木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第4章 記憶と思惑のフィアンツ帝国

第194話 夜の森で(前編)

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 ノルベルトのありがた迷惑な気遣いで、一行は日が落ちる前に国境付近の宿場町にある比較的簡素な宿に泊まった。

 (本当、泊まる意味なんてあったのかしら?)

 そして、研究者達や町が寝静まった頃、カトレアは1人、宿から少し離れた夜の森を歩いていた。


「今のところ、周辺には魔物の気配は無いみたいね」


 (ラピスや他の人達には黙って来ちゃったけど……まぁ、『稀代の天才魔法師』である私が、魔物程度に後れを取るわけが無いから良いわよね)

 辺りを警戒しながら森を進むカトレアは、僅かに月明かりの差し込む場所で見つけて足を止めた。


「それじゃあ早速、始めようかしら」


 小さく息を吐いて、腰に巻いていたマジックバックから杖を取り出すとそのまま構えた。


「まずは魔力を溜める練習を……って!?」


 (あれって、もしかしなくても人影!?)

 杖の先に人影がいると気づいたカトレアは、杖を構えたまま人影がいる方にゆっくりと近づいた。
 すると、カトレアの存在に気づいた人影がゆっくりと振り向いた。


「おや、これはこれは」
「っ!? あなたは!」


 人影を追って森を抜けたカトレアの前には、下級文官であるマクシェルが笑みを浮かべながら崖の上に立っていた。




「これはこれは、稀代の天才魔法師様ではありませんか。あなた様も散歩ですか?」
「いいえ、私は魔法の練習……って、どうしてあなたがここにいるのですか!?」


 (夜の森を歩くなんて正気の沙汰じゃないの!?)

 自分のことを棚に上げてマクシェルのことを心配するカトレア。
 そんな彼女を見て、マクシェルは穏やかな笑みを浮かべながら夜空に浮かぶ月を見上げた。


「それはもちろん、この綺麗な月を見るためですよ。ほら、今日は満月ですよ」
「そうですね……って、違います! 下級文官でも、夜の森が魔物の巣窟になるくらい分かっていますよね!?」
「えぇ、分かっていますよ。だから、こうして護身用に剣を腰に携えているのではありませんか」


 そう言ってマクシェルは、下級文官用のロングコートを少しだけ捲り、銀色の鞘に収まった片手剣を見せた。


「片手剣を帯刀……あなた、下級文官なのに剣を扱えるのですか?」
「えぇ、一応貴族の出でありますから当然扱えますよ。とは言っても、最低限の護身術程度ではありますが……ほら、この通り!」
「っ!?」


 その瞬間、穏やかな表情のマクシェルが、真横から飛んできた小さな魔物をいとも簡単に魔石に変えた。

 (すごいわ、魔物を見ることも無く屠るなんて)

 驚いて目を見開くカトレアに、マクシェルは何事も無かったかのように落ちていた魔石を拾い、そのまま彼女に差し出した。


「はい、どうぞ。これは、私が持っていても何の役にも立ちませんから、研究者の皆様にお渡しください」
「あっ、ありがとう、ございます……」
「どういたしまして」


 (それにしてもこの人、どうして下級文官なんてやっているの? 『皇帝の命令でペトロート王国に来た』っておっしゃっていたけど……)


「あの」
「はい、何でしょう?」
「どうして、下級文官なんてやっているのですか? 魔物を一瞬屠る力があるのでしたら、騎士にでも……」
「いえいえ、私には騎士様程の力はありませんよ」


 笑顔で謙遜するマクシェルに、カトレアは少しだけ眉を顰めた。
 すると、マクシェルは少しだけ笑みを潜めた。


「カトレア様、少しだけ聞いてもよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」


 眉を顰め続けるカトレアに対し、姿勢を正したマクシェルは真っ直ぐカトレアの目を見た。


「あなた様は今、幸せですか?」




「えっ?」


 (何、その朴訥な質問?)

 質問の真意が分からず首を傾げるカトレアに、マクシェルは下がっていた口角をゆっくり上げた。


「そんなに深く考えないでください。ただ、私は純粋にあなた様が今、幸せなのか聞いているだけなのです」
「私が今、幸せなのか……」


 マクシェルの問いに、カトレアは考え込むように顔を俯かせた。

 (そんなこと、毎日の仕事の忙しさで考える余裕すらなかった。仕事はもちろん充実しているし、ダリア以外の友達とは、学園を卒業した今でもお茶会に呼ばれる程に仲は良い。婚約者であるラピスとも、休みが合えばデートするくらいに親密。多忙な中でも、それなりに満たされている。でも、それを幸せかと問われれば……)


「どうですか? 今、幸せですか?」
「……分かり、ません」


 か細い声で出たカトレアの答えに、マクシェルは笑みを潜めると彼女に背を向けた。
 そして、夜空にぽっかり浮かぶ月を再び見上げた。


「そう、ですか」


 (もし、今のあなたが幸せで無いと知ったら、きっと娘は……)

 月を見上げた彼の拳に僅かに力が入った。
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