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しおりを挟むわたしたちが意味も無くニコニコと笑い合っていると、
扉が開き、エプロン姿の年老いた女性が入って来た。
「ああ、来られましたね」と、ルネが迎えに行き、
わたしは安堵の息を吐き、こっそり指で頬を解した。
なんだか、疲れるわ…
妃教育はもっと厳しかった筈なのに…
あの国から解放されて、鈍ったのかしら?
気を引き締めた方が良さそうね…
ルネは老女を連れて戻って来ると、わたしに紹介した。
「我が国の織物職人で達人の、ソフィ先生です」
織物の達人…それは凄いわ!
わたしは達人に礼を尽くそうと、背を正し、顎を上げ、気品の高い口調で述べた。
「わざわざお越し下さり、感謝申し上げます、ソフィ先生。
ルネ王太子殿下の婚約者、ヴァレリー=アベラールと申します」
「ふん!頼まれたから教えてやるがね、余所者には無理さ!
それに、そんな気取り虫に出来るものか、織物は生易しいもんじゃないからね!」
ムカ!!
初対面というのに、この言い草!!
余所者なんて、ずっと言われて来たわよ!いいえ、もっと酷い事をね!!
オピュロン王国でも、わたしたちアベラール家は余所者扱いされていた。
例え、五百年以上前から住んでいてもね!
だが、身に着いた妃教育のお陰で、わたしはにこやかに返す事が出来た。
「大変な技術をわたしなどに伝授して下さるのですね、感謝します、ソフィ先生。
精一杯努めさせて頂きます」
ふん!このヴァレリー=アベラールを舐めないで欲しいわ!
王宮での数々の嫌がらせに耐え、いつだって、成果で見返して来た、猛者よ!
直ぐに見返してやるわ!!
「ソフィ先生、この図案にしようと思います」
闘志を燃やすわたしの隣、ルネが図案を広げ、ソフィに見せていた。
「ああ、いいねぇ、流石ルネ王子だよ!」
わたしに対してと、態度が違い過ぎよ!
でも、オピュロン王国でも同じだったから、慣れてるわ。
皆、アンドレをちやほやしてたもの、だから、あんな傲慢で陰険な我儘王子になるのよ!
「曲線が多いものなので、少し難しいかもしれませんが…」
「そうだねぇ、ど素人なんだ、半年は掛かるだろうねぇ」
は!?半年!??
「それでは…これが出来上がるまでは、結婚は…?」
「出来上がらなきゃ、結婚は出来ないよ!それがこの国の仕来りさ!」
唖然としたものの、わたしは思い直した。
それはそれで、有難いわよね?
別に急いで結婚したい訳じゃない、途中で追放になるかもしれないし…
一宿一飯のお礼に完成はさせたいけど…
「頑張りますわ、ソフィ先生、ご教示よろしくお願い致します」
わたしは殊更機嫌よく、言ったのだった。
◇
図案は出来ているので、それに従い、後は動くだけだ。
とはいえ、織機に糸を準備する処から始める為、勝手が分からず、
ここまでで、かなりの時間が掛かった。
準備が出来、漸く椅子に座り、織機の使い方を習う。
新郎新婦が交互に編んでいくらしい。
勿論、同じ量という訳ではない…
「ルネ王子は政務があるんだ、その間はあんたが一人で編むんだよ!」
わたし一人で編む分には気が楽で良かった。
わたしは笑顔を返した。
「当然でございます、ルネ様には大切なお役目がございましょう。
王太子を助けるのがわたしの役目でございます故、
ルネ様はご安心なさって、お務めに専念下さい」
「ありがとう、ヴァレリー、ですが、そう忙しくはありません、
小国ですから、外交もありませんし」
まぁ、そうよね。
大国の王太子のアンドレだって、遊び歩いてたもの。
いや、アンドレのは、側近に仕事をさせて自分だけ遊んでいたというのが正しい。
ルネは仕事が出来るのかしら?
賢そうだし、真面目そうではあるわね…
わたしがチラリと見ると、ルネはニコリと笑った。
ああ…まただわ、この笑顔に誤魔化されてる気がするわ…
わたしたちが謎に見つめ合っていると、ソフィが怖い顔を突っ込んで来た。
「ふん!どうだかね!あたしが付いてるのは今日だけだよ!」
わたしは作業を再開する。
今日だけならば、出来るだけ織って、覚えておかなくては…
「この図案だと、ソフィ先生でしたら、どの位で織る事が出来るのですか?」
「あたしなら、三月だね!それ以上は掛けないよ!」
三月ね…
だったら、わたしだって、三月以内に織ってやるわ!!
