【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

文字の大きさ
11 / 33

11

しおりを挟む

他人の館に宿泊するのには慣れていなかったが、疲れていたのか、
その夜は深く眠りについていた。

翌朝、起きて身支度を済ませた頃、扉が叩かれ、メイドが入って来た。

「シュゼット様、朝食はこちらにお持ちしたのでよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします」

程無くして、メイドがワゴンを押し、朝食を運んで来た。
朝食は晩餐とは違い、焼き立てのクロワッサンに目玉焼き、紅茶…
ごく普通の朝食だった。

それを美味しく食べた後、わたしはエプロンを付け、紙束と木炭を持ち、部屋を出た。
オベールとベアトリスはパーラーに居た。

「お早うございます」
「お早う、シュゼット、眠れたか?」
「ありがとうございます、お陰様で良く眠る事が出来ました」
「…見掛けに寄らず、図太いな…」

オベールが何か呟いたが、わたしは聞き取れなかった。

「あの…お二人を描かさせて頂いてもよろしいですか?」
「ああ、勿論だ、その為に来ているのだからな、好きに描いてくれ、
ポーズは取った方が良いのか?」
「いえ、まだ素描なので、自由にして下さい、決まったらお願いします」

わたしはスツールに腰を下ろし、素描を始める。
二人の雰囲気を見たかった。

ベアトリスは上品で美しい、そして、穏やかで優しい。
顔立ちや仕草にも良く現れている。
オベールは堂々とし、威厳を放っているが、意外にも、表情は豊かだ。
オリーブ色の目を光らせ、皮肉にニヤリと笑う表情が魅力的だが、
夫婦の肖像には似つかわしく無いので残念だ。

わたしは肖像よりも、何気ない日常の一部を描く方が好きだった。
その方が感情が見え、より魅力的に思える。

「シュゼット、描いたものを見せてくれ」

オベールに言われ、わたしは「はい、どうぞ」と、それを差し出した。
オベールとベアトリスが一緒にそれを覗き込んだ。

「やはり、上手いな!それに、速い!」
「本当に、お上手ね!あなただって、直ぐに分かりますわ!」
「おまえもそっくりだぞ!」

喜んで貰えている様で安堵した。





その夜の晩餐も、わたしは少し遅れてしまった様だ。
オベールとベアトリスは既に席に着いていたて、変な空気を感じた。

「どうした、遅かったな、シュゼット」
「遅れてしまい、申し訳ありません」
「何かあったのか?」
「ドレスを引っ掛けてしまい、着替えておりました、申し訳ありません」
「それはいかん、我が館で破れたのならば、弁償せねばならん、預かろう」
「いえ、大事ではありませんので、針と糸をお貸し頂けたら自分で繕います」
「ふん…中々やるな、いいだろう、後で運ばせる」

わたしが座ると、スープが運ばれて来た。
昨夜と同じ、具の少ないスープだ。
だは、わたしはこれが美味しいと知っている。
茹で豆、茹でた芋、固いパン、小さなチーズ、ワインも同じだ。
一見質素に見えるが、味は確かだ。
朝食も昼食も普通の物なので、生活が逼迫しているというよりも、
何か意味のある事なのかもしれない。

「今日の糧に感謝を___」

オベールが食前の祈りを捧げ、ベアトリスとわたしも習った。
今日の糧…それは、もしかしたら、今日菜園で取れた物…という事かしら?

「どうした、シュゼット、食事が気に入らぬか?」

ぼんやりしていると、オベールに指摘された。

「いえ、とても美味しいです。ただ…」
「どうした、言ってみろ」
「どれも新鮮で立派な野菜ですので、もしかしたら、こちらに菜園があるのかと…」
「菜園は無いが、領地の者が毎日届けてくれる物だ」
「オベール様の祈りは、収穫への感謝の意味もあるのですね」
「それもあるが、野菜を育てた者、届けてくれる者への感謝もある」

オベールはきっと、優しく思いやりのある、良い領主なのだろう。
だから、こうして、立派な野菜を届けてくれるのだ。
領地の者と気さくに接しているのかもしれない。

「お話を伺うと、一層美味しく感じます」

わたしはそれを味わった。

「うむ…だが、毎日ならどうだ?飽きはしないか?」
「毎日同じというのは不可能です、収穫される野菜は季節と共に変わりますもの」
「確かにな、だが、おまえがここに居る間は、同じかもしれん」
「それでは、毎日変化を探しますわ、段々と甘味が増すかもしれませんね」
「…中々根性があるな、流石ドミニクの娘だ」

