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しおりを挟む「まぁ!何て薄汚いのかしら!まるで鼠ね!
あなたみたいな薄汚い平民娘が、この由緒ある王立魔法学園に居ると思うと、
虫唾が走りますわ!さっさと、田舎の下水にお帰りなさい!」
《彼女》を見ていると、無性に苛立つ。
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だが決して、美人とは言えない。子供染みた顔立ちだし、そばかすだってある。
だが、彼女は自信家で、その大きな緑色の目を瞬かせ、男を誘惑するのだ。
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「この、汚らわしい、売女___!!」
《彼女》は大きな緑色の目を更に見開き、口を大きく開いた。
「きゃーーーーーー!!」
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わたしはその声に驚き、足を滑らせた。
やだ!嘘でしょう!?
階段から落ちるのは、わたしではなく、《彼女》だった筈___!
頭の中で幾多の思考が駆け巡る中、わたしの体は幾度かの回転を見せ、
あちこちぶつけながら落ちて行った。
ガタガタガタ…ゴン!!
「おい、ヤベーぞ!」
「誰か!!先生―――!!」
騒々しいが、それも直ぐに遠くなり、わたしの世界は、黒く塗り潰されていった。
ああ、またなの…
今回も、《階段》がわたしを殺すのね…
《階段》には近寄ってはいけないと、あれ程言っていたのに…
◆◆
アラベラ・ドレイパー公爵令嬢は、酷い女だ。
子供の頃より、暴力的で加虐的だった。
使用人たちを虐め抜き、欲しい物は何でも手に入れてきた。
14歳で第二王子アンドリューの婚約者に選ばれてからは、益々増長していった。
魔法学園に入学してからは、教師を軽視し、碌に授業を受けず、
暇潰しに下級貴族や平民たちを虐め、傅かせて楽しんでいる。
人を不快にしかしない、最低女___
ええ、それは認めるわ。
だけど、そこに至るまでの経緯も知っておいて欲しい。
アラベラだって、生まれた時は、普通の赤子だったわ。
上等の着ぐるみに巻かれ、宝石の如く、大切に抱かれていたかもしれないけどね?
問題は、彼女が《公爵令嬢》だった事よ!
王家と繋がりも深く、多大な権力を持つ公爵家ともなれば、
独自のルールが確立されていて、世の中の常識など通じないのよ。
「初代王の血を引く、我がドレイパー一族は、何者にも屈してはならん!」
「ドレイパー一族こそ、最も高貴で優れた一族!」
「神と等しく、人の上に立つ者なのだ!」
何て時代錯誤なのかしら、呆れる程差別的!
公爵家伝統の教育は、子供に「指導者の在り方」を実践訓練させる事で、
それは、使用人たちを虐げ、恐怖により主人に従わせるという、
とても恐ろしく、おぞましいものだったの!
こんな歪んだ教育を受ければ、どんな天使でも堕天しちゃうわよ!
アラベラは、両親と教育係が作り出したモンスターよ!
両親に洗脳された、気の毒な令嬢アラベラ…
彼女は十六歳だというのに、善悪が分かっていないのよ?
これ以上の不幸があるかしら?
でも、何でわたし、こんなにアラベラの擁護をしているのかしら?
アラベラ・ドレイパーは、《悪役令嬢》よ?
彼女に思い入れなんて、一欠けらも無い。
強いて言えば、場に盛り上げる《名脇役》、欠かせない存在ではあるわ。
彼女がいなければ、全てが単調になっていたわね。
だけど、演じるなら、わたしは断然、《ヒロイン》よ!
わたしは、遠藤志保、二十歳。
ごく普通の大学生だけど、秘めたる夢は、女優になる事だ。
そもそもは、そう…
高校に入学した頃、親しい友人に誘われて入った演劇部、ここが原点だ。
それまでは自分が何かを演じるなど、考えた事も無かった。
ドラマや映画は好きだけど、観るだけで十分に満足出来た。
そんなものだから、当初は軽い気持ちでいた。
『役なんて、余りものでいいし、裏方でもいいよ』
『舞台衣装とか作ってみたいし、化粧とか面白そう!』
だが、皆で役を決め、台本を読み合わせた時、空気が変わった。
目の前に、台本の世界が鮮やかに現れ、現実の煩わしい全てを消し去っていった。
『凄い…!』
胸がときめいた。
こんなときめきを感じた事は、何時ぶりだろうか…
それから、わたしは人が変わったかの様に、演劇魅力に取り憑かれていった。
演じる事は楽しい!
