【完結】追放の花嫁は溺愛に不慣れです!

白雨 音

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散々な一日を終えた翌日、早速、王命が届けられた。
それによると、一家は王家を欺き、陥れようとした罪により、
財産没収の上、国外追放と決まり、追放先はヴァンボエム王国となっていた。
追放先までは、王家の衛兵が付き添い、旅費や経費も出して貰えるという、
中々の高待遇で驚いた。

「まぁ、冤罪で財産没収されるんだから、当然だけど!」

国を追われるのだから、これにより、完全に、
百年周期の政略結婚の歴史は幕を閉じたといって良い。
《竜の谷》も文句は無いだろう。

「この功績だけは認めてあげなくてはね…」

政略結婚には、わたしも反対だ。
特に、わたしたちの場合は、互いに苦痛でしかなかった___


わたしは物心付いた頃から、「おまえは王太子妃になるんだよ」と言われてきた。
その頃は、わたしも喜んでそれを受け入れていた。
「百年周期の運命の相手!」と言われ、自分でもそう思い込んでいたからだ。

それが、打ち砕かれたのは、十三歳…

十三歳の秋、十六歳のアンドレと婚約の儀で、初めて対面した。
アンドレは仏頂面で、式の間中、わたしを睨み付けていた。

婚約の儀が終わると、アンドレはわたしを一瞥もせずに、側近を連れ出て行ったが、
その会話は聞こえていた。彼の性格から、今思えば、聞こえる様に言ったのだろう。

『おい!あれに尻尾は無いのだろうな?』
『その様な事は伺っておりません…』
『最悪だ!何故、王太子というだけで、俺があんな卑しい獣を妻にしなければならない!』

わたしは信じられず愕然とした。
周囲はわたしを見て、平気で「くすくす」と笑う。

今まで、わたしたちアベラール家は、周囲の貴族たちから一目置かれる存在だった。
それが、王宮へ上がれば、一転した。
高貴な存在では無く、まるで見世物扱いだ。
隠していただけで、周囲もその様な目で見ていたのかもしれない…

ショックを受け、家に帰ったわたしは、母にお尻を見て貰った。

「尻尾は無い?」
「無いわよぉ、私たちのご先祖様は竜だけど、私たちは竜の血を引いているだけよぉ」

母には分かっている様だが、わたしには違いが分からなかった。
深く聞かない方が良い気がして、その場は納得しておいた。
だけど、それ以降、わたしは自信が持てなくなった。

《人》とは違う自分。
自分は《人》ではないのか、《卑しい獣》なのか___

アンドレを筆頭に、全ての者たちがわたしを人間扱いしなかった。
妃教育の教師たちも酷いもので、わたしから自信と尊厳を奪っていった。

『王太子妃が獣であってはなりません!』
『恥ずかしくない者となって貰わなくては、王太子と結婚など出来ませんよ!』
『この獣を、しっかり、躾なければ!』

妃教育の教師たちの言う通りに出来るまでになっても、誰もわたしを認めてはくれなかった。
それでも、わたしは従うしかなかった。
『百年周期の契約を果たす』、それが、わたしに課せられた責任だ___

今となっては、馬鹿馬鹿しいけど。

「血を見ないで済んだのだから、良かったわよね…」
「良い訳無いでしょ!!お姉様の所為よ!!」

リーズはリスの様に頬を膨らませている。

わたし、母、リーズは少ない荷物を纏め、
用意された馬車で小国ヴァンボエム王国に向かい旅立った。
ヴァンボエム王国までは、馬車で一週間も掛かる。
辺境にある小国で、海と山に囲まれているらしい。
領地が小さく、地図で見つけるのにも苦労した程だ。

「わたしの所為にしないでよ、《滅びの星》とか言い出したのは聖女様よ、
まぁ、それも嘘でしょうけどね、あんな子供騙し!信じるのは十歳までよ」

「あたしは十歳よ!あたしだって、そりゃ、バカバカしいって思うよ?
けど、あたしが言いたいのはそこじゃないよ!お姉様は、可愛げが無いのよ!
いつもツンと澄ましちゃって、高慢で、アンドレを見下してたもの!
そんなの、男は嫌に決まってる!」

