後宮の死体は語りかける

炭田おと

文字の大きさ
51 / 56

50_壁の中の死体の真相_四

しおりを挟む


「さっきも言ったが、正廷せいてい独秀どくしゅう翠蘭すいらんの子だという推測は、そなたが言った翠蘭すいらんの身体に子を産んだ形跡があるという部分しか、証左がない。他にその推測を裏付けるような材料がなければ、説得力に欠けるぞ」

「子は、親の素質を受け継ぎます。能力だけではなく、外見的要素もそうです。私に色々な医術の知識を与えてくれた師は、耳の形も父母から受け継ぐことが多いと教えてくれました。陛下はご存知でしたか?」

「そうなのか? かようなことは、考えたこともなかったな。目や鼻はよく見ても、耳を見ることは少なかったように思う」

 陛下は感心したように、目を瞬かせた。


翠蘭すいらんさんのお顔は傷つけられていましたが、耳の形は確かめられました。耳たぶの厚い、福耳です。しかも、耳の、この外に張り出している部分を耳介じかいと言うのですが」

 私は自分の耳に触れ、耳介じかいと呼ばれる部分を説明した。


「この耳介じかいの上のほうが、頭部の皮膚の中に埋もれているような状態になっていました。稀ですが、このような耳の形の人がいます」


 正廷せいてい殿下に、群臣ぐんしんの視線が集まる。


 正廷せいてい殿下も福耳で、耳介じかいの上の部分が皮膚に埋まっていた。


 陛下も、俊煕しゅんき殿下も克誠こくせい殿下も耳の形に特徴はないのに、正廷せいてい殿下だけが耳の形が違う。


「まことか? とう大医たいい

「ま、まことです。その者の言うとおり、翠蘭すいらんだと思われる死体の耳は、奇妙な形をしておりました」

 とう大医たいいの言葉で、私の話は裏付けられた。

「お見受けするかぎり、陛下も俊煕しゅんき殿下も、耳の形に特徴はありません。先帝や皇太后様は、福耳でしたか?」

「・・・・いいや、私の父母の耳の形は、私と同じだった。莫氏ばくしに、福耳の者はおらぬ。独秀どくしゅうも含めて、な」

 陛下の視線が横に流れたので、私は視線の先を追った。


 呆然と立ち尽くす曹貴妃そうきひ様の姿が、目に入る。今日の曹貴妃そうきひ様の髪型は後ろに結い上げる形になっていて、耳の上のほうが隠れていた。


曹貴妃そうきひ、耳を見せよ」

「・・・・・・・・」

 陛下の言葉を受けて、曹貴妃そうきひ様は打たれたように震えたものの、指示には従おうとしなかった。

「陛下、かような空言そらごとに耳を貸さないでください。私は――――」

「今は、反証は聞いておらぬ」

 曹貴妃そうきひ様が素直に耳を見せようとしなかったことに、陛下は苛立ちを隠さなかった。陛下に目で指示された大官たいかんが動いて、曹貴妃そうきひ様の耳元の髪を掻き上げる。


 曹貴妃そうきひ様の耳は普通の形をしていて、福耳でもない。


 落胆の溜息を零して、陛下は私に目を戻す。


「・・・・嶺依りょうい。続けよ」

「次に、独秀どくしゅう殿下との血の繋がりを示す要素ですが、ある食べ物が食せないという類似点が上げられます。正廷せいてい殿下は、果物を食すと、蕁麻疹じんましんが出るそうです。俊煕しゅんき殿下に聞いたところ、独秀どくしゅう殿下も、果物が苦手なんだとか」

正廷せいていが果物を食せないことは知っていたが――――独秀どくしゅうが、果物が苦手? 初耳だな」

 陛下は驚いた顔を、独秀どくしゅう殿下に向けた。

「まことか、独秀どくしゅう

「・・・・まことです、陛下。果物を食すと、子供の頃から蕁麻疹じんましんが出るのです。なので食べるのを控えてきました」

「なぜ、隠していた?」

「食せぬものがあるなど・・・・軟弱だと思われるかと・・・・」

「愚か者め、つまらん虚勢を張りおって・・・・」

 消え入りそうな釈明を聞いて、また陛下は溜息を吐き出す。

「ある食べ物を食し、蕁麻疹じんましんが出るなどの症状が出る方は、意外に多いものです。例えば、麦や牡蠣を食し、症状が現れる人もいます。・・・・時には、命を落とすほどの重篤な症状になることもあるのです」

