20 / 44
(20)
しおりを挟む
春咲きのような華やかさに欠けるが、やはり美しく可憐に咲く秋バラを眺められる女子寮庭の一角。真っ白な鉄製のテーブルとイスを持ち出し、チェック柄のクロスを広げて、その上には色とりどりのお菓子と紅茶。レンが予想していた通りの、まごうことなき「女子のお茶会」の風景がそこにはあった。そのことに、レンは少し感動する。
そんな甘いお茶菓子の上で交わされるのは恋バナ……であるのだが。
「やっぱりジェラシーコントロールは徹底的にすべきかしら?」
「自ら課さなければ意味はないと思うけど」
「完全に向こう任せにするのも危ないと思わない?」
「わたしはあまり締めつけすぎるのもどうかと思うわ。嫉妬は自然な感情の発露でしょう」
ビシバシ、という擬音が聞こえてきそうなほどに、その内容はレンからすればシビアで意識が高すぎるものだった。事前に聞いていたとはいえ、半分ほどは甘ったるく浮いた、恋の話が聞けるものだとレンは思っていたが、違った。今テーブルを囲んでいる女子たちはみな、真剣にハーレムの運営方法について議論を交わしている。それはレンの想像する「甘さ」からはほど遠いものだった。
「あのカウンセラーってどう?」
「話を聞いてくれるのはいいけど、聞きっぱなしが多く感じるわ」
「やっぱり? 別のカウンセラーを確保したほうがいいかしら」
「腕のいいカウンセラーならわたしの姉が――」
ジェラシーコントロールがどうの、カウンセリングがどうの、という会話に、当然のごとくレンはついて行けない。いつもであればフォローしてくれそうなイヴェットは、今は相談を持ちかけたり聞いたりするのに忙しいのか、特になにも言ってはこない。あるいは、肌で感じて学習しろということなのかもしれない、とレンは思った。
そもそも、レンはハーレムを作る気はないのだ。今のところは。男子生徒たちのアプローチを挫くためにハーレムを形成するにしても、アレックス以上の「いい男」を見つくろわなければ、レンにとってハーレムを作る意味は薄い。そしてレンにはこんな茶番に付き合ってくれるアレックス以上の「いい男」に心当たりはなかった。
それに逆ハーレムは自分には荷が重い、とレンは考える。今、目の前で飛び交うごく真剣なハーレム運営の話題に耳を傾けていれば、なおさらそう強く思えた。
レンにとっての「逆ハーレム」とか「ハーレム」はふわふわしたイメージしかなかったので、そのギャップを上手く埋められないままここまできてしまったことも、ハーレム運営の話題に身が入らない一因であった。
当たり前だが、なすべきことをなさずにちやほやされるなんてことは、あり得ないのだ。愛されるのにも努力が必要なのだなと、レンはごく当たり前の事実に気づく。相手を慮り、声をかけてやり、己が魅力的に映るように研鑽を欠かさない……。レンは「私にはハーレムは無理だ」という思いを強くする。
話題が発売したばかりのブランドコスメなどに飛んで行くと、レンにはもうお手上げだった。そうなるともう、曖昧に頷くことすらやめて、緩慢な動作で茶菓子に手を伸ばすしかない。淹れてもらった紅茶は、ややぬるくなり始めていた。
「アレックスとはどう?」
「へ?」
そうやって他ごとを考えていたレンの耳に、唐突に聞き慣れた名前が投げ込まれる。口に放り込もうとしていたクッキーを持ったままという、間抜けな体勢でレンは周りを見た。イヴェットを除く寮生たちはみな、好奇に満ちた目をしている。悪意はないが、居心地がいいものではない。唯一イヴェットだけが心配そうにこちらを見ていた。
レンは取り皿の上にすごすごとクッキーを置き、一瞬だけ目を伏せて紅茶の水面を見た。湯気はもう立っていない。そんなどうでもいいことを確認したあと、視線を上げた。
「付き合い始めたばかりなのでなんとも……まだまだ、お互い手探り状態です」
「あら、初々しくっていいわね」
「でも気をつけたほうがいいわよ。狙ってる子は狙ってたからね、彼」
「アンとかね。まあ本気で狙ってたわけじゃないらしいけれど、彼女、魔法使いのカレを欲しがってたから……」
レンは基礎魔法学の授業を思い出していた。魔力は生まれつき、だれもがそなえ持つもの。そして、それは大いに遺伝がかかわってくるとも。まれに血に限らず膨大な魔力を持って生まれてくる人間もいるらしいが。そしてその魔力を扱える才能も、大いに遺伝するのだと言う。
――もし、私がアレックスと子供を儲けたとしたら、その子の魔力とか魔法の才ってどうなるんだろう。
前提からして色々とありえない自覚はあったが、気にはなった。レンは魔力を一切持たないことが証明されている。となればもしこの世界に骨を埋めることになり、だれかと子供を儲けたとしたら、その子の魔力などはどうなるのか――。
以前、異世界からきたと主張した人間が現れたのは二〇〇年は前。そのころは魔力測定機などという便利なものはなかったので、その主張の真相は闇の中である。子孫がいるという話も聞かないので、レンの疑問が氷解されることはなさそうだ。
