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20_西京のごろつき_後編
しおりを挟む男はさらに、もう一方のこぶしを前に突き出してきた。
避けるために、私は後ろに飛びのこうとした。
けれどその前に風が流れて、私の前に、誰かの背中が割り込んでくる。
「がっ!」
私に襲いかかろうとしていた男は顎を打たれたのか、大きくのけぞり、背中から倒れていった。
「殿下!」
――――私の前に立っていたのは、俊煕殿下だった。
「てめえ!」
ここでようやく、余拓という男が動いたけれど、殿下の敵ではなかった。
余拓さんが剣を振り上げた時にはもう、殿下は腰を低く落としながら、剣を鞘ごと剣帯から外し、勢いよく横に薙いでいた。
「うぐっ!」
脇腹に鞘を打ち込まれ、余拓さんは身体をよじらせながら、倒れていった。片時も手放さなかった剣も放してしまい、剣は地面に落ちてしまう。
――――血こそ流れなかったものの、強烈な殴打だった。
殴打の音の中に、骨が軋む音が聞こえた。見ていただけなのに、思わず余拓さんの痛みを想像してしまった。
「怪我はありませんか!?」
倒れた余拓さんには目もくれず、俊煕殿下は私に向き直った。
「・・・・ええ、大丈夫です」
じくじくと痛む腕を、私は後ろに隠す。殴られた箇所には痣ができているはずだけれど、袖をまくらなければばれないはずだ。
「・・・・本当に?」
「ええ、本当に」
俊煕殿下は安心したのか、肩から力を抜いた。
「おい、あれは俊煕殿下じゃないか!?」
「ええ、皇子様なのか!?」
突然乱闘に割り込んできた青年が、皇子の一人だと気づき、群衆が騒ぎはじめた。
だけど殿下は、群衆には見向きもせず、余拓さんだけを見下ろしていた。
「・・・・この男・・・・」
「知っている方ですか?」
「町で横暴なふるまいをして、恐れられている男がいると、刑部の者から聞いたことがあります。人相書きの特徴と一致しますから、おそらく、この男のことだったのでしょう」
余拓さんはまだ立ち上がれないのに、手探りで何かを探している。
指先が剣の柄に触れると、必死にそれをつかみ、懐に抱え込んでしまった。どうやら剣を探していたようだ。
「こんな時まで、剣を探すとは・・・・噂通り、恐れ知らずな男のようですね」
「いいえ、違うと思います」
殿下の呟きに、私も小声で返した。
「恐れ知らずだから剣を持ち歩いているのではなく、不安だから手放せないんでしょう」
「不安だから?」
「剣を落とした時、彼は血相を変えました。殿下に打たれ、剣を手放してしまった時も、震えるほど焦り、立ち上がるよりも先に剣を捜していたんです。――――彼が本当に恐れ知らずなら、剣を手放したぐらいで取り乱したりしないでしょう。片時も剣を手放さないのは、武器を握っていないと不安を覚えるからなんだと思います。そんな彼を見て、まわりが誤解しただけなんでしょう」
余拓さんは大事な子供のように剣を抱えて、ぶるぶると震えている。
「・・・・むしろあの方は、臆病な性格なんでしょう。不安だから、逆に虚勢を張る。むやみやたらに誰かを攻撃するのも、まわりを怯えさせ、自分を攻撃させないようにするための予防線なんです」
「そうまでして、虚勢を張る必要があるんでしょうか?」
「効果はあると思います」
私がそう言うと、殿下は本当なのかと目で問いかけてくる。
「実際、余拓さんの恐ろしい噂を信じて、町の人達は近づくことを恐れていました。狂暴で無慈悲であるという印象は、人々の心に恐怖を植え付けますから、めったなことでは逆らえなくなります。皇帝陛下も、効果的にこの方法を――――」
余計なことを喋ったと気づいて、私は口を閉じた。
「・・・・あなたの言う通りです。確かに父上は穏やかな顔と、無慈悲な顔を、うまく使い分けている」
俊煕殿下は正義感が強いという印象があったから、この話に反発すると思っていた。だけど意外にもすんなりと、私の話を受け入れてくれたようだ。
元康帝は普段は大らかで、身分が低い者にも気軽に話しかける気さくな一面を持っているけれど、一方で国を荒らした者、反逆を企てた者達にたいしては、誰よりも苛烈で、容赦がない。
そうやって、人々の心に芽生える恐怖をうまく利用し、政治を動かしているのだ。
「・・・・すみません。口が過ぎました」
すると殿下は苦笑する。
「どうして謝るんですか? 父上が、政治のために人々の恐怖を利用していることは、事実です」
「・・・・・・・・」
「・・・・私も父に習い、恐怖を効果的に使う術を、身に付けるべきなのかもしれません」
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