【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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朝食を終えてから、直ぐに作業を始め、昼食は部屋にサンドイッチを運んで貰った。
お茶も運ばれて来るが、わたしは夢中になっていたので、それに手を付ける事はほとんど無かった。
あれから、メイドは晩餐の時間を間違えなくなり、わたしは少しづつ変わっていく料理を楽しんだ。


絵が完成に近づき、少し余裕の出て来たわたしは、敷地を見て歩く許可を貰い、
紙束を抱え、外に出た。
館や庭園を素描して歩いた。
外で描くのは久しぶりだ。新鮮な空気が気持ち良かった。

芝生の傾斜から館を眺めて寛いでいると、遠くからシュシュが走って来た。
散歩に出ていたのだろうか?
わたしは立ち上がり、「シュシュ!」と呼んだ。
シュシュは大きな体をうねらしながら走って来ると、わたしに飛び付いた。

「わたしがここに居るのが良く分かったわね?そうだわ、サンドイッチの残りがあるの」

わたしはそれをスカートのポケットから取り出したが、シュシュは匂いを嗅いだだけで、
「バウ!バウ!」と吠え、わたしの周りを回り、スカートを引っ張った。

「どうしたの?何かあったの?」

わたしは急いで荷物を纏めた。
その頃、漸くそれに気付いた。
今まで晴れていた空に、黒い雲が流れて来ていた。

「雨だわ!」

ポツリポツリと落ち出した雨に、わたしは慌てて傾斜を駆け降りた。

雨はあっという間に強くなり、大粒の雨が体を叩きつけ、
傾斜を降り切る頃には、全身がずぶ濡れになっていた。
泥が跳ね、足元やスカートは悲惨な状態だろう。
わたしは気が遠くなったが、シュシュの吠える声に励まされ、懸命に走った。

何とか館に辿り着いたものの、玄関から入るのには気が引け、裏口に回った。
だが、寒さで手が震え、扉を開けられない。
早く中へ…凍りそうに寒いわ…

「バウバウ!!バウ!!」

わたしには任せて置けないと思ったのか、シュシュが大きな声で吠え、前足で扉を叩いた。
漸く中の者に気付いて貰えたらしい、その扉が開いた。

「すみません、雨に遭ってしまって…」

何か拭く物を貸して頂けますか?と続く筈だった言葉は、
目の前の人に気付いた瞬間、消えてしまった。

金色の髪に、オリーブ色の瞳…

「君は…!?」

彼の方もわたしに気付いたのだろう、そのオリーブ色の目は大きく見開かれた。

「くしゅんっ!!」

わたしがくしゃみをした事で、時間が動き出す。
彼…リアム=フォーレは、わたしを中へ促した。

「兎に角、中へ…誰か!彼女を着替えさせてやってくれ!」

大きな手に背中を押され、わたしはこんな時なのに、ドキリとしてしまった。
薄い布を通し、彼の熱を感じたのだ。

メイドが二人飛んで来て、わたしを布で包むと、部屋まで連れて行ってくれた。
湯を沸かし、わたしが風呂に入っている間に、部屋の暖炉に火が入れられ、
温かくされていた。
わたしの紙束も床に広げられ、乾かされていた。

年配のメイド長がブランケットを広げ、待ち構えていて、体を包んでくれた。
「シュゼット様、どうぞ、こちらへ」と、暖炉の前の椅子に促された。

「ありがとうございます、暖かいわ…面倒を掛けてしまって、すみません」
「いいえ、急な雨でしたからね、まさか、外においでとは思いませんでした」
「シュシュが教えに来てくれました、シュシュは大丈夫ですか?」
「ええ、犬は丈夫ですから、
それに、皆から褒められて、あなたを助けた英雄の様な顔をしていますよ」

わたしは想像し、笑っていた。
だが、ふと、彼の事を思い出した。

「あの…こちらは、フォーレ伯爵家と何か、繋がりがおありなのですか?」

わたしがそれを聞くと、メイド長は目を丸くした。

「まぁ!ご存じ無かったのですか?ここはフォーレ伯爵の館です。
旦那様はフォーレ伯爵です」

オベールがフォーレ伯爵!?
わたしは驚きにぽかんとしてしまった。

「それでは、先程の…リアム様は…」
「ええ、旦那様と奥様のご子息様です、どうぞ、紅茶です」

メイド長が紅茶を淹れてくれ、渡してくれた。
わたしはメイドたちが出て行った後、ティーカップを持ったまま、ぼんやりとしていた。

まさか、ここがフォーレ伯爵の館だとは思わなかった。
オベールがリアムの父親だったなんて!それに、ベアトリスはリアムの母親だわ!

