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しおりを挟む週明け、わたしは学園の制服に着替え、いつもの様に髪を縦ロールにし、
公爵家の馬車で学園に向かった。
登校時間には早かったが、わたしは校舎に潜り込み、二年Aクラスの教室に向かった。
まだ、誰も居ない教室は、不思議な雰囲気がある。
並んだ机も、玩具みたいだ…
わたしは自分の机を撫でてから、エリーの席へ向かった。
用意してきた手紙を、彼女の机の中に忍ばせた。
【聖女エリー様】
【我が身の無礼を恥、謝罪したく思っております】
【本日、放課後、カフェでお待ちしております】
【アラベラ・ドレイパー】
これで、エリーと会う段取りは出来た。
「後は、これを使うだけね…」
わたしはスカートのポケットに手を入れ、小瓶を握り締めた。
小瓶の中には、黒い金平糖に似た薬が一つ入っている。
もう一つは、わたしの首に掛かる、金色のネックレス…そのロケットの中だ。
毒ではないが、《危険な薬》という事で、何とかなるだろう。
聖女暗殺未遂でなくとも、罪人になれば良い。
罪状など、重要では無いだろう、どうせ、生贄になるのだから…
後は、放課後までの時間を何処で潰すかだが、
わたしは考えた結果、サイファーに匿って貰う事にした。
普通の教師であれば、煩く言うだろうが、サイファーならば、黙って許してくれる気がしたのだ。
わたしは薬学教室に向かい、その扉を開いた。
案の定、鍵は掛かっておらず、すんなりと入る事が出来た。
勿論、帰宅する時には鍵を掛けているが、サイファーは早い時間に出勤し、
ここへ来ていると、彼の普段の言動から察しが付いていた。
しん、と鎮まり返った教室の中を進み、奥の部屋へと向かった。
その扉を、コンコンと、遠慮がちに叩く。
「先生?来てる?」
ドアノブを回すと、カチャリと回り、それは開いた。
サイファーの姿は無く、物が多い部屋だが、何処か空虚に感じた。
最奥にはサイファーが使っている机がある。
机には本が何冊か並び、後は何故だか、然程大きくはない、
手の平に乗る位の水晶球が置かれていた。
「薬学に水晶球なんて使うかしら?」
水晶球を使うのは、司教や占い師位ではないか?
不思議に思いながら、わたしは椅子に座り、水晶球を手に取った。
「占いはした事が無いけど…自分の未来も知りたくはないけど…
皆はどうしているかしら…」
ハンナ、クララ、パトリック、ブランドン、ドロシアとジャネット、ジェロームたち…
考えていると、水晶球の中に、何か浮かんできた。
寂しそうな顔をした女性…ハンナだ。
『アラベラ様…どうか、お戻りになって下さい…』
『最近のアラベラ様は、様子がおかしかったのに…』
『私がもっとしっかりしていれば…』
『どうか、お一人で悩まれないで…』
「ハンナ…」
やっぱり、心配してくれていたのね…
「心配させて、ごめんなさい、ハンナ…」
ハンナの姿が歪み、違う場面が映った。
次に映し出されたのは、クララ、パトリック、ブランドンだった。
『寮には戻っていないって…』
『家に帰っているなら大丈夫だとは思うけどね…』
『けど、家に行っても会わせて貰えないんだぜ!』
『ご両親に責められていなければいいけど…』
『婚約破棄だからね…公爵はお怒りだろうね…』
『あいつ、家から出して貰えないんじゃねーか?』
『あんな風に言われて、婚約破棄までされて…』
『それでも、アラベラ様は誰も責めなかったわ!』
『それなのに…アラベラ様が可哀想!』
『あのさ、事実と違う事も多いよね、僕たちで誤解を解けないかな?』
『それで、公爵の怒りが解ける訳でも無いけど…』
『ドレイパーの名誉の為にしてあげたいんだ』
『そうだな、危険球の事では、俺たちにも責任あるし』
『淫らな行為とかさー!適当な事言いやがって!』
『階段の事も、エリーに詳しく聞いてみよう』
『詳しい日時が分かれば、ドレイパーがやっていないと証明出来るかもしれないよ』
クララ、パトリック、ブランドン。
『そういう事でしたら、私たちも協力致しますわ!』
『アラベラ様は、私たちがエリーに絡んでいた時、お止めになったんです…』
『お叱りになられましたわ』
『そのアラベラ様が、その様な非道な真似をなさるとは、とても思えませんもの!』
『それに、ジェローム様もお望みですわ!』
ドロシアとジャネットも…
「皆、ありがとう…」
でもね…
今日の放課後、わたしは捕らえられるの…
聖女暗殺未遂の犯人として…
「皆を裏切る事になるわ…」
わたしは水晶球を脇にやり、机に伏せた。
「お早うございます、放課後にはまだ早いですが、どうされましたか?」
サイファーの声で目を覚ました。
顔を上げると、白衣姿のサイファーが、銀縁眼鏡の奥の目を面白そうに光らせ、
わたしを見下ろしていた。
普段通り過ぎて、気が抜けるわ…
わたしの事、何も聞いていないのかしら?
学園の噂にも疎そうだし、きっと、知らないのね。
「放課後に来られないから、来てあげたの。
出来れば、放課後まで、ここに匿って欲しいんだけど?」
この図々しい頼みにも、サイファーはあっさりとしていた。
「試験も終わっていますし、構わないでしょう」
多分、構う様な事だと思うわ…
だが、わたしには都合が良いので、黙っておく事にした。
「ありがとう、先生!わたしが居る事は、誰にも内緒よ!」
「承知しました。それでは、紅茶を淹れて頂けますか?朝食にしましょう」
サイファーは籠を持っていて、その中には、バケットが一本、卵が四つ、
厚いベーコン、葉野菜に果実が二つ入っていた。
とても一人分とは思えない量だ。
「これって、一人分?」
大食漢?それとも、わたしの分もあるのかしら?
でも、わたしが来るなんて、知らない筈だわ。
水晶球で、覗きでもしないと…
わたしが胡乱に見ると、サイファーは薄く笑った。
「必要なら、差し上げますよ」
ここ数日、わたしは食欲が無く、碌に食べていなかったのだが、
不思議と食欲と元気が沸いてきた。
まぁ、細かい事はいいわ、害はないもの!
「美味しそうね、ベーコンエッグを焼いてあげるわ!」
「それでは、お願します」
サイファーが部屋の暖炉兼コンロに火を入れる。
わたしはやかんに水を入れ、火に掛け、紅茶の準備を始めた。
フライパンを火に掛け、熱くなった所に、ベーコンを並べる…
ジュウウ…!
「う~ん!良い音!」
音だけでテンションも上がるが、幾らもしない内に、部屋は良い匂いで充満した。
正に、食欲をそそる匂いに、わたしのお腹も密かに催促をしていた。
お願いだから、控えめに鳴ってね!
こんがりと焼き色の着いたベーコンエッグを、葉野菜と一緒にバケットで挟んだ。
サイファーが作業用のテーブルを開けてくれていたので、
そこに皿に乗せたサンドイッチ、紅茶、カットした果実を並べる…
豪華な朝食だ。
わたしのお腹はとうとう、大きく催促した。
ぐーーーー!!
サイファーが目を丸くし、わたしを見る。
わたしは気付かなかった振りをし、さっさと椅子に座った。
「さぁ!食べましょう!いただきまーす!んん!!」
サンドイッチは、齧り付くのも大変な大きさだが、味には大満足だった。
「美味しい!先生も食べて!」
サイファーは大きく一口、サンドイッチに齧り付いた。
もぐもぐと咀嚼し、頷いた。
「とても美味しいですね、あなたの作る物は、いつも美味しい。
何か秘訣があるのですか?」
「そうね、強いて言うなら、愛情かしら?」
「愛情?」
軽口だったが、真顔で見返され、わたしは赤くなった。
「今のは冗談よ!忘れて!」
「それは、暗に秘密と言っているのでしょうか?それとも、魔法の類ですか?」
「いいえ、つまり、こうよ…
魔法薬を作るのだって、調薬法が同じなら、誰が作っても一緒でしょう?
先生の気の所為って事」
わたしは肩を竦めたが、サイファーは何故か拘っている様だった。
「それでは、レシピが特別なのですね?」
まぁ、少々、前世の知識と経験がありますから。
逆に、この世界のレシピは、ほとんど知らない。
公爵令嬢ともなれば、食べる専門だし、高位貴族が食べる料理といえば、
素材が不明になるまですり潰され、再形成されているものばかりだ。
「そうかもしれないわ、わたしのレシピは特別なの、異国の人に習ったから」
異国というよりは、異世界だけど。
わたしは適当な事を言い、誤魔化す様に、サンドイッチに齧り付いた。
ん!!美味しい!!
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