木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第2章 木こりと騎士は鍛錬する

閑話 ぼくのあるじ(前編)

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「どっ、どうしよう!! ステイン!! メ、メスト様が!! メスト様が我が家にお泊まりされるって!! どうしよう、どうしましょう!!」


 また『メスト様』? 散歩から帰る時も聞いたよ、それ。

 いつものように主と共に朝の散歩から帰ってきた僕は、いつものように主が持ってくる僕の朝食を待っていた。
 すると、黒いアイマスクとベレー帽を外した主が朝食を持って駆け込んできて、いつもの場所に朝食を置くと急に慌てふためいたのだ。

 きっと、家に帰ったあとに自分が言ってしまったことの重大なさに改めて気づいて動揺したのだろう。
 外から主の大声が聞えたし、普段は隠れている銀色の短い髪と淡い緑色の瞳がハッキリ見えているのがその証拠だ。

 というか、そうなるって分かっていてどうして断らなかったの? いつもなら冷たく断っているのに?

 そんな僕の疑問に気づいたのだろう主は、いつもの場所に朝食を置くと急に肩を落としてとても不本意そうな表情でそっぽを向いた。


「ステインだって、どうせ『どうして断らなったのだろう』とか思っているんでしょ?」


 当たり。さすが我が主。


「分かっているわよ。本当はすぐに断るべきだった。あの人のことと自分の置かれている状況を考えれば尚更」


 そこまで分かっているのに、どうして断わらなかったの?

 首を傾げた僕を一瞥した主は、頬を赤らめると心底悔しそうな顔をしながら声を荒げた。


「でも、あの方の話と、あの方の嬉しそうな顔と悲しそうな顔を見たら、断りたくても断れないじゃない!! あぁ、もう!! 私が、あの方のああいう顔に弱いのは自分でも分かっていたのに!!」


 へぇ~、僕の主ってこんな顔が出来たんだね。この場所で初めて出会った時……いや、時はそんな顔しなかったのに。

 地団駄を踏みながら普段は決して曝け出さない感情を曝け出す主に、僕は微笑ましく思いながらこの場所で主と出会った時のことを思い出した。




『いいかい、ステイン。君も覚えているかもしれないが、今日からこの人も君の主だよ』


 そう言って、何の前触れも無く前の主に連れて来られたのが今の主だった。

 僕の前の主は、人間の中ではそれなり歳がいっているはずなのに背筋を伸ばし、いつも白い髪を綺麗に整えるなど身綺麗にしていて、周りの人間達には朗らかに接していた誰にでも優しい男の人間だった。
 その上、悪意のある人間には躊躇なく立ち向かい、一瞬にして倒すことが出来る強い人間でもあった。

 そんな主が朗らかな笑みを浮かべながら僕の前に連れて来た人間は、酷く暗い顔をしていて、目に映る全てを信じていないような目をしていた。

 えっ、この人も僕の主になるの?

 目の前にいる人間を見て戸惑っている僕に気づいたのであろう、主はそんな僕を安心させるように優しく微笑んだ。
 そして、そのまま木こりの格好をした青年の前にしゃがんだ。


『良いですか。これから、あなた様には平民の生活に慣れていただきます。色々なことがありすぎて傷心でいらっしゃるのは重々承知しております』
『分かっているなら、無理矢理外に連れて来ないでよ。私は、この国から出たくても出らえてないのよ。だったら、いっそ……』


 あらあら、これは重症だな。今まで色んな人間を見てきた僕でも分かる。『僕の主』と言われたこの人間は、相当重症な人間だ。主の話をまるで聞いちゃいない。

 そんなことを思っていた僕とは対象的に、主は笑みを浮かべたままの白雪のような綺麗な両手を優しく包み込んだ。


『いけませんよ、お嬢様。それ以上は、あなた様の御父上である旦那様が望んでおりません』
『でも、エドガス! 私には、私にはもう……』


 黒いアイマスク越しに流れた青年の悲痛な涙を見て驚いていると、主は包み込んだ両手を強く握り締めた。


『だからこそ、旦那様は私にお嬢様を託したのです。大事な娘であるあなた様に生きていて欲しいと。そして、あなたに、少しでも知見を広めて民のために尽くして欲しいと』
『ううっ、エドガス~!!』


 自分に降りかかった不幸に堪えきれなくなり、大泣きしながら抱きついてきた青年を、主はそっと抱き締めると優しく背中を摩った。
 その時の主の表情は、普段穏やかな主にしては珍しくとても悔しそうな表情をしていた。

 そして、それは前の主がいなくなった今でも僕の記憶の中にきちんと残っていた。
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