奇しくもレンがそのような疑問を抱いたように、そんなことを考える寮生もいたようだ。
「やっぱりレンも魔法使いの血が欲しい?」
「いえ……今はまだそういうのはわからないです」
「のん気ねえ」
「ハーレムを持ったことがないなら、そういうものじゃない?」
「でもやっぱり魔法使いの血は入れられるなら入れたくない? やっぱり我が子にはいい遺伝子を与えてあげたいっていうか――」
そうやって話題はいかによりよい血統を作り上げられるか、という方向へと流れて行く。そういうわけでレンはアレックスとの仲を疑われることなく、穏便にお茶会を切り抜けることが出来た。
しかし恋愛偏差値が低すぎる上に、将来設計が白紙のレンが彼女らの話題に乗れるはずもなく。結局レンは終始居心地の悪い思いをしながら、お茶会を終えた。
そんな甘いお茶菓子の上で交わされるのは恋バナ……であるのだが。
「やっぱりジェラシーコントロールは徹底的にすべきかしら?」
「自ら課さなければ意味はないと思うけど」
「完全に向こう任せにするのも危ないと思わない?」
「わたしはあまり締めつけすぎるのもどうかと思うわ。嫉妬は自然な感情の発露でしょう」
ビシバシ、という擬音が聞こえてきそうなほどに、その内容はレンからすればシビアで意識が高すぎるものだった。事前に聞いていたとはいえ、半分ほどは甘ったるく浮いた、恋の話が聞けるものだとレンは思っていたが、違った。今テーブルを囲んでいる女子たちはみな、真剣にハーレムの運営方法について議論を交わしている。それはレンの想像する「甘さ」からはほど遠いものだった。
「あのカウンセラーってどう?」
「話を聞いてくれるのはいいけど、聞きっぱなしが多く感じるわ」
「やっぱり? 別のカウンセラーを確保したほうがいいかしら」
「腕のいいカウンセラーならわたしの姉が――」
ジェラシーコントロールがどうの、カウンセリングがどうの、という会話に、当然のごとくレンはついて行けない。いつもであればフォローしてくれそうなイヴェットは、今は相談を持ちかけたり聞いたりするのに忙しいのか、特になにも言ってはこない。あるいは、肌で感じて学習しろということなのかもしれない、とレンは思った。
そもそも、レンはハーレムを作る気はないのだ。今のところは。男子生徒たちのアプローチを挫くためにハーレムを形成するにしても、アレックス以上の「いい男」を見つくろわなければ、レンにとってハーレムを作る意味は薄い。そしてレンにはこんな茶番に付き合ってくれるアレックス以上の「いい男」に心当たりはなかった。
それに逆ハーレムは自分には荷が重い、とレンは考える。今、目の前で飛び交うごく真剣なハーレム運営の話題に耳を傾けていれば、なおさらそう強く思えた。
レンにとっての「逆ハーレム」とか「ハーレム」はふわふわしたイメージしかなかったので、そのギャップを上手く埋められないままここまできてしまったことも、ハーレム運営の話題に身が入らない一因であった。
当たり前だが、なすべきことをなさずにちやほやされるなんてことは、あり得ないのだ。愛されるのにも努力が必要なのだなと、レンはごく当たり前の事実に気づく。相手を慮り、声をかけてやり、己が魅力的に映るように研鑽を欠かさない……。レンは「私にはハーレムは無理だ」という思いを強くする。
話題が発売したばかりのブランドコスメなどに飛んで行くと、レンにはもうお手上げだった。そうなるともう、曖昧に頷くことすらやめて、緩慢な動作で茶菓子に手を伸ばすしかない。淹れてもらった紅茶は、ややぬるくなり始めていた。
「アレックスとはどう?」
「へ?」
そうやって他ごとを考えていたレンの耳に、唐突に聞き慣れた名前が投げ込まれる。口に放り込もうとしていたクッキーを持ったままという、間抜けな体勢でレンは周りを見た。イヴェットを除く寮生たちはみな、好奇に満ちた目をしている。悪意はないが、居心地がいいものではない。唯一イヴェットだけが心配そうにこちらを見ていた。
レンは取り皿の上にすごすごとクッキーを置き、一瞬だけ目を伏せて紅茶の水面を見た。湯気はもう立っていない。そんなどうでもいいことを確認したあと、視線を上げた。
「付き合い始めたばかりなのでなんとも……まだまだ、お互い手探り状態です」
「あら、初々しくっていいわね」
「でも気をつけたほうがいいわよ。狙ってる子は狙ってたからね、彼」
「アンとかね。まあ本気で狙ってたわけじゃないらしいけれど、彼女、魔法使いのカレを欲しがってたから……」
レンは基礎魔法学の授業を思い出していた。魔力は生まれつき、だれもがそなえ持つもの。そして、それは大いに遺伝がかかわってくるとも。まれに血に限らず膨大な魔力を持って生まれてくる人間もいるらしいが。そしてその魔力を扱える才能も、大いに遺伝するのだと言う。
