陥落 ー おじさま達に病愛されて ー

ななな

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6. 略奪者への激昂

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 一仕事を終えて我が家に戻ってくると、わたしの命よりも大切な宝物が盗まれた後であった。

「ミングォさんっ、リンユゥ兄ちゃんが変なおっさんと一緒に璃伴の修行に出かけちゃったよ!兄ちゃん、璃伴はもうやらないんじゃなかったの?」

 そう言って可愛い子供達から手渡された手紙には、「ミングォさん、約束を守ることができず大変申し訳ございません。私にはやはり璃伴だけが取り柄のようです。強くなって帰って参りますので、弟や妹達のことをよろしくお願いします」とだけ書かれていた。殴り書きのような荒々しい字ではあったが、達筆のリンユゥ本人が書いたものだとすぐにわかった。
 わたしはリンユゥの美しい字が大好きで、彼以上に惚れ惚れさせる字を書ける者は他にはいないと思っている。その字の如く気品があり、おしとやかで慎ましく、天女のようなほほえみで子供達を見守る彼のことを、わたしは心の底から愛していた。


 そのリンユゥは孤児であった。通りかかった道端に、今にも朽ちてゆきそうな子がいれば手を差し出すのが普通かと思う。わたしは人一倍その思いが強いようで、気づけばわたしを含め九人の大家族となっていた。
 
 その中でもリンユゥはとびきりの美青年に成長した。道を歩けば振り向かない者はいない、女はもちろん…男もだ。わたしは心配で心配で仕方がなかった。不遜なモノを腰にぶらつかせる男なんて特に危険だ。襲われて傷物にでもされたらどうしてくれよう。 

 白百合の毒に侵されるかの如く、リンユゥが美しく育つにつれわたしの心はギシギシときしみを立てて揺れた。なんて華奢な背中だろう…一人で歩いて大丈夫なのか。わたしがおぶってやった方が…。
 ゆらゆらと彼に近づくわたしを押し留めたのは七人の子供達であった。そうだ、いけない…リンユゥはこの子達と一緒だ。可愛い子供達の中の一人…それだけ、ただのそれだけ。

 しかしどうだ。いずれ迎える嫁のためにと買っていた椅子をリンユゥに座らせているではないか。
「ミングォさん、こんな綺麗な椅子…私にはもったいないですよ」
「いいんだ。腰を悪くしてはいけない…リンユゥがお座り」

 来年、また来年…気づけば適齢期は過ぎ去っていた。しかし、彼がいるじゃないかと椅子にはクッションをしつらえたのだった。


「リンユゥ、なかなか一緒にいてあげられずすまないね。今日は璃伴を教えてあげよう」

 忙しい中に彼と過ごす束の間のひとときがわたしには至福であった。長いまつ毛、細い首、白い手、鈴の音のような声…。
 ある時、小さい子供達を風呂に入れるリンユゥが素っ裸で私の前を通ったことがあった。わたしは酷く狼狽えた。品の良い彼が珍しくそうしたことにではなく、心と身体が全身全霊をもって彼を番の対象と捉えたことだ。

「リンユゥッ!」
 わたしの、わたしのリンユゥだ。婿になんかやるものか、一生わたしと暮らすんだ。優しいリンユゥはきっとわたしの言うことを快く聞いてくれるに決まっている…!

「…女の子もいるんだ、失礼だろう。気をつけなさい」 
 やはり、すんでのところでわたしを引き留めたのが小さな子供達であった。以来、夜な夜な部屋で眠るリンユゥの寝顔を覗きに行くことをやめた。心を落ち着かせるためにそうしていたが、いつか目的を間違えやしないかと恐れたからだ。


 そうしてリンユゥへの想いを溢れさせないよう、わたしは必死に努めていたというのにあの男は…あいつは…わたしの、わたしのっ、わたしのリンユゥをぉぉぉ!!

 あまりの怒りでわたしは自分を見失っていたらしい。気づくと部屋は荒れ果て、子供達の泣き叫ぶ声が響き渡っていた。

「うっ…あぁっ…リンユゥっ…リンユゥぅぅぅ!」
 わたしは膝から崩れ落ち、リンユゥの幻影をなんとしてでも捕まえようと手を伸ばす。こんな仕打ちはあんまりではないか。あいつは、あいつときたら…いとも容易くリンユゥの手を握っていたんだぞ。殺してやろうと思った、あの時殺しておけばよかった…!

 リンユゥのためにと毎日身を粉にして働いてきた結末がこれとは、神も仏もあったものではない。気休め程度の金なんぞ残しおって、人を馬鹿にするにも程がある。
 わたしは泣くに泣けないほど悲嘆に暮れ、悲しみのどん底へと落ちていったのであった。


 それからというものの、わたしの生活はすっかり荒れ果てていった。子供達はいつの間にか皆外へと出て行ってしまい、わたしは一人孤独となった。

 リンユゥは今頃どうしているだろう…あの男の腕の中ですやすや眠っているのだろうか。自暴自棄になり、命を絶とうとする衝動は幾度となく襲いかかってきた。
 しかし、リンユゥを残しては死ねないと思い留まる毎日。どのようにしてその命を保っているのか自分でも分からない中、終わりは突然にやってきた。 

 帰ってきたのだ、リンユゥが。


「リ゛ン゛ユ゛ゥ゛ッッ!!」
 わたしは考えるよりも先に飛びかかっていた。まだ声が出たのだな、と他人ごとのように驚く。いや、そんなことはどうでもいい。

「どこに行っていたんだっ…わたしを置いて…酷いじゃないかっ…!」
 腕の中にすっぽりと収まる彼は以前よりもますます小さくなっていた。それは、わずかではあったが抱いていた彼への怒りをすっかり消し去っていった。

「ミングォさん…っ…ごめんなさい…ごめんなさい…」
 今にも消えてなくなりそうな、それでいて確かなリンユゥの声にわたしは全身が歓喜で打ち震えた。彼は見たことのないような上等の衣服を身に纏っており、それが毛布にくるまれた捨て猫を想起させた。あぁ、あぁ、こんなに震えて可哀想に…もう離しはしない、絶対にだ。

「もういい…もういい…わたしの元に帰ってきてくれてありがとう…」

 涙が止めどなく溢れ、わたしとリンユゥは二人でいつまでも泣き暮れた。彼の痩せ細った身体から伝わるわずかな熱は、わたしに温もりを与えていった。
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