【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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あれから一月足らず、足も治った頃、わたしは再び舞踏会に行く事にした。
ドミニクは心配し難色を示したが、わたしがどうしてもと頼むと、
フィリップから離れない様にと強く言われ、許して貰えた。

「おまえの事だから、もう暫くは舞踏会には行かないと思っていたよ…
おまえも年頃になったという事かな、楽しんで来なさい、シュゼット」

ドミニクの考えは当たっている。
本来ならば、自分から行きたいなど、絶対に言わなかっただろう。
だが、舞踏会に行けば、リアムに会えるかもしれない___
その誘惑は強かった。

尤も、話し掛けたりは、とても出来無いだろう。
ただ、顔を見るだけでもいい…


「足はもう大丈夫なの?この間は災難だったわね、シュゼット」

ソフィも一緒で、心配してくれた。

「はい、すっかり良くなりました」
「今日は目を離さない様に気を付けるよ、シュゼット」
「それでは、ソフィに申し訳無いですわ、お二人は楽しんで下さい」
「あら、それじゃ、あなたはどうするの?」
「わたしは見ているだけで良いので…」
「見ているだけ?」

不思議そうな顔をされ、わたしは焦った。
もじもじとスカートを握る。

「その…わたしは絵を描くのが好きで…舞踏会の雰囲気を掴みたくて…」

半分は言い訳だが、半分は本当の事だ。
あれから、わたしは大人になったリアムを何枚も描いた。
それと一緒に、舞踏会の風景も描いてみた。

「まぁ、あなた、絵を描くの?素敵な趣味ね」
「シュゼットの絵は趣味の範疇じゃないよ、小さい頃から凄い絵を描いていたんだ!」
「フィリップは絵なんて描かないのにね、恋文すら書いてくれないんだもの!」
「藪蛇だ!」

フィリップは顔を顰め、口を閉じた。
わたしは話が逸れた事に安堵した。

ルメール家には、親戚も含め、絵を描く者は一人も居なかった。
フィリップは事ある毎に自慢気に話すのだが、その度に、わたしは、
自分が『本物のシュゼットではない』と疑われるのでは…と、気が気では無かった。
恐らく、ドミニクも同じだろう。
ドミニクは絵を褒めてはくれるが、その表情はいつも暗かった。

「ねぇ、シュゼット、私を描いてくれない?
家にあるものは酷い出来なの、出来れば綺麗に描いて欲しいの」
「はい、喜んで」
「シュゼットの絵は安くないぞ、ソフィ」
「義姉になれば、安くしてくれるでしょう?」

二人の冗談に、馬車内は笑いに包まれた。


大広間に入り、わたしはフィリップとソフィをダンスフロアへ促し、壁際に向かった。
飲み物を手に、わたしはリアムを探した。

今日は来ていないのかしら…

見付けられず、残念に思っていた時だ、わたしの前に手が差し出された。

「踊って頂けますか?」

知らない若い男性が、爽やかな笑みを浮かべている。

「すみません、少し酔ってしまって…」

わたしは、前もって教えて貰っていた断り文句を口にした。
だが、相手はそう簡単には諦めてくれなかった。

「それじゃ、酔いが醒めるまで、二人で話そうか!」

困りながらも頷いた所に、フィリップが駆け着けて来てくれた。

「シュゼット!ああ、良かった、ここに居たのか!すまない、妹に用があってね」
「そう、残念だな、また後でね」
「さぁ、行こう、こっちだ!」

フィリップに強引に連れ出され、わたしは安堵した。
助けてくれたとばかり思っていたが、そうでは無かったらしい、フィリップは足早に歩いて行き…

「リアム!」

彼の名を呼んだ。

「!?」

わたしの心臓は飛び上がり、緊張で震え出した。
フィリップの声で、彼が振り返る。

ああ!また会えた…!