わたしは確かにど素人だけど、竜の血…強靭な体力という、強い武器があるのよ!
見てなさい!達人婆さん!!
わたしは内心で闘志を燃やし、織ったのだった。
タン!タン!タン!!
◇◇
わたしは三食を塔に運んで貰い、敷物が完成するまで、塔に住み込む事にし、
二階の小さな部屋を使わせて貰う事にした。
トイレも風呂も揃っているので、不便は無い。
そして、全ての時間を織物に費やす事にした。
当然、ルネは驚いていた。
「ヴァレリー、あなたが無理をなさる必要はありません、
結婚までに一年掛ける者も珍しくはありませんし…」
気遣ってくれるのは有難いが、今のわたしは闘志に燃えていた!
ど素人には半年掛かると言われたのだ、何としても、半年以内…
いや、ソフィ婆さんが三月で作るというなら、三月で織りあげて見せようじゃないの!!!
「無理をしているのではありません、わたしは織物が気に入りました、
今は楽しくて仕方がありませんの」
ソフィ婆さんにぎゃふんと言わせる将来を想像すると楽しくて、作業も進む。
「本当に楽しそうですね、楽しそうなあなたを見ていると、僕もうれしくなります」
うう…
ルネが天使に見えて、少しだけ胸が痛むわ…
ルネはわたしが織る間、緯糸を用意してくれていた。
わたしもルネが織っている時には、次の糸の準備をする。
気付くと、お互い、黙々と作業していた。
どうやら、わたしもルネも、没頭してしまうタイプらしい。
わたしは手を置き、「ルネ様、紅茶でも淹れましょう」と立ち上がった。
「ありがとうございます、ヴァレリー」
ルネは答えたが、紅茶が入るまで、作業の手を休めなかった。
やはり、真面目な人の様だ。それに、手先が器用で几帳面である。
織機の使い方もすんなりと覚えてしまったし、
彼が織った部分は寸分の間違えもなく、綺麗に整っていた。
わたしなんかは、作業は早いが、時々間違えてしまうので、確認しつつ、進めなくてはいけなかった。
「ルネ様、こちらでどうぞ、お菓子も届いております」
お茶のセットと一緒に、カップケーキが置かれていた。
小さなテーブルで向かい合い、わたしたちはお茶にした。
紅茶を飲み、わたしは無意識に微笑んでいた。
やはり、美味しい…
体に染み渡る美味しさだ。
だが、問題は、カップケーキだ。
ここ最近、カップケーキばかりを食べている気がする。
悪くは無いが、味が格段に落ちている気がする…
もしかして、わたしは城の者たちから嫌われているのだろうか?と思い始めた処だ。
まぁ、嫌われるのにも、嫌がらせをされるのにも慣れているけど。
今日のカップケーキも、なんだか、ぼそぼそしている…
「菓子を作る料理人が代わったのですか?」
「いいえ、ですが、こちらのカップケーキの事でしたら、見習の者が作ったものです」
見習い…成程。
焼き加減もバラつきがあるし、ぼそぼそしているし、
アイシングも下手くそだと思ったけど、見習なら仕方は無い。
「有望な見習いですわね」
おほほほ。
「そうお思いですか?それは良かった…
彼女はまだ十歳ですが、筋が良いと料理長も言っておりました」
彼女??十歳??
「あの…その見習いというのは…」
「はい、リーズです、あなたの妹君の」
ぶっ!!!
思わず紅茶を吹いてしまったわ!!
「も、申し訳ございません…!」
わたしは青くなり、自分の口を両手で覆った。
アンドレであれば、罵倒され、衛兵を呼ばれ、鞭打ちにされる処だ___!
だが、ルネは「構いませんよ」と、ハンカチを取り出すと肩を拭いただけだった。
その上、わたしに向かって微笑むと…
「あなたは、大変面白い方ですね、ヴァレリー、羨ましいです」
面白い??羨ましい??
何処にそんな要素があっただろうか??
