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175話 中庭(1)
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王宮の庭園はとても広くて美しかった。でも、ジェムラート邸のお庭だって負けてはいない。ジェフェリーさんが毎日しっかり手入れをしているのだから。時々クレハ様もお手伝いしておられた。どちらのお庭も素晴らしい。優劣を付けるものではないのだけど慣れ親しんだ場所というのもあって、私はお屋敷のお庭の方が好きだった。
「あっちに咲いてるのはダリアかな。綺麗だねー」
「カレンはお庭に入るの今日が初めて?」
「うん。近くを通ったことは何度もあったんだけどね」
結局ミシェルさんともセドリックさんとも合流できないまま、私とカレンは中庭に到着してしまった。ジェフェリーさんに挨拶をするくらいは平気だと思うけど、うっかり変なことを言わないように気を付けなきゃ。
「ジェフェリーさんとちゃんとお話しするのも初めてなんだ。こんな素敵なお庭を作れるなんて凄いよね」
「ジェフェリーさん……見た目はちょっと怖そうだけど私やクレハ様とも遊んでくれるし、真面目で優しいお兄さんなんだよ」
彼がニュアージュの魔法使いではないかという疑惑を、最初に持ち出したのは他でも無い自分。半年前ほど前に、この中庭で彼が魔法を使っている現場を目撃してしまったからだ。
当時の私が持っていた魔法の知識なんて『なんかよく分かんないけど凄い』くらいのものだ。だから実際にそれを目の当たりにしたとしても、その非現実的な光景に見惚れて感嘆の声を上げるだけだった。でも、今は違う。
魔法使いが少ない理由も、その力がどんな物なのかも知っている。全くの無知であった頃の自分はもういない。知識を得たことで、当時気付けなかったものに気付かされてしまったのだ。胸の内に宿った一抹の不安……無視するなんて出来なかった。クレハ様をお守りするために。
ルーイ先生やレオン殿下の見解によって、ジェフェリーさん本人が魔法使いという可能性はほぼ無くなった。後は事件を起こしたニュアージュの人間と関わりがあるかどうかだ。それをこれから見極めなければならない。あの優しい庭師さんが無実であると証明しなければ……大丈夫、きっと彼は問題ない。
「リズ、見て。あそこにいる人がジェフェリーさんだよね」
カレンが指差す方向にはひとりの男性がいた。花壇の前にしゃがみ込んで、そこに植えられた花の手入れをしている。よほど集中しているのか、私達の存在にはまだ気付いていないみたい。彼がこちらに振り向く気配は無かった。相変わらずだなぁ……ジェフェリーさん。
「うん。こっちには気付いてないみたいだから、呼んでみようか」
呼びかけるには些か距離があるとは思うけど、いきなり近付いて驚かせてしまっては申し訳ない。私はジェフェリーさんにも聞こえるであろう声の大きさで、彼の名前を呼んだ。
「ジェフェリーさーん!!」
作業をする手が止まった。花壇の方へ固定されていた彼の視線がこちらに移動する。自分の名前を叫ぶ人物が誰かを把握すると、切れ長の瞳がみるみるうちに丸くなった。
「リズちゃん!?」
声はしっかりと彼に届いたようだ。ジェフェリーさんも私の名前を口にする。しゃがんでいた体勢から立ち上がると、彼は私達に向かって歩き出した。
「会えて良かった。リズちゃんがお屋敷に戻ってるのは知っていたけど、クレハお嬢様のお使いで一時的にってことだったし、他にも色々と忙しそうだったからさ。元気にしてた?」
「私はこの通り元気いっぱいです。ジェフェリーさんの方はどうですか」
「俺も相変わらず。王宮に行かれたお嬢様が心配だったけど、健やかにお過ごしとのことで……。レオン殿下とも仲良くやれてるって聞いて一安心だよ」
ジェフェリーさんは以前と全く変わりない。クレハ様のご様子を気にかけつつ、お仕事に精を出している。あまりにも普段通りで、この人に疑いの目を向けてしまったことへ罪悪感が込み上げてくる。
「こっちの子は新しく入ってきた子だっけ?」
「カレンといいます。モニカさんに頼まれて、お屋敷に飾るお花を頂きに来ました」
「私はカレンの付き添いです。ジェフェリーさんにご挨拶もしたかったので……」
