【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

文字の大きさ
3 / 33

しおりを挟む

リチャードは好意的ではあるが、まるで蜘蛛の糸の様にわたしを絡め取り、
逃げ道を塞いでしまう…

怖くなってきたわたしは、焦りもあり、礼儀など投げ出し、
「すみません」と強引に切り上げようとした。
だが、そこに、リチャードの友達なのか、三人の同じ年頃の男性がやって来た。

「リチャード、振られた様だな!」
「それなら、俺はどう?」
「おい、俺が先だぞ!」

わたしは、自分よりも遙かに大きな彼らに囲まれ、恐怖を感じ、
逃げ出そうと足を踏み出した。だが、焦っていた所為か、靴を引っ掛けてしまった___

「きゃ!!」

わたしは成す術も無く転倒し、持っていたシャンパングラスは手から離れ、音を立て飛び散った。
わたしは打ち付けた膝や腕の痛みよりも、この大惨事に、目の前が真っ暗になった。
だが、それだけでは終わらなかった。

「うわ!悲惨!!」
「やだ!みっともない…」
「何処の田舎者だよ!」

周囲の心無い声に、家族の顔を潰してしまったと、涙が込み上げた。
今直ぐ、消えてしまいたい___!!
気力を掻き集め、立ち上がろうとした時だ、

「大丈夫かい?怪我は無い?」

わたしの前に膝を付き、声を掛けてくれる人がいた。
助けを求め目を上げると、そこにあったのは、夢に見た人の顔で、
わたしは思わず「はっ」と息を飲んでいた。

金色の髪、それに白い肌は変らないだろうか?
オリーブ色の目は幾分鋭くなり、輪郭の丸みは消え、あどけなさは見えないが、
変わらず、端正な顔立ち___
あの少年が成長したら、きっとこんな風だろうと、想像していた通りだ。
いや、想像よりも逞しく、そして立派に見えた。

リアムだわ!

目を見開き見つめるわたしに、彼は気付かなかったのか、表情は変らず、
「立てるかい?」と手を貸してくれ、立たせてくれた。
わたしは彼を煩わせてはいけないと、しっかりと立とうとしたが、足首に激痛が走った。

「痛っ!!」

しゃがみ込みそうになったが、彼の腕が支えてくれた。
その腕の固さや力強さに、わたしは驚いた。

「無理しない方がいい、失礼…」

彼はわたしを抱き上げた、軽々と…!
わたしも驚いたが、周囲はそれ以上に騒然とし、「キャー!」と声を上げる者もいた。
だが、彼は構わずに、わたしを抱えたまま、歩き出す。

「早く帰って、足を診て貰った方がいい、馬車は何処?」
「いえ、馬車までは…兄と来ていますので、兄を呼んで貰います」
「お兄さんの名は?」
「ルメール伯爵子息、フィリップです」

彼は広間を出た回廊に置かれた、クッション付きのベンチの上にわたしを下ろし、
館の使用人に兄の名を告げ、呼ぶように頼んでくれた。

「あの…ありがとうございました…」
「気にする事は無いよ、足はどう?靴を脱いで、休ませるといい」
「はい…」

羞恥心に襲われ、もじもじとしていると、彼は気付いたのか、わたしに背を向けた。
スッとした、姿勢の良い、その後姿に見惚れつつ、わたしはドレスのスカートを手繰り寄せた。
その時になり、靴は何処かで脱げ、落としてしまっていた事を知った。
足首はじんじんと痛んだが、わたしはそれよりも、彼にどう話し掛けようか…
その事の方に意識を奪われていた。
だが、わたしがそれを思い付く前に、広間の扉から、フィリップとソフィが走り出て来た。

「シュゼット!!一体何が…」

フィリップは状況が掴めず、わたしと彼を交互に見た。

「お兄様、わたし転んでしまって…この方に、助けて頂きました」
「転んだ!?何て事だ!大丈夫かい、シュゼット!」

フィリップが青くなり慌て出したので、「大丈夫です、少し痛むだけで…」と、
わたしは安心させようとした。だが、彼が遮った。

「挫いているかもしれない、早く帰って診てあげて下さい」
「ああ、はい、そうします…妹を助けて下さり、有難うございました」

フィリップは礼儀を思い出したのか、彼に向かい礼を言った。

「それでは、僕は失礼します」

彼はスッと踵を返し、去って行った。
声を掛け、呼び止める暇も与えずに…
わたしは名残惜しく、遠くなる背中を見つめてしまっていたが、
フィリップはそれ処では無かった。

「シュゼット、直ぐに帰ろう!足を怪我するなんて…大変だ!」

わたしたちは予定よりも早く帰る事になった。
フィリップは御者に馬車を飛ばす様に言い、ソフィはわたしの怪我を診てくれた。
打ち付けた膝と肘は紫色に変色し、足首は赤く腫れてきていた。

