26 / 39
第三幕
(二十五)褐色の姐御、参戦
しおりを挟む
天文十四(一五四五)年三月上旬、諏訪頼継と藤沢頼親は、諏方満隣を退治しようと画策する。しかし板垣信方に察知されてしまった。板垣は諏方満隣に宮川合戦で破壊された干沢城を復興しろと命じ、城代とする。満隣は二年ぶりに干沢に戻った。数日後、季節はずれの嵐に伊那も諏方も襲われた。被害報告が意外とでたので、頼継は出陣をやめて復旧を優先した。
月末、快晴の日、高遠館に秋津一行が現れた。秋津と諫早佐五郎と大仏庄左衛門ともう一人いる。
諏方頼継はピンときた。
「そなたが秋津が言っていた船主候補か?」
男は名乗った。
「はい。某、工藤祐長と申します」
「くどう……か」
その苗字、禰々御料人の実家の姓と同じだが、よくある姓だ。偶然の一致だろう。祐長は見た感じでは賢そうであり、たくましそうであり、何か苦い過去もありそうだ。それがどこか海野幸綱に似ている気さえ、した。
祐長は苦笑いして言う。
「しかし某、船主はお預けになりまして」
「どういうことだ?」
これは秋津が解説する。
「半月ほど前に嵐がありましたよね。それに秋津丸がやられまして、伊豆で座礁しました。新たな秋津丸が出来るまで、およそ半年ほど待たないといけませんので」
「なんと、怪我は無かったか?」頼継は秋津たちを心配した。
秋津は首を左右に振った。
「はい。みんな大丈夫です」
転んで擦りむいた程度の者はいるが、そんなものは 怪我の内に入れない。
頼継は「うむ、よかったよかった」と安心した。
秋津は、愛着のある秋津丸を失ったのは残念だった。
「秋津丸は大永生まれのお婆ちゃんで、所々にガタはきてたんです。総本店からは、新しい船に変えろとも言われてました」
「まあ、元遣明船といってたもんな」
「愛着ありすぎてましたから、ずっと断っていました。でも、もうそろそろ引退させてやりたかったのですが、出来なかったのは悔しいです」
「で、どうなった?」
「秋津丸は、浜の村人がこぞってバラバラにしました。薪とか、誰かの家の柱とかにされるのでしょうね。積み荷も全て持っていかれました。ま、助けてもらったし、百名分のメシも一泊の屋根もタダでくれたので、しゃーねぇや!」
「それが浜に暮らす村人の掟だとは聞いたことがあるが、ホントなんだな」
「全国どこでもそうですよ。下手すりゃ命も取られる。で、取られてばかりじゃシャクですから、国友で作った虎の子の十一丁は、北条氏康様が買って届けるものだから奪うな。奪ったら成敗されるぞ。なんて脅しました。ま、みんなの帰りの旅費を得るためだから、しゃーねーや!」
「北条? あ、伊勢氏康か。アレの苗字の問題など、ワシにとってはどうでもいいけど、お前が喧嘩もせず、穏便に乗り切ったのがなによりじゃ」
「勝てない喧嘩はしませんよ。ま、好きに奪わせてやるんだから、それ相応の気遣いはしてもらわないとね」
「成程……。あ、そうか、氏康の名を使って客人扱いしてもらったんだな」
「はい」
「しかし、虎の子とは何だ?」
「これです!」
秋津は頼継に火縄銃を見せた。
頼継は手にとって観察した。
「村上義清様からいただいた手銃とは、似て非なるものに見えるな」
「明国産の獣避けですか? こっちのほうが遙かに優れていますよ」
「あ、これか。和冦……、いや、南蛮人とやらから買ったというものは」
「実は違います。言ったでしょ。国友で作ったって。というか、長話が必要ですね」
秋津はニヤニヤし、頼継は冷や汗をかく。聞いてるだけで疲れるので拒みたかったが、秋津は勝手に話し出した。要旨はこうだ。
火縄銃は、本来なら肥後国の福江島に持ち込まれるはずだったが、嵐の影響で薩摩国種子島に持ち込まれた。しかしそれは、たったの二丁だった。種子島当主 時尭との話し合いで、うち一丁を解体し、秋津や根来寺の坊主達が連れてきた鍛冶職人に観察させたら、国内での自力生産は可能と判断した。これを秋津と根来は全額出資し、丸一年かけて、根来衆は紀州で、秋津は近江国国友村で生産できる体制を作り上げた。その国友最初期生産型十一丁のうち十丁を北条氏康に売り、帰りの旅費と船乗りたちの賃金とした。氏康も対関東管領戦に備え、全て河越城に送ったという。
「その十丁、高遠さまに売りたかったんですけどねー」
秋津は後悔しながらも、口調はのほほんだった。
ここで町に混乱が発生する。猪が暴れてるという。秋津は好機と察知し、現場へ走った。
頼継はあわてる。
「こら、待て!」
秋津は待たない。むしろ、
「種子島の力を教えてあげますよ!」
と、頼継を誘った。
逃げ回る町衆、町屋に体当たりする大型の猪。秋津は祐長に装填させ、自ら石を投げて誘う。猪は秋津に気づいて突進する。秋津は装填完了した火縄銃を構えて、発砲した。
ズドーーーーーン!
