花も実も

白井はやて

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16.予期せぬ話し

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 行われた竹刀での試合後、「明日後継ぎを決定する」と言い残して、当主である侘助は嫁予定の夕顔を伴って道場をあとにした。その後ろを高文が付いていく姿を、その場に残された者たちが無言で見送る。
 姿が見えなくなった辺りから道場に来ていた門下生たちもざわざわと騒がしくなり、朝陽は竹刀を握りしめて額にうっすら浮かんでいた汗を手の甲で拭って目を閉じると、思い切り深呼吸。
 そんな彼の背中をばしと大きな音を立てて風苅が通り過ぎていき道場を出ていく。
 理嗣は僅かに眉を下げつつも、どこか羨ましそうに、

「流石だな」

 ただ一言残してこちらもまた道場から出ていく。
 深呼吸をもう一度してから、朝陽もまた竹刀を受け取ってくれようと手を差し出してきた門下生に手渡してこの日は自室へ一度戻った。
 綾菜のいる団子屋へ足を運びたいのは山々だったが、ひとまず今の高揚感を沈めてからだ。
 彼女は風苅より少しばかり強く感じた。
 最小限の動きでこちらの攻撃を避けて、的確に攻めてくる。
 朝陽の思った通り“それなり”の水準は高かった。
 この家の跡継ぎの嫁という立場に強さを求められているところを見るに、この町は何かしら重要な拠点なのだろうか。何度目かの深呼吸をして、ようやく気分が落ち着いてきたのを彼は感じて手ぬぐいで汗を拭っていく。
 寒いはずなのだが、動いたせいもあってまだ汗が滲んでくる。
 せめて汗が落ち着いてから綾菜のところへ行こう。
 そう考えて朝陽は畳に寝転んで目を閉じた。



 そして次の日。
 朝早く屋敷の者が全員当主のいる道場へ呼び出された。
 全員が固唾をのんで言葉を待っていると、侘助が最後に全員の前で宣言したものは。
 
「後継者は理嗣とする」

 静かに響いた言葉に、もちろん誰も異を唱えない。
 だが内心そわそわと喜びを隠せないのは朝陽。嬉しすぎて口元に力を入れないと緩んでしまいそうなほど。
 望んでいた通り後継者から外された。
 それが何より嬉しくて、落ち着かない。
 手を上げて喜んでしまいそうになる衝動を抑えて、彼は侘助に連れられ道場から出ていく兄理嗣の背を見送る。
 おめでとうの言葉を向けるのは、きちんと顔を合わせてがいいか。
 後継ぎが自由人である風苅に決まらなかったことには安堵して、仕事のために道場から移動し始める奉公人たちと同じように屋敷から出るつもりで道場を出たところで。

「朝陽サーン、侘助サマの書斎まで来てくださいとのことですよ」

 高文からどことなく楽しげな声を掛けられた。
 後継者は決定した。自分ではない。
 他に何の用事があるというのだろうかと朝陽は不思議に感じながらも父からの呼び出しであったため素直に高文の後ろを付いていく。
 昨日竹刀で勝負をしたことに対する激励の言葉とか?
 ああでも後継者から外してもらえたことへの感謝は伝えておくべきか。そう考えている間に父侘助の書斎へたどり着いた。

「お連れしましたー」

 軽い口調で声を掛けたあと、高文が障子を開ける。
 そこには先程父侘助に連れられて道場を出た理嗣と、その隣には夕顔。入り口に背中を向け、二人正座をして並んでいた。
 こちらを向いている人物は父一人。
 その父から見て右側に座るよう高文より促された朝陽はそこへ腰を落として、理嗣たちに習い正座する。
 高文はそれを見届けてから、朝陽の真正面であり、侘助から見た左側へ何か大きな紙を持って座った。
 それを待っていたかのように侘助から話しが静かに切り出される。

「朝陽に頼みがある」
「…何でしょうか」

 跡継ぎよりも厄介なことだったらどうしよう、今度こそ逃げるか。
 顔には内心の感情を出さないよう気をつけて彼が問い返すと、高文が先程持っていた紙を全員の中心へと広げた。
 それは地図だった。山や川などの位置を見るに、この町の地図ではなく、どこか別の町のようだ。

「ここ八雲町の少し西に吾平という町が五年前まで存在していたことは知っていると思う」

 その名の町は綾菜や将吉の故郷だと気づいて朝陽は一瞬身じろぐ。
 大火により、現在はほぼ誰も住んでいないという話しは彼らに聞いたことがある。
 だがそれは彼らが約五年ほど前、八雲町へ来てからの話しだ。現在は違うかもしれない。吾平という名を聞いてそこまで思考している朝陽を肯定するように話しが続く。
 
