。彼の背中に乗り上げた状態になっている残りのふたりは……気弱そうな細身の男に短髪の女性。どちらも俯き、我々から目を逸らしている。
俺は触れていた刀の柄から手を離す。いくらなんでも仲間を斬りつける訳にはいかないからな。見たところ悪意は感じないし、興味本位の愚行であろう。
「す、すみません。クラヴェル兄弟が殿下の婚約者と共にこちらに来てるって聞いたもんで、つい……」
「クレハ様が?」
「隊長さん、俺らのこと色々言ってくれたけど……隊長の部下もお行儀悪いんじゃなぁい?」
「返す言葉も無いな……すまん」
ルイス……まだ根に持ってるのか。クレハ様が王宮で生活するようになって、ひと月以上経過しているが、彼女の近くに行けるのは限られた人間だけだ。王宮に留まることになった理由が、姉君との確執であるし……その辺の込み入った事情のせいもあるけど、レオン様がほぼ付きっきりで側を離さない。警備隊の3人の隊長にはかろうじて紹介はしたようだけど、末端の兵士達がクレハ様にお会いする機会などなかなか巡ってはこないだろう。美しいと評判のジェムラート姉妹……しかも、今まで公の場に殆ど出て来なかった妹なんて見たいに決まってるよな。気持ちは分からんでもない。
「化け物が出たと騒がれたばかりの場所に、レオン殿下の大切な婚約者をお連れするわけないだろう。一体誰がそんなこと言ってんるだ」
「いや、それはコイツが……っていない!?」
「嘘っ!! さっきまで一緒にいたのに……」
どうやら彼らにでまかせを教え、盗み聞きを促した者はさっさとこの場から立ち去ってしまったようだ。ルイスが扉を開ける前にタイミング良く逃げるとは……なかなかやるな。
「あのやろ……自分だけ。てか、そもそもあいつ誰だよ!!」
「あんまり見かけない顔だったけど、隊服も襟章も同じだったし……うちの隊の誰かでしょ」
自分達を囮にして逃げた仲間に腹を立て、兵士らは扉の前でギャーギャーと喚き出した。クレール隊長は目頭を押さえている。どこの隊も大変だな……
「セドリックさん、うちの隊員が申し訳ありません」
「クレール隊長……それを言ったら先に迷惑をかけたのはこっちだからな。彼らに聞かれて困るような話でもなかったし、気にするな」
「あんた達、姫さんが見たくて覗こうとしてたわけ? ここにはいないよ」
「クレハ様は殿下と一緒にお過ごしですから……でも、あの方の魅力なら私が教えて差し上げますよ。なんならこの後食事でもしながらみっちりと……」
「け、結構です。ほんと、すみませんでした……」
男の隊員は顔を引き攣らせながら再び謝罪した。レナードよりも歳上で先輩であろうに、奴に対して敬語で喋っている。完全にビビってるな、色んな意味で。散々に浮名を馳せたレナードだけれど、さすがに男には手は出さんだろ……多分。
「だったら、私達が……」
すかさず立候補したのはベアードとフェリスだ。レナードの本気かどうか分からん食事の誘いなんて間に受けちゃ駄目だぞ。忠告しようと口を開こうとした所で、隊長がふたりを窘めたので事なきを得た。続けざまに盗み聞きをしていた隊員達にも、さっさと仕事に戻るようにと叱咤する。隊長の怒声を浴びて、座り込んだままだった彼らは慌てて立ち上がり、部屋から走り去ってしまった。
「おーおー、早いなぁ。あっ! 転んだ」
彼らの後ろ姿を愉快そうにルイスが眺めている。予想外の事が起こり、話が中断されてしまったが、シエルレクト神襲撃時の詳細はある程度聞けたのでいいだろう。
「クレハ様の話をしていたら会いたくなっちゃった。ねぇ、ルイス……私達も帰ろう」
「そうだな。必要な話は聞けたし、隊長さん達ありがとな。俺ら帰るね」
レナードの言葉にルイスも同意し、兄弟は部屋から出て行こうとする。去り際にフェリスから、例のブレスレットの販売場所を聞きだすことは忘れない。クレハ様に贈りたいというのは本当だったんだな。
「待て待て、俺も一緒に帰るから……では、クレール隊長、ベアードとフェリスも忙しい中すまなかった。また話を聞きにくるかもしれないが、その時は頼む……だから、待てって言ってんだろーが!!」
兄弟は笑顔で手を振りながら退室していく。俺は挨拶もそこそこに急いで彼らを追いかけた。後ろから『セドリックさんも大変ですね……』というクレール隊長の労いの声が聞こえた。互いに同じことを考えていたのが何だかおかしくて、口元が僅かに緩んだ。
「3人……ネズミの数は3が正解だったね」
レナードは椅子から立ち上がると、入り口の手前で折り重なって倒れている者達へと近付いていく。扉を開けたルイスの横に並んで彼らを見下ろした。濃紺の軍服に身を包んだ若い男女。聞き耳を立てていたのは、クレール隊長率いる二番隊の隊員達であった。
「百合の襟章……君達二番隊だね。どういうつもりなのかな? 一応理由は聞いてあげるよ」