「そっか、そっか。ちょっと待っててな。今準備するから……」
ジェフェリーさんは慣れた手付きで花を摘んでいく。手元にはあっという間に綺麗な花束が出来上がっていった。
「あ、そうだ。挨拶といえば、昨日俺のとこにセドリックさんが来たんだけどさ。もうー、びっくりしたのなんのって……リズちゃんはいつから知ってたの? あの人が殿下の側近だって」
「私は王宮に上がる直前に教えて頂きました。カフェの店員さんだと思ってたから……そりゃあ、驚きましたよ」
「だよねぇ……軍服着たあの人が『お久しぶりです』とか普通に言ってくるもんだから、俺パニックになっちゃって銅像みたいに固まっちゃったよ」
花を摘みながら昨日の出来事について話すジェフェリーさん。セドリックさんの正体を知って驚いたのは私も同じだし……ジェフェリーさんの態度に不自然な所は無いように感じる。
「リズちゃんはあの人達と同じ馬車で帰って来たんだよね。屋敷の侍女連中が騒いでたよ。なんかセドリックさんと一緒にいる先生がえらい男前なんだって?」
凄い……ルーイ先生。セドリックさんがセットになってる相乗効果もあるんだろうけど、本当に使用人の注目を独り占めなさっているんだな。
「はい。レオン殿下の先生なんですよ。カッコいいだけじゃなく、明るくて気さくで良い方です」
「へぇー、先生って聞くとなんかピリピリしてて怖そうって思っちゃうけど、その先生は違うんだね」
ジェフェリーさんもアレット先生を想像したんだろうな。クレハ様が頻繁に叱られていたせいで、先生は怖いってイメージが付いちゃったんだよね。
「でもさ、殿下の先生がジェムラート家になんの用があって来たの? 今は勉強を教えられるような子供はいないのにね」
さっきカレンにもされた質問だ。ミシェルさん達がいないから魔法については触れないつもりだったのに。どうしよう。なんて答えれば……
「先生は外国の魔法について調べてるんですって」
「外国の魔法?」
「そうだよね、リズ」
私の代わりにジェフェリーさんの質問に答えたのはカレンだった。また、あの目だ。さっきここへ来る途中にも見せた、まるで人が変わったかのような目付き。カレンも魔法使いに興味があるからと言っていたけど、私にはとてもそんな風には感じられなかった。この目は怖い。見つめられると身動きが取れなくなってしまうのだ。
「あっちに咲いてるのはダリアかな。綺麗だねー」
「カレンはお庭に入るの今日が初めて?」
「うん。近くを通ったことは何度もあったんだけどね」
結局ミシェルさんともセドリックさんとも合流できないまま、私とカレンは中庭に到着してしまった。ジェフェリーさんに挨拶をするくらいは平気だと思うけど、うっかり変なことを言わないように気を付けなきゃ。
「ジェフェリーさんとちゃんとお話しするのも初めてなんだ。こんな素敵なお庭を作れるなんて凄いよね」
「ジェフェリーさん……見た目はちょっと怖そうだけど私やクレハ様とも遊んでくれるし、真面目で優しいお兄さんなんだよ」
彼がニュアージュの魔法使いではないかという疑惑を、最初に持ち出したのは他でも無い自分。半年前ほど前に、この中庭で彼が魔法を使っている現場を目撃してしまったからだ。
当時の私が持っていた魔法の知識なんて『なんかよく分かんないけど凄い』くらいのものだ。だから実際にそれを目の当たりにしたとしても、その非現実的な光景に見惚れて感嘆の声を上げるだけだった。でも、今は違う。
魔法使いが少ない理由も、その力がどんな物なのかも知っている。全くの無知であった頃の自分はもういない。知識を得たことで、当時気付けなかったものに気付かされてしまったのだ。胸の内に宿った一抹の不安……無視するなんて出来なかった。クレハ様をお守りするために。
ルーイ先生やレオン殿下の見解によって、ジェフェリーさん本人が魔法使いという可能性はほぼ無くなった。後は事件を起こしたニュアージュの人間と関わりがあるかどうかだ。それをこれから見極めなければならない。あの優しい庭師さんが無実であると証明しなければ……大丈夫、きっと彼は問題ない。
「リズ、見て。あそこにいる人がジェフェリーさんだよね」