「酷いわね…早く冷やさないと…」

館に戻ると、今度はドミニクが大騒ぎを始めた。
主治医が直ぐに駆け付け、足を診てくれた。
幸い、骨に異常は無く、冷やし、薬を塗り、数日は安静にする様にと言われた。

「フィリップ!おまえが付いていながら!シュゼットに怪我をさせるなど…!」

ドミニクは酷く怒り、フィリップを叱り付けた。
フィリップは弁解せず、「すみません、僕の所為です」と謝っていたが、悪いのはわたしだ。
胸が痛んだ。

「お兄様の所為ではありません!お兄様を叱らないで下さい、
それより、わたしの方こそ、お父様とお兄様に恥を掻かせてしまって…
申し訳ありません…」

皆がわたしを笑っていた…
家族への申し訳無さに、わたしは涙が込み上げ、唇を噛んだ。

「おまえが謝る事など、何も無いんだよ、シュゼット、
転んだ位で恥にはならない、大丈夫だよ、安心しなさい」

ドミニクは途端に優しい口調になり、慰めてくれた。

「でも…皆、わたしを笑っていたわ…!わたし、お父様とお兄様に申し訳無くて!」
「笑う方が礼儀知らずなんだ!そんな意地の悪い者たちなんて、気にする事は無いよ」
「フィリップの言う通りだよ、本物の貴族ならば、笑ったりはしない」
「そういえば、おまえを助けてくれた人が居たじゃないか!シュゼット」

フィリップがそれを口にし、わたしの悲しみや怯えは一気に吹き飛んだ。
代わりに、恥ずかしい様な、何処か後ろめたい気持ちに襲われた。

「ほう、誰だね?」と、ドミニクがフィリップに聞く。

「あれは、確か、フォーレ伯爵の子息、リアムです」

やっぱり!リアムだったのね!
わたしはその名にドキリとし、無意識に胸を押さえていた。

「フォーレ伯爵の子息か…覚えておこう」

ドミニクは何度か頷いた。


わたしは、メイドに支えられ、自分の部屋に戻ると、夜着に着替え、
ベッドにうつ伏した。

「リアムだった…」

胸がまだ、ドキドキとしていた。
目を閉じ、今日会った彼を思い出す。

記憶の少年ではなく、すっかり大人になっていた。
十年経つのだ、それも当たり前だろう。
これまで、成長した姿を想像し、何枚も絵を描いた。

「だけど、想像もしていなかったわ…」

背の高さ、広い背中、そして、強い腕…
彼はわたしを軽々と抱き上げてしまった。

「あんな風に、逞しくなるものなのね…」

立派な大人で、紳士だった。

余所余所しさはあったが、彼は親切だった。
優しい所は変わっていない。

「また、会えるかしら…」

彼に会う方法は、舞踏会に行く事しか思い付かない。

舞踏会という場が苦手だとか、社交が苦手だとか、確かに問題はあったが…
男たちに囲まれた時の恐怖や、皆から笑われた時の恥ずかしさも、
『彼に会いたい』という気持ちには勝てなかった。

「きっと、会えるわ…」

一目で、《彼》だと分かった。
間近で彼を見た時、《運命》だと思った。

もう二度と、交り合う事など無いと思っていた。
だけど、再び、巡り会えたのだ。

「ああ、どうか、彼がわたしの運命の人でありますように___」





翌日、侯爵家より、わたし宛てに箱が届いた。
中身は、舞踏会で失くした靴の片方だった。

「侯爵が送って下さったのか、礼状を書いておこう___」

ドミニクは直ぐに礼状を認め、使用人に預けていた。
だが、わたしには、リアムが送ってくれた様に思えた。
転んだわたしを助けてくれたのは彼だけだ。
侯爵家の者は、令嬢が一人転倒し怪我をした事など知らないだろう。

「送って下さるなんて、親切で、優しい方…変わっていないわ…」

わたしは、傷の付いた靴を愛おしく撫でる。
もう片方の靴と合わせ、大切に箱に入れると、クローゼットの奥に仕舞った。

この靴は、宝物だ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。 彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。 容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。 彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。 「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。 「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

何度時間を戻しても婚約破棄を言い渡す婚約者の愛を諦めて最後に時間を戻したら、何故か溺愛されました

海咲雪
恋愛
「ロイド様、今回も愛しては下さらないのですね」 「聖女」と呼ばれている私の妹リアーナ・フィオールの能力は、「モノの時間を戻せる」というもの。 姉の私ティアナ・フィオールには、何の能力もない・・・そう皆に思われている。 しかし、実際は違う。 私の能力は、「自身の記憶を保持したまま、世界の時間を戻せる」。 つまり、過去にのみタイムリープ出来るのだ。 その能力を振り絞って、最後に10年前に戻った。 今度は婚約者の愛を求めずに、自分自身の幸せを掴むために。 「ティアナ、何度も言うが私は君の妹には興味がない。私が興味があるのは、君だけだ」 「ティアナ、いつまでも愛しているよ」 「君は私の秘密など知らなくていい」 何故、急に私を愛するのですか? 【登場人物】 ティアナ・フィオール・・・フィオール公爵家の長女。リアーナの姉。「自身の記憶を保持したまま、世界の時間を戻せる」能力を持つが六回目のタイムリープで全ての力を使い切る。 ロイド・エルホルム・・・ヴィルナード国の第一王子。能力は「---------------」。 リアーナ・フィオール・・・フィオール公爵家の次女。ティアナの妹。「モノの時間を戻せる」能力を持つが力が弱く、数時間程しか戻せない。 ヴィーク・アルレイド・・・アルレイド公爵家の長男。ティアナに自身の能力を明かす。しかし、実の能力は・・・?

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

処理中です...