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50_壁の中の死体の真相_四
しおりを挟む「さっきも言ったが、正廷が独秀と翠蘭の子だという推測は、そなたが言った翠蘭の身体に子を産んだ形跡があるという部分しか、証左がない。他にその推測を裏付けるような材料がなければ、説得力に欠けるぞ」
「子は、親の素質を受け継ぎます。能力だけではなく、外見的要素もそうです。私に色々な医術の知識を与えてくれた師は、耳の形も父母から受け継ぐことが多いと教えてくれました。陛下はご存知でしたか?」
「そうなのか? かようなことは、考えたこともなかったな。目や鼻はよく見ても、耳を見ることは少なかったように思う」
陛下は感心したように、目を瞬かせた。
「翠蘭さんのお顔は傷つけられていましたが、耳の形は確かめられました。耳たぶの厚い、福耳です。しかも、耳の、この外に張り出している部分を耳介と言うのですが」
私は自分の耳に触れ、耳介と呼ばれる部分を説明した。
「この耳介の上のほうが、頭部の皮膚の中に埋もれているような状態になっていました。稀ですが、このような耳の形の人がいます」
正廷殿下に、群臣の視線が集まる。
正廷殿下も福耳で、耳介の上の部分が皮膚に埋まっていた。
陛下も、俊煕殿下も克誠殿下も耳の形に特徴はないのに、正廷殿下だけが耳の形が違う。
「まことか? 湯大医」
「ま、まことです。その者の言うとおり、翠蘭だと思われる死体の耳は、奇妙な形をしておりました」
湯大医の言葉で、私の話は裏付けられた。
「お見受けするかぎり、陛下も俊煕殿下も、耳の形に特徴はありません。先帝や皇太后様は、福耳でしたか?」
「・・・・いいや、私の父母の耳の形は、私と同じだった。莫氏に、福耳の者はおらぬ。独秀も含めて、な」
陛下の視線が横に流れたので、私は視線の先を追った。
呆然と立ち尽くす曹貴妃様の姿が、目に入る。今日の曹貴妃様の髪型は後ろに結い上げる形になっていて、耳の上のほうが隠れていた。
「曹貴妃、耳を見せよ」
「・・・・・・・・」
陛下の言葉を受けて、曹貴妃様は打たれたように震えたものの、指示には従おうとしなかった。
「陛下、かような空言に耳を貸さないでください。私は――――」
「今は、反証は聞いておらぬ」
曹貴妃様が素直に耳を見せようとしなかったことに、陛下は苛立ちを隠さなかった。陛下に目で指示された大官が動いて、曹貴妃様の耳元の髪を掻き上げる。
曹貴妃様の耳は普通の形をしていて、福耳でもない。
落胆の溜息を零して、陛下は私に目を戻す。
「・・・・嶺依。続けよ」
「次に、独秀殿下との血の繋がりを示す要素ですが、ある食べ物が食せないという類似点が上げられます。正廷殿下は、果物を食すと、蕁麻疹が出るそうです。俊煕殿下に聞いたところ、独秀殿下も、果物が苦手なんだとか」
「正廷が果物を食せないことは知っていたが――――独秀が、果物が苦手? 初耳だな」
陛下は驚いた顔を、独秀殿下に向けた。
「まことか、独秀」
「・・・・まことです、陛下。果物を食すと、子供の頃から蕁麻疹が出るのです。なので食べるのを控えてきました」
「なぜ、隠していた?」
「食せぬものがあるなど・・・・軟弱だと思われるかと・・・・」
「愚か者め、つまらん虚勢を張りおって・・・・」
消え入りそうな釈明を聞いて、また陛下は溜息を吐き出す。
「ある食べ物を食し、蕁麻疹が出るなどの症状が出る方は、意外に多いものです。例えば、麦や牡蠣を食し、症状が現れる人もいます。・・・・時には、命を落とすほどの重篤な症状になることもあるのです」
「まことか」
陛下は目を見張った。
「そうした性質も、父母のどちらかから子へと、受け継がれてしまうことがあるのです」