カレンが指差す方向にはひとりの男性がいた。花壇の前にしゃがみ込んで、そこに植えられた花の手入れをしている。よほど集中しているのか、私達の存在にはまだ気付いていないみたい。彼がこちらに振り向く気配は無かった。相変わらずだなぁ……ジェフェリーさん。
「うん。こっちには気付いてないみたいだから、呼んでみようか」
呼びかけるには些か距離があるとは思うけど、いきなり近付いて驚かせてしまっては申し訳ない。私はジェフェリーさんにも聞こえるであろう声の大きさで、彼の名前を呼んだ。
「ジェフェリーさーん!!」
作業をする手が止まった。花壇の方へ固定されていた彼の視線がこちらに移動する。自分の名前を叫ぶ人物が誰かを把握すると、切れ長の瞳がみるみるうちに丸くなった。
「リズちゃん!?」
声はしっかりと彼に届いたようだ。ジェフェリーさんも私の名前を口にする。しゃがんでいた体勢から立ち上がると、彼は私達に向かって歩き出した。
「会えて良かった。リズちゃんがお屋敷に戻ってるのは知っていたけど、クレハお嬢様のお使いで一時的にってことだったし、他にも色々と忙しそうだったからさ。元気にしてた?」
「私はこの通り元気いっぱいです。ジェフェリーさんの方はどうですか」
「俺も相変わらず。王宮に行かれたお嬢様が心配だったけど、健やかにお過ごしとのことで……。レオン殿下とも仲良くやれてるって聞いて一安心だよ」
ジェフェリーさんは以前と全く変わりない。クレハ様のご様子を気にかけつつ、お仕事に精を出している。あまりにも普段通りで、この人に疑いの目を向けてしまったことへ罪悪感が込み上げてくる。
「こっちの子は新しく入ってきた子だっけ?」
「カレンといいます。モニカさんに頼まれて、お屋敷に飾るお花を頂きに来ました」
「私はカレンの付き添いです。ジェフェリーさんにご挨拶もしたかったので……」
「そっか、そっか。ちょっと待っててな。今準備するから……」
ジェフェリーさんは慣れた手付きで花を摘んでいく。手元にはあっという間に綺麗な花束が出来上がっていった。
「あ、そうだ。挨拶といえば、昨日俺のとこにセドリックさんが来たんだけどさ。もうー、びっくりしたのなんのって……リズちゃんはいつから知ってたの? あの人が殿下の側近だって」
「私は王宮に上がる直前に教えて頂きました。カフェの店員さんだと思ってたから……そりゃあ、驚きましたよ」
「だよねぇ……軍服着たあの人が『お久しぶりです』とか普通に言ってくるもんだから、俺パニックになっちゃって銅像みたいに固まっちゃったよ」
花を摘みながら昨日の出来事について話すジェフェリーさん。セドリックさんの正体を知って驚いたのは私も同じだし……ジェフェリーさんの態度に不自然な所は無いように感じる。
「リズちゃんはあの人達と同じ馬車で帰って来たんだよね。屋敷の侍女連中が騒いでたよ。なんかセドリックさんと一緒にいる先生がえらい男前なんだって?」
凄い……ルーイ先生。セドリックさんがセットになってる相乗効果もあるんだろうけど、本当に使用人の注目を独り占めなさっているんだな。
「はい。レオン殿下の先生なんですよ。カッコいいだけじゃなく、明るくて気さくで良い方です」
「へぇー、先生って聞くとなんかピリピリしてて怖そうって思っちゃうけど、その先生は違うんだね」
ジェフェリーさんもアレット先生を想像したんだろうな。クレハ様が頻繁に叱られていたせいで、先生は怖いってイメージが付いちゃったんだよね。
「でもさ、殿下の先生がジェムラート家になんの用があって来たの? 今は勉強を教えられるような子供はいないのにね」
さっきカレンにもされた質問だ。ミシェルさん達がいないから魔法については触れないつもりだったのに。どうしよう。なんて答えれば……
「先生は外国の魔法について調べてるんですって」
「外国の魔法?」
「そうだよね、リズ」
私の代わりにジェフェリーさんの質問に答えたのはカレンだった。また、あの目だ。さっきここへ来る途中にも見せた、まるで人が変わったかのような目付き。カレンも魔法使いに興味があるからと言っていたけど、私にはとてもそんな風には感じられなかった。この目は怖い。見つめられると身動きが取れなくなってしまうのだ。
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