激しい銃声に、皆、仰天した。
頼継も「雷か!」と焦りながらも、周囲を確認すると、猪が倒れていた。庄左衛門が猪を蹴って「くたばってるぞ」と確認した。
秋津はふてぶてしい笑みで、頼継に言う。
「どう?」
「どうって、雷はどこに落ちた? こんなに晴れてるのに……」
「そんなの落ちてませんよ。こいつが一発で殺ったんですよ」
「まさか。大人の猪だぞ。矢を何本を当てても、槍で何度突いても死なない獣だぞ!」
「でも、ヤりましたよ」
「……、本当だ。動かない。信じられん」
ここで釣竿を持った海野幸綱が現れて、言った。
「おいそこのお前、その武器、攻めで使えるのか?」
秋津は「どうしてです?」と問いかける。
幸綱はよく見ていた。
「足場を固めてから放っただろ」
「はい。女の細腕では重いし、放った後の反動も強いんですよね。でも、遠くから先手を打てますし、待ち伏せにも結構使えますよ」
「放つまでの準備が面倒じゃ。弓を使ったほうが間隔に隙がないし、簡単だ」
「いいえ。面倒でも、教えれば誰でも使いこなせます。弓では、ここから猪が死んでる場所までは届かないでしょう。仮に届いても、一矢では殺せません。鎮西八郎為朝公を除いては」
「確かにそいつは凄いと思う。下手な素人でも遠くまで飛ばせるのは魅力だよ。手銃の比ではない。しかしそいつ、扱いに手間暇がかかる。放つまでは矢が必要だろ」
「へえ、初見でそこまで頭が使えるんだ!」秋津は幸綱が気に入ったので、先に名乗った。
「私は、博多商人神屋東海道頭目の山本秋津」
「ワシは元海野家一門衆、海野弾正忠幸綱。今は高遠様の食客だ。そなたは商人か。で、そいつを売りに来たのか?」
「いいえ。これは私物だから売りません。ここへは日常品の商売に来たのもそうでですけど、来月、甲斐と喧嘩をするのでしょ。そのためにウチの暇な連中百名ほどを連れきました」
暇な連中とは全員、秋津丸の船員を指す。
幸綱はひとつ、違和感があった。
「何故、来月だと分かる?」
秋津はなんなく答えた。
「ここに来る前、甲府に寄ってきました。もう、バカみたいにいきり立ってましたよ」
頼継は驚く。
「敵が来るのか? なら我らも準備だ!」
幸綱が秋津を誘う。
「軍議につき合え。そのためのそいつだろ」
秋津はうなずいた。
「火縄銃っていうの。私らは〝種子島〟って呼んでますけどね。で、釣れたの?」
「いや、ワシにはそっちの才がないらしい」
「あら残念」秋津はクスクスと笑った。
秋津、幸綱、頼継は館に戻る。猪は諫早佐五郎らが解体し、無償で町衆に配布した。
軍議と言っても作戦の基礎作りだ。これを元に伊那衆と小笠原長時に伝え、後日行われる正式な軍議では再確認と、新たな意見があれば作戦に肉付けする。
秋津は開口一番、
「姫様をここから移しましょう」
と言った。頼継も幸綱も賛成だが、問題はどこに逃がすかである。
頼継は自信なさげに提案した。
「ここはやはり、信濃府中だろうか……」
幸綱は消極的だ。
「姫様は伊那衆が、諏方信仰の誇りでお守りするべきでしょう。全軍の士気のためです」
頼継は落ち着いて反論する。
「それもそうだが、しかし、高遠はもう危険だ。冬の通行止めは解かれているのだぞ」
ここで秋津が提案する。
「天竜川の対岸はどうです? たとえば箕輪城とか、箕輪城とか、箕輪城とか」
頼継は腕組みするも、苦笑いする。
「三度も言うな。そこしかないのだろ?」
幸綱は賛成だが、問題点を指摘した。
「だがあそこは、武家屋敷に毛が生えた程度の小城だ。攻められたらひとたまりもない。それともうひとつ、城主の木下家は、頼親様結婚のときに藤沢家に来たとはいえ、本来の主は鈴岡(小笠原信定)様だぞ」
これに頼継は、城主は任せろという。