わたしは胸がいっぱいになり、息をするのも忘れて見惚れた。

「リアム、この間は妹を助けてくれてありがとう!」

フィリップは屈託なく声を掛けている。
わたしと違い、フィリップは明るく、人の懐に入るのが上手かった。
リアムも苦笑しつつ、嫌そうでは無かった。

「またか、フィリップ、会う度に礼を言う必要は無いと言っただろう」
「それだけ感謝してるって事だよ、それより、今日は妹が来ているんだ、シュゼット」

フィリップに背を押され、わたしは息を飲んだ。
リアムのオリーブの目がこちらに向けられた途端、わたしは極度の緊張と共に、
声が出無くなった。

「あ…あの…リアム様、この間は…助けて下さり、ありがとうございました…」

小さな声も震え、わたしの顔は益々赤くなった。

「妹は繊細でね、初めての人とは上手く喋れないんだよ、
でも、君に感謝してる事は本当だよ!」

フィリップが上手くフォローを入れてくれ、わたしは内心で感謝した。

「気にしなくていいよ、足はもう大丈夫かい?」

リアムに、この間よりも少しだけ砕けた様子で声を掛けて貰え、わたしは舞い上がった。

「はい…!」

折角会えたのだ、もう少し、何か話したい…
そう思いながらも、言葉はまるで浮かんでこない。
ああ!こんな時は、どんな話題を出すものなのかしら?
焦りつつ、必死でそれを考えていた時だった…

「リアム、お知り合い?」

はっとする程、華やかで美しい令嬢が、リアムの隣に立った___

ブルネットの髪には豪華な宝石の髪飾り、目力のある紫色の瞳は、化粧で更に迫力を増している。
赤い紅の唇はふっくらとし、その笑みは魅惑的。
豊満な胸を強調させる、赤い豪華なドレス…全てが魅力的で目を惹いた。
他の者が霞んで見える程だ___

彼女は愛撫のような仕草で、リアムの腕に触れる…
わたしの胸に、不安の雲が立ち込めた。

リアムは彼女に向け、笑みを見せた。
それは、再会してから初めて見る、優しい笑顔だった。

「ああ、ルメール伯爵子息のフィリップと、妹君のシュゼットだよ。
フィリップ、彼女はベルトラン男爵令嬢のアドリーヌ、僕の婚約者だ」

婚約者!?

「初めまして、フィリップです、よろしくアドリーヌ。
僕の婚約者も紹介したいけど、見失ってしまってね___」

わたしは息を詰め、固まっていた。
だが、フィリップが軽快に話す事で、わたしの存在は忘れて貰えた様だ。

「そう、残念だわ。
リアム、こっちに来て貰えるかしら、紹介したい人がいるの…」

アドリーヌは魅力的に笑い掛け、リアムの腕を引いた。
リアムはあっさりと頷き、わたしたちに別れを告げる。

「悪いけど、席を外すよ、フィリップ」
「ああ、またな、リアム」

二人を見送ったフィリップは嘆息した。

「初めて近くで見たけど、凄い美人だな…噂通りだ」
「誰が美人ですって?」

話に入って来たのはソフィで、フィリップの顔は引き攣った。

「リアムの婚約者だよ、アドリーヌ嬢」
「ああ、彼女ね、確かに凄い美人だわ、彼女には誰も勝てないわね!」
「僕は君の方が好きだよ、ソフィ」
「そうでなければ、ここでお別れよ!」

二人の会話は、わたしの耳を流れていく。
目は無意識にリアムを追っていたが、その姿は直ぐに人の波に飲まれ、
見えなくなってしまった。

婚約していたのね…
美しい人だった…

わたしは、自分の白金色の髪を摘まんだ。
白金色の髪、水色の目、細い肢体…
綺麗な色、繊細な造りとは言われるが、つまりは、目立たないという事だ。

目立つ所など一つもない、わたしこそ、背景だろう…


◇◇ リアム ◇◇


「きゃ!!」

リアム=フォーレは、連れの婚約者アドリーヌを探し、舞踏会の広間からテラスに出た処、
女性の悲鳴で反射的にそちらに視線を向けた。

アドリーヌの声で無い事は承知の上だ。
アドリーヌは洗練された大人の女性で、あんな風に、子供の様に驚いた声を上げた事は一度も無かった。
だから、自分が助けに行く理由は無かったが、気付いてしまったのだから仕方が無い…
リアムは巻き込まれてしまった事に嘆息し、そちらに向かった。


