女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

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15. あの日 ※お父様視点※

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 あの、全てが終わった日のことを、私は生涯忘れないだろう。

 私の母は、私が物心ついた時からとても厳しい人だった。
 他国の王族であった祖母の影響で、我が国では美徳とされていた男に盲従な貴族女性とは違い、自分の意見をしっかりと持っていた。他人にも、それ以上に自分自身に厳しく、常に気を抜かず、真っ直ぐに前を向いてピンと背筋を伸ばしているような人だった。

 私は彼女の、『王妃』としての姿以外を見たことがない。母親としての愛情をかけられたことはないし、父王の愛人達に対して嫉妬に狂うような、『女』の一面を見せることなど皆無だった。

 死ぬその瞬間まで、母は孤高の気高い王妃だった。

 政略結婚の末、憎いといっても過言ではない男との間に、義務で産ませられた子供が私だ。母とってはさぞかし疎ましい存在だったことだろう。息子の私を愛せないのは、彼女の所為ではない。せめて愚かな父親に似て無能な後継ぎにならないように、手元に置いて厳格な躾をしようとしたのも肯ける。

「国は、国民なくして成り立ちません。王族も、彼らの信頼なくして生きてはいけないのです」

 それが母の口癖だった。

 いつ母がそれを決断したのかは分からない。ただある日、父の異母弟である叔父と母が話し込んでいる場面を見たことがある。

 幼い私と歳の近い従兄弟ーーアーノルドを遊ばせる名目で、叔父は度々、王宮の片隅にある離宮の、母と私の生活空間に姿を見せた。
 その日もアーノルドを伴って現れた叔父に、母は珍しく午後のお茶を申し出たのだ。

 その頃には既に、現国王である第一王子派と、叔父である第二王子派での対立が激化していたから、いわば二人の『密会』は邪推を招く恐れがあったが、幼い子を持つ親同士という建前に誤魔化されて、大袈裟に考える者はいなかったように思う。

 そしてあの日ーー

 私と二人だけの朝食を取った後、母は父に遣いの者を送った。

「久しぶりに家族水入らずで、お茶を頂きたいですわ。ハワードが貴方に会いたがっていますの」

 ……もちろん嘘だ。生まれてこの方、ろくに言葉も交わしたこともない父に、私は会いたいなどと思ったことはない。どう言いくるめたのかは知らないが、その日の午後、父は渋々、私の顔を見にやってきた。

 母は早々にメイドを下がらせると、手ずから紅茶を振る舞った。「貴方に紅茶はまだ早いから」と言って、私には果実水を。

 とても穏やかな、気持ちのいい昼下がりだった。
 春の訪れを喜ぶ鳥のさえずりが、遠くから聞こえて来る。一匹のリスが机の上によじ登ってきて、皿から木の実入りの焼き菓子を口を一杯にして失敬していった。

 ーーどれぐらいの時が過ぎたのか。

 目の前で悶え苦しむ両親を、私は身動ぎ一つせず静かに見つめていた。

 ひゅーひゅーと呼吸困難に喘ぐ父が、まるで助けを求めるように震える手を伸ばしてくるが、その指先が私に届く前に力をなくしてガクンと下に落ちた。
 母も苦しそうに喉を押さえているが、父みたいに不様に喚いてはいなかった。覚悟を決めた者の強さか、グッと眉間に皺を寄せて耐えている。

 目の前の惨劇が、まるで他人事のようだった。人の命がーー両親の命が消えゆくというのに、何の感情も湧いてこない。

 さらりと心地良い風が、私の頬を戯れに撫でていく。
 思えばその日は朝から穏やかな日だった。嵐の前の静けさというか、日頃の喧騒さが耳に届かない。

 母は朝食の席で、私に立派な大人になりなさいと言った。

「王族に生まれたからには、望む望まざるに拘わらず、それだけの責任がついて回ります。貴方には、ラッセル王国の民に対して多大なる責務があるのです。彼らが貴方の地位を支えてくれるように、貴方は彼らの命と生活を何としても守らなければなりません」

 だから状況をよく見て、決して感情的にならず、何が最善かを考えられる人間になりなさい、と。

 いつも言われていることなので、私はただ素直に「はい、お母様」とだけ返した。

 今、自分に求められていることーー 

 二人の死が、確実になるまで。

 最初で、そして最後の一家団欒の場に静けさが戻った頃。

 私はようやく、誰かを呼ぶために席を立った。

「……愛してるわ、ハワード。私の可愛い子……」

 母の間際の言葉に、自分が涙していることも知らずに。
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