「ああ…全然、気付かなかったわ!」

だが、オベールに対し、何処か慨視感を覚えた瞬間もあった。
オベール程鋭くは無いが、オリーブ色の瞳は同じだ。
金色の髪は母親譲りだったのね…
端正な顔立ちは、どちらにも似た部分があった。

「ああ!どうしよう!あんな惨めな姿を見られてしまうなんて!」

自分の悲惨な恰好を思い出し、わたしは羞恥に紅茶をテーブルに置き、
ブランケットを頭から被ったのだった。

ああ!どうか、夢でありますように!!


だが、勿論、夢である筈も無く…
その夜の晩餐の席には、リアムの姿があった___

「シュゼット、まだ紹介していなかったな、息子のリアムだ。
リアム、こちらは、私の客人のルメール伯爵令嬢、シュゼットだ」

紹介されたが、リアムはわたしを一瞥もしなかった。
何か気に障ったのだろうか…
わたしは不安になった。

「先程は、お見苦しい所をお見せしました…」

緊張もあり、声が小さくなる。
リアムは聞こえなかったのか、何も答えずに食事を進める。
オベールには聞こえた様だった。

「雨に遭ったらしいな、大丈夫か?何かあれば直ぐにメイドを呼べ」
「はい、ありがとうございます、暖炉を点けて頂いて、お風呂も頂きましたので、
すっかり温まり、気分も良くなりました、お気遣い感謝します」
「それは良かった、この時期は急に天候が変わる、気を付けなさい」
「はい、シュシュが知らせに来てくれたんです、助かりました」
「賢い犬だろう、それに、シュシュはおまえを気に入っている」
「わたしもです!でも、シュシュまで濡れてしまって…大丈夫でしたか?」
「ああ、あれは泳ぎも得意だからな、雨に濡れた位ではびくともせんさ」

わたしは「ほっ」と息を吐く。

「夏には川でリアムと泳ぐ事もある、リアムの良い遊び相手だ」

オベールがリアムに話を振ったが、それは無視された。
リアムは不機嫌な様だ。怒っている様にも見える。
わたしは自分の所為ではないかと、不安になった。

「後で、シュシュにお礼を言わせて下さい」
「ああ、あいつも喜ぶだろう」

話が終わり、わたしは安堵した。


晩餐が終わり、席を立った時に、オベールが「おまえも来い」とリアムを誘った。
だが、リアムは振り向きもせず、「遠慮します」と素っ気無く返し、去って行った。

「愛想の無い息子ですまんな、シュゼット」
「いえ…」

愛想が無いなんて…
そんな風には思わないが、今日のリアムは変だった。

「わたしが、怒らせてしまったのでしょうか…」

リアムはわたしが来ている事を知らなかった。
家族の仲を邪魔してしまったのでは…
気持ちが暗くなったが、オベールはあっさりと否定し、肩を竦めた。

「いや、怒らせたのは私だ、あいつは、私のやる事が気に食わんのさ。
あいつは自分が立派な大人だと思っている、だが、まだまだ、ひよっこだ」

「リアム様は立派な方ですわ」

わたしはつい言ってしまい、手で口を押さえた。
オベールは楽し気に笑った。
わたしは気まずさを誤魔化そうと、シュシュを呼んだ。

「シュシュ!」

シュシュが、立派な尻尾を振り、駆けて来る。

「シュシュ、今日は知らせに来てくれてありがとう、あなたが居てくれて助かったわ」

シュシュの体や顔を撫でてやると、シュシュは喜び、わたしに乗り掛かり顔を舐めた。

「ふふ…くすぐったい!でも、元気そうで良かったわ」

リアムは幸せそうではなかった。
オベールとの間の問題なのか、それとも、婚約破棄になった事で苦しんでいるのか…

「そうよね…元気が無くて当然だわ…」

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