「とはいえ木下惣蔵殿は伊那神党でもある。代々、藤沢家とともに渡河場の西東を運営し続けてる。惣領家滅亡の時も兵は貸してくれなかったが、大量の矢の束と、いくばくかの軍資金を貰った。だから説得すれば、分かってくれるだろう」
幸綱は頷いた。
「分かりました。お願いします」
秋津は縄張り問題に言う。
「そんな城なら作り変えれましょう。堀が浅いのなら深く掘れば、土塁も高く出来ます。単郭ならば、ひとつくらい増やしましょう」
と、縄張り図を二人に見せた。だが、どう見ても箕輪城の拡張図ではない。よく見たら、高遠城と記されてあった。
頼継は秋津に問いただす。
「なんだこれは? まるで我が館を全部潰して、一から作り直したかのようではないか」
秋津は答えた。
「甲府に行ったとき、バカ親父が留守だったので屋敷から頂戴しました」
「頂戴って盗みだろ、それ……」
「いいのいいの。あいつはホント腹が立つけど、この図は悔しいくらいに頭を使って知恵を出しきった傑作です。ならばこの図面通りにして、難攻不落の城に変えます」
頼継は一瞬、秋津の〝傑作〟と放った言葉に違和感を覚えた。山本勘介の、悪口以外の評価を初めて聞いたからだ。でも、二人の知恵者によってはかどる軍議を途中で折りたくないので、構わず進めた。
「図面通り? お前なりの工夫はないのか?」
「しません。私、縄張の知識はいい加減ですし、なによりこのいくさ、急いだほうがいいですから」
「……そうか、分かった」
「高遠さまは金はあるけど時間がない。でも、急げば単郭の所は数日で何とかさせます。あとをひと月ほど長引かせれてくれれば、二の郭は作れます。これしかないと思います」
幸綱は秋津の作戦に感心した。
「先ずは高遠と荒神山で足止めだな。ワシとしては敵を箕輪城に誘い、籠城戦にしたい」
「なんでです?」秋津は問う。
「スズメ(小笠原長時)様を活躍させたい。昨年、当主になって初めてのいくさを逃してるからな。ならば氾濫原の多い東岸よりも、台地になってる西岸のほうが戦いやすい。鈴岡様だって家来を助ける大義がある。ならば小笠原は総力をあげてくるはずだ」
「なるほど、鈴岡も西岸でしたね。それなら東岸の福与城は目障りになりますね。東岸は確かに地形は複雑です。たとえ地元の理があっても、大軍を用いてはやりにくいでしょう」
「悪いが福与は自落させよう。ま、このいくさのみの措置だ。勝ったら建て直せばよいだけだ」
「そうですね。そのあたりは高遠様、お願いします」
頼継は秋津と幸綱に頭を下げられた。頼継は少し驚いたが、
「わ、分かった。やっておく」
と受け入れた。
秋津と幸綱の考えが共鳴している。頼継はこれなら勝てる希望が沸くも、不安はある。
ーー主君の敵討ちに没頭する者と、大海原を渡る者の知恵だな。地に足がついてない。
頼継はそう意見したくも、話の流れが許さない。決定は頼継がしなければならない。
「ワシは明日、藤沢頼親殿と木下惣蔵殿を説得に行く。秋津も攻め弾もワシに着いて来い。秋津は船乗りと共に箕輪城に入って普請にかかれ。攻め弾は竜ヶ崎の神林上野入道にこのことを伝えてから、共に信府へ走れ。小笠原様に援軍要請をするのだ。館の留守は槍弾に任せる」
頼継は、最後に夜須香姫へ報告した。姫もこの作戦には、恐る恐るも同意してくれた。
月末、快晴の日、高遠館に秋津一行が現れた。秋津と諫早佐五郎と大仏庄左衛門ともう一人いる。
諏方頼継はピンときた。
「そなたが秋津が言っていた船主候補か?」
男は名乗った。
「はい。某、工藤祐長と申します」
「くどう……か」
その苗字、禰々御料人の実家の姓と同じだが、よくある姓だ。偶然の一致だろう。祐長は見た感じでは賢そうであり、たくましそうであり、何か苦い過去もありそうだ。それがどこか海野幸綱に似ている気さえ、した。
祐長は苦笑いして言う。
