【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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他人の館に長く滞在する事など初めてで、準備には時間が掛かった。
必要な画材等は分かるが、その他に関しては、
一体何を持って行けば良いか、見当が付かなかった。
だが、わたしには、幸いな事に、物知りの義姉ソフィが居た。
彼女が先頭に立ち、準備を進めてくれた。

「これで大丈夫よ、何か必要な物があれば、連絡して頂戴!直ぐに届けるわ」
「ありがとうございます、お義姉様のお陰で助かりました」
「いいのよ!それより、肖像を頼まれるだなんて!
画家としての第一歩じゃないの!良かったわね、シュゼット!」
「そ、そんな!わたしなんて、ただの趣味ですから…」
「そんな事は無いわよ!十分にお金を貰えるわ!自信を持って!」

ソフィは手放しで喜び、称えてくれ、恥ずかしい程だった。
フィリップも、他人から絵を認めて貰えたという事で、いつもの過保護は引っ込み、喜んでくれた。

「流石、父さんの友人だね!シュゼットに肖像画を頼むなんて、見る目があるよ!
おまえの絵が他の館に飾られるのかー、完成したら、僕も見に行きたいなぁ」
「お義父様ならまだしも、私達は招待して貰えないわよ、でも、そう考えると素敵ね~」

まだ着手もしていないのだが、二人の頭の中では、もう完成しているらしい。
喜んで貰えている事はうれしかったが、段々と不安になってきた。
特別に絵を習った訳ではない、本当にわたしの絵で良いのだろうか?
大事な記念日の贈り物だというのに、ガッカリさせないだろうか…

「不安そうだね、シュゼット」

ドミニクが気付いてくれ、わたしは頷いた。

「大切な贈り物だというのに、失望させないでしょうか?」

ああ、何故、簡単に受けてしまったのか…
不安に圧し潰されそうだ。
ドミニクは優しく、わたしの肩を擦ってくれた。

「大丈夫だよ、シュゼット、おまえの絵は本物だ、私が保証するよ。
それに、今の不安など、絵筆を持てば直ぐに消え去るさ。
おまえは、そういう子だよ___」

絵を描く事が好きだ。
最初は、本当の父の姿を思い出すからだった。
だけど、それは、違うと、今では分かっている。
わたし自身が、絵を描く事が好きなのだ___

「はい、お父様、ありがとう…」

ドミニクはわたしを、わたし以上に分かっている…
それ程に、わたしの事を見ていてくれていたのだ。
それは、紛れもなく愛情からだった。
わたしは感謝と愛情を込め、ドミニクを抱擁した。

「所で、シュゼット、オベールはどうだったかね?」

「立派な方で威厳も見えて、最初は少し近寄り難かったのですが、
話すと気さくで、とても面白い方でした、きっと良い方ですわ」

好感が持てる方だった。
それに、不思議だが、何処か、慨視感があった。
だから、すんなりと肖像画の話を受けてしまったのだ。

「おまえは人を見る目がある、私は安心だよ」

ドミニクは子供にする様に、わたしの頭を撫でた。


◇◇


迎えの馬車に乗り、半日掛かりで、オベールの館に辿り着いた。
古いが立派な館で、敷地も広く驚いた。

荷物は使用人たちが運んで行き、わたしは直ぐにパーラーへと通された。
オベールと夫人が迎えてくれた。

「おお!良く来てくれたな、待っていたぞ!シュゼット!
これが、妻のベアトリスだ」

ベアトリスは上品な貴夫人だった。金色の髪を綺麗に結い上げ、
オベール同様に、シンプルだが仕立ての良い装いだった。
深い青色の目をしていて、その目元は優しい。

「私たち夫婦の為に来て下さり、感謝します、シュゼット」
「光栄です、奥様、誠心誠意、努めさせて頂きます」
「まぁ、そう堅くならずとも良い、お茶にしよう、長旅で疲れているだろう」

オベールに勧められ、わたしはソファに座った。

「コーヒーかな、紅茶かな?」
「紅茶を頂きます」
「ベアトリスも紅茶が好きなんだ」
「ええ…どうぞ、シュゼット」

ベアトリスが紅茶を淹れてくれ、わたしは恐縮した。

「ありがとうございます、奥様」
「ベアトリスで良いですよ、シュゼット」
「はい、ベアトリス様」
「シュゼット、犬は好きか?」

オベールに聞かれ、きょとんとすると、オベールがテラスに向かって声を掛けた。

「来い!シュシュ!」

オベールの声で、テラスから、驚く程大きな白い犬が、駆け込んで来た。

「まぁ!犬ですわ!なんて大きいの!!」

アザレは動物が苦手だった為、ルメール家では動物を飼った事は無く、
触れ合う機会は滅多に無かった。
それに、これ程大きな犬を見たのは初めてだ。

シュシュは大きな体を伸ばし、オベールに飛び付いた。
顔を舐め、立派な尻尾を振っている。

「いい子だ、シュシュ、今日は客人が来ているぞ、暫く居るから仲良くするんだぞ、
そら、行け___」

オベールがシュシュの体を押すと、わたしの方へやって来た。
わたしの足元でうろうろとし、匂いを嗅いでいる様だった。

「シュシュ、よろしくね、触ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんよ」

わたしはそっと手を伸ばし、その体に触れた。
ふわふわとした毛が気持ち良く、熱く脈動する体に、生命を感じ感動した。

「凄いわ…」

シュシュは安心したのか、わたしの膝に大きな前足を乗せて来た。
そして、体を伸ばすと、わたしの顔を舐めてきた。

「きゃ!くすぐったい!ふふふ」
「気に入られた様だな、シュシュはしつこいぞ!」

わたしは舐められながら、その体を撫でた。

「シュゼット、絵は何処で習いましたか?」

ベアトリスに聞かれ、わたしは固まった。
しおしおと小さくなってしまう。

「家庭教師に見て貰ったり、本を読んだりはしましたが、本格的には習った事はありません…」
「それは勿体ない!何故、習わなかったのだ!?ドミニクは何をしているのだ!」
「わたしが望まなかったのです、画家になるつもりはありませんし…」
「何故だ!画家にならずに、何になるというのだ!」
「わたしは、普通に家庭に生きたいと…母の側にいて思いました。
絵は何処でも描けます、少しの時間があれば…それよりも、家族の方が大事ですから」
「成程な…だが、勿体ない、画家にならずとも、習うといい」

