後宮の死体は語りかける

炭田おと

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35_直々の労い

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「よくやった、俊煕しゅんき!」

 和紫皇宮わしこうぐうに戻り、拝謁はいえつした私と俊煕しゅんき殿下を、皇帝陛下は笑顔で出迎えてくれた。

「まさか、独秀どくしゅうが狙われるとは――――偶然、そなた達が居合わせてくれて、まことによかった。これも天啓なのだろう」

 弟が無事だと知って、陛下もよほど安心したのか、いつにもまして上機嫌に見えた。

嶺依りょうい仲弓ちゅうきゅう。そなたらは調査ばかりか、私の不出来な皇太弟こうたいていまで助けてくれた。まことに感謝している。褒美として、金二両を授けよう」

「身に余る光栄に存じます」

俊煕しゅんき、そなたもだ。叔父を助けるとはな。褒美は何が欲しい?」


 臣下や私達に話しかける時、陛下は施政者しせいしゃの顔をしている。

 だけど息子に話しかける時だけは、父親の顔に戻るのが、微笑ましかった。息子の功績を、心から喜んでいる様子だ。


「いえ、私は皇子として、すべきことをしたまでです。ですが嶺依りょうい殿や仲弓ちゅうきゅう殿、部下達の力添えがなければ、叔父上を見つけることは叶わなかったでしょう。私の分はどうか、彼らに授けてください」

 答えを聞いた陛下は、呆れ顔になった。

「まったく、そなたときたら・・・・まあ、よい」

 陛下は、膝をぽんと打つ。

「めでたい日だ。こんな日に、功労者に苦言を言うのは、やめておこう」


「陛下、皇太弟こうたいてい殿下がお越しになられております」

 大官たいかんが陛下の前に進み出て、そう言った。


「・・・・そうか。通せ」

 大官たいかんは下がり、入れ違いに独秀どくしゅう殿下が、陛下の前に進み出た。


「あ、兄上、お久しぶりです・・・・」

「うむ」

 久しぶりの兄弟の再会だというのに、挨拶の言葉は短かった。

 それどころか、私達に労いの言葉をかけてくれていた時の陛下とは、別人のようになっている。穏やかさは消え、眼光は鋭くなっていた。


 二人の関係は、悪くなかったはずだ。

 なのに、陛下の目の奥に怒りが滾り、独秀どくしゅう殿下が怯えているように見えるのは、翠蘭すいらんさんの話がすでに、陛下の耳に入っているからだろう。


 皇太弟こうたいていとはいえ、内廷ないていの女性に手を出すのは、皇宮の規則に反する。

 陛下は大らかな方だけれど、その一方、地位や立場に不相応な行動をした人達には、とても厳しい。


 陛下から発せられる威圧感は、独秀どくしゅう殿下に向けられたものだろうけれど、居合わせている私達まで、その圧に押し潰されそうだった。


「・・・・父上、嶺依りょうい殿と仲弓ちゅうきゅう殿は、疲れていらっしゃるようです」

 俊煕しゅんき殿下のその言葉は、私達にまで気まずい思いをさせないように、という心遣いから発せられたものだろう。

「そうだろう。一日中、野山を駆けまわっておったのだからな。すぐに部屋を用意させるゆえ、ゆるりと休むがよい」

「感謝します、陛下」

 私と仲弓ちゅうきゅうさんはもう一度ひざまずいて、拝礼した。


「――――それから、独秀どくしゅう


 名前を呼ばれ、独秀どくしゅう殿下の両肩は、叩かれたように震えた。


「・・・・そなたには、聞かねばならぬことがある」

 陛下の声は、冷えきっていた。独秀どくしゅう殿下はますます、肩を縮める。

「話は、客人が退室してからにしよう。・・・・疲れた客人達を、この下らぬ話に付き合わせたくはないからな」

「・・・・・・・・はい」

 独秀どくしゅう殿下の声は、消え入りそうなほど小さかった。


「壇香。ここに」

 陛下に名前を呼ばれて、一人の宮女きゅうじょが広間に入ってきた。

「客人を部屋に案内してくれ。そして、茶と菓子の用意を」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 宮女きゅうじょの案内で、私達は清和殿せいわでんを後にした。


「まったく、この大馬鹿者め!」

 清和殿せいわでんを出たところで、中から陛下の大きな声が響いてきた。

「ど、どうか申し開きをさせてくだ――――」

「愚弟の下らん言い訳など、聞きたくない!」

 おそらく独秀どくしゅう殿下が、翠蘭すいらんさんに手を出していたことを認め、陛下が激昂したのだろう。


「・・・・しばらく、父上は不機嫌でしょう。今日は清和殿せいわでんには近づかないほうが賢明です」

「・・・・そのようですね」

 扉を閉めているのに、外に響くほどの大音声だ。

 近くにいれば、鼓膜を潰されていたことだろう。


 私は俊煕しゅんき殿下と陛下の配慮に、感謝した。



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