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「ねえ、『お茶会』に参加しない?」
「『お茶会』?」
レンがイヴェットからそう誘われたのは、アレックスと嘘の付き合いを始めてから大体一週間後のことだった。レンは首をかしげつつイヴェットに尋ねる。
「えーっと……それはお菓子を食べつつお茶を飲んでおしゃべりする集まり、みたいな認識で合っていますでしょうか……」
「まあそんな感じね。でもメインはお菓子でもお茶でもないわ」
イヴェットはにんまりと笑ってレンを見る。
「メインは恋バナ。……と言っても『だれそれがいい』とかいう話題もあるけれど、主にハーレムの運営方法とかの情報を交換したり、相談したりする女子の集まりってところね。レンはハーレムを持ったことがないでしょう? わたしたちに教えられることがあるかもって思って、レンを誘おうという話になったのよ」
「は、はあ……ありがとうございます」
「まあレンはまだひとりとしかお付き合いしていないし、異世界の人間からすればこういうことにはあまり馴染みがないかもしれないけれど……参加してみない?」
「参加してもいいんですかね?」
「大歓迎よ」
レンは迷った。アレックスとの付き合いはすべてが嘘にまみれているわけではないが、恋仲であるというのはまぎれもない虚構であった。
おまけにレンはロクな恋愛経験を持たない。恋愛偏差値は限りなく低い。異世界へきたからといって劇的な出会いをして惚れた相手がいるわけでもない。そんな己が恋バナ飛び交うお茶会に耐えられるのかどうか、レンには甚だ疑問であった。
「うーん……返事はちょっと待ってもらってもいいですか? あ、でも日程は――」
「構わないわ。お茶会は定期的に開催しているから、好きなときに参加すればいいわよ。毎回寮生全員が参加しているわけでもないし。ちなみに次のお茶会は金曜日の放課後よ。休日はデートで忙しい子が多いからね」
「なるほど……」
「――ああ、彼が気になるの?」
「え?」
「『今はふたりの時間を楽しみたい』……だっけ? もしかして彼って意外と独占欲が強かったりする?」
イヴェットは心配というよりは、実に楽しげな顔をして微笑む。それは付き合いたての初々しいカップルを眺める、微笑ましさがにじんでいた。
レンは予想外の問いにどう答えるべきか悩み、結局曖昧に微笑むことにした。レンの悪い癖である。とりあえず曖昧に笑っておけばいいと思っているわけではないが、つい反射で出てしまう。イヴェットはそれをどう解釈したのか、「熱々ね」とやはり微笑ましげに口の端を上げるのだった。
「――ってことがあったんだけど、参加したほうがいいのかな? 今後のためとか、とか……」
授業前の騒々しい教室でいつものようにアレックスと隣り合って席を確保したレンは、そんな相談を持ちかける。魔法史の授業を前にあからさまに憂鬱そうな顔をしていたアレックスは、グリーンの瞳にレンを映したあと、目を平たくする。
「『お茶会』なんてものがあるんだな」
「らしいよ」
「全然内容が想像できねえ」
「だよねえ。恋バナというか、ハーレムの運営方法の相談とか情報交換がメインらしいんだけど」
「なお想像できねえわ。オレ男だからハーレムなんて持てないし。つかその『お茶会』、マウントとかすごそう」
「それは偏見では……」
しかしアレックスの言った通りの想像をレンも一瞬だけ思い浮かべたことがあるので、それ以上は閉口する。急に「お茶会」へ誘われたのは、ハーレム初心者のレンに釘を刺すためという可能性だってあり得た。今までレンはハーレムを作ろうという気を毛の先ほども見せていなかったから、放置されていたとも考えられる。
邪推をしようと思えばいくらでもできる。レンはそういうタイプだった。明るく振る舞ってはいるものの、根はどうしようもなく「陰キャ」なのだ。