「しかし某、船主はお預けになりまして」
「どういうことだ?」
これは秋津が解説する。
「半月ほど前に嵐がありましたよね。それに秋津丸がやられまして、伊豆で座礁しました。新たな秋津丸が出来るまで、およそ半年ほど待たないといけませんので」
「なんと、怪我は無かったか?」頼継は秋津たちを心配した。
秋津は首を左右に振った。
「はい。みんな大丈夫です」
転んで擦りむいた程度の者はいるが、そんなものは 怪我の内に入れない。
頼継は「うむ、よかったよかった」と安心した。
秋津は、愛着のある秋津丸を失ったのは残念だった。
「秋津丸は大永生まれのお婆ちゃんで、所々にガタはきてたんです。総本店からは、新しい船に変えろとも言われてました」
「まあ、元遣明船といってたもんな」
「愛着ありすぎてましたから、ずっと断っていました。でも、もうそろそろ引退させてやりたかったのですが、出来なかったのは悔しいです」
「で、どうなった?」
「秋津丸は、浜の村人がこぞってバラバラにしました。薪とか、誰かの家の柱とかにされるのでしょうね。積み荷も全て持っていかれました。ま、助けてもらったし、百名分のメシも一泊の屋根もタダでくれたので、しゃーねぇや!」
「それが浜に暮らす村人の掟だとは聞いたことがあるが、ホントなんだな」
「全国どこでもそうですよ。下手すりゃ命も取られる。で、取られてばかりじゃシャクですから、国友で作った虎の子の十一丁は、北条氏康様が買って届けるものだから奪うな。奪ったら成敗されるぞ。なんて脅しました。ま、みんなの帰りの旅費を得るためだから、しゃーねーや!」
「北条? あ、伊勢氏康か。アレの苗字の問題など、ワシにとってはどうでもいいけど、お前が喧嘩もせず、穏便に乗り切ったのがなによりじゃ」
「勝てない喧嘩はしませんよ。ま、好きに奪わせてやるんだから、それ相応の気遣いはしてもらわないとね」
「成程……。あ、そうか、氏康の名を使って客人扱いしてもらったんだな」
「はい」
「しかし、虎の子とは何だ?」
「これです!」
秋津は頼継に火縄銃を見せた。
頼継は手にとって観察した。
「村上義清様からいただいた手銃とは、似て非なるものに見えるな」
「明国産の獣避けですか? こっちのほうが遙かに優れていますよ」
「あ、これか。和冦……、いや、南蛮人とやらから買ったというものは」
「実は違います。言ったでしょ。国友で作ったって。というか、長話が必要ですね」
秋津はニヤニヤし、頼継は冷や汗をかく。聞いてるだけで疲れるので拒みたかったが、秋津は勝手に話し出した。要旨はこうだ。
火縄銃は、本来なら肥後国の福江島に持ち込まれるはずだったが、嵐の影響で薩摩国種子島に持ち込まれた。しかしそれは、たったの二丁だった。種子島当主 時尭との話し合いで、うち一丁を解体し、秋津や根来寺の坊主達が連れてきた鍛冶職人に観察させたら、国内での自力生産は可能と判断した。これを秋津と根来は全額出資し、丸一年かけて、根来衆は紀州で、秋津は近江国国友村で生産できる体制を作り上げた。その国友最初期生産型十一丁のうち十丁を北条氏康に売り、帰りの旅費と船乗りたちの賃金とした。氏康も対関東管領戦に備え、全て河越城に送ったという。
「その十丁、高遠さまに売りたかったんですけどねー」
秋津は後悔しながらも、口調はのほほんだった。
ここで町に混乱が発生する。猪が暴れてるという。秋津は好機と察知し、現場へ走った。
頼継はあわてる。
「こら、待て!」
秋津は待たない。むしろ、
「種子島の力を教えてあげますよ!」
と、頼継を誘った。
逃げ回る町衆、町屋に体当たりする大型の猪。秋津は祐長に装填させ、自ら石を投げて誘う。猪は秋津に気づいて突進する。秋津は装填完了した火縄銃を構えて、発砲した。
ズドーーーーーン!
