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46_信に足るかいなか
しおりを挟む「――――莫氏の病歴が知りたいだと?」
病歴を知りたいと口にした瞬間に、清和殿の空気は凍り付いていた。
父上の表情だけでなく、群臣の表情も険しくなり、呼吸も苦しくなるような緊張感に支配される。
「なにゆえ、病歴など知りたいのだ?」
「まだ推測の段階なので、今は、病歴が関係している可能性がある、としか、お答えすることができません」
「だが、私の代だけならばともかく、遡ってまで莫氏の者の病歴が知りたいなど、異例のことだ」
「部外者に明かすことができないことはわかっています。ですから、私が内容を覚え、嶺依殿の疑問に答えたいと思います。一部ならば、知られても問題ないはずです」
「・・・・・・・・」
父上は即答せず、難しい顔で考え込んでしまった。
「陛下、僭越ながら、申し上げたいことがございます」
父上が黙った瞬間に、側に控えていた大官の一人が、声を上げていた。
「申せ」
「その要求に、応えるべきではありません。病歴を知ることで、暗殺に必要な毒薬を捜している可能性もあります。俊煕殿下は無垢ゆえ、あの者達に騙されているのでしょう」
「騙されてなどいません」
すぐに言い返したが、彼らは利く耳を持たない。
「私も陛下のおんために、ご留意くださるよう、進言したいと存じます」
声を張り上げて前に出てきたのは、馬大臣だった。攻撃的な人物として知られている。
「なぜ壁から出てきた宮女の死体が、莫氏の病歴と繋がるのでしょうか? あまりにも突飛すぎて、なにか別の狙いがあるとしか思えません」
「狙いとは?」
「・・・・病歴を知りたい理由は一つでしょう。陛下の暗殺を企てているのかと」
「暗殺? まさか!」
俺はあまりにも馬鹿馬鹿しい発言だと思ったが、馬鹿げたことに群臣は、馬大臣の言葉を真剣に受け取ったようだった。
その空気に背中を押されたのか、馬大臣は勢いづいて、さらに一歩、父上に近づく。
「陛下、あの者達の言動には根拠が乏しく、そのふるまいはとても信に足るものではございません。即刻尋問すべきでしょう。私に任せてもらえれば・・・・」
「馬大臣!」
俺の声で、馬大臣の背中が震える。
「あなたは嶺依殿達と話したこともなければ、会ったことすらない。なのになぜ、あの方達に陛下を陥れる思惑があるなどと、断言できる? それこそ根拠に乏しい、妄言ではないか」
実際に嶺依殿達と話していないから、そんな妄想を抱くのだろう。政治や莫氏には関わりたがらないあの態度を見れば、そんな考えが頭に浮かぶこともないはずだ。
「さりとて、殿下!」
「あの方々は、叔父上の命の恩人だ。――――侮辱は許さぬ」
食い下がってくる馬大臣を、黙らせる。
広間は、しんと静まり返った。
「・・・・もうよせ」
父の声が、諍いに終止符を打った。
「どうするかは、私が決める。みなは口を出すな」
「・・・・御意」
そう言ったものの、父上は迷っている様子だった。頬杖をつき、ひじ掛けを指で叩きながら、黙り込んでしまう。
「・・・・俊煕。そなたに問いたい」
「はい。何でもお聞きください」
「――――あの者達が我が一族の病歴を知りたがることに、裏はないと、そなたは確信しておるのだな?」
「はい。そのようなことは、絶対にありえません」
俺は即答する。
「そなたはあの娘を気に入っているように見える。・・・・盲信ではないと、言いきれるか?」
「言いきれます。確かな根拠があることです」
「根拠とは?」
「もしよからぬ企てをしているのなら、私や陛下に媚びを売り、取り入ろうとするはず。しかしながらあの方達はそんなことはなさらず、私や皇宮の人間とは、一定の距離を保とうとしています。政治には深入りしないという方針を、貫いているのでしょう」
「・・・・・・・・」
「なおかつ彼らは、必要のない事柄には一切興味を示しませんでした。内廷の事情や陛下のお人柄、官吏達の派閥にも、まったく関心がないのです。唯一知ろうとしたのは、今回の事件に関わる点だけ。・・・・あの方達は最初から、己がすべきことだけを見つめています。それ以外のことは、頭にないのです」
「・・・・なるほど。筋は通っているな」
群臣の中には、何か言いたそうな顔をしているものもいたが、父上の口を出すなという言葉のおかげで、彼らが口を開くことはなかった。
「――――わかった」
そして父上は、判断を下した。
「俊煕、そなたはあの者達を深く信じているようだ。私はあの者達ではなく、そなたを信じている。だからすべて、そなたに託そう」
「感謝します、陛下」
俺は跪き、拝礼した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
※ ※ ※
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「殿下、本当に申し訳ありませんでした」
後日、私は俊煕殿下の前に跪いていた。
私がした〝頼み事〟のせいで、俊煕殿下が苦労したことを聞いて、空が明けそめぬうちに参内したのだ。
「殿下ならばもっと簡単に、莫氏の病歴を知ることができると思っていました。まさか、そんな大事になってしまうとは・・・・浅慮な考えを、お許しください」
「立ってください」
殿下が私の手を取り、立たせてくれた。
「あなたは悪くありません。大臣達が、大げさに騒いだだけのことです」
「・・・・・・・・」
「それで、嶺依殿が知りたいこととは、何なのですか?」
あらためて問われて、私は用意していた質問を、俊煕殿下に投げかけた。
そして、答えをもらう。
「なるほど・・・・やはりそうだったのですね」
自分の推理が正しかったことを確信する。
「犯人が誰か、わかったんですか?」
「ええ。――――誰を見張ればいいのか、わかりました」
私が微笑すると、俊煕殿下も笑みを返してくれた。
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