83 / 606
第2章 木こりと騎士は鍛錬する
閑話 ぼくのあるじ(前編)
しおりを挟む
「どっ、どうしよう!! ステイン!! メ、メスト様が!! メスト様が我が家にお泊まりされるって!! どうしよう、どうしましょう!!」
また『メスト様』? 散歩から帰る時も聞いたよ、それ。
いつものように主と共に朝の散歩から帰ってきた僕は、いつものように主が持ってくる僕の朝食を待っていた。
すると、黒いアイマスクとベレー帽を外した主が朝食を持って駆け込んできて、いつもの場所に朝食を置くと急に慌てふためいたのだ。
きっと、家に帰ったあとに自分が言ってしまったことの重大なさに改めて気づいて動揺したのだろう。
外から主の大声が聞えたし、普段は隠れている銀色の短い髪と淡い緑色の瞳がハッキリ見えているのがその証拠だ。
というか、そうなるって分かっていてどうして断らなかったの? いつもなら冷たく断っているのに?
そんな僕の疑問に気づいたのだろう主は、いつもの場所に朝食を置くと急に肩を落としてとても不本意そうな表情でそっぽを向いた。
「ステインだって、どうせ『どうして断らなったのだろう』とか思っているんでしょ?」
当たり。さすが我が主。
「分かっているわよ。本当はすぐに断るべきだった。あの人のことと自分の置かれている状況を考えれば尚更」
そこまで分かっているのに、どうして断わらなかったの?
首を傾げた僕を一瞥した主は、頬を赤らめると心底悔しそうな顔をしながら声を荒げた。
「でも、あの方の話と、あの方の嬉しそうな顔と悲しそうな顔を見たら、断りたくても断れないじゃない!! あぁ、もう!! 私が、あの方のああいう顔に弱いのは自分でも分かっていたのに!!」
へぇ~、僕の主ってこんな顔が出来たんだね。この場所で初めて出会った時……いや、久しぶりに出会った時はそんな顔しなかったのに。
地団駄を踏みながら普段は決して曝け出さない感情を曝け出す主に、僕は微笑ましく思いながらこの場所で主と出会った時のことを思い出した。
『いいかい、ステイン。君も覚えているかもしれないが、今日からこの人も君の主だよ』
そう言って、何の前触れも無く前の主に連れて来られたのが今の主だった。
僕の前の主は、人間の中ではそれなり歳がいっているはずなのに背筋を伸ばし、いつも白い髪を綺麗に整えるなど身綺麗にしていて、周りの人間達には朗らかに接していた誰にでも優しい男の人間だった。
その上、悪意のある人間には躊躇なく立ち向かい、一瞬にして倒すことが出来る強い人間でもあった。
そんな主が朗らかな笑みを浮かべながら僕の前に連れて来た人間は、酷く暗い顔をしていて、目に映る全てを信じていないような目をしていた。
えっ、この人も僕の主になるの?