――もし、私がアレックスと子供を儲けたとしたら、その子の魔力とか魔法の才ってどうなるんだろう。
前提からして色々とありえない自覚はあったが、気にはなった。レンは魔力を一切持たないことが証明されている。となればもしこの世界に骨を埋めることになり、だれかと子供を儲けたとしたら、その子の魔力などはどうなるのか――。
以前、異世界からきたと主張した人間が現れたのは二〇〇年は前。そのころは魔力測定機などという便利なものはなかったので、その主張の真相は闇の中である。子孫がいるという話も聞かないので、レンの疑問が氷解されることはなさそうだ。
奇しくもレンがそのような疑問を抱いたように、そんなことを考える寮生もいたようだ。
「やっぱりレンも魔法使いの血が欲しい?」
「いえ……今はまだそういうのはわからないです」
「のん気ねえ」
「ハーレムを持ったことがないなら、そういうものじゃない?」
「でもやっぱり魔法使いの血は入れられるなら入れたくない? やっぱり我が子にはいい遺伝子を与えてあげたいっていうか――」
そうやって話題はいかによりよい血統を作り上げられるか、という方向へと流れて行く。そういうわけでレンはアレックスとの仲を疑われることなく、穏便にお茶会を切り抜けることが出来た。
しかし恋愛偏差値が低すぎる上に、将来設計が白紙のレンが彼女らの話題に乗れるはずもなく。結局レンは終始居心地の悪い思いをしながら、お茶会を終えた。
0
あなたにおすすめの小説
期限付きの聖女
波間柏
恋愛
今日は、双子の妹六花の手術の為、私は病院の服に着替えていた。妹は長く病気で辛い思いをしてきた。周囲が姉の協力をえれば可能性があると言ってもなかなか縦にふらない、人を傷つけてまでとそんな優しい妹。そんな妹の容態は悪化していき、もう今を逃せば間に合わないという段階でやっと、手術を受ける気になってくれた。
本人も承知の上でのリスクの高い手術。私は、病院の服に着替えて荷物を持ちカーテンを開けた。その時、声がした。
『全て かける 片割れ 助かる』
それが本当なら、あげる。
私は、姿なきその声にすがった。
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
「僕より強い奴は気に入らない」と殿下に言われて力を抑えていたら婚約破棄されました。そろそろ本気出してもよろしいですよね?
今川幸乃
恋愛
ライツ王国の聖女イレーネは「もっといい聖女を見つけた」と言われ、王太子のボルグに聖女を解任されて婚約も破棄されてしまう。
しかしイレーネの力が弱かったのは依然王子が「僕より強い奴は気に入らない」と言ったせいで力を抑えていたせいであった。
その後賊に襲われたイレーネは辺境伯の嫡子オーウェンに助けられ、辺境伯の館に迎えられて伯爵一族並みの厚遇を受ける。
一方ボルグは当初は新しく迎えた聖女レイシャとしばらくは楽しく過ごすが、イレーネの加護を失った王国には綻びが出始め、隣国オーランド帝国の影が忍び寄るのであった。
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
異世界転移して冒険者のイケメンとご飯食べるだけの話
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
社畜系OLの主人公は、ある日終電を逃し、仕方なく徒歩で家に帰ることに。しかし、その際帰路を歩いていたはずが、謎の小道へと出てしまい、そのまま異世界へと迷い込んでしまう。
持ち前の適応力の高さからか、それとも社畜生活で思考能力が低下していたのか、いずれにせよあっという間に異世界生活へと慣れていた。そのうち家に帰れるかも、まあ帰れなかったら帰れなかったで、と楽観視しながらその日暮らしの冒険者生活を楽しむ彼女。
一番の楽しみは、おいしい異世界のご飯とお酒、それからイケメン冒険者仲間の話を聞くことだった。
年下のあざとい系先輩冒険者、頼れる兄貴分なエルフの剣士、口の悪いツンデレ薬師、女好きな元最強冒険者のギルド長、四人と恋愛フラグを立てたり折ったりしながら主人公は今日も異世界でご飯を食べる。
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『Pixiv』にも掲載しています】
ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~
紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。
毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。
R15は、念のため。
自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる