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第6章
第3話 そういうところが好きだ
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女子の誰かが大きな悲鳴を上げる。
視線が夏樹の表情に集中した。
「あ……」
言葉が咄嗟に出てこない。謝る? 弁解する? どうしたらいい?
周囲の冷たい目線が痛い。足元の周囲が崩れ落ちていくような感覚。
まただ。また自分は……。
隣の教室からどかどかと足音がして、霜矢が美術室に駆け込んできた。
「時原!? すごい音したけど、大丈夫か?」
「時原くんが先輩を叩いたんだよ」
千佳が言った。
違う、叩いたんじゃない。だが、言ったところで信じてもらえるだろうか?
霜矢が夏樹の腕をつかむ。
びくっと体が震えたが、霜矢が耳元で「大丈夫」と耳打ちした。
霜矢が先生に向かって明るく言い、夏樹を教室から連れ出した。
「先生、俺、こいつに話つけときますんで!」
「あ、ちょっと、授業中ー!」
先生の制止を聞かずに霜矢は美術準備室に夏樹を連れ込んだ。
夏樹はうつむいたまま肩に力を入れた。
「お前も信じるのかよ、俺が鹿田先輩を叩いたって」
「俺は誰のことも疑わないよ。お前のことも、加藤のことも。きっと見間違いだよ。時原が他人を叩いたりするわけないだろ」
肩に手を置かれて、思わず力が抜けた。
「手、触られて怖くて振り払っちゃったんだろ。今触っても大丈夫?」
「……うん」
霜矢の手がするりと夏樹の手に入り込んでくる。
「時原の手、震えてるな」
「……」
「握られてると落ち着くだろ。本来はそうなんだよ。怖いことがあったら、俺が何度でも握ってやるからな」
次第に呼吸が整ってくる。
霜矢が夏樹の顔を覗き込んで微笑んだ。
「あとで鹿田先輩に謝りに行こう。ちょっとびっくりしただけですって言ったら先輩ならわかってくれるよ。俺もついていくから。な?」
「……俺、見たんだよ。中庭に土を撒かれる前日に、鹿田先輩が遅い時間に重そうなバケツを運んでた。あれが土だったとしたら……」
霜矢がきょとんとした顔になる。
「まさか、先輩がそんなことするわけないよ」
「じゃあ土が空から降ってきたとでも言うのかよ」
「そうは言ってないけど、何かの手違いだったかもしれないだろー」
明るく笑う霜矢に、夏樹は思わず口走っていた。
「お前のそういうところ好きだ……」
好きだ。好きだ。
頭に自分の言葉がこだまする。
気づいたときにはもう手遅れで、夏樹ははっと青ざめた。
霜矢は何もわかっていない様子で、能天気に笑う。
「俺も時原のたま~に素直なところ、好きだぞ!」
「……」
授業終わりのチャイムが鳴る。霜矢が時計を見上げた。
「授業終わったし、鹿田先輩に謝りに行こうぜ」
「……ああ」
ぱっと離された手が名残惜しかった。
美術準備室を出ると、ちょうど一人で教室へ戻ろうとしている鹿田と鉢合わせた。
「あの、さっきはすみませんでした。ちょっとびっくりして。怪我はないですか?」
「ああ、気にしてないよ」
鹿田が困ったように笑う。
手を振り払われたことよりも、別のことを気にしているようだった。
「世の中に俺より絵がうまい天才がごろごろいるのは知ってた。でも、それを目で見たのは初めてだったよ。俺、美大狙いだったけど、普通の大学への進学も視野に入れようと思って……」
「え、もったいないですよそんなの」
霜矢が口を挟む。
「俺、先輩の絵が大好きです。線一本、色の一塗りから情熱を感じます。情熱の演出がうまいです。この間の自画像だって、前のコンクールの風景画だって、いろんな人から褒められてたじゃないですか。俺には先輩みたいな作品は作れないし、時原にだって無理だと思います!」
鹿田が目をぱちくりさせた。
「そう……かな」
「先輩は絵でビッグになると思います。俺が保証します。あ、でも、普通の大学に行きたいならそれはそれで応援しますけどね!」
鹿田が笑って、霜矢の頭に手をぽんと置いた。
「あんまり軽率に『保証する』なんて言っちゃだめだぞ。でも、ありがとな」
「へへ」
照れくさそうに笑う霜矢を、夏樹は見下ろした。
霜矢のオレンジ色の頭に手を置いて、ぐりぐりかき回す。
「何すんだよー」
キャッキャと笑う霜矢の頭に最後に手をぽんと置いて、夏樹は少し笑った。
「ほら、もう行くぞ」
視線が夏樹の表情に集中した。
「あ……」
言葉が咄嗟に出てこない。謝る? 弁解する? どうしたらいい?