「まことか」

 陛下は目を見張った。

「そうした性質も、父母のどちらかから子へと、受け継がれてしまうことがあるのです」

 正廷せいてい殿下は、果物が食べられない。

 そして宴席で、独秀どくしゅう殿下も果物を避けていた。

 正廷せいてい殿下が独秀どくしゅう殿下のお子なら、独秀どくしゅう殿下の性質を引き継いでいてもおかしくないのだ。

「して、独秀どくしゅう。そなたの息子達は、そなたのその性質を受け継いでおるのか?」

「全員ではありませんが、ある食べ物を食し、蕁麻疹じんましんが出る子が二人おります。各地を巡り、名だたる医者に見せましたが、原因がわかるものは一人もおりませんでした」

「ふむ・・・・」


「以上の事柄から、正廷せいてい殿下が独秀どくしゅう殿下と翠蘭すいらんさんの間にできた子ではないかという推測を立てました。――――何よりも」


 私は顔を上げて、まっすぐ陛下を見る。


「――――正廷せいてい殿下と振玉しんぎょく殿下の顔を、ごらんになってください」


 陛下はもう一度、二人の顔を見比べた。

 表情は見る間に険しくなっていき、眉間に刻まれた縦皺は深くなっていく。


「・・・・確かに、似ている。似すぎている。他人の空似では流せぬほどにな・・・・」


 ――――そう、正廷せいてい殿下と振玉しんぎょく様は、瓜二つなのだ。


 だから、宴席で二人の顔を見た時に、私はその結論にたどり着いた。


 違いと言えば、耳たぶの厚さぐらいだろう。


 おそらく独秀どくしゅう殿下の他のご子息も、正廷せいてい殿下に似ているはずだ。だけど年齢が近い振玉しんぎょく様の顔に、血縁の類似点が表れてしまったのだろう。


「お二人の顔があまりにも似すぎていることが、今の推測の証左です。そして似すぎているからこそ、振玉しんぎょく様は殺されそうになったのでしょう」

「そこまでする必要はあったのか? 振玉しんぎょくはまだ幼いゆえ、めったに参内さんだいしない。誰かがその事実に気づくとは思えん」

「ある宮女きゅうじょから、正廷せいてい殿下と克誠こくせい殿下が似ていないことが噂になっているという話を聞きました」

 私がそう言うと、曹貴妃そうきひ様の肩が、また揺れる。

「その方の話では、不義密通の疑いは趙徳妃ちょうとくひ様のほうに向いていたようですが、正廷せいてい殿下と振玉しんぎょく様が似ていることに誰かが気づけば、瞬く間に疑いの目は、曹貴妃そうきひ様のほうへ向かったことでしょう。翠蘭すいらんさんの遺体が見つかり、調査が独秀どくしゅう殿下に向かう中で、顔が似ていることに気づかれることを恐れたのではないでしょうか?」

「・・・・・・・・」

曹貴妃そうきひ様と翠蘭すいらんさんの間に、何があったのか、それはわかりません。口封じのために殺したとも考えられますが、そうであれば内廷ないていでは殺さないでしょう。遺体を外に持ち出せません。外に連れ出して、息のかかった者に始末させたはずです。意図せず、皇宮の中で殺めてしまったがゆえに、遺体を外に持ち出せず、壁に隠すしかなくなったのだろうと思います」

「・・・・そうであろうな」

 物憂げに、陛下はそう言った。

「自分の子として育てられないことを、翠蘭すいらんさんが不満に思っていたのかもしれないし、教育を巡って対立があり、口論になったのかもしれません。・・・・もしくは、息子の身を案じた翠蘭すいらんさんが、正廷せいてい殿下を安全な場所に連れ出そうとして、見つかってしまったのかも。・・・・どちらにしろ、翠蘭すいらんさんを殺してしまったのは事故だったのでしょう。彼女の身体には痣はあっても、刺し傷などの、明確な殺意を感じさせる傷はありませんでしたから」


 皇子の入れ替えという大罪には、曹貴妃そうきひ様を取りまく大勢の人達が関わっているはずだ。承粋宮しょうすいきゅう宮女きゅうじょ達は間違いなく、関わっている。


 罪に加担させられ、子を取り上げられる形になった翠蘭すいらんさんの心境に、どんな変化があったのかは推測に難くない。


 翠蘭すいらんさんが望まずに巻き込まれたのだとしても、幼い正廷せいてい殿下ですら、裁かれる時は一様に、罪人として扱われることになるのだ。


 翠蘭すいらんさんが発覚を恐れ、逃げだそうとしても無理はない。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました

ほーみ
恋愛
 春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。  制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。  「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」  送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。  ――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

処理中です...