そこにはいつも、紆余曲折、壮大なドラマがある。
平凡な自分など忘れ、役として、その人生を、その世界を生きられるのだ!
『女優になりたい!』
そう強く願いながらも、その思いを口に出した事は無かった。
両親に反対される事は分かっていたし、
「おまえなんかになれる筈が無いだろう」と言われるのが嫌だったからだ。
そこで、都会の大学に進学し、演劇サークルに入った。
まずは、ここで力を付けて、実力を試すのよ!
当初はそう意気込んでいたが、直ぐに厳しい現実に直面した。
役を決めるサークル内のオーディションに、嬉々として挑むも、わたしに与えられたのは、《通行人》。
名も無い、台詞も無い、必要かどうかも分からない《役》だった。
実力を付ければ、きっと、名のある役も貰えるわ!
夢は大きく、目指すは《ヒロイン》!
目標を掲げ、体力作り、発声練習、本読み、演技稽古…
加えて、サークルの雑用等、頼まれた事は何でも引き受けた。
役が貰えず、裏方になっても、腐らずに精一杯やってきた。
「遠藤、そこ片付けておいて」
「遠藤、買い出し頼むわ」
「遠藤、これ、人数分コピーな!明日使うから」
はい!直ぐ片付けます!
はい!直ぐに買って来ます!
はい!明日ですね、任せて下さい!
努力はきっと誰かが見ていてくれる筈!善行は報われる筈!
そうよね?神様!
「新しい台本ね!」
コピー取りの良い所は、逸早く台本が読める事だ。
キャストはまだ記入されていないが、どの役をどう演じるか…
頭の中でシミュレーションしながら、コピー取りをした。
◆
「次の演目が決まったぞ!役を発表する___」
どうか、今度こそ、ヒロイン!
とは言わないまでも、どうか、名のある役が貰えますように!
緊張と期待で胸が張り裂けそうだ。
新しい台本を握り締め、その時を待つ。
倒れてしまいそうな緊迫感の中、呼ばれたのは…
「ヒロインは、花沢リミ!」
「すげー!一年生かよ!」
「大抜擢だな!」
「頑張れよー!」
「リミちゃん、可愛いもんなー」
「全員納得!」
ヒロインに抜擢されたのは、一年生の女子だった。
彼女は美人で華があって、サークル内でも人気が高い。
役者になれるのは、きっと、彼女の様な人…
急に気が抜け、暗い考えが頭を侵食していった。
わたしなんて、幾ら頑張っても…
「村人C、遠藤志保!」
村人C…
「遠藤、おまえも、もっと頑張れよ」
言葉の刃が、胸を突き刺した。
わたしは息も絶え絶えになりながら、自分を抱きしめた。
頑張ってる!
わたしは頑張ってる!
これ以上、何をどう頑張ればいいの!?
「飲み物足りないな、遠藤、買って来てくれ!」
雑用だって、裏方だって、一度も文句なんて言った事は無い。
皆の役に立てていると思っていた。
実力を付ければ、きっと役も貰える。
真面目に努力していれば、きっと、いつか報われると思っていた。
だけど、そんな事じゃなかった。
きっと、わたしは選ばれない…
選ばれるのは、彼女の様に、全てに恵まれた人___
全てが虚しくなり、酷く気落ちしていた。
どんなに気落ちしていても、身に染みた習慣があれば何とかなるもので、
気付くと、わたしは飲み物を買い、サークル棟まで戻って来ていた。
階段の下から、サークルのある階を見上げる。
きっと、皆、盛り上がっているだろう。
「戻りたくないな…」
そう思いながらも、生真面目さがそれを許さず、
わたしは重い足を動かし、階段を上った。
あまりに時間を掛け過ぎた所為か、様子を見に来た男子が、階上から怒鳴った。
「おい!遅いぞ!遠藤!」
耳を劈く声に、ぞっとした瞬間、わたしは足を滑らせていた___
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