【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで

白雨 音

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ベルトラン男爵令嬢、アドリーヌ

美しい方だったわ…
あれ程美しい女性を、わたしは今までに見た事があっただろうか?

人形の様に美しく、そして、妖艶だった。
その美しさは、舞踏会の後も、そして、一月近くが経った今でも、まだ思い出せた。

「忘れるのよ、シュゼット!」

わたしは頬を叩き、自分に言い聞かせた。
だが、ふっと気を緩めると、浮かんできてしまう。

「あの方が、リアムの婚約者なのね…」

体から力が抜け、溜息が洩れる。
絵筆を持つ手にも力が入らない。
その為に、頼まれていたソフィの肖像が遅くなってしまった。

「どうして、婚約者がいないと思ったのかしら…」

リアムは素敵な人だ。
考えてみれば、婚約者が居ない筈は無かったのだ。
運命の人だなんて…
そんな風に夢みてしまった自分が愚かだったのだ。

「あの人は、親切にしてくれた、初恋の人…」

そう、それは永遠に変らない。
いつまでも、色褪せる事のない、キラキラと光る思い出。

わたしだけの宝物___

胸は痛み、涙が零れる。
この痛みが消えるまで、恋が終わらないのなら…

「ずっと、このままでいいわ…」

叶わなかった恋だけど、それでも、失いたくなかった。


◇◇


リアムに婚約者がいると知ってから、わたしは舞踏会を避けていた。

以前、舞踏会に行きたいと強請った事もあり、フィリップが気を利かせ、
舞踏会の予定を教えてくれたが、わたしは何かと理由を付け、断った。

その内に、フィリップとソフィの結婚の準備で忙しくなり、それ処では無くなり、安堵した。
結婚式までには…と、わたしも肖像を急いだ。


わたしは十九歳を迎え…
その翌週、フィリップとソフィは結婚した。


フィリップとソフィの結婚式、披露パーティは、両家の親族は勿論、
沢山の友人知人が集まり、盛大に執り行われた。

わたしはドミニクに付き添っていたが、ドミニクは親族たちへの挨拶で忙しく、
わたしはフィリップの友人にダンスに誘われた事で席を外した。

何人かとダンスをし、戻って来た時、それが聞こえた。

「ベルトラン男爵には驚きましたな!」

ベルトラン男爵の名で、わたしはリアムの婚約者の顔が浮かんだ。

「まさか、騎士団長の死に関わっていたとは!」
「イヴァン宰相と繋がりがあったとか…」
「それで薬を売って儲けていたのさ!」
「羽振りが良かったらしいですしな、怖いものだ」
「それにしても、フォーレ伯爵は巻き込まれて気の毒に…」

フォーレ伯爵…リアムの父親だわ!
わたしは噂をしている者たちに近付き、話を聞いた。

「この件で、ベルトラン男爵の娘と御子息との婚約は、破棄されたそうだ」

婚約破棄!?

「どうしたのかね?シュゼット」

ドミニクに声を掛けられ、わたしは我に返った。

「いえ…話が聞こえたのですが…
ベルトラン男爵という方は、何かされたのですか?」

「ああ、イヴァン宰相の息子の騎士団長マリユスが、薬の中毒で亡くなってね。
薬をマリユスに流していた者が、ベルトラン男爵だと分かったんだよ。
ベルトラン男爵には、宰相の後ろ盾があり、異国から薬を仕入れ、
美術品に隠し、貴族たちに売り、儲けていたそうだ。
それだけでなく、他にも悪行をしていたらしい…
世の中には、一見良い人に見える者が、裏で悪事を働いている事もある、
恐ろしい事だよ、おまえも気を付けなさい」

「はい…それで、ベルトラン男爵はどうなったのですか?」

「斬首になるそうだよ、男爵家は爵位剥奪の上、財産も没収となった。
家族はそれぞれ、親族の家に身を隠したらしい。
人々の恨みを買うと、その地では生きていけないものなんだよ…」

「まぁ…」

家族とも離れ離れになるなんて…

「そういえば、年頃の娘が一人居た、確か…アドリーヌだったかな?」

その名に、わたしはギクリとした。
それでは、やはり、あの方のお父様の事だったのね…

「フォーレ伯爵子息との婚約は、破談になったそうだよ」

「それは、お気の毒に…」

想い合った者同士が引き裂かれるなんて…
きっと、辛い思いをしているだろう…

その後は、リアムとアドリーヌの事ばかり考えてしまい、気付くとパーティは終わり、
招待客たちは引き上げていた。


◇◇


フィリップとソフィが新婚旅行から帰って来ると、ルメールの館は一気に賑やかになった。

「ただいま!父さん!シュゼット!元気だった?」
「お帰り、フィリップ、ソフィ、旅行はどうだったかね?」
「素晴らしいよ!何処から話そうか?」
「フィリップったら、子供みたいなんですよ!
でも、本当に素敵な旅行でしたわ、お義父様、有難うございます」
「それは良かった、ゆっくり話を聞かせておくれ」
「はい、そうだわ、お土産があります…お義父様には膝掛け、暖かいですよ!
シュゼットには真珠のネックレスよ、綺麗でしょう?」

