後宮の死体は語りかける

炭田おと

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31_危険な狩場_中編

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 ――――空を見上げると、さっきまで頭上を照らしてくれた明るさは、翳りはじめていた。


「殿下、やはりいったん、西京せいきょうに戻り――――」


 その瞬間、どこからか突き刺さってきた殺意に、肌が粟立つ。


「危ない!」

 私よりも先に、俊煕しゅんき殿下が動いていた。


「あっ・・・・!」

 私は、殿下に押し倒される形で、藪の中に倒れる。枝葉が衝撃を和らげ、俊煕しゅんき殿下の腕が、枝の鋭さから私を守ってくれた。


 ――――私達の足元に、矢が突き刺さる。


「矢だ! 誰かが俺達を、弓で狙っているぞ!」


 私達は藪の影に逃げ込み、仲弓ちゅうきゅうさんや浩成こうせい様も、それぞれ別方向に散り、木立の影に隠れていた。


 仲弓ちゅうきゅうさん達の後を追うように、また数本の矢が飛んできたけれど、そのどれも命中はしなかった。


 私と殿下も攻撃の隙を見つけて、飛び起き、藪の影に転がり込む。

嶺依りょうい殿、怪我はありませんか?」

「私は大丈夫です」

独秀どくしゅう殿下を襲った連中が、まだここに残っていたのか!」

「敵はどこだ!? どこから狙ってきた!?」

 色々な声が飛び交う。

「殿下! ご無事ですか!」

「敵襲だ! こちらへは来るな!」

 木立の入口に留まっていた承徳しょうとくさん達が、騒ぎに気づいて駆け付けようとしたものの、殿下が止めた。

「敵の位置がわからない! 今はそこで待機せよ!」

「しかし・・・・!」

「決して動くな!」


 大気が重く張りつめ、急に物音が消えた。


 私達だけじゃなく、敵も、こちらの位置がわからなくなったようだ。位置を特定しようと、息を詰め、耳を澄ましているのだろう。


 殿下の判断は、正しい。今、承徳しょうとくさん達がこの場に踏み込めば、矢の的になってしまう。


 間の悪いことに、夜の帳までが覆い被さってきて、視界が悪くなった。


「こんな時に襲撃されるとは――――」

 殿下の声から、わずかな苛立ちが伝わってきた。

 確かに、最悪の状況だ。思わぬ襲撃を受けた直後、夜が訪れようとしている。


 ――――でもこれは、朗報でもあると思った。


「最悪の状況ですが、希望もあります」

「希望?」

「状況から見て、刺客の狙いは独秀どくしゅう殿下で間違いないでしょう。しかしながら、刺客はまだここに留まっています」

 俊煕しゅんき殿下はすぐに、私が言おうとしたことに気づいてくれた。


「叔父上がまだ、生きている可能性がある――――そういうことですね?」


「ええ、独秀どくしゅう殿下を仕留めたのなら、速やかに立ち去っているはず。なのにここに留まっているということは、目的を達成できなかったからです。独秀どくしゅう殿下は逃げおおせた。そう考えることもできます」


 刺客は死体を獣に食わせて、証拠隠滅しようとしていた。すでに独秀どくしゅう殿下を仕留めているのなら、素早くここから離れているはずだった。


「通い慣れた狩場なら、独秀どくしゅう殿下は、身を隠せる場所を知っていた可能性があります。俊煕しゅんき殿下、身を潜められそうな場所に、心当たりはありませんか?」

「身を潜められそうな場所・・・・」

「いつ頃襲撃を受けたのか、定かではありませんが、すでに半日以上が経過していることは間違いないでしょう。それでも刺客が殿下を発見できていないのは、そうとう見つけにくい場所だからだと考えられます」

 心当たりがあったのか、殿下の表情が明るくなった。

「狩場の奥にある洞窟に、一度連れて行ってもらったことがあります。入口がわかりにくいので、叔父上があの場所に隠れているのであれば、見つけるのは困難でしょう」

「そこへ行ってみましょう!」


 叔父が生きている可能性を見つけて、殿下の顔には笑顔が弾けていた。


 だけどすぐに目の前に立ちはだかっている問題を思い出し、笑顔は消えてしまう。

「・・・・ですが、敵に狙われている以上、ここから動けません」

「煙幕を張りましょう。それで、敵はこちらの動きがわからなくなるはず」

「名案ですが、ここで火を焚けば、火が木々に燃え移るでしょう」

「ここでは無理です。――――殿下、風はどの方向に吹いていますか?」

「風・・・・?」

 殿下は不思議そうにしながらも、風の流れを読むため、一瞬沈黙した。それから、薄く笑う。

「・・・・なるほど。嶺依りょうい殿の考えがわかりました」

 殿下は、木立の入口に目を向ける。

「風は、北から吹いている。承徳しょうとく達が生木をくべれば、そこで発生した煙はこちらに流れてくるというわけですね」

「ええ、そうです」

 承徳しょうとく様達は、木々が少ない場所にいる。草が生えていない場所を探して、火を熾せば、火災になる可能性は低いだろう。

承徳しょうとく! 火を熾せ!」

 殿下は声を張り上げた。

「は、はい!」

 承徳しょうとく様達の姿は見えないけれど、返事は聞こえた。

 今の短い命令で、こちらの狙いを伝えることができたのは、付き合いの長い主従の、阿吽の呼吸があってこそだろう。


 息を潜めて待つこと数分、視界が白くかすみ、煙の匂いが充満する。喉をやられないよう、私達は袖で口元を覆う。


 やがて薄暗さに煙まで被さり、木々の輪郭がかろうじてわかる程度になった。


「・・・・もう動いても大丈夫でしょう」

 殿下は立ち上がる。

「・・・・仲弓ちゅうきゅうさん達は無事でしょうか?」

「悲鳴は聞こえませんでした。それに、ともにいる浩成こうせいが、仲弓ちゅうきゅう殿を守ってくれるはず」

「・・・・ならば、安心です。私達は、独秀どくしゅう殿下の救出に集中しましょう」

 私がそう言うと、俊煕しゅんき殿下は力強く頷いた。

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