激しい銃声に、皆、仰天した。
頼継も「雷か!」と焦りながらも、周囲を確認すると、猪が倒れていた。庄左衛門が猪を蹴って「くたばってるぞ」と確認した。
秋津はふてぶてしい笑みで、頼継に言う。
「どう?」
「どうって、雷はどこに落ちた? こんなに晴れてるのに……」
「そんなの落ちてませんよ。こいつが一発で殺ったんですよ」
「まさか。大人の猪だぞ。矢を何本を当てても、槍で何度突いても死なない獣だぞ!」
「でも、ヤりましたよ」
「……、本当だ。動かない。信じられん」
ここで釣竿を持った海野幸綱が現れて、言った。
「おいそこのお前、その武器、攻めで使えるのか?」
秋津は「どうしてです?」と問いかける。
幸綱はよく見ていた。
「足場を固めてから放っただろ」
「はい。女の細腕では重いし、放った後の反動も強いんですよね。でも、遠くから先手を打てますし、待ち伏せにも結構使えますよ」
「放つまでの準備が面倒じゃ。弓を使ったほうが間隔に隙がないし、簡単だ」
「いいえ。面倒でも、教えれば誰でも使いこなせます。弓では、ここから猪が死んでる場所までは届かないでしょう。仮に届いても、一矢では殺せません。鎮西八郎為朝公を除いては」
「確かにそいつは凄いと思う。下手な素人でも遠くまで飛ばせるのは魅力だよ。手銃の比ではない。しかしそいつ、扱いに手間暇がかかる。放つまでは矢が必要だろ」
「へえ、初見でそこまで頭が使えるんだ!」秋津は幸綱が気に入ったので、先に名乗った。
「私は、博多商人神屋東海道頭目の山本秋津」
「ワシは元海野家一門衆、海野弾正忠幸綱。今は高遠様の食客だ。そなたは商人か。で、そいつを売りに来たのか?」
「いいえ。これは私物だから売りません。ここへは日常品の商売に来たのもそうでですけど、来月、甲斐と喧嘩をするのでしょ。そのためにウチの暇な連中百名ほどを連れきました」
暇な連中とは全員、秋津丸の船員を指す。
幸綱はひとつ、違和感があった。
「何故、来月だと分かる?」
秋津はなんなく答えた。
「ここに来る前、甲府に寄ってきました。もう、バカみたいにいきり立ってましたよ」
頼継は驚く。
「敵が来るのか? なら我らも準備だ!」
幸綱が秋津を誘う。
「軍議につき合え。そのためのそいつだろ」
秋津はうなずいた。
「火縄銃っていうの。私らは〝種子島〟って呼んでますけどね。で、釣れたの?」
「いや、ワシにはそっちの才がないらしい」
「あら残念」秋津はクスクスと笑った。
秋津、幸綱、頼継は館に戻る。猪は諫早佐五郎らが解体し、無償で町衆に配布した。
軍議と言っても作戦の基礎作りだ。これを元に伊那衆と小笠原長時に伝え、後日行われる正式な軍議では再確認と、新たな意見があれば作戦に肉付けする。
秋津は開口一番、
「姫様をここから移しましょう」
と言った。頼継も幸綱も賛成だが、問題はどこに逃がすかである。
頼継は自信なさげに提案した。
「ここはやはり、信濃府中だろうか……」
幸綱は消極的だ。
「姫様は伊那衆が、諏方信仰の誇りでお守りするべきでしょう。全軍の士気のためです」
頼継は落ち着いて反論する。
「それもそうだが、しかし、高遠はもう危険だ。冬の通行止めは解かれているのだぞ」
ここで秋津が提案する。
「天竜川の対岸はどうです? たとえば箕輪城とか、箕輪城とか、箕輪城とか」
頼継は腕組みするも、苦笑いする。
「三度も言うな。そこしかないのだろ?」
幸綱は賛成だが、問題点を指摘した。
「だがあそこは、武家屋敷に毛が生えた程度の小城だ。攻められたらひとたまりもない。それともうひとつ、城主の木下家は、頼親様結婚のときに藤沢家に来たとはいえ、本来の主は鈴岡(小笠原信定)様だぞ」
これに頼継は、城主は任せろという。
「とはいえ木下惣蔵殿は伊那神党でもある。代々、藤沢家とともに渡河場の西東を運営し続けてる。惣領家滅亡の時も兵は貸してくれなかったが、大量の矢の束と、いくばくかの軍資金を貰った。だから説得すれば、分かってくれるだろう」
