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第6章
第2話 能ある鷹
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4時間目、移動教室で霜矢と夏樹が並んで歩いていると、千佳が二人の間に割り込んできた。
「須縄くん、なんで美術選択じゃなくて書道選択なの?」
「へへ、字とかきれいに書けたらかっこいいじゃん」
「えー、須縄くんが美術選択だと思ったから私美術選んだのにー」
夏樹がちらっと千佳を見下ろすと、ぎろっとにらまれた。
ずいぶんと敵視されているようだ。
角を曲がったところで、美術部部長の鹿田とばったり出くわした。
「お、須縄ー。それに時原だっけ? お前らも美術?」
「鹿田先輩! そういえば、2年1組と合同授業でしたね。時原は美術ですよ。俺は書道だけど」
なんでだよ、と鹿田が笑う。
夏樹は鹿田の顔をこっそり盗み見た。
中庭に土を撒かれた前日、鹿田がバケツを運んでいるのを見たのを思い出す。
あのバケツの中身が土だったら……?
だなんて。証拠もないのに疑うだけ無駄だ。
こんな目で人を見る自分に、少しうんざりしていた。
美術室と書道室は教室が隣り合っている。
入口のところで霜矢と別れて、美術室に入る。
壁際には過去の授業で描かれた半端な絵が立てかけられ、どれも薄く埃をかぶっていた。
女性教師の指示で石膏像の周りにイーゼルを並べ、デッサンの実習が始まった。
夏樹はあくびをしながら鉛筆を動かした。
ギリシャ人の顔の造形が嫌いなわけではないが、デッサンは幼少期に散々やらされたので退屈だ。
まあ、平面の絵画は専門外なので、誰かにじろじろ見られても気にならないのはいい。
夏樹の3つ隣に座る鹿田は、熱心に絵を描き込んでいる。
同じ階にある音楽室から、合唱の声が聞こえてくる。
大半の生徒は音楽を選択するためか、美術選択者は2学年合わせても10人しかいない。
端から一人ずつアドバイスをしていた先生が、鹿田の前で足を止め、陰影がどうの、面がどうのと細かく指摘し始める。
鹿田は美大志望ということもあって、指導に熱が入るのだろう。
「うーん、そうねえ。画塾の先生は何て?」
先生の言葉に、鹿田がうつむく。
「浪人できないなら、もう少し頑張らないと、と言っていました……」
「でもまだ入試まで1年もあるじゃない。きっと大丈夫よ」
歯切れの悪い先生の励ましに、鹿田は小さくうなずいて、作業に戻った。
ふんふんと言いながら生徒たちの周囲を歩く先生が、夏樹の背後で足を止めた。
「あら、まあ……」
先生の声がワントーン高くなり、周囲の視線が自然と夏樹に集中した。
「あなた、時原正道先生の息子さんだったかしら?」
美術教師だけあって、有名な版画家のことは知っているのだろう。
夏樹が頷くと、「もっとよく見せて」と先生が絵を凝視する。
「とっても上手ね。立体感覚がすごいのかしら。絵はお父様に教わったの?」
「子供の頃に少し……」
「まあ、すごい才能。あなたはどこの美大志望なの?」
「美大は考えてないですけど……」
「もったいないわねー。みんな、ちょっと手をとめてこっちへ来て。解説するわねー」
夏樹の周囲にぞろぞろと人が集まってくる。
先生が絵を指さしながら、あれこれ説明し始めた。
「ここ、光が落ちる位置が絶妙ね。観察眼がすごく鋭いのがわかるわ。平面なのに彫り出しているみたい。ここも、石膏像の質感がすごく柔らかく表現されているでしょう? 普通はもっと固い線になっちゃうのよ」
注目されるのは好きでも嫌いでもないが、贔屓されるのはあまり気分のいいことではない。
先生は本心から褒めているつもりなのだろうとは思うが、あまり大げさにしないでほしかった。
背もたれにもたれて椅子を少し引く。
しょうもない。とは思うが、他人の作品に対して対して一定の敬意は払っているつもりだった。
それぞれがそれぞれの分野に対して志をもってやっていることは知っている。
ふと顔を上げて、鹿田がこちらを見ていることに気づき、驚いた。
敵意、後悔、嫉妬。ほんのわずかな一瞬感じた悪意。
思わず目を逸らす。
誰かの陰りを、これほど鮮明に感じ取る自分が嫌になる。
自分の才能を褒められることが、誰かの痛みを生むのだとしたら。
夏樹は無意識に鉛筆を握る手に力をこめた。
汗ばんだ手から鉛筆が転げ落ちる。
拾い上げようと手を伸ばしたとき、同じように鉛筆を拾おうと伸ばされていた鹿田の手にぶつかった。
思わず、鹿田の手を強く振り払ってしまった。
振り払われた勢いで鹿田が尻もちをつき、隣のイーゼルが大きな音を立てて倒れた。
「須縄くん、なんで美術選択じゃなくて書道選択なの?」
「へへ、字とかきれいに書けたらかっこいいじゃん」
「えー、須縄くんが美術選択だと思ったから私美術選んだのにー」
夏樹がちらっと千佳を見下ろすと、ぎろっとにらまれた。
ずいぶんと敵視されているようだ。
角を曲がったところで、美術部部長の鹿田とばったり出くわした。
「お、須縄ー。それに時原だっけ? お前らも美術?」
「鹿田先輩! そういえば、2年1組と合同授業でしたね。時原は美術ですよ。俺は書道だけど」
なんでだよ、と鹿田が笑う。
夏樹は鹿田の顔をこっそり盗み見た。
中庭に土を撒かれた前日、鹿田がバケツを運んでいるのを見たのを思い出す。
あのバケツの中身が土だったら……?