目の前にいる人間を見て戸惑っている僕に気づいたのであろう、主はそんな僕を安心させるように優しく微笑んだ。
そして、そのまま木こりの格好をした青年の前にしゃがんだ。
『良いですか。これから、あなた様には平民の生活に慣れていただきます。色々なことがありすぎて傷心でいらっしゃるのは重々承知しております』
『分かっているなら、無理矢理外に連れて来ないでよ。私は、この国から出たくても出らえてないのよ。だったら、いっそ……』
あらあら、これは重症だな。今まで色んな人間を見てきた僕でも分かる。『僕の主』と言われたこの人間は、相当重症な人間だ。主の話をまるで聞いちゃいない。
そんなことを思っていた僕とは対象的に、主は笑みを浮かべたままの白雪のような綺麗な両手を優しく包み込んだ。
『いけませんよ、お嬢様。それ以上は、あなた様の御父上である旦那様が望んでおりません』
『でも、エドガス! 私には、私にはもう……』
黒いアイマスク越しに流れた青年の悲痛な涙を見て驚いていると、主は包み込んだ両手を強く握り締めた。
『だからこそ、旦那様は私にお嬢様を託したのです。大事な娘であるあなた様に生きていて欲しいと。そして、貴族社会しか知らないあなたに、少しでも知見を広めて民のために尽くして欲しいと』
『ううっ、エドガス~!!』
自分に降りかかった不幸に堪えきれなくなり、大泣きしながら抱きついてきた青年を、主はそっと抱き締めると優しく背中を摩った。
その時の主の表情は、普段穏やかな主にしては珍しくとても悔しそうな表情をしていた。
そして、それは前の主がいなくなった今でも僕の記憶の中にきちんと残っていた。
また『メスト様』? 散歩から帰る時も聞いたよ、それ。
いつものように主と共に朝の散歩から帰ってきた僕は、いつものように主が持ってくる僕の朝食を待っていた。
すると、黒いアイマスクとベレー帽を外した主が朝食を持って駆け込んできて、いつもの場所に朝食を置くと急に慌てふためいたのだ。
きっと、家に帰ったあとに自分が言ってしまったことの重大なさに改めて気づいて動揺したのだろう。
外から主の大声が聞えたし、普段は隠れている銀色の短い髪と淡い緑色の瞳がハッキリ見えているのがその証拠だ。
というか、そうなるって分かっていてどうして断らなかったの? いつもなら冷たく断っているのに?
そんな僕の疑問に気づいたのだろう主は、いつもの場所に朝食を置くと急に肩を落としてとても不本意そうな表情でそっぽを向いた。
「ステインだって、どうせ『どうして断らなったのだろう』とか思っているんでしょ?」
当たり。さすが我が主。
「分かっているわよ。本当はすぐに断るべきだった。あの人のことと自分の置かれている状況を考えれば尚更」
そこまで分かっているのに、どうして断わらなかったの?
首を傾げた僕を一瞥した主は、頬を赤らめると心底悔しそうな顔をしながら声を荒げた。
「でも、あの方の話と、あの方の嬉しそうな顔と悲しそうな顔を見たら、断りたくても断れないじゃない!! あぁ、もう!! 私が、あの方のああいう顔に弱いのは自分でも分かっていたのに!!」
へぇ~、僕の主ってこんな顔が出来たんだね。この場所で初めて出会った時……いや、久しぶりに出会った時はそんな顔しなかったのに。
地団駄を踏みながら普段は決して曝け出さない感情を曝け出す主に、僕は微笑ましく思いながらこの場所で主と出会った時のことを思い出した。
『いいかい、ステイン。君も覚えているかもしれないが、今日からこの人も君の主だよ』
そう言って、何の前触れも無く前の主に連れて来られたのが今の主だった。
僕の前の主は、人間の中ではそれなり歳がいっているはずなのに背筋を伸ばし、いつも白い髪を綺麗に整えるなど身綺麗にしていて、周りの人間達には朗らかに接していた誰にでも優しい男の人間だった。
その上、悪意のある人間には躊躇なく立ち向かい、一瞬にして倒すことが出来る強い人間でもあった。
そんな主が朗らかな笑みを浮かべながら僕の前に連れて来た人間は、酷く暗い顔をしていて、目に映る全てを信じていないような目をしていた。
えっ、この人も僕の主になるの?