正廷殿下は、果物が食べられない。
そして宴席で、独秀殿下も果物を避けていた。
正廷殿下が独秀殿下のお子なら、独秀殿下の性質を引き継いでいてもおかしくないのだ。
「して、独秀。そなたの息子達は、そなたのその性質を受け継いでおるのか?」
「全員ではありませんが、ある食べ物を食し、蕁麻疹が出る子が二人おります。各地を巡り、名だたる医者に見せましたが、原因がわかるものは一人もおりませんでした」
「ふむ・・・・」
「以上の事柄から、正廷殿下が独秀殿下と翠蘭さんの間にできた子ではないかという推測を立てました。――――何よりも」
私は顔を上げて、まっすぐ陛下を見る。
「――――正廷殿下と振玉殿下の顔を、ごらんになってください」
陛下はもう一度、二人の顔を見比べた。
表情は見る間に険しくなっていき、眉間に刻まれた縦皺は深くなっていく。
「・・・・確かに、似ている。似すぎている。他人の空似では流せぬほどにな・・・・」
――――そう、正廷殿下と振玉様は、瓜二つなのだ。
だから、宴席で二人の顔を見た時に、私はその結論にたどり着いた。
違いと言えば、耳たぶの厚さぐらいだろう。
おそらく独秀殿下の他のご子息も、正廷殿下に似ているはずだ。だけど年齢が近い振玉様の顔に、血縁の類似点が表れてしまったのだろう。
「お二人の顔があまりにも似すぎていることが、今の推測の証左です。そして似すぎているからこそ、振玉様は殺されそうになったのでしょう」
「そこまでする必要はあったのか? 振玉はまだ幼いゆえ、めったに参内しない。誰かがその事実に気づくとは思えん」
「ある宮女から、正廷殿下と克誠殿下が似ていないことが噂になっているという話を聞きました」
私がそう言うと、曹貴妃様の肩が、また揺れる。
「その方の話では、不義密通の疑いは趙徳妃様のほうに向いていたようですが、正廷殿下と振玉様が似ていることに誰かが気づけば、瞬く間に疑いの目は、曹貴妃様のほうへ向かったことでしょう。翠蘭さんの遺体が見つかり、調査が独秀殿下に向かう中で、顔が似ていることに気づかれることを恐れたのではないでしょうか?」
「・・・・・・・・」
「曹貴妃様と翠蘭さんの間に、何があったのか、それはわかりません。口封じのために殺したとも考えられますが、そうであれば内廷では殺さないでしょう。遺体を外に持ち出せません。外に連れ出して、息のかかった者に始末させたはずです。意図せず、皇宮の中で殺めてしまったがゆえに、遺体を外に持ち出せず、壁に隠すしかなくなったのだろうと思います」
「・・・・そうであろうな」
物憂げに、陛下はそう言った。
「自分の子として育てられないことを、翠蘭さんが不満に思っていたのかもしれないし、教育を巡って対立があり、口論になったのかもしれません。・・・・もしくは、息子の身を案じた翠蘭さんが、正廷殿下を安全な場所に連れ出そうとして、見つかってしまったのかも。・・・・どちらにしろ、翠蘭さんを殺してしまったのは事故だったのでしょう。彼女の身体には痣はあっても、刺し傷などの、明確な殺意を感じさせる傷はありませんでしたから」
皇子の入れ替えという大罪には、曹貴妃様を取りまく大勢の人達が関わっているはずだ。承粋宮の宮女達は間違いなく、関わっている。
罪に加担させられ、子を取り上げられる形になった翠蘭さんの心境に、どんな変化があったのかは推測に難くない。
翠蘭さんが望まずに巻き込まれたのだとしても、幼い正廷殿下ですら、裁かれる時は一様に、罪人として扱われることになるのだ。
翠蘭さんが発覚を恐れ、逃げだそうとしても無理はない。
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