「数軒の家の者が火事のあとも細々と住んでいたようだが、去年初めからその吾平に野盗が居座るようになったことで元の町の住人は町から姿を消した。そのため余計に野盗が集まりだし、結果として近隣へ略奪を行うようになり、治安の面から吾平より野盗を征伐し、復興させるべきではないかと他の武家から声が上がり始めていた」

 侘助の言葉を聞いて、しばらく眉間を寄せて地図を見つめ思案していた頭の回転が早い理嗣が問う。
 
「つまり、治安や復興のため吾平へ朝陽を派遣したいということですか?」
「そうだ」
 
 即答され、朝陽は困惑する。
 
「野盗退治……ですか?」
「お前の腕なら、野盗征伐は訳ないだろう。鎮圧後は、そこへ身を置いて復興と秩序維持に尽力してほしいと考えている。どうだ?」

 どうだ、と問われてもどう答えていいかわからず朝陽は地図へ目を落として無言。
 そんな彼の気持ちを汲んだのか、高文が明るい声で付け足した。
 
「侘助サマ、相変わらず言葉足りませんよ。受けるならば、朝陽サンを梅御門の分家とするのでしょう?」

 その言葉に朝陽は固まる。
 理解が追いつかず、朝陽は父侘助を見る。腕を組んだ侘助は目線を地図に落としたまま、動かない。
 どう伝えればと思考しているのか、それとも言葉にせずとも汲み取れなのか。この父なら汲み取れと言ってくるかもとチラ見してから、地図を改めて見た。
 北と西、そして南東に山があり、それぞれの離れた町を繋ぐ街道が北東と南を繋いでいる。西の山に沿った川と北の山から町を縦断する川が二つ。
 流れる川はどちらもその地図のギリギリに描かれている西南西の湖に流れ込んでいるようだ。街道はその湖の横をそのまま南へ伸びているため、その下にも町があるのは地図でも理解できた。
 そんな地図を見つめていると、侘助の左側にいる高文が北東の街道を指さす。

「八雲町から向かえばここに出ます。南の街道から近い隣町松九へ繋がる街道で野盗が略奪行為をするようになり、治安はもちろん人の往来や物資関係も分断されています。八雲町に影響が出ていないのは、東街道側から行き来があるためですね」
「随分と影響が出ているんだな」
「最後に確認したときは百人ほどの野盗に膨れていたから、今はもう少し増えてるかもしれませんねー」

 理嗣の神妙な言葉とは対照的に、何故か楽しげな高文が返答する。
 高文の回答を聞いて理嗣は改めて父侘助へ問う。

「この話しを私や夕顔に伝えた理由は何故でしょうか」
「後方支援だ」
 
 彼らの会話に対して言葉を挟むことなく聞いていた夕顔が、袖を押さえつつ南の街道から下へ地図外へと指を動かしてここで初めて口を開く。

「我が橘家はこの下にある松九町の武家である山吹家と交友関係でございますから、話を通せば南からも支援できますわね」

 朝陽の頭がきちんと回らない間に、周囲で話しがどんどん進んでいくので彼は慌てて間に入る。
 
「ちょ、ちょっと待ってください。風苅兄上ではなく、俺ですか? 何故?」

 周囲の会話を留めて尋ねたところ、高文がいつもの人懐こい笑顔ではない貼り付けたような笑顔を朝陽へ向けて告げた。
 その笑顔に朝陽の背筋がぞくりと寒くなり、背中に冷や汗が浮かんだ。
 
「城主サマが、朝陽サンを、指名したんだよ」
「……へ? なんで、城主様が俺のことを知ってる……んですか」

 返ってきた言葉に拍子抜けして、間の抜けた声が朝陽から発せられた。
 周辺の町を束ねる城主など、登城する父はともかく、朝陽は顔を合わせたこともない。
 朝陽からすれば当然雲の上の存在。
 逆に城主からすれば、数多く従えている武家の中の一人を認識などしているはずがない。
 理解できないことが続いて頭が混乱して全く働かないでいる様子の朝陽を一瞥してから、侘助は高文へ目を向けた。

「……高文が話したのだろう?」
「バレちまいますよねー」

 あははと明らかに楽しそうな声で相槌を打つ。笑顔は貼り付けたもののままだ。
 呆然としている朝陽に理嗣がそっと教えてくれた。

「私もさっき知ったばかりだが、……高文は父の雑務をする奉公人ではなく、…連絡係りだそうだ」
「連絡係り…?」
「ボクはねー、城主初春サマと侘助サマとの、連絡係りなんだよね」

 その立場が楽しいのだろう。高文はそう言いのけて続ける。

「迷惑極まりないクソな野盗共を朝陽サンと消したいから、初春サマに頼んじゃったー」
「……えぇ」
 
 今までずっと理解できない話しが続いていたが、この言葉はなんとか理解できて朝陽は思わず顔を顰めた。

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