目の前にいる人間を見て戸惑っている僕に気づいたのであろう、主はそんな僕を安心させるように優しく微笑んだ。
そして、そのまま木こりの格好をした青年の前にしゃがんだ。
『良いですか。これから、あなた様には平民の生活に慣れていただきます。色々なことがありすぎて傷心でいらっしゃるのは重々承知しております』
『分かっているなら、無理矢理外に連れて来ないでよ。私は、この国から出たくても出らえてないのよ。だったら、いっそ……』
あらあら、これは重症だな。今まで色んな人間を見てきた僕でも分かる。『僕の主』と言われたこの人間は、相当重症な人間だ。主の話をまるで聞いちゃいない。
そんなことを思っていた僕とは対象的に、主は笑みを浮かべたままの白雪のような綺麗な両手を優しく包み込んだ。
『いけませんよ、お嬢様。それ以上は、あなた様の御父上である旦那様が望んでおりません』
『でも、エドガス! 私には、私にはもう……』
黒いアイマスク越しに流れた青年の悲痛な涙を見て驚いていると、主は包み込んだ両手を強く握り締めた。
『だからこそ、旦那様は私にお嬢様を託したのです。大事な娘であるあなた様に生きていて欲しいと。そして、貴族社会しか知らないあなたに、少しでも知見を広めて民のために尽くして欲しいと』
『ううっ、エドガス~!!』
自分に降りかかった不幸に堪えきれなくなり、大泣きしながら抱きついてきた青年を、主はそっと抱き締めると優しく背中を摩った。
その時の主の表情は、普段穏やかな主にしては珍しくとても悔しそうな表情をしていた。
そして、それは前の主がいなくなった今でも僕の記憶の中にきちんと残っていた。
9
あなたにおすすめの小説
【完結】公爵家の秘密の愛娘
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝グラント公爵家は王家に仕える名門の家柄。
過去の事情により、今だに独身の当主ダリウス。国王から懇願され、ようやく伯爵未亡人との婚姻を決める。
そんな時、グラント公爵ダリウスの元へと現れたのは1人の少女アンジェラ。
「パパ……私はあなたの娘です」
名乗り出るアンジェラ。
◇
アンジェラが現れたことにより、グラント公爵家は一変。伯爵未亡人との再婚もあやふや。しかも、アンジェラが道中に出逢った人物はまさかの王族。
この時からアンジェラの世界も一変。華やかに色付き出す。
初めはよそよそしいグラント公爵ダリウス(パパ)だが、次第に娘アンジェラを気に掛けるように……。
母娘2代のハッピーライフ&淑女達と貴公子達の恋模様💞
🔶設定などは独自の世界観でご都合主義となります。ハピエン💞
🔶稚拙ながらもHOTランキング(最高20位)に入れて頂き(2025.5.9)、ありがとうございます🙇♀️
冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました
鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」
そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。
しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!?
だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。
「彼女を渡すつもりはない」
冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!?
毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし!
さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜――
リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される!
政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー!
「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~
ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。
騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。
母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。
そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。
望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。
※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。
※表紙画像はAIで作成したものです
追放された落ちこぼれ令嬢ですが、氷血公爵様と辺境でスローライフを始めたら、天性の才能で領地がとんでもないことになっちゃいました!!
六角
恋愛
「君は公爵夫人に相応しくない」――王太子から突然婚約破棄を告げられた令嬢リナ。濡れ衣を着せられ、悪女の烙印を押された彼女が追放された先は、"氷血公爵"と恐れられるアレクシスが治める極寒の辺境領地だった。
家族にも見捨てられ、絶望の淵に立たされたリナだったが、彼女には秘密があった。それは、前世の知識と、誰にも真似できない天性の《領地経営》の才能!
「ここなら、自由に生きられるかもしれない」
活気のない領地に、リナは次々と革命を起こしていく。寂れた市場は活気あふれる商業区へ、痩せた土地は黄金色の麦畑へ。彼女の魔法のような手腕に、最初は冷ややかだった領民たちも、そして氷のように冷たいはずのアレクシスも、次第に心を溶かされていく。
「リナ、君は私の領地だけの女神ではない。……私だけの、女神だ」
白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません
鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。
「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」
そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。
——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。
「最近、おまえが気になるんだ」
「もっと夫婦としての時間を持たないか?」
今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。
愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。
わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。
政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ
“白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!
無能だとクビになったメイドですが、今は王宮で筆頭メイドをしています
如月ぐるぐる
恋愛
「お前の様な役立たずは首だ! さっさと出て行け!」
何年も仕えていた男爵家を追い出され、途方に暮れるシルヴィア。
しかし街の人々はシルビアを優しく受け入れ、宿屋で住み込みで働く事になる。
様々な理由により職を転々とするが、ある日、男爵家は爵位剥奪となり、近隣の子爵家の代理人が統治する事になる。
この地域に詳しく、元男爵家に仕えていた事もあり、代理人がシルヴィアに協力を求めて来たのだが……
男爵メイドから王宮筆頭メイドになるシルビアの物語が、今始まった。
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる