花も実も

白井はやて

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17.自分にはできなかったこと

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 一気に色々と聞かされて、朝陽は頭の中の情報を整理しきれずに返事は一旦待ってもらい、ふらりと屋敷から外へ出た。
 後継者にならずに済んだのはかなりありがたいが、ある意味で後継ぎになるよりも厄介なことだ。
 綾菜の笑顔を見たかったから、理嗣に決まってすぐにでも飛び出してしまいたかった。
 だが今は頭が混乱していて、まともに顔を見ることができなさそうだと感じて、あもり様の社へと彼は覚束ない足取りで足を進める。
 吐く息も白くまだ肌寒いものの日差しの中はほんのり暖かい。しかも参拝のために山道を登っていれば、余計に体の温かさは増していく。
 山道をゆっくり上がりながら、頭の中で情報を整理する。
 跡継ぎにならずに済んだのは希望通り。だが、それと引き換えのように略奪を繰り返す野盗の征伐と吾平の復興を頼まれた。
 それを受けるとなれば分家になり、吾平に定住するようにとも言われた。

「分家……」

 思わず一人呟き、その言葉が出てから交わされた会話を思い出す。

『お父上様、分家を守り立てるにしても、すでに家がある本家と違い、復興という前提状況が違う以上起きた問題に応じて朝陽さん自身が分家当主として判断し、家訓や規則を多少変更しても構わないのですよね?』
『もちろんだ』

 頭が混乱し思考がまとまらない中で、夕顔が父侘助にそう問いかけたことへの回答も早かった。
 歩きながらその言葉を繰り返し頭の中で考えているうちに、この質問をした夕顔の意図に気がついて朝陽は足を止める。
 
「つまり……引き受けて分家の当主となれば、大変な仕事を背負う羽目にはなるけど、俺に、全ての決定権があるということ?」

 嫁も自分で選べる、ということ?
 期待で少しばかり鼓動が早まるものの、一旦それに関しては頭の隅に追いやって状況整理をしていく。
 野盗征伐は訳ない。そう言い切ってくれた父侘助の言葉は素直に嬉しかったが、やはり治安維持というのは想像するだけでも大変だろうということは理嗣より頭の回転が良くない彼でも分かる。
 『跡を継ぎたくない』朝陽の意思を組んで、この話を持ちかけたのだと仮定したら……とそこまで考えてさすがにこれは違うと自分の考えを自ら否定して頭を振る。
 少なくとも城主が絡んでくるのであれば、単独で決定出来る話ではない。
 それに一つどう考えても理解できないことがある。
 父の雑務を担っていると思っていた高文が何故一緒に野盗征伐をしたいと考えたのだろうか。
 頭の整理が追いつかない。
 はあとため息を小さくついて、まずは山道を登ってしまうことにした。
 途中で鼻に甘いようで爽やかな香りが微かに届いて、山道で再び足を止めて顔を上げる。
 山道に植えられている多くの梅の花が蕾になりつつあり、生まれ育ったこの町の春を告げる香りに、ほっとする。
 深呼吸してまた足を動かし、彼は山道を登り切ると社に参拝。
 神頼みをした跡継ぎに関してはありがたく解決したことを報告したところで、

「こんにちは」

 背後からの挨拶に、彼もまた振り向いて笑みを返す。

「こんにちは。梅の蕾が増えてきましたね」
「ええ、今年も梅祭りが無事に開催されそうで一安心です」

 にこにこと言葉に相槌を打ったのは、この社に務めている優しげな雰囲気の巫女だった。
 朝陽がお礼に来たのだと伝える前に巫女が先に首を傾げて肩までのおかっぱを揺らして問いかけてくる。

「何か困りごとですか?」
「え、いや~…考えがまとまらなくて」
「そうなのですね。梅の香りは心を落ち着ける力がありますから、どうぞ深呼吸しながら、一度頭を空っぽにされてみては?」
「そうします、ありがとう」

 強引に話を聞き出そうとしてこないことに感謝しながら、朝陽は笑ってから頭を下げて踵を返す。
 社の前にある小さな鳥居から出た山道の木々の隙間から町がよく見えたので、足を止めて巫女が言っていたように深呼吸。
 甘酸っぱい香りを吸い込んでから、また山道を降りた。
 大通りと山道が交わる川の橋に着いた辺りで町方面から夕顔が一人歩いて来ることに気がついた。朝陽が話しかける前に笑顔の彼女から声がかかる。

「あもり様の元からお帰りですか?」
「はい」

 この町の出身ではない彼女が何故知っているのだろうと疑問に思っていると、先に向こうからその答えが返された。

「理嗣さんはお父上様と今後についてお話しがあるそうで、わたくしが暇を持て余してしまうようであれば、あもり様を参拝してみてはどうかとご意見をくださいまして。ここから登ればよいのでしょうか」
「そうですよ、登れば社はすぐ見つかります」