だなんて。証拠もないのに疑うだけ無駄だ。
こんな目で人を見る自分に、少しうんざりしていた。
美術室と書道室は教室が隣り合っている。
入口のところで霜矢と別れて、美術室に入る。
壁際には過去の授業で描かれた半端な絵が立てかけられ、どれも薄く埃をかぶっていた。
女性教師の指示で石膏像の周りにイーゼルを並べ、デッサンの実習が始まった。
夏樹はあくびをしながら鉛筆を動かした。
ギリシャ人の顔の造形が嫌いなわけではないが、デッサンは幼少期に散々やらされたので退屈だ。
まあ、平面の絵画は専門外なので、誰かにじろじろ見られても気にならないのはいい。
夏樹の3つ隣に座る鹿田は、熱心に絵を描き込んでいる。
同じ階にある音楽室から、合唱の声が聞こえてくる。
大半の生徒は音楽を選択するためか、美術選択者は2学年合わせても10人しかいない。
端から一人ずつアドバイスをしていた先生が、鹿田の前で足を止め、陰影がどうの、面がどうのと細かく指摘し始める。
鹿田は美大志望ということもあって、指導に熱が入るのだろう。
「うーん、そうねえ。画塾の先生は何て?」
先生の言葉に、鹿田がうつむく。
「浪人できないなら、もう少し頑張らないと、と言っていました……」
「でもまだ入試まで1年もあるじゃない。きっと大丈夫よ」
歯切れの悪い先生の励ましに、鹿田は小さくうなずいて、作業に戻った。
ふんふんと言いながら生徒たちの周囲を歩く先生が、夏樹の背後で足を止めた。
「あら、まあ……」
先生の声がワントーン高くなり、周囲の視線が自然と夏樹に集中した。
「あなた、時原正道先生の息子さんだったかしら?」
美術教師だけあって、有名な版画家のことは知っているのだろう。
夏樹が頷くと、「もっとよく見せて」と先生が絵を凝視する。
「とっても上手ね。立体感覚がすごいのかしら。絵はお父様に教わったの?」
「子供の頃に少し……」
「まあ、すごい才能。あなたはどこの美大志望なの?」
「美大は考えてないですけど……」
「もったいないわねー。みんな、ちょっと手をとめてこっちへ来て。解説するわねー」
夏樹の周囲にぞろぞろと人が集まってくる。
先生が絵を指さしながら、あれこれ説明し始めた。
「ここ、光が落ちる位置が絶妙ね。観察眼がすごく鋭いのがわかるわ。平面なのに彫り出しているみたい。ここも、石膏像の質感がすごく柔らかく表現されているでしょう? 普通はもっと固い線になっちゃうのよ」
注目されるのは好きでも嫌いでもないが、贔屓されるのはあまり気分のいいことではない。
先生は本心から褒めているつもりなのだろうとは思うが、あまり大げさにしないでほしかった。
背もたれにもたれて椅子を少し引く。
しょうもない。とは思うが、他人の作品に対して対して一定の敬意は払っているつもりだった。
それぞれがそれぞれの分野に対して志をもってやっていることは知っている。
ふと顔を上げて、鹿田がこちらを見ていることに気づき、驚いた。
敵意、後悔、嫉妬。ほんのわずかな一瞬感じた悪意。
思わず目を逸らす。
誰かの陰りを、これほど鮮明に感じ取る自分が嫌になる。
自分の才能を褒められることが、誰かの痛みを生むのだとしたら。
夏樹は無意識に鉛筆を握る手に力をこめた。
汗ばんだ手から鉛筆が転げ落ちる。
拾い上げようと手を伸ばしたとき、同じように鉛筆を拾おうと伸ばされていた鹿田の手にぶつかった。
思わず、鹿田の手を強く振り払ってしまった。
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