だがイヴェットの言を信じたい気持ちもあった。つまりはハーレム初心者のレンに、その運営方法を指南してしんぜようという、ありがたい思いやりの精神から誘われたと思いたい、ということである。
「でも、ま、今後のためにちょっと顔出すくらいはしてもいいんじゃないの?」
「バレないか怖いんだけど」
「『色々と先輩たちのお話を聞かせてください~』とか言って上手いこと聞き役に徹すれば? あとはなんかオレとの具体的なエピソードを求められたら、『恥ずかしいです』とか言っておけば行けるって」
明らかなコミュニケーション弱者であるレンは、アレックスのコミュニケーション能力の高さに舌を巻く。とはいえ、「言うは易し」。アレックスの言った通りのことを難なくこなせるのであれば、レンは周囲の男子生徒からのアプローチに困っていない。上手くさばけないから困り果て、挙句の果てにアレックスをニセのカレシに仕立て上げたのだ。
「う~ん……」
「まあそんなにイヤなら行かなくてもいいんじゃね。いつもみたいにオレとの時間が大切なんです~とかテキトー言っとけば下がってくれるでしょ。あの先輩ならさ」
「まあ、たしかにイヴェット先輩は無理強いしてくるタイプじゃないけど……う~ん……やっぱり一度くらい参加しておこうかな」
「マジで?」
「わりとマジで。イマイチ女子寮に馴染めていない自覚があるので……」
アレックスの目が哀れみの色に満ちる。「そんな目で見るんじゃない」とレンは内心でつぶやきつつ、しかし哀れまれる身であるという認識はあったので反論せずに口を閉じた。
これはチャンスだ、とレンは思うことにした。見た目の垢抜けなさもあるせいか、レンはきらびやかな女の子たちばかりの寮にイマイチ馴染めていない。けれども、いや、だからこそ女子寮で行われる「お茶会」に参加して、少しはいい印象を持ってもらいたいという下心が生まれたのだ。
「ちょっと頑張ってみる」
レンの決意をよくわかっているのかいないのか、アレックスはいつもの調子で「ガンバレ」と笑ってレンの背中を軽く叩いた。
「『お茶会』?」
レンがイヴェットからそう誘われたのは、アレックスと嘘の付き合いを始めてから大体一週間後のことだった。レンは首をかしげつつイヴェットに尋ねる。
「えーっと……それはお菓子を食べつつお茶を飲んでおしゃべりする集まり、みたいな認識で合っていますでしょうか……」
「まあそんな感じね。でもメインはお菓子でもお茶でもないわ」
イヴェットはにんまりと笑ってレンを見る。
「メインは恋バナ。……と言っても『だれそれがいい』とかいう話題もあるけれど、主にハーレムの運営方法とかの情報を交換したり、相談したりする女子の集まりってところね。レンはハーレムを持ったことがないでしょう? わたしたちに教えられることがあるかもって思って、レンを誘おうという話になったのよ」
「は、はあ……ありがとうございます」
「まあレンはまだひとりとしかお付き合いしていないし、異世界の人間からすればこういうことにはあまり馴染みがないかもしれないけれど……参加してみない?」
「参加してもいいんですかね?」
「大歓迎よ」
レンは迷った。アレックスとの付き合いはすべてが嘘にまみれているわけではないが、恋仲であるというのはまぎれもない虚構であった。
おまけにレンはロクな恋愛経験を持たない。恋愛偏差値は限りなく低い。異世界へきたからといって劇的な出会いをして惚れた相手がいるわけでもない。そんな己が恋バナ飛び交うお茶会に耐えられるのかどうか、レンには甚だ疑問であった。
「うーん……返事はちょっと待ってもらってもいいですか? あ、でも日程は――」
「構わないわ。お茶会は定期的に開催しているから、好きなときに参加すればいいわよ。毎回寮生全員が参加しているわけでもないし。ちなみに次のお茶会は金曜日の放課後よ。休日はデートで忙しい子が多いからね」
「なるほど……」
「――ああ、彼が気になるの?」
「え?」
「『今はふたりの時間を楽しみたい』……だっけ? もしかして彼って意外と独占欲が強かったりする?」