聞き耳犯が同胞と分かったので、レナードの殺気立っていた空気は霧散した。しかし、問い掛ける声は穏やかとは程遠い。兄弟に凄まれてすっかり縮こまってしまった兵士達は、なかなか言葉を発することが出来ない。そんな膠着状態を破ったのはクレール隊長だった。
「お前達、何をやってるんだ……」
「クレール隊長……」
きまりが悪そうに長の名前を呼んだのは1番手前にいた男だ。彼の背中に乗り上げた状態になっている残りのふたりは……気弱そうな細身の男に短髪の女性。どちらも俯き、我々から目を逸らしている。
俺は触れていた刀の柄から手を離す。いくらなんでも仲間を斬りつける訳にはいかないからな。見たところ悪意は感じないし、興味本位の愚行であろう。
「す、すみません。クラヴェル兄弟が殿下の婚約者と共にこちらに来てるって聞いたもんで、つい……」
「クレハ様が?」
「隊長さん、俺らのこと色々言ってくれたけど……隊長の部下もお行儀悪いんじゃなぁい?」
「返す言葉も無いな……すまん」
ルイス……まだ根に持ってるのか。クレハ様が王宮で生活するようになって、ひと月以上経過しているが、彼女の近くに行けるのは限られた人間だけだ。王宮に留まることになった理由が、姉君との確執であるし……その辺の込み入った事情のせいもあるけど、レオン様がほぼ付きっきりで側を離さない。警備隊の3人の隊長にはかろうじて紹介はしたようだけど、末端の兵士達がクレハ様にお会いする機会などなかなか巡ってはこないだろう。美しいと評判のジェムラート姉妹……しかも、今まで公の場に殆ど出て来なかった妹なんて見たいに決まってるよな。気持ちは分からんでもない。
「化け物が出たと騒がれたばかりの場所に、レオン殿下の大切な婚約者をお連れするわけないだろう。一体誰がそんなこと言ってんるだ」
「いや、それはコイツが……っていない!?」
「嘘っ!! さっきまで一緒にいたのに……」
どうやら彼らにでまかせを教え、盗み聞きを促した者はさっさとこの場から立ち去ってしまったようだ。ルイスが扉を開ける前にタイミング良く逃げるとは……なかなかやるな。
「あのやろ……自分だけ。てか、そもそもあいつ誰だよ!!」
「あんまり見かけない顔だったけど、隊服も襟章も同じだったし……うちの隊の誰かでしょ」
自分達を囮にして逃げた仲間に腹を立て、兵士らは扉の前でギャーギャーと喚き出した。クレール隊長は目頭を押さえている。どこの隊も大変だな……
「セドリックさん、うちの隊員が申し訳ありません」
「クレール隊長……それを言ったら先に迷惑をかけたのはこっちだからな。彼らに聞かれて困るような話でもなかったし、気にするな」
「あんた達、姫さんが見たくて覗こうとしてたわけ? ここにはいないよ」
「クレハ様は殿下と一緒にお過ごしですから……でも、あの方の魅力なら私が教えて差し上げますよ。なんならこの後食事でもしながらみっちりと……」
「け、結構です。ほんと、すみませんでした……」
男の隊員は顔を引き攣らせながら再び謝罪した。レナードよりも歳上で先輩であろうに、奴に対して敬語で喋っている。完全にビビってるな、色んな意味で。散々に浮名を馳せたレナードだけれど、さすがに男には手は出さんだろ……多分。
「だったら、私達が……」
すかさず立候補したのはベアードとフェリスだ。レナードの本気かどうか分からん食事の誘いなんて間に受けちゃ駄目だぞ。忠告しようと口を開こうとした所で、隊長がふたりを窘めたので事なきを得た。続けざまに盗み聞きをしていた隊員達にも、さっさと仕事に戻るようにと叱咤する。隊長の怒声を浴びて、座り込んだままだった彼らは慌てて立ち上がり、部屋から走り去ってしまった。
「おーおー、早いなぁ。あっ! 転んだ」
彼らの後ろ姿を愉快そうにルイスが眺めている。予想外の事が起こり、話が中断されてしまったが、シエルレクト神襲撃時の詳細はある程度聞けたのでいいだろう。
「クレハ様の話をしていたら会いたくなっちゃった。ねぇ、ルイス……私達も帰ろう」
「そうだな。必要な話は聞けたし、隊長さん達ありがとな。俺ら帰るね」
レナードの言葉にルイスも同意し、兄弟は部屋から出て行こうとする。去り際にフェリスから、例のブレスレットの販売場所を聞きだすことは忘れない。クレハ様に贈りたいというのは本当だったんだな。
「待て待て、俺も一緒に帰るから……では、クレール隊長、ベアードとフェリスも忙しい中すまなかった。また話を聞きにくるかもしれないが、その時は頼む……だから、待てって言ってんだろーが!!」
兄弟は笑顔で手を振りながら退室していく。俺は挨拶もそこそこに急いで彼らを追いかけた。後ろから『セドリックさんも大変ですね……』というクレール隊長の労いの声が聞こえた。互いに同じことを考えていたのが何だかおかしくて、口元が僅かに緩んだ。
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