後宮の死体は語りかける

炭田おと

文字の大きさ
54 / 56

53_外れない仮面

しおりを挟む


「――――そなたを、俊煕しゅんきの側仕えに任ずる」


 陛下の言葉に、私は数秒間固まってしまった。


「あの、それは・・・・どういうことでしょうか?」

「わざわざ二度聞く必要はあるまい。そのままの意味だ。――――そなたは、俊煕しゅんきの側仕えになる、これはすでに決定したことだ。私以外に、覆すことは誰にもできぬ」

「・・・・・・・・」

「落胆することはない。俸禄ほうろくは弾もう。・・・・不満か?」

「い、いいえ、私のようなものが殿下の側仕えを拝命するなど、恐悦至極に存じます」


 陛下の命令を、私には覆すことはできない。だとしたら、そつなく答えるしかなかった。


「・・・・ですが、できれば、私を側仕えに任ずる理由を教えていただきたいと存じます」

 陛下は緩く笑う。

「そなたの目に、俊煕しゅんきはどんな人間に映っている?」

「え・・・・?」


「――――どう見える?」


 質問の意図がわからない。考えながら、私は口を開く。


「誰もが思い描く、理想の皇子様だと思います。驕らず、欲を出さず、慈悲深く――――下の者にも礼儀を尽くしてくれます。徳が高い方です」

「それだけか?」

「ええと・・・・その一方で、施政者しせいしゃになるにふさわしい、冷酷さも持ち合わせているように見受けられました」

「ふむ・・・・なるほど。そなたの前ではもう、そんな顔も見せているのか・・・・」


 陛下は興味深いと言わんばかりに、目を細めた。


「・・・・陛下。この問いかけにいかような意図があるのか、お伺いしてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。誰もが俊煕しゅんきのことを、よくできた人間だという。優しいだけでなく、国を守ろうとする意志も固く、欲を見せずに清廉潔白だと」

「私には、これ以上ない褒め言葉に聞こえますが・・・・」

「褒め言葉には違いない。――――だが、それらの評価は、俊煕しゅんきの一面しかとらえていないように思うのだ」

 陛下の表情を、そっと窺った。陛下の表情は、なぜか少し翳っているように見える。

「あやつは常に、皇子らしくふるまおうと心がけておる。あやつの乳母が信仰深くてな、世界で起こることはすべて正しいと信じ、俊煕しゅんきに良き皇子となるよう、常々言い聞かせていたそうだ。だからなのだろう、あやつは道理に背く行いを許さないし、傲慢なふるまいも嫌う」

「立派な心がけです」

「ああ、立派だが――――私は少し不満だ」

「なぜですか?」

 深く考えずに、すぐに問い返してしまった。

 すぐに陛下にたいして失礼だったと気づき、顔を伏せる。

「身構える必要はない。今ここにいるのは、私とそなただけ、どんな発言も許そう」

「感謝します、陛下。・・・・それでなぜ陛下は、俊煕しゅんき殿下をご不満に思っていらっしゃるのですか?」

俊煕しゅんきのことを不満に思っているわけではない。不満なのは、俊煕しゅんきのふるまいだ。仮面を被り、誰からも望まれる皇子を演じている。どんな時も正しく、誰よりも慈悲深い存在でいることが、自分の使命だと思い込んでおるのだ」

「お言葉ですが、陛下。それは間違ったことでしょうか? 皇子らしくありたい、そのために努力しようとする心意気は、素晴らしいと私は思います。それに、下々にたいして横暴にふるまう方も多いなか、殿下はきちんと私達の苦しみにも目を向けてくださいました」

「そうだろう。兄達は民の苦しみを軽く考えるが、あやつはそんなことはせぬ。それは正しいことだ。民の苦しみを軽んじる皇子が帝位につけば、国は荒れるだろう」


 陛下は物憂げに、頬杖をついた。


「――――だが、高潔であろうとすることは、あやつの立場では命取りになるやもしれんのだ」


「それは・・・・どういう意味でしょう?」


「もう三月みつきも前の話だが、狩りの途中、俊煕しゅんきは怪我を負った。――――背後から矢で、肩を射抜かれたのだ」


 驚いて、私は陛下の顔を見つめる。


「刺客の仕業かと思ったが、そうではなかった。上の兄が、狙いを外したと白状した。鹿だと思い込み、よく見ずに矢を射た、と」

 陛下は苦々しく、吐き捨てる。

「そんなこと、ありえるものか。その日俊煕しゅんきは明るい色の衣をまとい、弓を背負っていた。どんなに暗くとも、鹿には間違えぬ。幸い、矢は肩にあたり、命に別状はなかった。あやつは昔から頑丈なので、傷もすぐに塞がった」

「・・・・・・・・」

「皇帝が病に倒れれば、兄弟は帝位を巡って、殺しあいをはじめる。莫王朝が興る前から、それが継承権を持つ者の定めだった。独秀どくしゅうのように道化を演じ、女に逃げることで殺しあいから逃れる者もいるが――――たいていは継承権を持つ運命からは、逃れられぬ」