 振り向き、朝陽はたった今自分が降りてきた山道を指差す。
 社がある中腹までの山道が蕾の増えた梅の木々の間に見え隠れしている光景を確認できたらしく、夕顔は黒い瞳を優しく細めて「ありがとうございます」と告げて。
 社へ向けて山道を数歩進んでから少しばかり俯いて足を止め顔を上げ振り返ると、町へ向けて歩き出そうとしていた朝陽を真っ直ぐ見つめながら引き止める。

「きっと頭が混乱していると思いますから、わたくしが存じていてお話しできることを少しだけお伝えいたしますわね」
「え、っと?」

 戸惑う反応は気にしていないかのように、夕顔は切れ長の瞳で射抜くように朝陽を見つめて話し始める。
 
「八雲町は城主様へと繋がる重要拠点の一つ。そしてここに連なる吾平を大火で失ったことで、この町の重要性は増しておりましたが、野盗の出現によって役割をもとに戻すことが話し合われておりました」
「……」
「梅御門の跡継ぎはほぼ貴方に決まりかけておりましたが、本人からの拒否。本来ならば強引にでも跡継ぎに据えたかったようですが、吾平の一件があった。それならば分家として貴方を吾平に、理嗣さんを八雲に配置し、二人体制にしたほうが安定しやすい。お父上様はそう判断したようです」
 
 頭の中に先程見た地図を思い浮かべながら、朝陽は尋ねる。

「役割というのは?」
「物資や人の往来が円滑に進むための治安維持と聞いております。父やお父上様含む、他の武家の当主様方がどう考えておられるのか、わたくしはわかりませんが」

 彼女は肩を竦めてそう話し、笑う。
 最初に顔を合わせたときとは随分と印象が変わり、見定めるような鋭さを感じさせない。
 あれは跡継ぎがまだ決まっていなかったからだろうなと朝陽もまた笑い返して、気になっていたことを口にする。

「分家当主となってしまえば、嫁も好きに選べるって認識でいいのですかね」
「ええ、あの団子屋の綾菜さんでも良いと思いますよ」
「……っ?!」

 思いがけない言葉に朝陽の顔色が一気に赤へと染まる。そんな彼の様子が夕顔は面白いらしく、口元を押さえながら笑った。

「好いた相手を選べるなんて、幸福なことだと思いますから、ぜひ朝陽さんには頑張っていただきたいですわね。きっとお父上様も同じ考えかと」
「……さすがにそれは。…夕顔さんの応援はありがたいですが」

 父侘助の感情を表に出さない表情を思い出しながら、朝陽は苦笑い。
 跡継ぎ問題に関してもあまり話しを聞こうとしなかったことは記憶に新しく、朝陽は目を伏せたのだが。
 目を細めて穏やかな笑顔を浮かべて夕顔は口を開いた。

「自分にはできなかったことだから。お父上様はそう朝陽さんを評価されておりましたよ」
「……」
「わたくしも同じ意見です」

 その言葉に、朝陽はぱっと彼女を見る。
 だが彼女は微笑んだままだ。

「ああ、わたくしは好いた相手のことではなく、意見に従う以外できなかったことでございまして。今回の縁談がなければ、独り身を貫く所存でしたから、父が強引に縁談をまとめたことには非常に腸が煮えくり返っておりましたのよ。ですが、…お父上様はわたくしの話しをよく聞いてくださいますし、理嗣さんも嫌な方ではございませんでしたから梅御門の嫁としてやっていこうと決心できまし」

 彼女がそこで言葉をぴたりと止めて朝陽の向こうにある通りへ目が向いた。一点を見つめ、離れない。
 振り向くと、そこには参拝に訪れようとしていたらしい綾菜。いつも団子屋の看板娘として付けている前掛けを取り、戸惑い焦る表情を浮かべて動けなくなっている。
 朝陽はそんな様子の理由が分からず、綾菜見つめて名を呼ぼうとしたところで。

「!」

 踵を返し、通りへ急ぎ足で戻ろうとしたため、夕顔がいつもより砕けた口調で言葉を強めた。
 
「朝陽さん追いかけて!」
「えっ」
「誤解されていたら大変!」
「ご、誤解?」
「わたくしと懇意であると勘違いされても良いのですか!」
「それは! 嫌です!」
「早く! きちんと話しを聞いて、自分の気持ちをお伝えくださいね!」
 
 言い切るなり走り出した朝陽の背にそう声を掛けて、夕顔は息をつく。
 あっという間に速度を上げた朝陽が見える範囲で綾菜に追いつき、そして手を掴んだところまで見届けると口元を緩ませてから山道へと上がることにした。

 
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