何故褒められたのかは分からなかったが、『流石ドミニクの娘』と言われた事はうれしかった。
わたしはずっと、誰かに、こう言われたかったのだ。
ドミニクの娘と認められたかった___





部屋に戻ると、程無くして、メイドがやって来た。
メイドは針と糸の入った箱を持っていたが、部屋に入るなり、足を引っ掛け転倒した。
箱も同様に床に落ち、中身が散らばった。

「申し訳ございません!」
「待って!」

メイドが慌てて拾い始めるのを、わたしは止めた。

「針は危険ですので、慌てずに、手を刺さない様、気を付けて下さい」

わたしは注意深く床を見て、それを拾っていく。
床に這い蹲っていたメイドも、起き上がり、同じ様にして拾い始めた。

「これで全部でしょうか?」
「分かりません…申し訳ありません…」
「気になさらないで下さい、見付けたら拾っておきます、
それより、お怪我はありませんでしたか?」

最初に尋ねるべき事だったが、つい、針に気を取られてしまっていた。

「はい、大丈夫です…」
「何かあれば、診て貰って下さい、わたしの方からお伝えしましょうか?」
「いえ!本当に大丈夫ですから!」

メイドは酷く慌てていた。
言いつけられると思ったのだろうか?
わたしは安心させようと、持って来た荷物の中から、瓶を取り出した。
中には飴が入っている。ソフィが持たせてくれたのだ。

「良かったら、お一つどうぞ、痛みが忘れられます」

だが、メイドは後退りした。

「なんで…あたし、いつも晩餐の時間を間違えてるのに…」
「それでは、二つどうぞ、悲しい事は忘れましょう」
「ありがとうございます…」

メイドは恐る恐る手を出し、それを取ると口に入れた。

「美味しい!」
「義姉が持たせてくれました、結婚して新婚旅行に行っていたんです。
そこで買った物だと言っていました」
「そんな貴重な物を!?」
「ええ、あなたが美味しいと言っていたと、義姉に話せます、良い土産話が出来ました」
「あの、本当に、美味しいです…それと、いつも、時間を間違えて申し訳ありませんでした」

メイドは深く頭を下げ、逃げる様に部屋を出て行った。

「そんなに恐縮しなくても良いのだけど…」

もしかしたら、わたしが伯爵令嬢である事を、オベールが伝えているのかもしれない。

「わたしが、ただの画家の娘だったら…違ったかしら…」

こんな部屋には泊めて貰えなかったかもしれない。
父が生きていた時は、教会の離れや東屋、古びた宿屋に泊まっていた。
今まで思い出す事も無かったのに、急にあの頃を思い出してしまっていた。





用意されていたキャンバスに照らし合わせ、素描から構図を考える。

翌日からは、二人にポーズを取って貰い、本格的に下絵を描き始めた。

二人には好きな装いをして貰っている。
ベアトリスは金色の髪を結い、小さな宝石の耳飾りと首飾りを付け、
深い緑色の上品なドレスを着ていた。オベールの目の色に合わせているのだろう。
オベールは、黒の上下に、深い青色のネクタイだった。ベアトリスの瞳の色だ。
夫婦に愛情があり、仲が良いのだと分かる。

「こんな事、十年ぶりかしら?」
「子供たちが小さい頃は描いて貰ったが、大きくなるとそうはいかんからな」

夫婦の会話から、二人に大きな子供が何人か居ると分かった。
結婚し、家を出たのかもしれない。

一段落するまで、集中し、一気に描く。
途中から、周囲の声は聞こえなくなっていた。


絵筆を置いた時、待っていたとばかりに、オベールに声を掛けられた。

「シュゼット、少し休憩出来るか?」
「はい、この後は部屋で描かせて頂きます」
「モデルは良いのか?」
「必要になったら、またお願いします」
「そうか、ならば、おまえも休んで、お茶にしろ、疲れただろう?」
「集中していたので、わたしは大丈夫ですが、お二人の方がお疲れでしょう…
気付かず、申し訳ありませんでした」
「正直、少し疲れた、じっとしているのは苦手でな」

