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赤レンガ造りの壁に深いグリーンの屋根がこ洒落た印象を与える三階建ての建物。それがフリートウッド校に唯一ある女子寮であった。
学長は「ここの庭にあるバラはとっても綺麗なのよ」といって微笑む。レンはその言葉に釣られて視線を女子寮の庭へと移す。学長は続いて庭のバラの手入れはこの女子寮の寮生の伝統的な仕事なのだと言う。そういうところひとつ取っても優雅だなあ、などという感想しか抱けないレンは、この学校の女子生徒と感性が合うのか気になった。
それから学長は意中の相手にこの庭に咲くバラを贈るのだとか、女子生徒は定期的にこの庭でお茶会を開くのだとか、レンからすればまた別種の「異世界」の話をしてくれる。当然のごとくレンは花を贈ったこともなければ贈られたこともないし、お茶会なんてものとも縁はなく暮らしてきた。お茶会は恐らく女子会みたいなものなのだろうと想像を働かせるも、それ以上空想を広げるのは無理だった。
女子寮一階の談話室へと通されたレンは、そこで女子寮の寮監を勤めるジェーンを紹介される。数学教師でもあるというジェーンは、全体的に丸っこい学長とは対照的に、枝のように細長く、どこか爬虫類を思わせる。シルバーフレームの眼鏡をかけて、これまたシルバーのチェーンをつけている。
しかしジェーンは第一印象とは裏腹に、朗らかな笑みを浮かべてレンを迎え入れてくれた。イヤミなところを感じさせない、穏やかな微笑だ。寮生たちからも慕われているに違いないとレンは思いつつジェーンと握手を交わす。
「寮生全員は揃っていないけれど……今いる寮生には紹介しておきましょう。寮長、寮生を呼んできてちょうだい」
「はい、先生」
先ほどから開け放たれた談話室の出入り口で、おくびもなくこちらをうかがっていた絶世の美少女が透き通った声で応える。セミロングのプラチナブロンドに控えめな赤のカチューシャをつけた美少女が、どうやらこの女子寮を取りまとめる寮長であるらしい。
「あとで紹介しますが、彼女はこの女子寮の寮長を勤めるイヴェット・ブルック。二年生よ。寮ではしばらく彼女の世話になるといいわ。イヴェットは世話焼きだから」
そう言って寮監のジェーンはレンを安心させるように微笑んだ。それに対してレンも曖昧に微笑む。突如として現れた己の存在を、この女子寮の寮生らがどのように受け止めるのか、ドキドキだった。
しかし寮監やさらには学長まで同席している場で、いきなり拒絶されることはないだろう、という打算くらいはレンにもある。あとはそこから反感を買わないように上手いこと溶け込むか、あるいはボッチを極めるかである。どちらでも出来るような出来ないような、曖昧なイメージしか湧かなかったが。
とにかくこの世界はまだまだレンにとっては未知のものである。魔法があれど、同じようなホモ・サピエンスが支配する世界と言えど、微妙に秩序が違うのである。となれば一般的なものに対する認識に齟齬があってもおかしくはない。今はそこがちょっぴり不安だった。
「先生、これで全員です」
「あら、ありがとう。他の子は部やサークルに行っているか、そうでなければデートね」
ぞろぞろと集まってきたのはいずれもレンよりはずっと若々しく、瑞々しく、そして可愛らしい女の子たちであった。レンへと向ける視線は圧倒的に好奇が多かったが、中には無関心を貫く者もいる。しかし興味なさそうな顔をしている少女は少数派だ。みなレンを見定めるような目を向けてくる。
そうか、とレンは理解する。学長は、女子生徒はよりよい未来のために学内で夫候補を見つくろうと言っていた。そしてそのように都合のよい、優秀な夫候補が溢れている、なんてことはありえないのだろう。つまり、同性はみなそんな優秀な夫候補を巡るライバルなのだ。
そしてレンは今、ライバルとなりえるのかどうか、彼女らに見定められているのだ。
当たり前のようにレンの心は気後れする。心の中で「敵意はないです」とつぶやく。こんな男と間違えられるような、おしゃれに疎い女が、目の前にいる垢抜けた、身も心も若々しい少女たちと競い合うなんて土台無理な話だとレンは強く思う。レンだってそりゃ世間じゃまだまだ若造で、実際に若い。けれども相手は天下無敵の女子高生だ。勝てる勝てないとか考える前の問題だとレンは思った。
「普通科の一年に編入することになったレン・カンベです。よろしくおねがいします」
当たり障りのない、言ってしまえばひどくつまらない自己紹介を終える。寮生たちはパチパチと拍手をしてくれた。なんだか気遣われているようでレンは気恥ずかしく、いたたまれない気持ちになる。
続いて今いる寮生たちが順番に自己紹介をしてくれる。もちろん、一度では覚えられないが、異世界をエンジョイしたいレンは必死に記憶しようとする。……ひとまず、寮長のイヴェット・ブルックだけは顔とフルネームを一致させることに成功した。なにせイヴェットはきらびやかな美少女。だれしも一度目にすれば忘れられないだろう。それほどに輝かしい美貌の持ち主だった。
「それじゃあわたくしはこの辺りでお暇します。レン、困ったことがあったらジェーンでもわたくしでも、とにかくだれでもいいから相談してちょうだい」
「はい。お心遣い、感謝します」
「いいのよ。それじゃあくれぐれもよろしくお願いしますね」
女子寮を出て行く学長を見送ると、寮監のジェーンは寮生たちを解散させた。談話室に残ってそのままテレビを見始める寮生もいれば、空かせた小腹を満たすためにキッチンへと向かう寮生もいる。しかし概ね与えられている個室におのおの帰ってしまったようだった。
よくフィクションなどで転校生がクラスメイトに囲まれる光景を見るが、ここではそういうことは起きないらしいとレンは学習する。真にレンへの興味がないのか、あるいは興味がない風を装っているのかは不明だが、レンはちょっと落胆すると同時に大いに安堵した。質問責めになどされては、たまったものではなかったので。
「寮長、あとは頼めますか?」
「はい。――レン、あなたの部屋へ案内するわ。長らく空き部屋だったけど、ちゃんと掃除はして貰っているから、埃っぽいことはないと思うわよ」
「あ、ありがとうございます。今日からよろしくおねがいします……先輩」
緊張気味にレンがそう言うと、頭ひとつぶんは下にある美貌が微笑んだ。アニメだったらキラキラとしたエフェクトがかけられているだろう。そんな完璧なイヴェットの微笑みに、レンは心の中で「はわわ……」とつぶやいた。
学長は「ここの庭にあるバラはとっても綺麗なのよ」といって微笑む。レンはその言葉に釣られて視線を女子寮の庭へと移す。学長は続いて庭のバラの手入れはこの女子寮の寮生の伝統的な仕事なのだと言う。そういうところひとつ取っても優雅だなあ、などという感想しか抱けないレンは、この学校の女子生徒と感性が合うのか気になった。
それから学長は意中の相手にこの庭に咲くバラを贈るのだとか、女子生徒は定期的にこの庭でお茶会を開くのだとか、レンからすればまた別種の「異世界」の話をしてくれる。当然のごとくレンは花を贈ったこともなければ贈られたこともないし、お茶会なんてものとも縁はなく暮らしてきた。お茶会は恐らく女子会みたいなものなのだろうと想像を働かせるも、それ以上空想を広げるのは無理だった。
女子寮一階の談話室へと通されたレンは、そこで女子寮の寮監を勤めるジェーンを紹介される。数学教師でもあるというジェーンは、全体的に丸っこい学長とは対照的に、枝のように細長く、どこか爬虫類を思わせる。シルバーフレームの眼鏡をかけて、これまたシルバーのチェーンをつけている。
しかしジェーンは第一印象とは裏腹に、朗らかな笑みを浮かべてレンを迎え入れてくれた。イヤミなところを感じさせない、穏やかな微笑だ。寮生たちからも慕われているに違いないとレンは思いつつジェーンと握手を交わす。
「寮生全員は揃っていないけれど……今いる寮生には紹介しておきましょう。寮長、寮生を呼んできてちょうだい」
「はい、先生」
先ほどから開け放たれた談話室の出入り口で、おくびもなくこちらをうかがっていた絶世の美少女が透き通った声で応える。セミロングのプラチナブロンドに控えめな赤のカチューシャをつけた美少女が、どうやらこの女子寮を取りまとめる寮長であるらしい。
「あとで紹介しますが、彼女はこの女子寮の寮長を勤めるイヴェット・ブルック。二年生よ。寮ではしばらく彼女の世話になるといいわ。イヴェットは世話焼きだから」
そう言って寮監のジェーンはレンを安心させるように微笑んだ。それに対してレンも曖昧に微笑む。突如として現れた己の存在を、この女子寮の寮生らがどのように受け止めるのか、ドキドキだった。
しかし寮監やさらには学長まで同席している場で、いきなり拒絶されることはないだろう、という打算くらいはレンにもある。あとはそこから反感を買わないように上手いこと溶け込むか、あるいはボッチを極めるかである。どちらでも出来るような出来ないような、曖昧なイメージしか湧かなかったが。
とにかくこの世界はまだまだレンにとっては未知のものである。魔法があれど、同じようなホモ・サピエンスが支配する世界と言えど、微妙に秩序が違うのである。となれば一般的なものに対する認識に齟齬があってもおかしくはない。今はそこがちょっぴり不安だった。
「先生、これで全員です」
「あら、ありがとう。他の子は部やサークルに行っているか、そうでなければデートね」
ぞろぞろと集まってきたのはいずれもレンよりはずっと若々しく、瑞々しく、そして可愛らしい女の子たちであった。レンへと向ける視線は圧倒的に好奇が多かったが、中には無関心を貫く者もいる。しかし興味なさそうな顔をしている少女は少数派だ。みなレンを見定めるような目を向けてくる。
そうか、とレンは理解する。学長は、女子生徒はよりよい未来のために学内で夫候補を見つくろうと言っていた。そしてそのように都合のよい、優秀な夫候補が溢れている、なんてことはありえないのだろう。つまり、同性はみなそんな優秀な夫候補を巡るライバルなのだ。
そしてレンは今、ライバルとなりえるのかどうか、彼女らに見定められているのだ。
当たり前のようにレンの心は気後れする。心の中で「敵意はないです」とつぶやく。こんな男と間違えられるような、おしゃれに疎い女が、目の前にいる垢抜けた、身も心も若々しい少女たちと競い合うなんて土台無理な話だとレンは強く思う。レンだってそりゃ世間じゃまだまだ若造で、実際に若い。けれども相手は天下無敵の女子高生だ。勝てる勝てないとか考える前の問題だとレンは思った。
「普通科の一年に編入することになったレン・カンベです。よろしくおねがいします」
当たり障りのない、言ってしまえばひどくつまらない自己紹介を終える。寮生たちはパチパチと拍手をしてくれた。なんだか気遣われているようでレンは気恥ずかしく、いたたまれない気持ちになる。
続いて今いる寮生たちが順番に自己紹介をしてくれる。もちろん、一度では覚えられないが、異世界をエンジョイしたいレンは必死に記憶しようとする。……ひとまず、寮長のイヴェット・ブルックだけは顔とフルネームを一致させることに成功した。なにせイヴェットはきらびやかな美少女。だれしも一度目にすれば忘れられないだろう。それほどに輝かしい美貌の持ち主だった。
「それじゃあわたくしはこの辺りでお暇します。レン、困ったことがあったらジェーンでもわたくしでも、とにかくだれでもいいから相談してちょうだい」
「はい。お心遣い、感謝します」
「いいのよ。それじゃあくれぐれもよろしくお願いしますね」
女子寮を出て行く学長を見送ると、寮監のジェーンは寮生たちを解散させた。談話室に残ってそのままテレビを見始める寮生もいれば、空かせた小腹を満たすためにキッチンへと向かう寮生もいる。しかし概ね与えられている個室におのおの帰ってしまったようだった。
よくフィクションなどで転校生がクラスメイトに囲まれる光景を見るが、ここではそういうことは起きないらしいとレンは学習する。真にレンへの興味がないのか、あるいは興味がない風を装っているのかは不明だが、レンはちょっと落胆すると同時に大いに安堵した。質問責めになどされては、たまったものではなかったので。
「寮長、あとは頼めますか?」
「はい。――レン、あなたの部屋へ案内するわ。長らく空き部屋だったけど、ちゃんと掃除はして貰っているから、埃っぽいことはないと思うわよ」
「あ、ありがとうございます。今日からよろしくおねがいします……先輩」
緊張気味にレンがそう言うと、頭ひとつぶんは下にある美貌が微笑んだ。アニメだったらキラキラとしたエフェクトがかけられているだろう。そんな完璧なイヴェットの微笑みに、レンは心の中で「はわわ……」とつぶやいた。
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