 事実、陛下もご兄弟を殺め、その血の上に時代を築いた。忌まわしい競争から逃れられないのは、継承権を持つ方々の宿命だ。


「その矢の狙いが、命だったのか、それとも目障りな弟を少し痛めつけてやろうという折檻だったのか、真意はわからぬ。・・・・いくら問いつめても、あやつめ、本音を語ろうとせぬからな」

 その矢に、俊煕しゅんき殿下の命が奪われなくて、本当によかったと思う。

 命を奪うつもりがなくとも―――――いや、痛めつけるためだとしたら、余計に悪質だ。当たり所が悪ければ、俊煕しゅんき殿下は亡くなっていた。


 もちろん、俊煕しゅんき殿下の兄上は、そんなことはわかった上で、矢を放ったのだろう。


「後継者争いでは、母方の一族の強さも関係してくる。俊煕しゅんきの母は名もなき西域せいいき胡人こじん俊煕しゅんきには実家の力がない。だから俊煕しゅんきはそういった争いに巻き込まれないよう、兄にたいしては臣下のように、常に従順にふるまっていた」

「では、なぜお命を狙われるのでしょう?」

「・・・・慣例に従えば、私の死後、俊煕しゅんきではなく、あやつの兄が帝位につくことになるだろう」

 陛下は物憂げな溜息をついた。


「――――だが私は、国を導く素質があるのは、俊煕しゅんきのほうだと思っている」


 私は息を呑み、見張った目で、陛下に問いかけた。


「判断力があり、行動力もあるが、己の力を過信もしない。そして評判もよい。皇子として徳が高く、聡明。次の皇帝にふさわしいという噂が流れれば、出来の悪い皇子からすると、目の上の瘤のように思えてくるのだろう」

 皇子らしいふるまいに気をつけていたことが、裏目に出るなんて。私は唇を噛みしめる。

「・・・・お命を狙われたことについて、俊煕しゅんき殿下はどんな風にお考えなのですか?」

 俊煕しゅんき殿下も、鹿と間違われた、なんていうお粗末な言い訳を、信じてはいないはずだ。

「鹿に間違われたならば、仕方ない、と言っただけだ。おっと、これは、鹿に仕方ないをかけた駄洒落ではないぞ」

「いえ、それはわかっております」

「・・・・そなた、時々冷たいな・・・・」

「それだけですか? 一歩間違えば、お命を奪われていたかもしれないのに」

「そこが俊煕しゅんきの駄目なところなのだ」

 陛下の声が、大きくなった。

「嘘だということは、俊煕しゅんきにもわかったはず。だが俊煕しゅんきには、血の繋がりがある兄を疑うことを、恥じる気持ちがある。勘繰ること、告げ口をすること、裏工作をすること――――そのすべてが、俊煕しゅんきにとっては恥なのだ。兄には従わねば。そう思い込んでおる」

 溜息とともに、陛下の声は小さくなってしまう。

「あれ以来、兄弟での狩りは禁じた。剣術や弓術、馬術の訓練もだ。決して、二人きりにはさせないようにした」

「・・・・ではそれ以来、殿下が狩りで怪我をすることはなくなったのですね?」

「ああ。・・・・だが私が病に伏せれば、あやつの命は風前の灯火となるだろう。実家の力も弱く、裏工作もできぬのであれば、生き延びられるはずがない。すべてを捨てて逃げだせば、まだ道はあるだろうが、あやつは逃げ出すことも恥だと考えるだろう」

「・・・・・・・・」

「活路はある。さっきそなたが申した通り、俊煕しゅんきには冷酷に振舞える一面もあり、裏工作をできる腹黒さも持っているのだ。権謀術数けんぼうじゅっすうの政治の中で、生き抜ける素質がある。そういうところは、私に似たのだろう」

 陛下は、得意げに胸を張る。

「だが、観念に縛られて、俊煕しゅんきはその力を発揮できない。あやつに必要なのは、なんというか――――なんて言えばよいのだろうか」


 陛下はしばしの間、言葉を探しあぐね、身振りが多くなった。


「そう、殻を破らねばならぬ!」


 ようやくふさわしい言葉が見つかったのか、陛下の声は大きくなっていた。


「私は、俊煕しゅんきに学ばせたいのだ。――――教え込まれた観念を捨てて、時に、手段を選ばない汚い人間にならなければ、生き残ることができないのだということを」


「・・・・・・・・」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

幼馴染に10年片想いしてたら、冷酷御曹司にプロポーズされました

ほーみ
恋愛
 春の匂いが、駅前の並木道をくすぐる。満開の桜の下、私はひとり歩いていた。駅までの道は、高校時代、彼とよく歩いた道だ。  制服姿の学生が笑いながらすれ違っていくのを横目に、私はスマホを見下ろした。  「今日、伝えるって決めたんじゃなかったの?」  送信したきり返信のないメッセージ。画面には「既読」の文字があるだけだった。  ――渡瀬 湊。私が10年間片想いをしている、幼馴染。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

モテ男とデキ女の奥手な恋

松丹子
恋愛
 来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。  学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。  ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。  そんなじれじれな話です。 *学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記) *エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。 *拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。  ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。 *作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。 関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役) 『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー) 『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル) 『物狂ほしや色と情』(名取葉子) 『さくやこの』(江原あきら) 『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)

処理中です...