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しおりを挟むヴィクはやはり大人しく無口な方で、医務室を出てから寮まで、お互い無言だった。だが、それが悪いという訳でもなく、お互い沈黙があっても気にならないのが伝わってきて、一緒に居て楽な相手だと思えた。
寮に着き、わたしはヴィクに礼を言った。パーティ半ばで寮まで着いて来て貰ったのだ、申し訳無い気持ちが強かった。
この後、ヴィクはパーティに戻るだろうと思っていた。
「付き合わせてしまい、申し訳ありませんでした…」
「謝る事ではない、私が付き合いたかったのだ」
はっきりと言うと、ヴィクは寮に入り「部屋は何処だ」と促した。
「もう、十分ですので、どうかパーティにお戻り下さい、折角の楽しい時間なのですから…」
「テオと幼馴染みだと言っただろう、私たちにとって、サーラは特別な存在だったんだ。
何も出来無かった事を、皆悔いている…おまえこそ、代わりにされて迷惑だろうが…暫く付き合って欲しい、フルール」
ヴィクの想いを知り、わたしは彼女もまた、傷付いたままなのだと気付いた。
心を痛めている者同士なのだと…
「迷惑なんて!それでは、図々しいですが、甘えさせて頂きます…
ありがとうございます、ヴィク」
彼女は満面に笑みを浮かべた。
ああ、こんな風に笑う方だったのね…!
わたしは感動を覚えていた。彼女が話している処や、笑顔など、見た事は無かったし、想像も出来無かった。笑わない人の様に思っていた…なんて、失礼ですよね。
ヴィクはわたしの部屋まで着いて来ると、一緒に部屋の中に入り、着替えを手伝ってくれた。
それから、一旦自分の部屋に帰ると、恐ろしい早さで着替え、戻って来た。
「今日は一緒に寝る」
「でも、狭いですよ?」
「なんとかいけるだろう」
独りで寝るには十分過ぎる広さがあったが、二人ではどうだろう…
ヴィクは体格も良いし、身長もある。
考えている間に、わたしはヴィクに腰を掴まれ、一緒にベッドに飛び込んでいた。
「きゃ!?」
「ほら、大丈夫だろう?」
ヴィクはわたしを抱いたままで言う。
枕か人形になったみたいだ。
「大丈夫な様ですが、このまま寝る気では…」
わたしが訊いた時には、もう彼女は寝息をたてていた。
その無防備さに、わたしは驚きつつも、思わず笑いを零してしまった。
ヴィクの傷が、少しでも癒えますように…
わたしは彼女に抱かれたまま、目を閉じた。
不思議だった、自分が誰かに必要とされ、役に立っているなんて、
こんな事は初めてだ。
誰かの癒しになれるなんて…
その喜びと感動で、わたしは婚約破棄された事も忘れ、眠りに落ちていた。
◇
翌朝、目覚めると、直ぐ目の前に、宝石の如く美しい紫色の瞳があり、わたしは息を飲んだ。
彼女のその彫刻の様な顔が、わたしに微笑んだ。
「おはよう、フルール、良く眠れたようだな」
「は、はい、お陰様で…おはようございます、ヴィク」
確かに、これ程深く眠れたのは、半分は彼女のお陰だといって良い。
昨日あんな事があったというのに、すっかり忘れてしまっていたのだから。
残りの半分は、蓄積されていた疲労の類だろう…
ヴィクはわたしが身支度し終わるのを見守っていた。
わたしは制服に着替えると、いつも通りに髪をおさげに結った。
「フルールは何故、おさげにするのだ?そのままの方がおまえに似合っている」
「ありがとうございます、これは…癖みたいなものです、小さい頃からこの髪型だったので…」
「そうか、なら、私の髪も結ってくれないか?」
ヴィクがその見事な金色の髪を指で摘まみ、不満そうに口を曲げる。
「それは構いませんが…どうしたのですか?」
「邪魔で鬱陶しいのだ、だが、皆が切るなというので、困っている」
ヴィクの金髪に憧れる者がどれだけいる事か…
わたしは使命感に燃え、ヴィクの部屋まで付いて行き、彼女の要望で、後ろで一本の編み込みにした。
「凄いぞ、フルール!これなら暴れても邪魔になるまい!」
ヴィクが頭を振って見せると、それは力強く、縄や鞭の様に見えた。
これは、良いのでしょうか…?
