後宮の死体は語りかける

炭田おと

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32_危険な狩場_後編

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 闇の中、私達は木々の間を駆け抜ける。


 狩猟を生業なりわいとしてきた身だから、夜目は利くほうだ。足場の悪さも、苦にはならなかった。

 俊煕しゅんき殿下は、私の前を走っている。殿下も、この状況でも昼間と変わらない速度で走り、一度もつまずくことはなかった。


 やがて私達は、川辺にたどり着く。

「ここです!」

 しばらく川沿いに走ったところで、俊煕しゅんき殿下がそう言った。


 川沿いの岩壁に、隙間のような穴があった。


 俊煕しゅんき殿下はその場所を洞窟と呼んだけれど、その入り口は洞窟と呼ぶにはあまりにも狭く、横穴と呼ぶのが似つかわしいような大きさだ。


 岩壁に張った蔦が、すだれのように入口にかかっているせいで、よく見なければ発見できないだろう。


 殿下は滑り込むように、洞窟の中に飛び込む。

 私も同じように、勢いをつけて、入口に身体を滑り込ませた。


 入口は小さいけれど、内部はかなり大きかった。どうやらその洞窟は、地下に深く広がっているらしい。川の湿気が流れ込むのか、息が詰まりそうなほど、湿度が高い。


 奥には泥のような闇が凝っていて、よく見えなかった。


「叔父上!」

 俊煕しゅんき殿下の声が、岩壁に反響する。

「叔父上、俊煕しゅんきです! 助けに来ました! 姿を見せてください!」

 すぐには答えがなかったから、狙いが外れたのかと気が気ではなかった。


「・・・・俊煕しゅんき? まことに、俊煕しゅんきなのか?」


 やがて奥から、怖々とした誰かの声が返ってきた。


 俊煕しゅんき殿下の顔を見る。俊煕しゅんき殿下は安心したのか、笑顔になっていた。


「ええ、叔父上。俊煕しゅんきです。ご無事ですか?」

「あ、ああ・・・・無事だ・・・・」

 闇の中からのそりと、独秀どくしゅう殿下が出てきた。


 独秀どくしゅう殿下は、起伏が少ないさっぱりした顔立ちの男性だった。色男だけれど、背が高いわりには身体の線が細く、戦いには向かなさそうだ。


 そして独秀どくしゅう殿下は腕の中に、幼子を抱えていた。


 あの子が独秀どくしゅう殿下の末のご子息の、振玉しんぎょく様なのだろう。


 振玉しんぎょく様はこの状況を不思議に思っているのか、父親譲りの二重の大きな瞳を瞬かせている。


「ま、まさかお前が助けに来てくれるとは・・・・本当によかった!」

 よろめきながら近づいてきた独秀どくしゅう殿下を、俊煕しゅんき殿下が支える。

「わ、私はもう・・・・ここで、ここで死ぬ運命なのかと・・・・」

「弱気にならないでください、叔父上。まだ終わっていません」

「終わっていないだと?」

 独秀どくしゅう殿下は色めきだった。

「まさか、まだ刺客がいるのか!?」

「ええ、ですが、私がお守りします」

侍衛じえいは? 侍衛じえいは何人いる?」

 独秀どくしゅう殿下は、必死の形相で詰めよってくる。

 さきほどは衰弱しているように見えたのに、まだ危険な状況だと知ると、とたんに活力が戻ったように見えた。

 殿下にはまだまだ、余力がありそうだ。


「まさか、お前達だけだと言うのか!? お前と、そ、そそ、その小娘しかいないのか!?」

「ジェマ族の嶺依りょういと申します、殿下。以後、お見知りおきを」

 指を差されたので、小さく膝を曲げて、拝礼する。


「あ、それはどうも――――じゃなくて!」


 ずいぶんとノリがいい人のようだ。こんな状況なのに、思わずにっこりしてしまう。


「心配は無用です、独秀どくしゅう殿下。私が、殿下をお守りします。だからご安心ください」

「え、あ、はい・・・・」

「では、参りましょう」

 私がうながすと、独秀どくしゅう殿下はもはや思考力が働かせることすら億劫になったのか、放心状態で動き出した。


嶺依りょうい殿、振玉しんぎょくをお願いします」

「え、あ――――」

 俊煕しゅんき殿下は今にも倒れそうな独秀どくしゅう殿下から、振玉しんぎょく様を受け取ると、彼を私の胸に抱かせた。

 戸惑いながら、私は振玉しんぎょく様が落ちないよう、しっかりと抱きとめる。


(この子が、独秀どくしゅう殿下の末のご子息の、振玉しんぎょく様ね)

 父親と違い、振玉しんぎょく様は落ちついたものだった。きょとんとした顔で私を見上げるばかりで、泣くこともない。

 何が起こっているのか、よくわかっていないせいもあるのだろう。

 だけど普通の子供ならば、父親の切羽詰まった様子を見て、怯え、泣き叫んでいたはず。

 肝が据わっていると思った。


(この子・・・・誰かに似ている・・・・)


 振玉しんぎょく様の顔を見ていると、誰かを思い出した。


 ――――でも、誰に似ているのか、はっきりと思い出せない。


「俺が先に行きます。嶺依りょうい殿、振玉しんぎょくを頼みます」

「あ、はい」

 振玉しんぎょく様を任された以上、私は先頭に立てない。私が前に出ようとするのを見越して、俊煕しゅんき殿下は私に振玉しんぎょく様を任せたのだろう。

「行きましょう」

 俊煕しゅんき殿下の後に続いて、私達は洞窟を出た。

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