花も実も

白井はやて

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13.顔見せ

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 朝早くに朝陽は白い水龍のあもりの社へと参拝するために山道を登っていた。
 朝もやが広がり、視界は少しばかり悪いものの見えないわけではないため、足を踏み外すようなこともなく彼は慣れた足取りで歩いていたが。
 ふと視界の端に黄色い何かが見えて、歩みの速度を少しばかり落として目線をそちらへと動かした。
 一定の距離で点在する木の間を埋めるように、黄色い花の蕾を付けた植物が多く植えられている。
 黄色い菜の花はもう咲き始めようとしているんだなあと思わず口元を緩ませて、彼は再び普段通りに歩き出した。
 中腹にある社へ向かい、手を合わせて、胸の内で願いを祀られているあもりへと伝えると深々と一礼。
 踵を返してつい先程登ってきた山道を降りる。
 登ってきてから参拝し降りるまでのほんの数分の間に、朝もやが僅かに薄まってきており、視界が良くなってきていた。
 黄色い菜の花の間にある木々は梅だ。
 冬から春に入る頃、この辺りは白、赤、淡桃色の梅の花が咲き始め、花の香りと鮮やかな花々が咲くことで一気にこの山の景観が変化する。
 城主から賜った「梅御門」という家名の由来でもある。
 その梅の花の蕾も増えてきていて、一斉に咲くだろうと予想できた。
 
「蕾増えてる…次の縁日には満開になるかもしれないな」

 一人呟いて朝陽は先程手を合わせて『跡継ぎにはならず、綾菜さんと一緒に居ることができるように』と願ったように、こちらも願わずにはいられなくなった。

「……梅祭り、一緒に見ることできたらいいなあ…」

 きっと満開の梅に囲まれた中で優しく笑う彼女は言葉にうまく表現ができないほど美しいだろう。
 想像するだけでも幸せな心地になることなど少ないと一人顔を綻ばせて、山道を降りる。
 理嗣との五目並べ勝負から四日。今日は、跡継ぎの嫁と為る人との顔見せの日だ。
 胸の内に僅かな緊張があるのは、今日始めて顔を合わせる人の前で跡継ぎを決められるかもしれないからだ。
 嫌だ面倒だ逃げたい。そんなことが頭を過ぎりはするものの、好きな綾菜にそんな無様な姿を見せることも、逃げたらしいという話を聞かせることも避けたかった。
 情けない姿を見せることは避けたいという一心で、出来ることをやった上で今日を迎えたのだからもう為るように為るしかないと腹を括って。
 だが最後に一縷の望みを賭けて、神頼みに参拝へやって来た。
 あとはもう、成り行きに身を任せるのみだ。
 深呼吸をして、朝陽は気持ちを切り替えると前を向いた。


 

 朝から慌ただしかった屋敷が静まり返ったのは、後継者の嫁となる人と共にその父親がやって来たときだった。
 高文の案内で屋敷へとやって来た、朝陽の父とは全く雰囲気の違う無骨な男は豪快な笑顔を向けている。
 朝陽の父と後継ぎの嫁となる女性の父親は旧知だそうで、二人は楽しげに挨拶を交わしていたが、それ以外の家族は緊張に包まれていて無口。数人いる屋敷の奉公人たちは奥の部屋で、物音を立てず準備に追われている。
 父親の後ろで目を伏せて静かに佇んでいる女性が振り袖を着ているため、跡継ぎの嫁になるのはこの人なのだろうと容易に想像がついた。
 白と淡桃の牡丹の大小花が赤い振り袖に描かれている。
 まとめ上げた髪には角度の関係で何の花なのかは不明だが、花飾りのついたかんざしを差していて、容姿の整ったきれいな人だった。
 確か、次女で。武家の娘で。橘家という名だったはず。
 そして彼女は朝陽の一つ年上だったと聞いた記憶があってそれらをぼんやり思い出している間に、床の間に近い上座側に父親たちが机を挟んで向かい合い座り、女性は父親の隣に腰を下ろした。
 こちらも父のそばに一番上の兄理嗣が座ったことで、風苅、朝陽と順に座る。
 奥から奉公人の手でそれぞれの前に湯気の上がる茶が置かれていくが、それには目もくれずに父親たちは世間話をしていた。
 今回の顔見せに母親はどちらも不在。相手側の母親が急病で移動できないということで、こちらもそれに合わせたらしい。
 先週、父に跡継ぎから外してほしいことを願い出たあと、廊下で会った父の雑務を一手に引き受けている高文が「先方から言付けを預かっている」というのはこのことだったようだ。
 父親たちの楽しげな世間話のあと、それぞれ自己紹介。とはいっても、父が勝手に名前を伝えるのみ。
 それに合わせてこちらは頭を下げるだけ。
 跡継ぎの嫁になる人は彼女の父親である現橘家当主から、夕顔、と呼ばれていた。
 名を呼ばれ挨拶として頭を下げたのち、それまでずっと伏せていた切れ長の黒い瞳を真っ直ぐ兄弟へ向けた際に、鋭い目で秤にかけているような、見定めているような感覚が朝陽には感じられて落ち着かず。
 話しかけられないよう、父親同士の会話をただじっと静かに聞いていた。
 しばらくお互いの父親が会話をしていたが、橘家当主が朝陽たち兄弟へ向き直り朗らかに笑い、