リアムは、周囲の貴族たちの内でも評判の良い、若い貴族、伯爵令息だった。
端正な顔立ちに、長身、鍛え引き締まった体…その恵まれた容姿に加え、
教養、常識は豊かで、品も良く、どの様な場でも見劣りする事なく、そして臆する事がない。
その堂々とした立ち居振る舞いに、「流石、次期フォーレ伯爵」と呼び声も高かった。

その為、自分の娘を結婚相手に…と考える者も多い。
リアムが社交界に顔を出す様になると、令嬢たちを嗾け、皆、あの手ここ手で、
リアムの気を惹こうと躍起になった。
その事から、リアムは貴族…特に令嬢の類が苦手になっていた。
それで、一時期は社交界から身を引いていたのだが、
アドリーヌとの出会いが、それを変えたのだった。

フォーレ家は代々、慈善事業に熱心な家系だった。
リアムの父、フォーレ伯爵であるオベールも、母ベアトリスも、例に洩れず、
善を尊び、誠実な人柄で、奉仕の精神を強く持っていた。
そんな両親の影響もあり、リアムも幼い頃から、慈善事業に興味を持った。

リアムは学業に励み、両親の活動を手伝った。
そして、大学を出て二十歳を過ぎた頃には、父から本格的に領地の仕事を
学ぶ様になり、二十三歳の今、父から多くの仕事を任されていた。
勿論、慈善事業にも力を注いだ。

必要な施設を造り、仕事の無い者に仕事を与える。
貧しい子供たちにも教育を受けさせ、将来に希望を持たせる。
病で動けない者には、薬や治療を受けさせる…
領地内だけではあるが、人々が豊かに生活出来るよう、考え、支援や援助をする。
リアムには、人生を掛けて行う、価値ある事に思えた。


リアムがベルトラン男爵の娘、アドリーヌと出会ったのは、二年前の秋だった。
リアムが孤児院を慰問していた折、迷子になっていた孤児院の子を連れて来たのが、
アドリーヌだった。
アドリーヌは優しく子供に声を掛け、子供もアドリーヌに懐いていた。
その姿は美しく、リアムの目には、聖母に映った___

リアムはアドリーヌに見惚れ、彼女が醸し出す優しさに心惹かれた。
リアムはアドリーヌに話し掛けずにはおれなかった。
そして、二人は徐々に親交を深めていった。

アドリーヌは、リアムの活動に興味を持ち、話を聞き、力になりたいと言った。
孤児院への寄付だけでなく、運営に関して幾つかの提案をした。
子供たちに、町の子供と同じ物を食べさせる事、服を新調する事…
彼女のアイデアはいつも魅力的で、子供たちは喜んだ。

リアムは、こうしたアドリーヌの知的な所や行動力にも惹かれた。
妻とするなら、自分と同様に、慈善活動に励める者が良いと思っていたからだ。
アドリーヌは、リアムにとって、正に理想の女性だった。

とはいえ、勿論、親しくする内に、相違する部分も出てきた。
中でも大きく違う点が、アドリーヌが貴族社会に馴染み、それを大事にしているという事だった。

アドリーヌは派手好きで、話も上手く、いつも人の中心にいる。
それを楽しんでいる様に見え、リアムはそういった人間を快く思っていなかった。
彼女を妻にしたいと思いながらも、それが引っ掛かり、
リアムは真剣な付き合いに踏み込めないでいた。

だが、そんなリアムに、アドリーヌは教えてくれた。

「パーティには、多くの貴族たちが集まるでしょう?
親しくなって、活動に共感して貰えたら、支援して貰えるわ。
より多くの事を成し遂げるには、皆の力が必要だもの___」

アドリーヌの考えに、目の前が晴れた気がした。
リアムはそんな風に考えた事は無かった。
ただ、疎ましい場だとしか思っていなかった。
多くの裕福層の者に知って貰えれば、寄付が集まり、
それに寄って助かる者も多いだろう___

アドリーヌは素晴らしい女性だ、自分には彼女の様な者が必要だ、
妻とするなら、彼女しかいない___!

リアムは、そう強く思い、アドリーヌに結婚を前提としての付き合いを申し込んだ。
そして、三ヶ月の付き合いを経て、婚約の運びとなった。

アドリーヌと一緒に歩む未来を思い描き、正に前途洋々だった。

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