後宮の死体は語りかける

炭田おと

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29_追跡

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 複雑に絡んだ枝葉が、ひしめき、群がっている。


 森の中では、清涼な空気と落ち葉の匂いが混ざり合い、木々の裏側には青く暗い影が伸びている。森の中に踏み込み、水分を含んだ土に足を置くと、わずかに靴裏が沈みこんだ。


「・・・・土がぬかるんでいますね」

 殿下が足を持ち上げると、柔らかい土には、足跡がはっきりと残っていた。

「一昨日、雨が降ったはずです。豪雨だったので、まだ土の中に雨水が残っているんでしょう」

 浩成こうせい様がそう言うと、殿下は微笑する。

「それはよかった。きっと、足跡がくっきりと残っているはず」

 雨が降り、土が柔らかくなっていることは、私達にとっては幸運だ。

 土が柔らかいおかげで、独秀どくしゅう殿下一行のものと思われる多数の蹄の痕跡が、まだくっきりと残っている。

 この蹄の跡が、私達を独秀どくしゅう殿下のところへ導いてくれるだろう。


(靴紐の確認をしておこう)

 足元が不安定だ。この先、装備を確認できる余裕があるとは限らない。いざというときに靴が脱げては笑い話にもならないので、靴紐を締め直しておこうと、私は屈む。

 皇宮にいる間は、与えられた衣と一緒に用意されていた、絹製の靴を履いていた。

 だけど今は、故郷から持ってきた革製の長靴に履き替えている。履き慣れた靴のほうが、動きやすいからだ。ただこの靴は寒冷地仕様かんれいちしようのため、縁や内部に、防寒用の羊毛がついている。温暖なこの場所で履くには、少し暑い。


「・・・・!」


 ――――だけど靴紐を引っ張ると、縫い目の糸が切れて、紐が根元から外れてしまう。


「あー・・・・」

嶺依りょうい殿? どうかしましたか?」

「え、あ、何でもありません」

 私は衣嚢いのうから糸を引っ張り出して、糸を括りつけ、靴を固定した。

「壊れたんですか?」

「古い靴ですから。でも、糸で固定したから大丈夫です」

 糸を結び、きちんと靴が足に固定されていることを確かめてから、私は前を見た。

「急ぎましょう。早くしないと、日が暮れます」

「ええ」


 地面に残った蹄の跡を追いかけ、私達は馬を走らせた。


 森という名前を冠しているものの、狩場として利用されているだけあって、木立は少なく、緩やかな草地が多い場所だった。

 だから土がぬかるんでいることを除けば、走りにくくはない。


「見てください、誰かがいます」


 蹄の跡を追い続けているうちに、私達は男達に出くわした。

 身形がよく、武装している。


俊煕しゅんき殿下! どうして、このような場所に・・・・!」

 目が合うと、男達は驚いた様子で、慌てて殿下の前にひざまずいた。

 俊煕しゅんき殿下は彼らの顔を思い出せなかったようだけれど、、男達は殿下の顔を知っていた。そして今、この森には、独秀どくしゅう殿下を捜しにきた屋敷の男達がいるはずだ。

 そしてその二つの疑問を合わせると、一つの答えが出てくる。

「そなたらは、叔父上の屋敷で働いている使用人か?」

「は、はい、そうです・・・・」

「・・・・やはり、叔父上は行方不明なのだな」

 彼らは隠し通せないと思ったのか、否定せず、項垂れてしまう。

「警戒しないでくれ。私も父上も、叔父上が行方不明になった件には、関わっていない。叔父上の屋敷には、内廷ないていで起こった事件の調査に来ただけだ」

「・・・・・・・・」

「だから、捜索に加わらせてほしい。叔父上の無事を、早く確かめたい」

 男達は迷っている様子だったけれど、この状況では俊煕しゅんき殿下の力を借りたほうがいいと、判断したようだった。

「・・・・お力添え、心より感謝します、殿下」

「よかった。それでは、参ろう」


 進み続けるうちに、木々の数は増えて、空が枝葉で覆われていく。


 そして蹄の跡は、柵のように立ち並ぶ木々の前で途絶えていた。


「・・・・どうやら独秀どくしゅう殿下達は、さらに深い場所に入ってしまったようです」

 浩成こうせい様は、俊煕しゅんき殿下を見る。

「殿下、まだ追いますか? これより先は狩場の外、険しい森林地帯となっております。先に進むのは、あまりに危険です」

「だが叔父上達は、この先にいる。早くお助けせねば」

「・・・・・・・・」

「これより先は、馬で進むのは難しそうだ。承徳しょうとく、そなたはここに残り、馬を見ていてほしい」

「しかし――――」

「頼んだ」

 承徳しょうとくさんの言葉を最後まで聞かずに、俊煕しゅんき殿下は木立の中に踏み込んでいった。

 私も後を追いかけようとしたけれど――――ある臭いに鼻をくすぐられて、足が止まる。

「殿下、お待ちください」

 私の声から緊張を感じ取ったのか、殿下はすぐに足を止める。

「どうしました?」

「――――わずかに、腐敗臭がします」

 緑深い場所から、わずかに漂ってくる腐敗臭――――それを殿下に伝えると、殿下の表情は険しくなった。

「殿下、私が――――」

「私が先行します」

 私の声を遮って、仲弓ちゅうきゅうさんが一番先に、深い場所に踏み込んでいった。


 足元に落ちた影が濃くなっていることに気づいて、私は空を見上げる。


 空は、赤墨を流したように赤く輝き、雲すら影を伸ばしていた。――――太陽が完全に山並みの向こうへ沈んでしまうのも、時間の問題だろう。


(急がないと)

 焦燥感に駆られながら、私は仲弓ちゅうきゅうさん達を追いかけた。


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