「娘の夕顔には基本的なことを叩き込んである! 少なくとも足手纏いにはならぬはずだ!」
「寧ろ我が家の愚息が手を煩わせるかもしれませんな」

 その言葉に橘家当主が豪快に笑ったところで、父が一番上の兄に静かな声で話しかけた。

「理嗣、屋敷を案内してやりなさい」
「はい」

 指示に一番上の兄の理嗣が頷く。
 夕顔が立ち上がったところで兄が先導して座敷を出ていく。そのとき初めて廊下に高文が控えていたことに気がついた。ニコニコといつものように人懐こい笑顔を浮かべ、だが静かに正座して佇んでいる。

「風苅、朝陽はひとまず自室へ戻るように」
「はい」

 風苅は返事をし、朝陽は静かに頭を下げる。
 それを目だけで見てから、父が今度は高文へ声をかけた。

「高文、奉公人たちにしばらくこの座敷へ近寄らぬよう伝えてきてくれ」
「承知しました」

 高文は深く頭を下げて、相変わらず足音を立てない動作で奥にある台所へ向かっていく。
 朝陽たちもまたそれに習って座敷から静かに退室し、短時間だというのにやたらと疲れる顔見せが終了した。
 下の兄風苅と二人で座敷から出て廊下を歩く。自室へ行くにはどうしても同じ方向へ向かうしかなかったのだが、四年もの間、あれだけ難癖をつけてきた風苅が何も言葉を発さない。振り向きもしない。
 少し前を歩き、そして急に舌打ちが聞こえたと思ったら、道場のある方向へ大きな足音を立てながら向かっていった。
 上の兄理嗣とは仲直りとまではいかなくても会話はできたが、風苅とはやはり難しそうだ。遠のく風苅の背を見送ってから、諦めの息を吐き出して朝陽は自室へ向かう。
 顔見せは一応したわけだし、もう自由に動いてもいいかな。そんなことを考えて朝陽は机の引き出しから財布を取り出した。
 会いたい、話したい。
 頭の中で彼女の笑顔を思い出すと、鼓動が早くなる感覚がする。
 寧ろ勝手な行動をして父から勘当されるくらいのほうが、跡継ぎ問題から今よりも遠のくのではないかと想像したらもう屋敷に留まっている理由はなくなって彼は自由な心地で部屋を出て屋敷から出発しようとした。
 ……のだが。

「朝陽さま、どこかお出かけでしょうか?」

 入口で雪が降ったとき用の底がかなり低い下駄を履いていたところ、背後から声を掛けられて振り返った。
 そこには予想通り、跡継ぎの嫁としてやって来た夕顔が一人立っており、こちらを見つめている。

「少し、…散策に」
「まあ。良いですね。わたくしも町を見てみたかったのです、お供させてくださいませ」

 先程の見定めているような目は全く感じられず、今表面に見えているのは穏やかで優しげな笑顔だ。
 団子屋に行くのだとは言えず、表情を引きつらせながらも朝陽は「わかりました」とだけ返して、返事に微笑んだ彼女もまた下駄を履く。鼻緒の部分が朝陽の単色なそれよりも花柄の布で作られていて可愛らしい。
 綾菜に似合いそうだな、なんて頭の隅で考えていると夕顔が隣に立った。
 並ぶと、夕顔は女性にしてみれば背が高いのだと気がつく。隣によく立つ女性が最近は綾菜ばかりだから余計そう感じるのかもしれない、と朝陽は一人脳内で妙に気恥ずかしくなって口元が緩みそうになるのを耐えて夕顔へ問いかけた。

「どこか見たいところがありますか?」
「大通りをのんびり歩きたいのですが、よろしいでしょうか」
「はい」

 頷き返し、夕顔の半歩前を歩きながら、朝陽は彼女を伴って屋敷を出発した。
 
 
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