オベールが苦笑した。
ベアトリスはメイドにお茶を頼むと、ソファへ促した。

「私はじっとしているのは苦ではありませんが、動かない様にしようと思うと、
難しいですね…ちゃんと出来ていたかしら?シュゼット」

「はい、十分です」

「どんな風か気になるが、仕上がるまでは見ないでおく事にしよう、
おまえも見てはいかんぞ」

オベールの言い付けに、ベアトリスはくすくすと笑った。

「ええ、承知しております、旦那様」

仲の良い夫婦で羨ましかった。
ドミニクとアザレも仲が良かったが、あまりにも早く逝ってしまった。
本当の両親はどうだったのか…
わたしの本当の母は、ペンダントの中の小さな肖像画でしか知らなかった。
白金色の髪に、水色の瞳、白い肌をしていた気がする。
今の自分と似ているかもしれない…
それは、うれしい反面、不安も大きかった。

「どうした、シュゼット、浮かない顔をして」

オベールの声で我に返った。
わたしはティーカップを手に、ぼんやりとしていたらしい。

「いえ、とても仲がおよろしいので、羨ましいと思っておりました」
「そうか、おまえは母を亡くしたばかりだったな…」
「はい、両親も仲が良く、わたしは二人を見ているのが好きでした」
「おまえも結婚すれば分かるだろうが、《夫婦》とは、仲が良いだけではないぞ!」

オベールが脅かす様に言い、わたしとベアトリスは笑った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

恋の締め切りには注意しましょう

石里 唯
恋愛
 侯爵令嬢シルヴィアは、ウィンデリア国で2番目に強い魔力の持ち主。  幼馴染の公爵家嫡男セドリックを幼いころから慕っている。成長につれ彼女の魔力が強くなった結果、困った副作用が生じ、魔法学園に入学することになる。  最短で学園を卒業し、再びセドリックと会えるようになったものの、二人の仲に進展は見られない。  そうこうしているうちに、幼い頃にシルヴィアが魔力で命を救った王太子リチャードから、 「あと半年でセドリックを落とせなかったら、自分の婚約者になってもらう」と告げられる。  その後、王太子の暗殺計画が予知されセドリックもシルヴィアも忙殺される中、シルヴィアは半年で想いを成就させられるのか…。  「小説家になろう」サイトで完結済みです。なろうサイトでは番外編・後日談をシリーズとして投稿しています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

殿下、毒殺はお断りいたします

石里 唯
恋愛
公爵令嬢エリザベスは、王太子エドワードから幼いころから熱烈に求婚され続けているが、頑なに断り続けている。 彼女には、前世、心から愛した相手と結ばれ、毒殺された記憶があり、今生の目標は、ただ穏やかな結婚と人生を全うすることなのだ。 容姿端麗、文武両道、加えて王太子という立場で国中の令嬢たちの憧れであるエドワードと結婚するなどとんでもない選択なのだ。 彼女の拒絶を全く意に介しない王太子、彼女を溺愛し生涯手元に置くと公言する兄を振り切って彼女は人生の目標を達成できるのだろうか。 「小説家になろう」サイトで完結済みです。大まかな流れに変更はありません。 「小説家になろう」サイトで番外編を投稿しています。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

何度時間を戻しても婚約破棄を言い渡す婚約者の愛を諦めて最後に時間を戻したら、何故か溺愛されました

海咲雪
恋愛
「ロイド様、今回も愛しては下さらないのですね」 「聖女」と呼ばれている私の妹リアーナ・フィオールの能力は、「モノの時間を戻せる」というもの。 姉の私ティアナ・フィオールには、何の能力もない・・・そう皆に思われている。 しかし、実際は違う。 私の能力は、「自身の記憶を保持したまま、世界の時間を戻せる」。 つまり、過去にのみタイムリープ出来るのだ。 その能力を振り絞って、最後に10年前に戻った。 今度は婚約者の愛を求めずに、自分自身の幸せを掴むために。 「ティアナ、何度も言うが私は君の妹には興味がない。私が興味があるのは、君だけだ」 「ティアナ、いつまでも愛しているよ」 「君は私の秘密など知らなくていい」 何故、急に私を愛するのですか? 【登場人物】 ティアナ・フィオール・・・フィオール公爵家の長女。リアーナの姉。「自身の記憶を保持したまま、世界の時間を戻せる」能力を持つが六回目のタイムリープで全ての力を使い切る。 ロイド・エルホルム・・・ヴィルナード国の第一王子。能力は「---------------」。 リアーナ・フィオール・・・フィオール公爵家の次女。ティアナの妹。「モノの時間を戻せる」能力を持つが力が弱く、数時間程しか戻せない。 ヴィーク・アルレイド・・・アルレイド公爵家の長男。ティアナに自身の能力を明かす。しかし、実の能力は・・・?

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

処理中です...