木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第1章 木こりと騎士は再会する

第68話 弟子入り初日

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 トン! トン! トン!


「ん? んんんっ……ん?」


 メストの弟子入りを認めた翌日の夜がまだ明けきらない時間。
 二階の自室のベッドで寝ていた木こりは、外から何かが窓を叩きつけている音で目が覚め、眠気まなこのままカーテンと窓を開けて下を見下ろす。
 そこには、鼻先で器用に窓を叩いているステインがいた。


「ん? ステイン?」


 (夜が明けたから、魔物が出てくることはないと思うけど……)

 頭が覚醒していない木こりは、いつもの木こりの格好ではなくシンプルな寝間着姿で一階に降りると、窓を開けてステインに声をかける。


「おはよう、ステイン。珍しいね、こっちに来るなんて」


 (いつもは馬小屋に戻って朝ご飯が来るのを静かに待っているのに)

 窓から入ってきた冷たく新鮮な空気を頬に感じ、少しだけ目が覚めた木こりはステインに優しく微笑む。
 すると、窓から離れていたステインが小さく嘶きながら明後日の方向に首を何回も横に振る。

 (ん? ステインが首を振っている方向って確か……)


『それでは、早朝でお願いします。魔物が出る可能性も低いですし、その時間でしたら都合がつきますので』
『分かりました。では、早朝にお願いします』

 
「っ!?」


 昨日、メストと交わした約束を思い出し、顔を強張らせた木こりは恐る恐るステインの方を見る。


「まさか……彼があの場所に来ているの?」


 (嘘でしょ!? 本当に!?)

 メストと鍛錬の約束をした木こりだったが、王都で数多の悪徳騎士達と対峙していたお陰か、『どうせ、約束だけして来ないだろう』と半ば本気で思っていた。
 
 そんな木こりの考えてをあっさり裏切るようにステインが小さく嘶くと、顔を真っ青にした木こりは急いでステインにご飯をあげると、軽めの朝食と身支度を済ませる。
 そして、外に出てステインに馬具をつけると、ステインに跨ってまだ薄暗い森の中を駆けた。


 ◇◇◇◇◇

 
「あっ、いた!」


 (あの約束、嘘じゃなかったのね)

 全力疾走のステインに跨って森の中を駆けていくと、眼前に紺色の髪を短く切り揃えた長身で細身の男が、目を閉じて木に背を預けている姿が見えた。

 (へぇ~、遠くからでも案外さまになっている……って、そうじゃなくて!)

 彼の佇まいに一瞬だけ見惚れてしまった木こりは慌てて首を横に振っていると、木に凭れ掛かっていた男がステインの足音に気づき、ゆっくりと木から離れると嬉しそうに笑みで木こりとステインを迎える。


「っ!? 心臓に悪いわよ」


 (婚約者に見せるような嬉しそうな顔、ただの平民でしかない私にしないでよ)

 王都で何度も見かけているお陰か、ようやく見慣れた彼の凛々しい表情。
 でも、その表情とは正反対の柔らかな笑みを浮かべるメストに、胸が高鳴った木こりは思わず愚痴を零す。
 そして、こみ上げてきた高鳴る気持ちを押し殺した木こりは、ゆっくりと足を止めたステインから颯爽と降りた。


「おはようございます。すみません、お待たせしてしました」


 深々と頭を下げる木こりに、メストは笑みを崩さないまま小さく首を横に振る。


「おはようございます。大丈夫ですよ。俺の方がほんの少しだけ早く着いてしまっただけですから。それに……」
「それに?」


 そっと頭を上げた木こりの淡い緑色の瞳に、いつになく穏やかな笑顔のメストが映る。


「こうして、あなた様と一緒に鍛錬出来ることが嬉しすぎて、いつもより少しだけ早く目が覚めてしまったんです。我ながらガキっぽいですよね」


 そう言って悪戯っぽく笑ってウインクするメストを見て、一瞬目を見張った木こりは思わず目を背ける。

 (どうして、そんなに優しい笑顔を私に向けるの? よりにもよって、誰もいない森の中で)

 こみ上げてくる複雑な気持ちを強引に抑え込もうと、後ろ手に回すと拳を作って痛いくらいに握り締める。


「あ、あの、どうされましたか?」
「いえ、何でもありませんのでご心配なく」

 
 冷静になった木こりは、心配そうな顔でこちらを見るメストに視線を戻す。

 
「では早速、鍛錬を始めましょう。時間も勿体ないですから」
「そうですね。ですがその前に、お互いに自己紹介をしませんか?」
「自己紹介、ですか?」


 不思議そうに首を傾げる木こりに、笑みを潜めたメストが静かに頷く。


「はい。これから鍛錬をつけていただきますので、出来ればあなた様を名前で呼びたいのです。そして、私のことも『騎士様』ではなく名前で呼んで欲しいのです」
「それは……」


 真剣な表情で懇願するメストに、木こりは静かに口を噤む。

 (そんなもの、出来るわけ……)


「ではまずは俺から。俺……私の名前はメスト・ヴィルマンと申します。既にご存知かと思われますが、私は現在、王国騎士団に所属している騎士です。現在は近衛騎士団の一部隊の隊長をしております」


 (そんなこと、教えてもらわなくても知っているわよ。あなたが、剣術に秀でたヴィルマン侯爵家の長男であることも。あなたが、私の……)

 一瞬顔を歪ませて目を逸らした木こりを見て、思わず眉を顰めたメストは木こりに一歩だけ近づいた。


「あの、本当にどうなさいましたか? やはり、騎士は嫌だったでしょうか?」
「っ!?」


 (しまった、表情《かお》を見られた!)

 心配そうな顔で見つめるメストのアイスブルーの瞳とかち合い、木こりは慌てて無表情を戻すと小さく咳払いをする。


「コホン。いえ、本当に何でもありませんので。それに、私が本当に騎士様のことを嫌いでしたら、今この場にいません」
「そうですよね。それなら良かった」


 (てっきり、気分を害してしまったかと思った)

 安堵の表情で溜息をついたメストは木こりに名前を聞く。


「では、あなた様の名前を……」


 すると、僅かに視線を落とした木こりがメストの言葉を遮る。


「実は私、んです」
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