後宮の死体は語りかける

炭田おと

文字の大きさ
14 / 56

13_趙徳妃

しおりを挟む



「申し訳ありませんが、趙徳妃ちょうとくひ様はご気分が優れず、お会いになることができません」


 華藍宮がらんきゅうの門前で出迎えてくれた常茗じょめいという宮女きゅうじょは、そう言って、私達の立ち入りを拒んだ。


「・・・・そうですか。それは残念です」

 私達はどうやら、ここでも警戒されているらしい。常茗じょめいさんはにこやかに対応して暮れているように見えるけれど、頬が少し強張っている。


 彼女の態度は冷ややかだ。私達が質問を重ねたところで、あたりさわりのないことしか答えてくれないだろう。


 私は頭を切りかえる。


「では、承粋宮しょうすいきゅう曹貴妃そうきひ様に仕えていた翠蘭すいらんさんについて、教えてください」


 すると常茗じょめいさんは目を丸くする。


翠蘭すいらん? 翠蘭すいらんのことを聞きにいらっしゃったんですか?」

「ええ、話をしたことはありますか?」

「何度か・・・・でも翠蘭すいらんのことが知りたいのなら、私達に聞くよりも、承粋宮しょうすいきゅうの方々に聞かれたほうがいいのでは?」

「くわしいことは教えてもらえませんでした。だから、他の方々に聞くことにしたんです」

「なるほど・・・・」

 常茗じょめいさんはくすりと笑ったけれど、すぐに袖で口元を隠した。

翠蘭すいらんには、よくない噂がありました。それで承粋宮しょうすいきゅうの方々は、翠蘭すいらんの素行を隠したいのでしょう」

「よくない噂?」


「――――皇帝陛下に仕える宮女きゅうじょでありながら、陛下以外の殿方と通じている、と」


 私達は息を呑む。殿下の表情も、厳しくなっていた。


「そんなことがありえるだろうか? この場所には宦官かんがん以外、男は立ち入れないはず」


「ええ、その通りです。しかしながら、例外がございます。・・・・殿下がこうして、内廷ないていにいらっしゃるように」


 ハッとして、常茗じょめいさんの顔を見る。


 常茗じょめいさんは含みのある微笑を浮かべ、優雅に一礼する。


「それでは、私はこれで」

 そうして、常茗じょめいさんは華藍宮がらんきゅうの中に戻っていった。


 これ以上、ここに留まっても意味はないので、私達は門を目指し、並んで歩き出した。


「・・・・さっきの話を、どう思いますか? 殿下」

 歩きながら、殿下に話しかける。

 失礼になると思い、殿下の前では溜息をつかないように気をつけていたけれど、思わせぶりなことを言うばかりで、はっきりとした答えをくれない人達に、少し疲れを感じてしまった。

「誰もはっきりとは言ってくれないので困りますね」

内廷ないていで働いている者なら、誰でも知っている噂なのでしょう。ですがそれを外部の者に話せば、自分や親族に累が及ぶやもしれないと、恐れているから、口を閉ざしているのだと思います。・・・・ですが、一つわかったことがあります」

「わかったこと?」


 殿下は立ち止まり、私に向きなおる。


翠蘭すいらんに恋仲の男がいたとしたら、その人物はおそらく、莫氏ばくしの者でしょう。莫氏ばくしの男子であれば、内廷ないていに自由に出入りできる。あの宮女きゅうじょの言葉は、きっとそういう意味なのだと思います」


 息を呑み、殿下の顔を見つめる。

「それは・・・・確かにその可能性はありますが・・・・」


「だとすれば、相手に心当たりがあります。――――独秀どくしゅう叔父上でしょう」


皇太弟こうたいていの、独秀どくしゅう殿下ですか?」

「ええ、そうです。叔父上は権力には興味を持たず、音楽と詩を愛する方です。その点においては、とても良い方なのですが、その――――女性に関しては見境がない方なんです」


 その一言で、どんな人物なのか想像がついてしまった。
 帝位を巡る争いで、多くの血が流れたから、陛下のご兄弟で存命している方は、それほど多くない。

 権力に興味を持っていないということは、浮草のような一面がある方なのだろう。後継者争いで莫氏ばくしの兄弟達が殺し合うなか、独秀どくしゅう殿下が生き残れたのは、その性格が功を奏したからだろうと思う。


 だけど、真面目の見本のような俊煕しゅんき殿下の叔父上が、宮女きゅうじょに手を出すような軽率で軽薄な方だというのが、なんとなく想像できない。


「つい最近も、叔父上が宮女きゅうじょを口説いたという噂を耳にしたばかりです。相手の名前は聞いていませんが、宮女きゅうじょに手を出す人物がいるとすれば、叔父上しかありえないでしょう」

「そ、それは・・・・」

 あまり人を悪く言わなさそうな俊煕しゅんき殿下が、ここまで強く言いきるとは。それだけでもう、独秀どくしゅう殿下の日頃の行いがわかる気がした。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました

ほーみ
恋愛
 春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。  制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。  「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」  送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。  ――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

処理中です...