木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第1章 木こりと騎士は再会する

第69話 名前が無い木こり

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「名前が、無いのですか?」


 啞然とするメストに、そっと顔を上げた木こりが静かに頷く。

 (そう、。だから、あなたがそんな顔をしなくてもいいの)

 木こりの返事に酷く申し訳なさそうな顔で俯くメスト。
 そんな彼の優しさに、思わず笑みを零した木こりは無表情に戻すと口を開く。


「私は、で……今もここに住んでいるのです」
「色々あって、ですか?」
「えぇ、色々あってです」


 (そう、色々あってここにいるの)

 走馬灯のように蘇った、に、一瞬だけ悔しそうな顔をした木こりは表情を戻して話を続ける。


「ですから、私には『名前』というものが無いのです。とはいえ、私と関わりがある皆様は、私のことを『木こり』と呼んでくださいますので、騎士様も私のことは『木こり』と……」
「嫌です」
「えっ?」


 (どう、して……?)

 間髪入れない返事をしてメストの怒った表情に、木こりは驚いたように目を見開く。


「『木こり』という名前は、あなた様の仕事の名前であり、あなた様という人の名前ではありません」


 (俺は、あなたのことを人としての名前で呼びたい)


「ですけど、名前は名前ですよね? 私としては、そう呼んでいただいでも構いません」


 (だから、あなただって他の人達と同じように私を『木こり』と呼べばいいんじゃない!)


「あなた様はいいかもしれませんが、俺が嫌なんです」


 (愚行を犯す騎士や魔物にも怯えることなく、勇敢に立ち向かうあなたのことを、俺はそのような名で呼びたくない)


「どうしてですか? 私は、天涯孤独の孤児で名前なんて……」
「でしたら!!」


 朝日が差し込む森の中で、静かに交錯する木こりとメストの言葉と思い。
 2人しかいない静寂な森で、静寂さを打ち破るようなメストの怒鳴り声に近い大声が響き渡って木こりは思わず怯む。

 (木こりの彼、意外と頑固なんだな。だったら……)

 目を見開いて言葉を失っている木こりを見て、小さく笑みを零したメストは真剣な表情をすると、目の前にいる人へ懇願する。


「俺が、あなた様の名前をつけてもいいですか?」


 ◇◇◇◇◇

 
「どう、して……どうして、そこまでされるのですか?」


 メストからの思わぬ提案に、驚いた木こりはほんの少しだけ視線を落とすと表情を歪ませる。

 (どうして、そこまでして私のことを名前で呼びたいの? そんなことしなくたっていいじゃない)

 名前呼びに拘るメストに対して、変な勘違いをしそうになり、胸が苦しくなった木こりは思わず胸を抑えた。
 そんな木こりの戸惑った姿を見て、一瞬目を見張ったメストは安堵したような笑みを零す。

 (なんだ、ちゃんと人間らしい表情が出来るじゃないか。見かける度に、無表情だから実は少しだけ心配していた)

 無表情以外の表情を見せた木こりに、安堵したメストは笑みを潜めると右手を左胸にあてる。


「俺は、あなた様という人間と鍛錬がしたいのです。ですから、あなた様のことを『木こり』というあなた様のお仕事の名前ではなく、人としての名前を呼びたいのです」


 騎士らしく深く頭を下げるメストに、顔を上げた木こりが再び目を見開くと、思いつめたような顔をして再び俯く。

 (分かっている。これは、彼が私のことを『木こり』という名前で呼びたくないというわがままであり、決して彼が私のことを『特別だから』ということではないことを)


「申し訳ございません。弟子でありながら差し出がましいことを……」
「構いません」
「えっ?」


 決意を固めて深く息を吐いた木こりは、頭を上げると意外そうな顔でこちらを見ているメストに小さく頷く。


「構いません。騎士様がそれで納得するのであれば」
「あ、ありがとうございます! それでは早速、名前を付けさせていただきますね! う~ん、そうですね~、何にしましょうか……」


 嬉しそうな顔で頭を上げたメストは早速、木こりに相応しい名前を付けようと顎に手をあてながら考える。

 (フフッ、こんな些細なことでも真剣に考えてくれるなんて……本当、相変わらず優しいわね)

 1人で何やらブツブツと小声で呟いている彼に、木こりは小さく笑みを零す。
 それを見たメストが思わず息を呑んで見惚れた時、彼の頭にとある花の名前が浮かんだ。

 (そうだ、あの花から名前を取ろう。なにせ、あの花の花言葉は、どんな困難にも負けない彼に相応しいから)

 いつの間にか無表情に戻った木こりを見て、優しく微笑んだメストは『木こり』の彼に名前を付ける。


「では、『カミル』という名前はいかがでしょうか?」
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