木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜

温故知新

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第5章 止まっていた運命が動き出す

第321話 メストとラピス(後編)

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「なにっ! 団長が!?」


 ラピスに気絶させられていたメストは、当然あの場にフェビルが来たことを知らない。
 言葉を失うメストに、ラピスは深く頷いた。


「はい。何でもあのアバ……ダリア嬢を迎え来たとかで」
「そうか。では、団長があの場を収めてくれたということか?」
「そうです。ちなみに、自分と隊長があの場にいたことを団長は知っています」
「そうか、ならば出勤した時にあの場を収めてくれたお礼を言わないといけないな」


 偶然とはいえ、フェビルがダリアを止めてくれたことに内心感謝しつつ、メストは安堵の笑みを浮かべた。
 すると、ラピスが酷く言いづらそうな顔で口を開いた。


「あの、隊長」
「何だ?」
「隊長は……婚約者が自分のことを認識していないことを分かっていたのですか? だからあの時、初対面のような仰々しい挨拶をされたのですか?」


『これはこれは、ペトロート王国宰相家令嬢のダリア・インベック公爵令嬢ではありませんか』


 (いくら鎧で顔が隠れているとはいえ、声を聞けばすぐに自分の婚約者だとバレる。それを分かっていてあのような大仰な態度を取ったということは……)

 ラピスの質問に、ゆっくりと視線を落としたメストが弱々しく笑った。


「あれは、ダリア気づいて欲しくてわざとやったんだ」
「わざと、ですか?」


 小首を傾げるラピスに、顔を上げたメストが小さく頷いた。


「あぁ、本当はカミルの名前を呼んだ時点で気づいてくれれば、あんな真似をしなくて済んだんだけどな」


 あの場所に到着した時、メストの目に飛び込んできたのは、カミルと双剣を持ったラピスがダリアと黄金の騎士達と対峙していたところだった。

 (どうして、カミルとダリアが対峙しているんだ!)

 カミルの傍にいた冒険者がラピスだと気づかなかったメストは、決して出会うはずがないと思っていた2人が王都の街中で対峙している光景に絶句した。
 しかし、ダリアを見るカミルの真剣な表情に、突き動かされたメストはカミルの名を呼んだ。
 カミルがメストに気づいて、あわよくばダリアもメストの声を聞いて気づいてくれるだろうと。

 だが、カミルの名前を呼んでもメストがいると気づかなかったダリアに、メストはわざと仰々しい挨拶をした。
 『今度こそ、この場に婚約者がいることを気づいてくれ』と心底願いながら。


「本当は兜を取った方が良かったのだろうが……あの時は、俺も混乱していた。兜を取って顔を見せるよりも俺の声をたっぷり聞かせれば、ダリアが俺に気づいて、バカな真似を止めてくれるだろうと……あの時はそう、思ったんだ」
「ですが、結果的には……」
「あぁ、ダリアは俺の声に気づくことはなかった。当然だよな。何せ、最後に言葉を交わしたのは半年前の夜会だったのだから」


『はぁ!? どうして平民如きが私の名前を知っているのよ!』


 メストの脳裏に蘇った、ダリアの心底嫌そうな顔でこちらを見下すような視線。
 それは、相手が婚約者じゃなくても決して向けてはいけないものだった。


「隊長、あなたには……」


 その時、頭の中でカトレアからの忠告が響いた。


『ラピス、間違ってもフリージアのことをメスト様に漏らしてはダメよ。今のメスト様は、あの男の傀儡なのだから』


「ラピス、どうした?」
「いえ、何でもありません」


 (フリージア嬢も、きっとこんなやるせない気持ちを持っていたのだろう。特に、隊長の前だと尚更)

 申し訳なさそうに顔を俯かせたラピスは、この2年間、カミルが抱き続けたであろう感情に苛まれそうになり、膝の上に作った拳をギュッと握り締める。
 すると、メストがラピスに向かって力なく笑った。


「やはり、最初からダリアに素顔を晒すべきだった。そうすれば、お前やカミルに迷惑をかけることも無かった」
「隊長……」
「それでも、ダリアが俺に気づくかは別だな。何せここ1年、まともに顔を合わせていないから」


 メストがデートに誘っても『忙しいから無理!』と断り、そのうち『手紙を送って来ないで』と言って、偶然王都でメストに会っても『邪魔しないで!』と邪険にするダリア。
 メストは分かっていた。ダリアが自分のことを婚約者として扱っていないことを。
 でも、『自分が好きになった人だから』と必死に耐えた。
 例え、ダリアが白昼堂々自分以外の貴族令息と腕を組んで仲睦まじい様子で歩いているところを何度も見かけたとしても。
 そして、メストがカミルのところに通ううちに、いつしか2人は疎遠になった。

 そんな状況でダリアが、果たしてメストの顔を見て婚約者だと気づいてくれるかどうか。

 それは遠回しに『婚約者が、今の自分を認識してくれるか分からない』と言っているようなものだった。

 澄み渡る青空に微笑みかけたメストの横顔は、2人に対して申し訳なく思っている中に、どこか悲しさと寂しさが混ざっていた。
 そんな彼の横顔を見て、ラピスは心の中でカトレアに言葉をかける。

 (なぁ、カトレア。知っていても何もできないなんて、こんなにも無力なんだな)

 それは、カミルが5年という月日の中で抱き続けた、行き場の無い想い。
 1日たりとも消えることが無かった、悲しくて虚しくてどうしようも出来ない想い。

 その想いを知らず知らずのうちに気づいたラピスは、今のカミルと同じように、ただただ耐えることしかなかった。
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