ソフィはそれをわたしの首に掛けてくれた。

「ありがとうございます、お義姉様」

お礼を言うと、ソフィは気恥ずかしそうに、「ふふふ」と笑った。

「お義姉様なんて!うれしいわ、仲良くしましょうね、シュゼット」
「はい!お義姉様、遅くなりましたが、肖像画を受け取って下さい…」

わたしは、ソフィに約束していた肖像画を渡した。
肖像画は、ソフィだけでなく、フィリップも一緒だ。

「凄いわ!シュゼット!本物みたいよ!それに、そっくりだわ!」
「いや、本物より美人だ」
「そうね、あなたも三割男前になってる!」
「僕はそっくりだよ!」
「シュゼット、ありがとう!大事にするわ、私の部屋に飾らせて貰うわね」

ソフィは肖像画を気に入ってくれ、自分の部屋に飾ってくれた。


◇◇


ある日、ドミニクの友人が館を訪ねて来て、わたしは館の案内を頼まれた。

オベールと名乗ったその男性は、ドミニクと同年代に見えた。
シンプルで上品なスーツを着て、白髪の混じった暗い色の髪は、綺麗に整えている。
オリーブ色の目が何処か鋭く、厳しそうにも見えたが、屈託なく話す、明るい人だった。

「流石、歴史ある名家だ、館の造りも素晴らしい、この館自体が芸術品だ」
「オベール様は、建築がお好きなのですか?」
「ああ、他人の館を覗き見るのは面白い!」

普通であれば、顔を顰める様な事でも、オベールが言うと、思わず笑ってしまいそうになる。

「この館は新しい部分もありますが、改装と修復を繰り返しております。
こちらの柱は、当時のまま残っていると伺っております…
わたしは他の方の館を見て周った事はありませんが、古い物をみると、
当時の生活を想像し、わくわくします」

「中々、ロマンの分かる娘だな、それにしても…
同じ画家の絵が多いな、ドミニクの好のみかね?」

オベールがそれに気付いたのには驚いた。
確かに、似た様な風景画が続いていたが、足を止めて見たりはしなかったのに…
しっかり見てくれていたのだと思うと、うれしくなった。
何故なら、彼が言う絵は、わたしが描いた物だったからだ___

「いえ、こちらは、画家の絵ではありません、わたしが描いたものです」
「それは、本当かね!?これを、君が、自分で描いたというのか!?」

オベールの驚き様に、わたしの方が驚いてしまった。
それ程驚く事かしら?

「はい、これらはどれも、郊外のルメールの別邸から見える景色です。
春、夏、秋、冬…」

アザレの好きだった景色だ。
だが、驚く事に、オベールはそれを言い当てた。

「病の母親と過ごしたという所かね?」

何故分かったのだろう?不思議な人だ。

「はい、母の好きだった場所です、母は動けませんでしたから、絵だけでもと…」
「それは、母親も喜んだだろう」
「はい、わたしに絵を描く様に勧めてくれたのも母でした…」
「良いお母さんだね」

アザレの姿が蘇り、胸がいっぱいになった。
アザレを一言で言い表す事は出来無い。
わたしにとって、アザレは世界の中心で、掛け替えの無い人だった___

成り行き上、オベールにアザレの絵を見せる事になり、部屋に連れて行ったのだが、
そこから、思わぬ方へ話が向かった。

「気に入った!実は、私たち夫婦の結婚記念日が近くにあってな、
君に肖像画を描いて貰いたい、受けて貰えるかね?」

オベールが目を輝かせて言うので、わたしはつい、受ける方に考えてしまっていた。

「わたしでよろしいのですか?」
「ああ、君がいい!妻への最高の贈り物になるだろう!」

妻への最高の贈り物…
その言葉で、オベールがどれ程妻を愛しているかが伺え、
わたしは微笑ましくも、羨ましくなった。

愛する人と結ばれ、年を重ねられたら…
どんな贈り物も要らない、わたしは《それ》だけでいい…

だが、一瞬後、我に返ったわたしは、ドミニクの許可を得ず、
勝手に決めてしまった事が心配になった。

「父に許可を貰うのが先でしたわ…」
「ドミニクは良いと言うさ」

そうだろうか…
ドミニクが何か言った事は無いし、絵も飾ってくれている。
だけど、内心では、わたしが絵を描くのを嫌っているのではないかと、いつも不安だった。

《シュゼットらしくない》

誰かに、そう言われるのではないか…

「どうした、ドミニクには私が話してやる、安心しろ。
早速だが、週末から、私の館に来てくれ、迎えを寄越そう、
絵が描き上がるまで滞在して貰うのが良いだろうな…」

オベールはどんどん話を進めていった。
他人の館に長く滞在した事が無いので、少し不安もあったが、
肖像を描くには、その方が、都合が良いのは確かだった。

ドミニクは何と言うだろう…
ドミニクもフィリップも、わたしに過保護なので、さぞ心配するだろう。
不安に見守っていたが、驚く事に、ドミニクはすぐさまそれを快諾した。

「成程、そういう事なら、シュゼット、是非行っておいで。
おまえの絵を気に入って下さるとは、オベールは見る目がおありだ。
おまえなら大丈夫だよ、おまえは私の自慢の娘だ___」

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