【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?

白雨 音

文字の大きさ
7 / 34

しおりを挟む



テオへの刺繍は、満足のいく物に仕上がった。
尤も、本人が気に入ってくれなければ、意味は無い…
公爵家の令息であるテオは、高価で価値ある物に囲まれ育ってきた筈だ。
わたしなんかが趣味でしている刺繍を喜ぶとは、とても思え無かった。
考え出すと、どんどん悪い方に向かってしまう。
だが、約束してしまった事であり、今更「無かった事に…」とは言えない。
わたしは不安に思いつつ、刺繍をポケットに忍ばせ、渡す時を待った。

古代魔法Ⅱの授業の教室で、テオと隣合わせの席に着いた時、
わたしは意を決し、それを渡す事にした。
四つ折りにした、薄い水色のハンカチを両手にギュっと掴み、
周囲に見えない様、机を陰にして、そっと、差し出した。

「テオ様、お約束をした刺繍です…」

緊張の所為で、とてもテオの顔は見られないし、声も震えてしまった。
だが、テオは礼儀正しく、「ありがとう、うれしいよ」と受け取ってくれた。
彼がそっと、ハンカチを開く…
刺繍を見て、テオの動き、表情が止まった。
まるで、彼だけ時間が止まったみたいに…

「すみません!気に入らなければ、違う物を作りますので…」

それとも、拙さにガッカリされたのだろうか?
生きた心地がせず、おろおろとしていると、
ややあって、テオが刺繍から目を上げ、わたしに微笑んだ。

「気に入ったよ、それに、とても上手だね」
「あ、ありがとうございます…」

先程の様子からは、とてもその様には思えず、わたしは戸惑った。
わたしに気を使っているのでは…と。

「何故、この花に?」

わたしが刺繍したのは、テオのイニシャルと、濃い深緑色の葉の中に咲く、白く小さな花の房だ。
テオを思った時、学園の裏庭、小高い丘の上に立つ、一本の高木を思い出した。
深い緑色の葉を生い茂らせ、小さな白い花を咲かせる、その姿は高貴で、それでいて、甘く優しく…
わたしに勇気をくれた___

だが、今のわたしは委縮してしまっていて、そんな事はとても口には出来なかった。

「はい…テオ様に似ている気がして…」

「そう…ありがとう、大事にするよ、フルール」

テオは感慨深い表情をし、長く綺麗な指で、刺繍をなぞっていた。


テオが刺繍を喜んでくれたかどうか、わたしには測れなかったが、
授業が終わり、教室に戻ったテオは、嬉々としてヒューゴとヴィクにそれを自慢していた。

「フルールが、僕の為に刺繍をしてくれたよ!」
「へー、良かったじゃん、見せてくれよ」
「いいけど、汚すなよ、ヒューゴ」
「おおー!いいじゃん!なんつーの?フルールっぽい!」

わたし…ですか?
とてもテオのイメージで作ったとは、言えそうにない。

「そうだね、刺繍は繊細だし、この花を選ぶ処が…フルールだよね」

テオはフォローを入れてくれたが、最後のはどういう意味だろうか?
もしかすると、変な意味の花だったのだろうか?
わたしは不安になってきた。

「あの、この花は…」というわたしの声を、ヴィクが掻き消した。

「いい…私にも作って欲しい!」
「はい、よろこんで」
「本当か!?いいのか!?」
「ええ、この様な物でよければ…」
「変な謙遜はするな、これは、見事だぞ!」

ヴィクが珍しく力を込めて褒めてくれるので、わたしは自信を取り戻してきた。
だが、そこに…

「どうせ、それも、妹が作ったんだろ」

悪意の籠った声だった。
テオは直ぐに声のした方に向かい、凛とした声で言った。

「フルールを侮辱しないでくれ、謝るなら今の内だ」

だが、相手は引き下がらなかった。
席から勢い良く立ち上がると、大声を出した。

「謝る気なんかねーよ!嘘つき女!おまえなんか、刺繍も料理も出来ねー癖に!」

クラスの生徒たちに注目され、わたしは真っ青になり震えた。
どんな目で見られているのか、想像し怖くて動けなくなる。
そんなわたしを、ヴィクが庇うように、正面から抱きしめてくれた。

「それなら、妹をここに呼ぶといい、妹が刺した刺繍か確かめよう。
だが、違っていた時には、フルールに謝って貰う。
これだけの者の前で、彼女を不当に責め、嘘つき呼ばわりし侮辱したんだ、それ相応の覚悟はあるのだろうな?」

テオの厳しく冷たい声に、教室は静まり返った。
だが、相手の男子生徒は動揺しつつも、引き下がれず「そ、そっちこそ!嘘がバレたら、謝れよ!」と吠えた。

少しして、クラスの誰かがエリアーヌを連れて来た。
エリアーヌはこんな場に呼ばれたというのに、堂々としていた。
エリアーヌの姿を目にしたわたしは、恐怖で身を竦めた。逃げるように頭を低くするわたしを、ヴィクはその手で撫でた。

「大丈夫だ、私達が付いている」


「わざわざ来て貰って悪かったね、フルールから刺繍を貰ったんだが、君が刺した物だと言い張る連中がいて、困っているんだ、
君から違うと言ってくれないかな」

テオが穏やかに言う。
エリアーヌは大きな緑色の目をパチクリとさせ、可愛らしい表情を作ると、高い声で叫んだ。

「そんな…!お姉様、また、あたしの刺繍を盗んだのですか!?あたしがジョルジュ様の為に時間を掛けて刺した物を…酷いわ!」

エリアーヌの武器は、見た目の可愛らしさと、可愛い作り声だ。
彼女は自分を可愛く可憐に見せる為に、化粧や声を研究していた。
だから、双子とはいえ、受ける印象は全く違っていて、「双子だけど、似ていない」とさえ言われていた。