食堂で朝食を取っていた時から、視線を感じていたが、
寮を出て学園に入り…それは益々強くなった。
「彼女でしょう?」
「妹を苛めて、婚約破棄されたのですって!」
「妹が作った物を、自分が作ったと言って、婚約者に渡していたとか…」
「酷い女だな、俺でも婚約破棄するわ」
生徒たちの会話が耳に届くと、ヴィクが鋭い眼力でそれを蹴散らしてくれた。
わたしは「ありがとうございます」と礼を言うも、感情が込み上げてきて、唇を噛み俯いた。
「おはよう、ヴィクが迷惑を掛けなかった?」
教室に入ると直ぐにテオが席までやって来て、声を掛けてくれた。
「迷惑なんて!とても楽しかったです」
「これを見ろ!フルールにやって貰った、いいだろう?」
「へー、上手だね!流石だ」
ヴィクが編み込みの髪を自慢していると、ヒューゴが欠伸をしながらやって来た。
「おお、良かったな、ヴィク、邪魔だの鬱陶しいだの言ってたからなー」
「頭を振ると、おまえを叩く事が出来る」
「武器にするな!」
ヴィクとヒューゴの会話を笑って聞いていると、
テオがわたしの顔を覗き込み、顔を曇らせた。
「顔色が悪いね…」
「あの、これは、その…!」
わたしは誤魔化そうとしたが、何も言い訳が浮かばず、俯き唇を噛んだ。
「フルール、無理に明るく振る舞う必要は無いよ、それに、僕に嘘を吐かないで欲しい、僕は君の力になりたいんだ、君の味方だからね」
『君の味方』
テオの言葉に、わたしは泣きそうになり、頷くのがやっとだった。
テオはわたしの頭を優しくポンポンと叩くと、ポケットからキャンディを一つ取り出し、わたしに握らせた。
「辛い時、食べるといいよ」
わたしはキャンディを両手に包み、頷いた。
教室の席は成績順で、テオは1番、ヒューゴは2番、ヴィクトリアは3番なので、最後20番のわたしとは席が遠い。
一番後ろの席から三人を眺める、今まで気付かなかったが、三人は相当仲が良い。
中心にはヒューゴがいて、ヒューゴの言った事にテオは笑ったり、何か言ったりしている。ヴィクに対してはヒューゴは何かとからかっている、ヴィクはムキになって返すので、反応が面白いのだろう。それを見て、テオも笑う…
三人の関係が羨ましく思えた。
「妹苛めて婚約破棄されるとか、クズだな」
微笑ましく眺めていた処を、急にそんな声で破られた。
声の主は、わたしの席の周辺だろう、だけど、わたしは怖くて顔が上げられなかった。
言葉での非難もだが、蔑むように見てくる、その顔がわたしには恐ろしかった。
それは、わたしの中に少しある光までも奪おうとする。
わたしは俯いたまま、キャンディを握り締めた。
「苛められていない?」
いつの間に授業が終わったのか、テオの声でわたしは我に返った。
「あ、はい…」
頷くものの、今朝の非難が頭を過り、わたしは唇を噛んだ。
テオは『僕に嘘を吐かないで欲しい、僕は君の力になりたいんだ、君の味方だからね』と言っていたが、クラスの生徒から悪口を言われたなど、やはりテオには言えなかった。
クラスの生徒とテオの仲が悪くなってしまっては困る。
「大丈夫です…」
「少しの辛抱だよ、嘘は真実には勝てないからね」
テオがわたしの頭を撫でた。
「だけど、無理してはいけないよ、昨日倒れたのも、無理をし過ぎた所為だからね。
君の心は今悲鳴を上げているんだ、思い詰めては駄目だよ、フルール」
これ程自分を気に掛けてくれる人がいる。
自分を信じてくれる人がいる___
理由を知っても尚、不思議で仕方がない。
だが、どうしようもなく、心強く、そしてうれしかった。
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