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1_皇帝陛下のなぞかけ_前編
しおりを挟む「皇帝陛下が御成りになられます!」
大官の声が、広場に響き渡った。
その日、首都西京の和紫皇宮の前の広場には、朝袍を着用した大勢の文官と武官が参内していた。
大官の声を聴いた群臣が跪くと、彼らの前に明黄色の龍袍をまとった人物が、颯爽と現れる。――――この国の皇帝、元康帝だ。
「そなたらに聞きたいことがある」
その場に集っていた人々は、膝を折って叩頭しようとしたけれど、皇帝陛下はその動きを制して、そう言った。
「数日前、奇妙なことが起こった。だが誰も、その謎を解けぬ。この謎を解いた者には、褒美を授けよう」
突然のことに、一同は狐につままれたような顔になり、大口を開けたまま、皇帝陛下を見つめていた。
「いったい、何がはじまるんでしょうか、仲弓さん」
「さあな、わからん」
隣にいる仲弓さんに話しかけるものの、答えは素っ気なかった。
私と仲弓さんは、辺境の小部族、ジェマ族の人間だ。今日はたまたま、陛下に奏上を届けるために、和紫皇宮を訪れていた。
おそらく一生に一度しか足を踏み入れないだろう、この場所で、今まさに、楽しそうな出来事が起ころうとしている。そのことに、胸が躍った。
「なんだかわくわくしますね」
「楽しむな」
目を輝かせる私の様子が、浮ついて見えたのか、仲弓さんは険しい顔になっていた。
「・・・・黙ってるんだぞ、嶺依。今日は奏上を届けに来ただけだ。目立つべきじゃない」
「・・・・わかってますよ」
安心させるために仲弓さんに笑顔を見せて、私は陛下に目を戻した。
「数日前、刑部の詰め所で、光烈という軍人が殺された。その夜、他の者は出払っていて、詰め所には光烈しかいなかった。そのため遺体の発見が遅れ、翌日、部下の王自斉が倒れた光烈を見つけ、犯人を追ったが、すでに逃走した後だった。光烈は首を斬られていて、それが致命傷となったようだ」
陛下は自分の首に、斜めに指を走らせた。
軍人を一撃で仕留めたとなると、犯人もかなり手練れだと推察できる。
「光烈の部屋は、荒らされていた。金目の物は持ち出され、高価な壺や酒瓶は割られて、棚や壁にも刀傷が残っていたそうだ。みなは口をそろえて、強盗の仕業だと言うが、私はどうにも腑に落ちない」
群臣は一心に、陛下の声に耳を傾けている。眼差しが、話の続きを求めていた。
「刑部の詰め所を、強盗が狙うだろうか? 愚か者は数えきれないほどいるから、いないとは断言できぬが。それに部屋の床板には、文字が残っていた」
「文字とは?」
大官の一人が訊ねる。
「――――黄、夏、斎、と、床に三文字、刻まれていた」
陛下は宙に指で、文字を描く。
「黄夏斎?人の名前でしょうか?」
「近くには、血が付いた光烈の短剣が落ちていた。死体を見た医官によると、光烈は首を斬られた直後に意識を失ったものの、しばらくして目覚めた形跡があるということだった。だが割れた破片が膝に突き刺さり、立ち上がれなかったため、助けを呼びに行けなかった。朦朧とする意識の中、必死に床に字を刻み、その後、失血して絶命したのだろうというのが、大方の見方だ」
「では、それが犯人の名前では?」
「そ、そうですよ! 犯人の名前で間違いありません!」
「だが関係者をすべて調べさせたが、黄という姓の者は数人いても、夏斎という名前の人物は一人もいなかった」
陛下の一言で、勢い付いていた大官達は肩を萎ませた。
「地名でもない。そなたら、心当たりはあるか?」
陛下が群臣に問いかけるけれど、みなはそろって首を横に振った。
「暗号なのでは? 犯人の名前を直接書くと、消されてしまう可能性があるので、暗号にしたのかも・・・・」
「死ぬ間際の朦朧とした状態で、暗号など作れるものか?」
「それは――――」
もう一人が挙げた推理も、他の大官によってあっさり論破されてしまった。
――――しばらくして、大官達は沈黙してしまう。
「・・・・なんだ、誰にもわからぬのか」
つまらなさそうに言って、陛下は歩き出す。
陛下が動くと、供の者達もぞろぞろと付き従った。
私達は陛下に話しかけることも、近づくことすら許されないので、遠巻きに見つめるだけだった。
だけどうっかり、目が合ってしまう。
何を思ったのか、陛下は私達に近づいてきた。逃げるわけにもいかず、私達は跪き、拝礼する。
「その民族衣装は確か・・・・そなたら、ジェマ族の者か? ・・・・そう言えば今日、ジェマ族の者達が奏上を持ってくる予定だったな」
目立たないよう心がけていたのに、私達の民族衣装が、陛下の注意を引いてしまったようだ。
私達ジェマ族は、極北の雪深い場所で暮らしている。一年の大半を雪に閉ざされた地域で過ごし、狩猟によって日々の糧を得ていた。
「立つがよい。話すことを許す」
「感謝いたします」
陛下の許可を得て、私達は立ち上がる。
本来なら、私達の身分では、皇帝陛下と直接話すことは許されない。
でも、元康帝は変わったお方のようで、身分が低い者達にも気軽に声をかけるそうだ。むしろ、面倒な儀礼を嫌うと聞いている。
「そなたら、名前は?」
「部族長の、仲弓と申します。こちらは嶺依です」
私達の身分では、陛下の顔を直視することは許されないので、仲弓さんは目を伏せたまま答えた。
「そうか。ジェマ族は確か、狩猟民族だったな」
「はい」
「何かわからないか?」
「何か、とは・・・・」
「狩猟民族と言うことは、戦いについての知識を多く持っているのだろう? 私がさっき話した件で、気づいたことはないか?」
――――困ったことになったと、私は仲弓さんと顔を見合わせる。
こうなると、答えないことが逆に失礼になってしまうだろう。
「・・・・申し訳ありません、陛下。これは、狩猟とは違いますので――――」
「いかなることでもよい。気づいたことがあるのなら、今すぐ申し聞かせよ」
「・・・・・・・・」
そう言われても、困ってしまう。
その時、陛下の背後に立っていた人物と、目が合った。
(胡人だ・・・・)
白い肌、高い額と鼻筋、大きな瞳――――その青年の顔には、西方民族の特徴があった。
混血なのか、金髪碧眼ではないものの、髪色や瞳の色が透き通るように薄い。まだ顔にはあどけなさが残っているのに、他の人達に比べて背が高いのも、胡人の特徴だろう。
西京には各地から人が集まってくるから、街中で胡人と出会うのも、珍しいことじゃない。
でもその青年は、高価そうな金黄色の朝袍を着ている。服の色から考えると、彼は皇子の一人だろう。
元康帝の妃嬪の一人にも、胡人がいると聞いたことがある。彼女は皇子を生んだ後、亡くなったそうだ。
(ということは、彼が俊煕殿下なのかな)
胡人のお妃様から生まれたのは五番目の皇子で、確か、俊煕という名前だったはずだ。
俊煕殿下はすでに戦にも出たことがあり、武功も立てているそうだ。眉目秀麗なだけじゃなく、武芸に優れた、勇猛な方だと聞いている。
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