イヴェットは心配というよりは、実に楽しげな顔をして微笑む。それは付き合いたての初々しいカップルを眺める、微笑ましさがにじんでいた。
レンは予想外の問いにどう答えるべきか悩み、結局曖昧に微笑むことにした。レンの悪い癖である。とりあえず曖昧に笑っておけばいいと思っているわけではないが、つい反射で出てしまう。イヴェットはそれをどう解釈したのか、「熱々ね」とやはり微笑ましげに口の端を上げるのだった。
「――ってことがあったんだけど、参加したほうがいいのかな? 今後のためとか、とか……」
授業前の騒々しい教室でいつものようにアレックスと隣り合って席を確保したレンは、そんな相談を持ちかける。魔法史の授業を前にあからさまに憂鬱そうな顔をしていたアレックスは、グリーンの瞳にレンを映したあと、目を平たくする。
「『お茶会』なんてものがあるんだな」
「らしいよ」
「全然内容が想像できねえ」
「だよねえ。恋バナというか、ハーレムの運営方法の相談とか情報交換がメインらしいんだけど」
「なお想像できねえわ。オレ男だからハーレムなんて持てないし。つかその『お茶会』、マウントとかすごそう」
「それは偏見では……」
しかしアレックスの言った通りの想像をレンも一瞬だけ思い浮かべたことがあるので、それ以上は閉口する。急に「お茶会」へ誘われたのは、ハーレム初心者のレンに釘を刺すためという可能性だってあり得た。今までレンはハーレムを作ろうという気を毛の先ほども見せていなかったから、放置されていたとも考えられる。
邪推をしようと思えばいくらでもできる。レンはそういうタイプだった。明るく振る舞ってはいるものの、根はどうしようもなく「陰キャ」なのだ。
だがイヴェットの言を信じたい気持ちもあった。つまりはハーレム初心者のレンに、その運営方法を指南してしんぜようという、ありがたい思いやりの精神から誘われたと思いたい、ということである。
「でも、ま、今後のためにちょっと顔出すくらいはしてもいいんじゃないの?」
「バレないか怖いんだけど」
「『色々と先輩たちのお話を聞かせてください~』とか言って上手いこと聞き役に徹すれば? あとはなんかオレとの具体的なエピソードを求められたら、『恥ずかしいです』とか言っておけば行けるって」
明らかなコミュニケーション弱者であるレンは、アレックスのコミュニケーション能力の高さに舌を巻く。とはいえ、「言うは易し」。アレックスの言った通りのことを難なくこなせるのであれば、レンは周囲の男子生徒からのアプローチに困っていない。上手くさばけないから困り果て、挙句の果てにアレックスをニセのカレシに仕立て上げたのだ。
「う~ん……」
「まあそんなにイヤなら行かなくてもいいんじゃね。いつもみたいにオレとの時間が大切なんです~とかテキトー言っとけば下がってくれるでしょ。あの先輩ならさ」
「まあ、たしかにイヴェット先輩は無理強いしてくるタイプじゃないけど……う~ん……やっぱり一度くらい参加しておこうかな」
「マジで?」
「わりとマジで。イマイチ女子寮に馴染めていない自覚があるので……」
アレックスの目が哀れみの色に満ちる。「そんな目で見るんじゃない」とレンは内心でつぶやきつつ、しかし哀れまれる身であるという認識はあったので反論せずに口を閉じた。
これはチャンスだ、とレンは思うことにした。見た目の垢抜けなさもあるせいか、レンはきらびやかな女の子たちばかりの寮にイマイチ馴染めていない。けれども、いや、だからこそ女子寮で行われる「お茶会」に参加して、少しはいい印象を持ってもらいたいという下心が生まれたのだ。
「ちょっと頑張ってみる」
レンの決意をよくわかっているのかいないのか、アレックスはいつもの調子で「ガンバレ」と笑ってレンの背中を軽く叩いた。
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