理解不能だ。
頭が考えるのを拒否した為、わたしは引き攣った愛想笑いを返す事しか出来なかった。
「…それで、何故、リーズはその様な事をしているのですか?」
料理見習いだなんて…
将来料理人になりたいのかしら??
「無理に働かせていると思われたのでしたら、誤解を解かなくてはなりません。
リーズは城の菓子を気に入り、自分も作りたいと、料理長を口説き落とし、
見習いになったのです、彼女の熱意には料理長も感服していましたよ」
リーズってば!!
抜け道や秘密の通路を探す方はどうなってるのよ!!
「見習いの賃金は現物支給で良いという事でしたので、
彼女の作った物は、彼女が自由に食べて良いと許可したのですが…
思いの外大量に召し上がるので、体を壊さないか心配になっています」
見習いの癖に賃金を要求するなど!図々しい!!
わたしは額を押さえた。
「リーズは小さい頃から、お菓子が好きで…
わたしたちの一族は胃袋が丈夫ですので、大量に食べても問題はありません…」
胃袋は問題無いが、他の所に影響する。
わたしたち一族は、骨太で肉付きも良く、縦に伸びる傾向にある…
リーズには何度も、『あまり食べ過ぎると、わたしたちみたいに大きくなるわよ!』と
忠告していたが、菓子の魅力には敵わなかった。
年頃になって後悔しなければ良いが…と、溜息しかないが、目の前のルネは違った。
「体が丈夫とは、羨ましいです。
僕の一族は、見ての通り、健康とは縁がありませんので…
母は十年前に病で、兄も妹も十歳を超える事は出来ませんでした」
ルネの表情が陰る。
彼はいつも柔和でにこやかだから、こういった暗い表情は初めてだった。
「それは…お気の毒に…」
近しい者を失う辛さは分かる。
わたしの父も7年前に亡くなっているから…
尤も、病などでは無く、庭でこっそり盗み食いをしていて、喉に詰めて亡くなったのだけど。
食い意地の張った一族でもある。
「こんな話をしてしまってすみません。
僕は元気な方を見ているのが好きです、その生命力が羨ましくもありますが、
見ていると、僕自身、元気になれそうな気がするので」
ルネがニコリと笑う。
わたしは、彼に何か言ってあげたかったが、こんな時に限って、言葉は出て来ない。
こんな時に何を言えば良いか、妃教育では教わらなかったもの。
それに、こんな風に言われた事も無い…
貶されたり、罵られる事の方が慣れているなんて、皮肉だ。
「そんな悲しそうな顔をしないで下さい、僕はまだ死にませんから。
少なくとも、あなたと結婚し、子孫を残すまでは死ねません」
ルネもまた、王太子としての義務を果たそうとしているのだと分かった。
「それならば、もっと簡単な図案にされた方が良かったのではありませんか?」
早く結婚したいのなら、何もこんな複雑で手間の掛かる図案を描かなくても、
幾らでも簡単な図案は用意出来た筈だ。
「風習で、模様が複雑である程、民から尊敬されますので」
成程…ちゃんと、理由もあったのね…
「僕が王太子で無ければ、まだ良かったのですが…
王太子というのは厄介ですね、あなたにも迷惑を掛けます」
「いいえ…迷惑などとは、思いません…」
その気持ちも良く分かる。
わたしも計らずして、百年周期の花嫁を押し付けられた者だ。
逃げ出す事など出来ないし、家族を愛していたから…
荷が重くとも、その義務を果たそうと、懸命に努めるしか無かった…
アンドレも王太子だったのに、何故、彼とは共感し合えなかったのだろう?
アンドレにだって、義務や責任を果たそうという気持ちはあった筈なのに…
恐らく…
多分…
ん…
いいえ、アンドレには無かったわ!
頭を巡らせたわたしは、心の中で判決を下した。
文句や愚痴を言い、当たり散らした挙句、実力行使に出た奴だ!
しかも、わたしを悪者にし、財産を奪い、わたしとわたしの家族を苦しめた___!!
怒りの炎を燃え上がらせていた処…
「それに、模様が複雑である程、夫婦の絆も強く、切れ難いと言われています」
ルネがそんな事を言い、ニコリと笑った。
ええ…と。
困ったわ、こういう時の返しも、教わっていないもの…
「それは、大変、結構な事でございます…」
わたしは何やら浮かんだ言葉を言い、紅茶を飲んで誤魔化した。
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