わたしは曖昧に頷いた。
オベールが自分の事を思い、言ってくれているのは分かったが、思い切れなかった。
本当の父よりも、本当の自分よりも、今の家族の方が大事だった。
ルメール家が、わたしの愛すべき家族だ___


わたしは部屋に案内された。
一階の端で、風呂とトイレが付いており、二部屋続きだった。一部屋は寝室。
もう一部屋は、作業場として使える様になっていて、好きに使って良いと言われた。
作業用の机や椅子、わざわざ用意してくれたのだろう、画架もあった。
大窓から庭に出る事も出来、眺めも良く陽当りも良かった。

「素敵なお部屋!景色も良いし…」

こんな部屋を用意して下さるなんて、なんて良い方たちだろう!

わたしは運ばれていた荷物を片付けると、早速普段着のワンピースに着替え、
作業用のエプロンをし、机の上に紙の束を取り出した。
木炭で素描を始める。
最初に描いたのは、シュシュだった。
残っている印象のまま、描き出す。


夢中になって描いていると、扉がノックされ、メイドが入って来た。

「シュゼット様、一時間後に晩餐です、その頃迎えに参ります」
「分かりました、お願いします」

わたしは直ぐに木炭を置いた。
晩餐の支度をしなくてはいけない。

素早く布で手の汚れを拭き、急いで湯を沸かし風呂に入った。
それから、持って来ていた、シンプルなドレスに着替え、髪を梳かしシニヨンに結った。
靴を履き替える。いつも通り、簡単な化粧をし、鏡に全身を映した。

目を奪われる美しさなど持ち合わせてはいない。
自分に目を留める者などいないだろう。
それを残念に思いながらも、わたしは「及第点ね」と判断した。
失礼な恰好は出来無い。これは、美しさとは別の問題で、
誰に対しても礼を尽くす様にと、ドミニクにもアザレにも言われてきていた。

「そうだわ!」と、ソフィからお土産に貰った、真珠のネックレスを取り出した。
宝飾品は苦手だった、理由は、その宝飾品に自分が不釣り合いに見えるからだ。
だが、真珠のネックレスは派手さが無く、自分に馴染んだ。
それに、どのドレスにも似合うので重宝する。

「流石、お義姉様だわ!」

フィリップが選んでいたら、こうはならなかっただろう。
それを想像し笑っていると、メイドが迎えに現れた。

メイドに連れられ、食堂へ行くと、オベールとベアトリスは既に席に着いていた。
その空気から、わたしが遅れたのだと察した。
メイドが時間を間違えたのかしら?
不思議に思いつつも、オベールとベアトリスに謝った。

「遅れてしまい、申し訳ありません」
「どうした、準備に手間取ったか?」
「はい、荷を解いたばかりで、靴を探しておりました」
「ふん…靴か、成程な、まぁ、良い、座りなさい」

わたしが座ると、スープが運ばれて来た。
具の少ないスープで驚いた。
色味は付いているが、野菜の具は小さく何かも分からない。
それから、茹で豆、茹でた芋、固いパン、小さなチーズ。
ワインは普通だが、見た目かなり質素な食事と言えるだろう。

あまり裕福では無いのかもしれない。
館は立派だが、それを維持していくには大金が掛かると聞いた事があった。

「今日の糧に感謝を___」

オベールが食前の祈りを捧げ、ベアトリスとわたしも習った。

「どうかね、我が家の食事は口に合うかな?シュゼット」
「はい、とても美味しいです」
「ほう、美味しいかね?」
「はい、このスープは、大変に味が深く…驚きました」

一見質素に見えるが、口にしてみると、想像とは全く違っていた。

「豆は好きかね?」
「はい、とても粒の大きな豆ですね、味もしっかりしていて美味しいです」
「芋はどうかね?」
「こちらも、とっても美味しいですわ、良い芋ですね」
「パンは固いだろう?」
「はい、噛み応えがあります、小麦の匂いが広がります」
「チーズは小さいかな?少ないなら持って来させよう」
「お気遣いありがとうございます、でも、もう十分に頂きました」

シンプルな料理ではあるが、量はそれなりにあった。
チーズが小さくて助かった程だ。

「まぁ、待て、デザートがある、料理長自慢のケーキだ」
「まぁ!ありがとうございます、頂きます」

ケーキ皿が運ばれて来た。
中央に苺の乗った、小さなクリームのケーキが置かれ、
その周りに、苺のソースで、《ようこそ、シュゼット嬢》と書かれていた。

「まぁ!ありがとうございます!こんな事をして頂いたのは、初めてです!」

この粋な演出に、わたしは感動で胸を押さえた。

「私ではない、料理長が勝手にやったのだ」
「まぁ!料理長が!?とても喜んでいたとお伝え下さい!」
「分かった、後で伝えておこう、さぁ、食べなさい、ケーキは眺めるものではなく食すものだ」

オベールに言われ、わたしは幸せに包まれ、それを食べた。


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