後宮の死体は語りかける

炭田おと

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15_猥談

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 その後私達は、仲弓ちゅうきゅうさんと合流するため、内廷ないていの門をくぐり、清和殿せいわでん前の広場に戻っていた。

仲弓ちゅうきゅうさ――――」

 先の広場に、仲弓ちゅうきゅうさんの姿を見つけて、私は手を振ろうとした。


 だけど、仲弓ちゅうきゅうさんは背の高い男性と何やら話し込んでいた。会話に割り込むのは気が引けたので、私は振ろうとしていた手を引っ込める。


浩成こうせい

 代わりに俊煕しゅんき殿下が、背の高い男性に声をかけた。


 すると男性は振り返り、流れるような動作でひざまずいて、拝礼する。


「殿下、お待ちしておりました」

「遅くなってすまない」

妃嬪ひひん達から話は聞けましたか?」

「・・・・駄目だった。俺が相手でも、内情は明かしてくれないようだ」


 私は仲弓ちゅうきゅうさんの隣に、俊煕しゅんき殿下は背が高い男性の隣に立つ。


嶺依りょうい殿、彼は私の侍衛じえいを務めてくれている武人で、名を浩成こうせいといいます。私が幼い頃から、護衛を務めてくれているんです」

「はじめまして、浩成こうせい様。ジェマ族の嶺依りょういと申します」

 私が軽く膝を折って挨拶すると、浩成こうせい様も拱手で挨拶を返してくれた。


 浩成こうせい様は、寡黙な男性のようだ。武人らしく精悍な面構えで、背が高く、肩幅が広い。皇子の護衛に選ばれるだけあって、体格に恵まれていた。


「殿下から、あなたの話を聞いています。武芸に秀でているそうですね」

「ほ、誇れるほどの腕前ではありません」

「どれほどの腕前なのかは聞いていませんが、剣は扱えるのでしょう?」

「ある程度は使えます」

「弓は使えますか? 馬術は?」

「ええ・・・・狩りに必要なことは、一通りできます」

 どうしてそんなことを聞かれるのだろうと、戸惑う。なぜか浩成こうせい様は、楽しそうな顔になっていた。


「なるほど、殿下は男勝りな方が好きですからね。あなたに興味を持っている理由が、わかった気がします」


浩成こうせい!」

「ぐっ!」


 殿下の強い一撃を首に食らって、浩成こうせい様の頭がぐらぐら揺れる。首まわりの厚い筋肉がなければ、彼は気を失っていたかもしれない。


「殿下、本気の手刀はやめてください! 俺を殺すつもりですか!?」

「す、すまない。だがそなたは首回りが太いから、きっと大丈夫だろう」

「木刀すら折ったことがある殿下の怪力で殴られたら、首の骨が折れてしまいます!」

 殿下と、目が合う。気まずいと思ったのか、殿下は何かを誤魔化すように笑った。

浩成こうせいが言いたかったのは、嶺依りょうい殿はたくましい方だ、ということなんです」

「・・・・狂暴の間違いでは?」

「・・・・仲弓ちゅうきゅうさん?」

 私が睨むと、仲弓ちゅうきゅうさんは一瞬で口ごもった。


「・・・・ま、まあ、活発な女子のほうが好きだというのは、よくわかります。筋肉がある女子のほうが、夜は具合がいいという話なので――――」


仲弓ちゅうきゅうさん!」

 私は仲弓ちゅうきゅうさんの脇腹に、思いっきり肘を打ち込む。


 うっ、と喉を絞められたような声を発して、仲弓ちゅうきゅうさんは黙り込んだ。


 きっと仲弓ちゅうきゅうさんは、場を和ませようとしたのだろう。故郷の男達は、場を和ませるために、あるいは男同士で打ち解けるために、よく下品で最低な会話をする。

 私も酒席で配膳などを手伝っている時に、聞くつもりもないのに下品な話を聞いてしまい、うんざりしたことがある。

 だから私は慣れているけれど、それを殿下の前で言い出したことが信じられなかった。


「申し訳ありません、殿下」

 我に返った仲弓ちゅうきゅうさんは慌てて謝った。


 すると殿下は、不思議そうに首を傾げる。


「すみません、私は修行不足で、今の話がよくわかりませんでした。よければ、意味を教えてください」


 狐につままれたような心地で、しばらく声が出なかった。


 殿下は不思議そうに、首を傾げる。


「? あの・・・・」


「いいんですよ、殿下」

 私はそっと、殿下の手を取る。


「殿下が知る必要のない、道に落ちている馬糞以下の戯言です。ですから、忘れてください。今すぐ、仲弓ちゅうきゅうさんの存在ごと、すべて忘れてくださって構わないのですよ?」


「おい、嶺依りょうい!」

「ですが・・・・」

「殿下は、純粋なままでいてくださいね。どうか仲弓ちゅうきゅうさんのように、穢れきった大人にはならないでください」


 両手で殿下の手を包み込むと、殿下の顔が赤くなった。


 一方仲弓ちゅうきゅうさんは、渋い顔になっている。


「それよりも今は、事件について話しましょう」

「そ、そうですね。浩成こうせい外廷がいていの聞き込みで、何かわかったか?」

「今のところは、めぼしい情報はありません」

 二人が話しはじめたので、私と仲弓ちゅうきゅうさんは少し後ろに下がった。


「穢れているとは・・・・大人になるということは、清濁併せいだくあわせ呑むようになることなのだぞ?」

清濁併せいだくあわせ呑むとは大層なことをおっしゃいますが、貴人の前で下品な発言をすることは、大人のふるまいでしょうか? むしろ、お子様がすることです」

「・・・・・・・・」

 反論できなくなって観念したのか、仲弓ちゅうきゅうさんはわざとらしく空咳をする。


「・・・・それにしても、信じられん。猥談わいだんが通じぬとは。男達が集まれば、下品な話題の一つや二つぐらい、出てくるものだろう? 殿下は今までどんな風に生きてきたんだ?」

仲弓ちゅうきゅうさん。殿下は、私や仲弓ちゅうきゅうさんとは、育ちが違うんです。清涼な空気の中で、まっすぐ育ってきた方なんですよ」

「・・・・俺が濁った空気の中で生きてきたみたいな発言はやめてくれ・・・・」

 仲弓ちゅうきゅうさんは今度こそ、黙ってしまった。


 私は殿下と浩成こうせい様の会話に耳を傾ける。

(・・・・殿下は、浩成こうせい様の前では、少し印象が違うのね)


 俊煕しゅんき殿下は浩成こうせい様の前では、私、ではなく、俺、と言っている。幼い頃から付き従ってくれた臣下だから、兄弟のような感覚なのかもしれない。


 殿下が私や仲弓ちゅうきゅうさんに敬語を使ってくれるのは、あくまでも私達を客人として扱ってくれているからなのだろう。



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