後宮の死体は語りかける

炭田おと

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2_皇帝陛下のなぞかけ_中編

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「何でもいい。何か思いつかぬのか?」

 これだけ大勢の人が揃いながら、誰も納得のいく説明ができないことに苛立ったのか、陛下は不機嫌になっていた。

「陛下、部下に調査させておりますので、いずれ答えもわかるかと・・・・」

「わかっている。だが私は今すぐ、答えが知りたいのだ。みなはこれを些事さじだと考えているようだが、この小さな疑問が頭にこびりついて、離れん。これでは、政務が手につかぬ。そなた、まことに何もわからぬのか?」

 不意に顔を近づけられて、驚きから私は、思わず口を開いてしまった。


「・・・・気づいたことがあります」


 陛下は瞠目し、仲弓ちゅうきゅうさんは非難するような眼差しを向けてくる。


「そうか、そうか。では、申し聞かせよ」

 陛下は嬉しそうに、食い付いてきた。

 まずいと思ったものの、もう引っ込みがつかないので、私は話をすることにした。


「その前に、いくつかお伺いしたいことがございます」

「申せ。答えよう」

「では、お伺いいたします。血は、部屋中に飛び散っていたのでしょうか?」

「大量の血で汚されていたのは、光烈こうれつが倒れていた場所だけだ。あとは棚の付近に数滴、血が落ちていたらしい。犯人が棚の上の壺を割った時に、傷を負ったのだろう」

「では、光烈こうれつ様は剣を抜いていたのでしょうか?」

「剣は、鞘に入ったままだった。遺体には致命傷となった刀傷以外に、傷はなかった」

 新たに与えられた情報を組み立てて、私は考える。


「・・・・不自然ですね」

「何がだ?」

光烈こうれつ様が一撃で意識を失い、しかも剣が鞘に入ったままなら、光烈こうれつ様と襲撃者は争っていないことになります。争っていないのなら、壁や棚に剣傷が残るはずがありません」

 陛下はにやりと笑った。

「では、偽装か」

「はい。それに――――」

「それに?」

「傷口の形から見て、光烈こうれつ様は真正面から首を斬られたのでしょう。武人なのに剣を抜く暇もないまま、正面から斬られるなど奇妙です。不意を突かれ、押し入られたのだとしても、武人ならば身体に染みついた経験から、とっさに剣を抜いているはずです」

「なるほど、確かにそなたの言う通りだ」

 陛下は顎を撫で、考え込む。

「それに物取りならば、高価な壺を見逃すはずがありません。さらに現場には、割れた酒瓶があったとか。おそらく盃も落ちていたのではないでしょうか?」

「ああ、そなたの言う通り、割れた酒瓶の近くに、盃が落ちていた」

「では、犯人はおそらく顔見知りです。お酒をわしている最中に口論になり、光烈こうれつ様は激昂した客人に斬られたのでしょう。斬ったほうはすぐに我に返り、強盗に見せかけるために、部屋を荒らしたんだと思います」

 並んだ大官たいかん達が、瞼をぱちぱちと瞬かせた。

「そこまでわかるのか?」

「でなければ軍人として俸禄ほうろくを得ているお方が、剣を抜かないまま斬られるはずがありません。すべてが、突然のことだったのでしょう。夜、二人で飲み交わしていることから、かなり親しい相手だったのだと思います」

「馬鹿な! 武官として登用とうようされた者が、仲間を殺すはずがない!」

 一人の大官たいかんに、詰め寄られる。

「あくまでも推測です。ですが光烈こうれつ様は、一撃で意識を失っています。相手も、それだけ腕が立つ人物であるという、証左しょうさではないでしょうか?」

「それは――――」

 大官たいかんは言葉を失い、視線を彷徨わせる。

「だが、光烈こうれつの知り合いに、黄夏斎こうかさいという名前の男はいない」

「その点なのですが――――」

 私は陛下の顔に、目を戻す。


「黄夏斎という文字の大きさは、均一でしたか?」


 陛下の眉間に、皺が刻まれる。

「何?」

「文字の大きさが、不揃いだったのではないですか?」

 陛下は答えあぐね、側に控えていた大官たいかんのほうを振り返った。陛下自身は現場に足を運ばず、大官たいかんから又聞きした話をしていただけなのだろう。

「・・・・確かに、文字の大きさは不揃いでした」

 陛下の代わりに、その大官たいかんが情報を与えてくれた。

「しかしながら、さような情報が犯人の特定に、どう役に立つのでしょうか? 朦朧とした意識で文字を刻んだのなら、不揃いにもなるでしょう」

 だけど彼は、最後に疑問を添える。

「確かに、そうだな」

 陛下は私に、目を戻した。

「そなたは、これが手がかりになると考えているのだな?」

「はい、おっしゃる通りです」

「なぜ?」

「犯人が現場に留まっていたのなら、意識を取り戻した光烈こうれつ様が床に文字を刻むのを、止めたはずです。ですがそうしなかったのは、光烈こうれつ様を斬った後、すぐに現場から離れたからでしょう。――――しばらくして部屋に舞い戻り、床に刻まれた文字を見て、驚いたはずです」

「だろうな」

「しかし、床板に直接刻まれた字を消すのは、大変です。血で隠そうが、血を拭き取れば、簡単にばれてしまう。文字が見えなくなるまで床板を削るという方法もありますが、字がまったくわからなくなるまで削るのは、さらに時間がかかるでしょう。字を発見した時、犯人には床板を削る時間がなかったのかもしれません」

「なるほど、そうかもしれぬな。――――それで、リョウイ、と言ったか」

「はい」

「そなたならば、そんな時、どうするのだ?」

 私は微笑を浮かべる。


「私ならば、漢字に線を付け足して、別の漢字にします」


「・・・・は?」

 居並ぶ大官たいかん達が、また大きく口を開けた。


「残っていたのは、黄夏斎こうかさい――――でも、元の字は違ったのではないでしょうか? 例えば、もともとそこに書かれていた漢字が、田んぼの田だったのなら? いくつか線を加えれば、黄にすることができます。目という漢字ならば、線を加えて、夏にすることもできるでしょう」


「なるほど!」

 陛下はぱんと手を打った。

黄夏斎こうかさいは、書き換えられた後の文字か。では――――」

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