幸綱は頷いた。
「分かりました。お願いします」
秋津は縄張り問題に言う。
「そんな城なら作り変えれましょう。堀が浅いのなら深く掘れば、土塁も高く出来ます。単郭ならば、ひとつくらい増やしましょう」
と、縄張り図を二人に見せた。だが、どう見ても箕輪城の拡張図ではない。よく見たら、高遠城と記されてあった。
頼継は秋津に問いただす。
「なんだこれは? まるで我が館を全部潰して、一から作り直したかのようではないか」
秋津は答えた。
「甲府に行ったとき、バカ親父が留守だったので屋敷から頂戴しました」
「頂戴って盗みだろ、それ……」
「いいのいいの。あいつはホント腹が立つけど、この図は悔しいくらいに頭を使って知恵を出しきった傑作です。ならばこの図面通りにして、難攻不落の城に変えます」
頼継は一瞬、秋津の〝傑作〟と放った言葉に違和感を覚えた。山本勘介の、悪口以外の評価を初めて聞いたからだ。でも、二人の知恵者によってはかどる軍議を途中で折りたくないので、構わず進めた。
「図面通り? お前なりの工夫はないのか?」
「しません。私、縄張の知識はいい加減ですし、なによりこのいくさ、急いだほうがいいですから」
「……そうか、分かった」
「高遠さまは金はあるけど時間がない。でも、急げば単郭の所は数日で何とかさせます。あとをひと月ほど長引かせれてくれれば、二の郭は作れます。これしかないと思います」
幸綱は秋津の作戦に感心した。
「先ずは高遠と荒神山で足止めだな。ワシとしては敵を箕輪城に誘い、籠城戦にしたい」
「なんでです?」秋津は問う。
「スズメ(小笠原長時)様を活躍させたい。昨年、当主になって初めてのいくさを逃してるからな。ならば氾濫原の多い東岸よりも、台地になってる西岸のほうが戦いやすい。鈴岡様だって家来を助ける大義がある。ならば小笠原は総力をあげてくるはずだ」
「なるほど、鈴岡も西岸でしたね。それなら東岸の福与城は目障りになりますね。東岸は確かに地形は複雑です。たとえ地元の理があっても、大軍を用いてはやりにくいでしょう」
「悪いが福与は自落させよう。ま、このいくさのみの措置だ。勝ったら建て直せばよいだけだ」
「そうですね。そのあたりは高遠様、お願いします」
頼継は秋津と幸綱に頭を下げられた。頼継は少し驚いたが、
「わ、分かった。やっておく」
と受け入れた。
秋津と幸綱の考えが共鳴している。頼継はこれなら勝てる希望が沸くも、不安はある。
ーー主君の敵討ちに没頭する者と、大海原を渡る者の知恵だな。地に足がついてない。
頼継はそう意見したくも、話の流れが許さない。決定は頼継がしなければならない。
「ワシは明日、藤沢頼親殿と木下惣蔵殿を説得に行く。秋津も攻め弾もワシに着いて来い。秋津は船乗りと共に箕輪城に入って普請にかかれ。攻め弾は竜ヶ崎の神林上野入道にこのことを伝えてから、共に信府へ走れ。小笠原様に援軍要請をするのだ。館の留守は槍弾に任せる」
頼継は、最後に夜須香姫へ報告した。姫もこの作戦には、恐る恐るも同意してくれた。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
電子の帝国
Flight_kj
歴史・時代
少しだけ電子技術が早く技術が進歩した帝国はどのように戦うか
明治期の工業化が少し早く進展したおかげで、日本の電子技術や精密機械工業は順調に進歩した。世界規模の戦争に巻き込まれた日本は、そんな技術をもとにしてどんな戦いを繰り広げるのか? わずかに早くレーダーやコンピューターなどの電子機器が登場することにより、戦場の様相は大きく変わってゆく。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記
颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる