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イヴェットに寮内のルールを教えてもらったときに、どうやらレンが異世界人であることは早くも校内に知れ渡っていることがわかった。それでもイヴェットは好奇の目をレンには向けなかった。それどころか同情され、「困ったことがあったらなんでも言ってね」と慈愛の言葉をかけられる。
寮長を務めるイヴェットは二年生だそうなので、恐らく歳は一六か一七だろう。だというのにレンよりよほど人間が出来ている。異世界人であることを疑ったり、面白がったりせずに心配してくれるのだから、「思いっきり異世界を楽しもうと思っています」などとは口が裂けても言えないなと、レンは密かに良心を痛めた。
イヴェットと話してみて、異世界人はここ二〇〇年余り聞いたことのない存在だと言うのはたしからしいことがわかった。これは学長からも聞いていたので疑っていたわけではないが、イヴェットからも聞くと事実なのだなと実感する。
けれどもしかし、歴史上には異世界人を主張する存在は点在しており、未だ異世界を観測できていないにしろ、そういうことはあるのだろうという論が主流なのだと言う。もちろん狂人と疑う向きもあるが、レンのいた世界と違って魔法があるぶん、そこは違っているのかもしれないと推測する。
それらの話を総合すると、レンは運がよかったということに尽きる。慈悲深くこちらの話を信用してくれる学長に出会えたのは、元の世界で散々な目に遭ったから――その、帳尻合わせなのだろうとレンは思うことにした。
それからイヴェットには寮生たちの態度を謝られた。たしかにあからさまな好奇の目で見られたが、そんなことはイヴェットが謝ることではないだろうと思ったレンはあわてる。
「気にしないでください! 私だって異世界人がいただなんて知ったら、そういう目をしてしまうかもしれませんし」
「レンが異世界人だっていうのもあるけれど……みんな、女の子が増えたからびっくりしたのだと思うの」
「びっくり……ですか」
「ええ。女の子が編入してくることなんて、まずないから」
イヴェットはそれ以上言葉を重ねなかったが、レンにはなんとなくわかった。最初に寮生たちの好奇の視線を受けたときに推測した通り、彼女らはレンがライバルになり得るかどうかを見定めていたのだろう。そして恐らく寮生たちはレンは脅威にもならないどころか、女として論外だと思ったに違いない。
身長は一八〇センチメートルを超え、胸は絶句するほどに貧相。体質的に太れないため、手足も細め。そして顔つきも女性らしいとはお世辞にも言えない。極めつけはハスキーボイス。これでは優秀な男性を奪い合う戦場では手も足も出ないだろう、ということをレンは経験的に察する。
それが幸か不幸かレンにはわからなかった。敵愾心を抱かれなかったのはよかったが、興味をもたれないというのもそれはそれで寂しい気持ちになる。「好きの反対は無関心」とはよく言ったものだとレンは思った。そう考えるとイヴェットは多少なりともレンの存在を好意的に見ているのだろうか? そこまでは流石に見通せないが、そうであればいいなとレンはひとり心の中でごちる。
その日は寮での夕食時に改めて寮生全員に紹介され、当たり障りのない自己紹介を繰り返すことになった。寮生たちはやはり揃いも揃ってレンより遥かに愛らしい女の子ばかりだった。一八〇センチメートル超のレンより背の高い寮生がいないのは当たり前としても、みな揃ってスタイルもいいし垢抜けていてオシャレだった。
――この世界には美少女しかいないのかな。
レンはそんなくだらないことを考えることで、どうしても惨めな気持ちになってしまう己をかき消そうとした。
レンの中では女の子っぽくなりたいという願望はさほど強くはなかったが、しかし自分よりも遥かに可愛らしい女の子たちが目の前に揃っているのを見ると、やはり落ち着かない気持ちになってしまう。これが画面越しに見るアイドルやモデルであれば違うのだろうが、彼女らはレンと同じ学生で寮生という身分なので、どうしても己と比較してしまうのをやめられないのであった。
夕食時に初めて顔合わせをした寮生も、だれひとりとしてレンには興味を示してはいないようだった。ここでもレンは「優秀な夫獲得戦」の脅威にはならないと結論付けられたのだろう。屈辱感はなかったが、申し訳ない気持ちにはなる。だれにたいして申し訳なく思っているのかは、レンにもわからなかったが。
夕食を囲むテーブルを飛び交うのは学生らしく授業の話題が多かった。しかしそれ以上に男の話題が多い。あけすけな単語だって飛び交うが、彼女らはだれひとりとしてふざけてなどいない。真剣に、将来の夫となる男性を見定めようとしているのがわかったので、レンは気まずい気持ちにはならず、むしろ畏怖の念を抱いた。
「明日の昼食は一緒に行かない?」
そんな中、わざわざ隣席に座ってくれたイヴェットが話を向けてくれる。レンはその優しさをありがたく思いながら、口に入っていたビーフシチューをあわてて嚥下する。
「昼食ってどういう……なんて言えばいいんでしょう……購買とかがあるんですか?」
「購買はあるけれど、昼食は皆基本的に食堂のバイキングで取ることになっているわ。食堂の場所はわかる?」
「いえ……。申し訳ないんですけれど、本当にこっちにきたばかりでわからないんですよね……」
「それならわたしが迎えに行くわ」
「え! ありがたいですけれど……」
「いいのよ。先輩風吹かせさせてちょうだいな」
そう言って微笑んだ絶世の美少女を前に、レンの心はまた「はわわ……」と語彙を失う。
結局レンはイヴェットの言葉に甘えることにした。こちらの世界の知識は幼稚園児以下なのだ。今のうちにだれかの世話になるということに慣れておくのもいいかもしれない、と前向きに考えることにした。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
「ええ、どんどん甘えていいわよ」
レンは同性愛者ではなかったが、優しいイヴェットを前にすると彼女の恋人がちょっとうらやましくなるていどには、この寮長のことを好ましく思い始めていた。
寮長を務めるイヴェットは二年生だそうなので、恐らく歳は一六か一七だろう。だというのにレンよりよほど人間が出来ている。異世界人であることを疑ったり、面白がったりせずに心配してくれるのだから、「思いっきり異世界を楽しもうと思っています」などとは口が裂けても言えないなと、レンは密かに良心を痛めた。
イヴェットと話してみて、異世界人はここ二〇〇年余り聞いたことのない存在だと言うのはたしからしいことがわかった。これは学長からも聞いていたので疑っていたわけではないが、イヴェットからも聞くと事実なのだなと実感する。
けれどもしかし、歴史上には異世界人を主張する存在は点在しており、未だ異世界を観測できていないにしろ、そういうことはあるのだろうという論が主流なのだと言う。もちろん狂人と疑う向きもあるが、レンのいた世界と違って魔法があるぶん、そこは違っているのかもしれないと推測する。
それらの話を総合すると、レンは運がよかったということに尽きる。慈悲深くこちらの話を信用してくれる学長に出会えたのは、元の世界で散々な目に遭ったから――その、帳尻合わせなのだろうとレンは思うことにした。
それからイヴェットには寮生たちの態度を謝られた。たしかにあからさまな好奇の目で見られたが、そんなことはイヴェットが謝ることではないだろうと思ったレンはあわてる。
「気にしないでください! 私だって異世界人がいただなんて知ったら、そういう目をしてしまうかもしれませんし」
「レンが異世界人だっていうのもあるけれど……みんな、女の子が増えたからびっくりしたのだと思うの」
「びっくり……ですか」
「ええ。女の子が編入してくることなんて、まずないから」
イヴェットはそれ以上言葉を重ねなかったが、レンにはなんとなくわかった。最初に寮生たちの好奇の視線を受けたときに推測した通り、彼女らはレンがライバルになり得るかどうかを見定めていたのだろう。そして恐らく寮生たちはレンは脅威にもならないどころか、女として論外だと思ったに違いない。
身長は一八〇センチメートルを超え、胸は絶句するほどに貧相。体質的に太れないため、手足も細め。そして顔つきも女性らしいとはお世辞にも言えない。極めつけはハスキーボイス。これでは優秀な男性を奪い合う戦場では手も足も出ないだろう、ということをレンは経験的に察する。
それが幸か不幸かレンにはわからなかった。敵愾心を抱かれなかったのはよかったが、興味をもたれないというのもそれはそれで寂しい気持ちになる。「好きの反対は無関心」とはよく言ったものだとレンは思った。そう考えるとイヴェットは多少なりともレンの存在を好意的に見ているのだろうか? そこまでは流石に見通せないが、そうであればいいなとレンはひとり心の中でごちる。
その日は寮での夕食時に改めて寮生全員に紹介され、当たり障りのない自己紹介を繰り返すことになった。寮生たちはやはり揃いも揃ってレンより遥かに愛らしい女の子ばかりだった。一八〇センチメートル超のレンより背の高い寮生がいないのは当たり前としても、みな揃ってスタイルもいいし垢抜けていてオシャレだった。
――この世界には美少女しかいないのかな。
レンはそんなくだらないことを考えることで、どうしても惨めな気持ちになってしまう己をかき消そうとした。
レンの中では女の子っぽくなりたいという願望はさほど強くはなかったが、しかし自分よりも遥かに可愛らしい女の子たちが目の前に揃っているのを見ると、やはり落ち着かない気持ちになってしまう。これが画面越しに見るアイドルやモデルであれば違うのだろうが、彼女らはレンと同じ学生で寮生という身分なので、どうしても己と比較してしまうのをやめられないのであった。
夕食時に初めて顔合わせをした寮生も、だれひとりとしてレンには興味を示してはいないようだった。ここでもレンは「優秀な夫獲得戦」の脅威にはならないと結論付けられたのだろう。屈辱感はなかったが、申し訳ない気持ちにはなる。だれにたいして申し訳なく思っているのかは、レンにもわからなかったが。
夕食を囲むテーブルを飛び交うのは学生らしく授業の話題が多かった。しかしそれ以上に男の話題が多い。あけすけな単語だって飛び交うが、彼女らはだれひとりとしてふざけてなどいない。真剣に、将来の夫となる男性を見定めようとしているのがわかったので、レンは気まずい気持ちにはならず、むしろ畏怖の念を抱いた。
「明日の昼食は一緒に行かない?」
そんな中、わざわざ隣席に座ってくれたイヴェットが話を向けてくれる。レンはその優しさをありがたく思いながら、口に入っていたビーフシチューをあわてて嚥下する。
「昼食ってどういう……なんて言えばいいんでしょう……購買とかがあるんですか?」
「購買はあるけれど、昼食は皆基本的に食堂のバイキングで取ることになっているわ。食堂の場所はわかる?」
「いえ……。申し訳ないんですけれど、本当にこっちにきたばかりでわからないんですよね……」
「それならわたしが迎えに行くわ」
「え! ありがたいですけれど……」
「いいのよ。先輩風吹かせさせてちょうだいな」
そう言って微笑んだ絶世の美少女を前に、レンの心はまた「はわわ……」と語彙を失う。
結局レンはイヴェットの言葉に甘えることにした。こちらの世界の知識は幼稚園児以下なのだ。今のうちにだれかの世話になるということに慣れておくのもいいかもしれない、と前向きに考えることにした。
「それじゃあお言葉に甘えて……」
「ええ、どんどん甘えていいわよ」
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