そんな単純な事なら良かった…
だが、それをリーズに知られたくは無かった。
小生意気ではあるが、可愛い妹なのだから…
わたしはツンと澄まして答えた。

「よーく分かったわ、全てが、わたしの態度と行いが招いた結果だというのね?
それで、アンドレはどこぞの公爵令嬢に乗り換えたのね?
メイドたちに手を付けたのも、きっとその所為だわ!
他にも手を付けた令嬢は沢山いたみたいだから…
わたしは何て罪深い女なのかしら…!」

わたしが十字を切ると、リーズはむっと口を閉じ、曲げた。
だが、そのまま、ボロボロと大粒の涙を零し始めたのには参った。
リーズは小生意気で負けず嫌いで…泣いた事など、ほとんど無かったのだ。

「リーズ、ごめんなさい、わたしがいけないの、それはわたしも分かってるわ。
財産没収の上に、僻地の小国に追放になるだなんて!
あの時、わたしが泣き喚いたり、土下座でもしていたら、
アンドレの気も晴れていたかもしれないのに…」

そんな事で、あのアンドレが意見を変えるとは考え難いが…
だけど、生意気だけど可愛い妹を泣かせる事になってしまったと思うと、
それ位はして見せるべきだった…

リーズは顔をくしゃりとし、小さな手に拳を握り、涙を流した。

「サミーが、お別れだってぇぇぇ…」
「サミー?近所の子よね?あなたたち、付き合ってたの?」
「あたしたち、将来を誓い合ってたの!なのに、お別れだって…うわあああん!」
「待って!リーズ!あなた、サミーとは何処までしたの?」

わたしは思わずリーズの細い肩を掴んでしまった。
リーズは涙を止め、顔を赤くすると、「ほっぺにチューはしたわ」と唇を尖らせた。
わたしと母は「ほ~」と、安堵の息を吐いたのだった。

「ヴァレリー、リーズ、いつまでも塞いでいてはいけなかったわぁ…
これから、新しい土地で、母娘三人、生きていかなくてはいけないのにぃ…
駄目な母親でごめんなさいねぇ…これからは、私があなたたちを守るわぁ!」

リーズの事で、母も立ち直ったらしく、わたしたちを抱きしめてきた。
母に守られる姿は想像出来ないが…
それでも、塞いでいられるよりは良かった。

わたしを責めないでくれているだけでも良いわ…



◇◇ ヴァンボエム王国 ◇◇

ヴァンボエム王国、国王フィリップの元へ、オピュロン王国から使者が送られて来た。
使者の手には、オピュロン王国、国王バトリスからの書状があった。

ヴァンボエム王国とオピュロン王国との付き合いは古く、表面上は良好な関係だが、
それなりに確執が存在していた。
何でも、千年前、両国の王同士が賭けをし、結果、ヴァンボエム王国は、
オピュロン王国との交易に有利な条件を勝ち取った。
以降、ヴァンボエム王国とオピュロン王国の間には、関税が無く、ヴァンボエム王国の商人たちは、
自由に商売が出来、儲ける事が出来た。
だが、一方、オピュロン王国は大国で、小国相手の商売など利益は僅かだった。
そうであるから、歴代のオピュロン国王は、ヴァンボエム王国との契約を無効にしようと
画策してきたのだが、未だに上手くはいっていなかった。
そこで、今回打って出たのが…

「ふむ…この条件を飲むのであれば、これまで通り関税は掛けない。
条件を飲まないのであれば、即刻関税を掛ける…
とうとう実力行使で来たか、これは、困ったね、ルネ」

フィリップは息子である王太子のルネを見た。
フィリップもルネも痩せていて顔色が悪いが、これは生まれつき、王家の遺伝体質の所為だ。

「困る事はありません、条件をお飲みになればよろしいのです」

ルネは穏やかに、そして微笑を浮かべて言う。
フィリップは細い垂れ目だが、白い眉まで下げた。

「だがね、おまえの事だよ、ルネ」

条件とは、オピュロン王国から送られた者と王太子ルネが結婚する事だった。
両国の友好を強固にしようという名目だった。
だが、その割に、どういう者かは書かれておらず、
数日中にヴァンボエム王国に着くので、返事はその後で良いとあった。

「はい、僕の為に花嫁を送って下さるとは、喜ばしい事ではありませんか」
「喜ばしい相手を送ってくるとは思えんがね…」
「僕が相手ではお気の毒かもしれませんが、心を尽くしましょう」
「相手を見てもいないのに決めても良いのかね?」
「政略結婚というのは、そういうものではありませんか?」
「ルネ、おまえは、誰かを愛した事が無いのではないか?」

フィリップの追求に、ルネは初めて逡巡した。
その時、遠い日の少女の姿が微かに浮かんで来たが、それは直ぐに掻き消えた。
ルネはニコリと穏やかな笑みを見せた。

「そうかもしれません、ですが、僕には嫌いな者もいませんので」

確かにルネは心優しく、他人を無暗に嫌う事は無いが、
だからといって、『心を開いている』という事でも無い。

フィリップは「まぁ、おまえが良いのなら、そう返事をしよう」と頷いた。

「父上、先方には、『結婚の儀はヴァンボエム王国の慣わしに従い行う』と、
お返事なさって下さい」

「成程な、そうしよう」

王は頷いた。

王の間を出たルネは、側近のエミールから早速反対をされた。

「この話を受けてはいけません!こんなの、オピュロン王国の罠に決まってますよ!」
「そうとは限らないよ、エミール」
「送られて来るのは、恐らくは暗殺者で、王様とルネ殿下のお命を奪い、この国を乗っ取る気です!」

エミールが真剣に訴える。
ルネは足を止め、じっと、その目を見つめ返した。

「この国を乗っ取って、どうするの?」
「それは、ですね…恐らく…ですが…避暑地にする、とかでしょうか?」
「平和でいいね」

ルネはニコリと笑い、立ち去った。
エミールは「待って下さいよ~~」と、情けない声を上げたのだった。

「丁度、僕も結婚したいと思っていた処でね、結婚相手を探す手間が省けて助かるよ」
「そんな、いい加減な…相手を探すのを面倒がる様では、結婚は出来ません!」
「そういうもの?なら、やはり丁度良いね」

呑気なルネに、エミールは唖然としていた。

ルネを好きだと言ってくる者はそれなりに居た。
ルネは王太子で、痩せていて背も高くは無いが、美形である。
だが、ルネは王太子だ。相手が悪人では困るし、
権力目的で寄って来る者も避けたい。

以前、適当な相手と付き合った事もあったが…

『一緒に居てもつまらないの』

浮気をされた挙句、そんな事を言われて終わった。

女性と付き合うのは難しい…

ルネは勉強が得意だったが、女性との付き合いは、勉強や研究よりも遥かに難しく、苦痛に感じた。
それで、真剣な付き合いを避けている間に、気付けば、二十三歳になっていた。

流石に、結婚位しなければ…

そう思ったのは、他でもない、オピュロン王国の王太子アンドレが結婚すると聞いたからだった。

ルネは三年間、オピュロン王国の名門校に留学していた事があった。
ルネは魔力を持ち、それを使う事が出来た為、魔法学科に入り学んだ。
アンドレは同年だが、彼は魔力を持っておらず、騎士学科だった。
剣術や武術が得意らしい。

顔を合わせる機会はほとんど無かったが、アンドレは王太子という事で、何かと注目され、
話題に出るので、耳には入っていた。尤も、あまり良い噂では無かったが…
アンドレはルネを悉く無視していたが、裏では取り巻き連中と散々嘲っていた様で、
何度か目撃した事があった。態と聞かせたいのだと分かる程度には露骨だった為、
こちらからも避ける様になった。

王宮の行事に、一度だけ呼ばれた事があったが、
それは、オピュロン王国の権威を示すためだけのものだった。

嫌な記憶しかない相手だったが、
同じ王太子として、アンドレは義務を果たしている様に思えた。

あのアンドレも落ち着いたのだ…

「僕も、死ぬ前に、子孫を残しておかなければね…」

ヴァンボエム王国の王家の者は、代々、極めて病弱だった。
ルネの兄妹も他に二人いたが、十歳を超えたのはルネ一人きりだった。
母は病で十年前に亡くなっているし、父は存命とはいえ、年に半年は寝込んでいた。
そんな訳で、王家の存続は、全てがルネの細い肩に掛かっていた。

「出来れば、丈夫な花嫁がいいな…」

ルネは薄暗い回廊から見える、薄い青色の空を眺め、ぼんやりとそんな事を思っていた。


◇◇◇◇
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