周囲の冷たい目線が痛い。足元の周囲が崩れ落ちていくような感覚。
まただ。また自分は……。
隣の教室からどかどかと足音がして、霜矢が美術室に駆け込んできた。
「時原!? すごい音したけど、大丈夫か?」
「時原くんが先輩を叩いたんだよ」
千佳が言った。
違う、叩いたんじゃない。だが、言ったところで信じてもらえるだろうか?
霜矢が夏樹の腕をつかむ。
びくっと体が震えたが、霜矢が耳元で「大丈夫」と耳打ちした。
霜矢が先生に向かって明るく言い、夏樹を教室から連れ出した。
「先生、俺、こいつに話つけときますんで!」
「あ、ちょっと、授業中ー!」
先生の制止を聞かずに霜矢は美術準備室に夏樹を連れ込んだ。
夏樹はうつむいたまま肩に力を入れた。
「お前も信じるのかよ、俺が鹿田先輩を叩いたって」
「俺は誰のことも疑わないよ。お前のことも、加藤のことも。きっと見間違いだよ。時原が他人を叩いたりするわけないだろ」
肩に手を置かれて、思わず力が抜けた。
「手、触られて怖くて振り払っちゃったんだろ。今触っても大丈夫?」
「……うん」
霜矢の手がするりと夏樹の手に入り込んでくる。
「時原の手、震えてるな」
「……」
「握られてると落ち着くだろ。本来はそうなんだよ。怖いことがあったら、俺が何度でも握ってやるからな」
次第に呼吸が整ってくる。
霜矢が夏樹の顔を覗き込んで微笑んだ。
「あとで鹿田先輩に謝りに行こう。ちょっとびっくりしただけですって言ったら先輩ならわかってくれるよ。俺もついていくから。な?」
「……俺、見たんだよ。中庭に土を撒かれる前日に、鹿田先輩が遅い時間に重そうなバケツを運んでた。あれが土だったとしたら……」
霜矢がきょとんとした顔になる。
「まさか、先輩がそんなことするわけないよ」
「じゃあ土が空から降ってきたとでも言うのかよ」
「そうは言ってないけど、何かの手違いだったかもしれないだろー」
明るく笑う霜矢に、夏樹は思わず口走っていた。
「お前のそういうところ好きだ……」
好きだ。好きだ。
頭に自分の言葉がこだまする。
気づいたときにはもう手遅れで、夏樹ははっと青ざめた。
霜矢は何もわかっていない様子で、能天気に笑う。
「俺も時原のたま~に素直なところ、好きだぞ!」
「……」
授業終わりのチャイムが鳴る。霜矢が時計を見上げた。
「授業終わったし、鹿田先輩に謝りに行こうぜ」
「……ああ」
ぱっと離された手が名残惜しかった。
美術準備室を出ると、ちょうど一人で教室へ戻ろうとしている鹿田と鉢合わせた。
「あの、さっきはすみませんでした。ちょっとびっくりして。怪我はないですか?」
「ああ、気にしてないよ」
鹿田が困ったように笑う。
手を振り払われたことよりも、別のことを気にしているようだった。
「世の中に俺より絵がうまい天才がごろごろいるのは知ってた。でも、それを目で見たのは初めてだったよ。俺、美大狙いだったけど、普通の大学への進学も視野に入れようと思って……」
「え、もったいないですよそんなの」
霜矢が口を挟む。
「俺、先輩の絵が大好きです。線一本、色の一塗りから情熱を感じます。情熱の演出がうまいです。この間の自画像だって、前のコンクールの風景画だって、いろんな人から褒められてたじゃないですか。俺には先輩みたいな作品は作れないし、時原にだって無理だと思います!」
鹿田が目をぱちくりさせた。
「そう……かな」
「先輩は絵でビッグになると思います。俺が保証します。あ、でも、普通の大学に行きたいならそれはそれで応援しますけどね!」
鹿田が笑って、霜矢の頭に手をぽんと置いた。
「あんまり軽率に『保証する』なんて言っちゃだめだぞ。でも、ありがとな」
「へへ」
照れくさそうに笑う霜矢を、夏樹は見下ろした。
霜矢のオレンジ色の頭に手を置いて、ぐりぐりかき回す。
「何すんだよー」
キャッキャと笑う霜矢の頭に最後に手をぽんと置いて、夏樹は少し笑った。
「ほら、もう行くぞ」
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