いつもならば、ここで「何て酷い事を!」と周囲が騒ぎ出す。教室のあちこちが、ざわざわしている。
だが、テオは全く靡く事は無く、冷静だった。

「早合点して貰っては困る、君はまだ刺繍を見ていないだろう?」

それを指摘され、エリアーヌは自分が握る筈の主導権が、まだテオの内にある事を知り、話を合わせた。

「そうでしたわ!いつも盗まれていたので、つい…見せて頂けますか?」
「いや、見せる訳にはいかない、君がしたのだから、刺繍の柄を当てる位出来るだろう?」

こんな事を言われたのは初めてなのだろう、あのエリアーヌが口籠った。

「え…そ、それは…沢山しますので、覚えておりませんわ!」

「でも、それ程沢山している筈は無いんだ、僕の名入りだからね」

テオが飄々と告げた瞬間、教室が凍ったように感じられた。
週末には婚約式を挙げる予定のエリアーヌが、他の男の名入りの刺繍をしていてはおかしい。
エリアーヌも勿論、それに気付いたらしく、慌てていた。

「そ、それは、確かに、あたしの刺繍では無いかもしれません、きっと、他の方にお願いしたのね!」
「何故、フルールの刺繍だと思わない?普通はそう思うだろう?」
「だって、お姉様に刺繍は無理ですわ!とっても不器用なのですもの!」

だが、生徒たちは顔を見合わせるだけで、誰もエリアーヌに同意しなかった。
ヒューゴが呆れた声を上げた。

「このクラスの中で、フルールを不器用だと思っているヤツは、一人もいないさ!
君は、お姉さんの事を知らないのかい?」

ヴィクも援護する様に、自分の髪を持ち上げて周囲に見せた。

「私は毎朝、フルールに髪を結って貰っている、不器用な者には出来んであろう!」

エリアーヌは顔を顰めたが、一転、泣き顔になり、高い声で喚き立てた。

「お、お姉様!何とか言って下さいませ!あたしを悪者にしたいのですか!?」

それはエリアーヌの脅迫だった。
『あたしをこんな目に遭わせて、どうなるか分かっているんでしょうね?』
そんな彼女の声が聞こえてくるみたいで、わたしは耳を塞いだ。
いつもそうだ、何か悪い事が起こる…いや、悪い事を起こす前兆だった。

「酷いですわ!婚約者を取られたからって、あたしを悪者にするなんて!」

エリアーヌは声を上げ、泣きながら教室を飛び出して行った。
クラスの生徒たちは、エリアーヌに圧倒されていたが、我に返ると顔を見合わせていた。

「なんだったんだ…?」
「別に、悪者にした訳じゃないだろう?」
「結局、刺繍は妹の物じゃなかったな」

最初にわたしを責めた生徒は旗色が悪くなったが、悔しいのか負けを認めなかった。

「妹のじゃないからって、こいつの刺繍だとは限らないだろ!」

「ったく、失礼なヤツだな!
まず、フルールの刺繍じゃない、という証拠を出してから言えよ、相手にもならん!」

ヒューゴは呆れて吐き捨てた。
テオも銀色の髪を振り、嘆息していた。

「呆れるね、そこまでして、同じクラスの者を疑う理由はなんだ?」
「テオ、言ってやるなよ、どーせ、こいつ、エリアーヌが好きなんだろ」

ヒューゴの言葉に、周囲は「あーー」と納得し、言われた生徒はというと、顔を真っ赤にし、教室を飛び出して行った。

「フルール、悪かったね、だけど、こうした方が良かったんだ。
今までこうして面と向い言葉を交わす事は無かったから気付かなかったが、
あれは少し厄介だね…」

わたしは怯えていて、テオの言葉に反応出来なかった。
ヴィクがそれに気付いた。

「駄目だ、テオ!」

テオがわたしの頭に手を翳す。
わたしの中に温かいものが流れ込んできて、心が洗われていく…
いつの間にか震えは止まり、恐怖は消え、心の中が澄み渡っていた。
癒しの魔法だろう。

わたしは安堵の息を吐き、瞼を上げた。

「落ち着いたか、フルール?」

聞いてくれたヴィクに、「はい」と笑顔を見せると、彼女は頷き抱擁を解いた。
テオは暗い表情で、肩を落としていた。

「ごめん、フルール…」
「何故、テオ様が謝るのですか!?」
「君を苦しめる事になってしまって…」
「そんな!テオ様はわたしの名誉を回復して下さいましたわ!感謝しております」

わたしは感謝を伝えようと、スカートのポケットに忍ばせていたキャンディを、テオの手に握らせた。
いつかテオに貰った物だ。わたしのお守りだった。

「ありがとう」

テオがふっと笑い、わたしは安堵した。


この時のわたしの様子から、テオは話すのを止めたのだろう。
わたしにはとても受け留められないと…
彼はこの時、エリアーヌの本質に気付いていたのだ。
しかし、わたしはずっと先まで、それを知らされる事は無かった。

この時のわたしは、エリアーヌを恐れ、震えていた。
そのわたしを更に怖がらせる事など、優しい彼に言えよう筈は無かった。



その日、寮の部屋に戻ると、嵐でも起こったのかという程、荒らされていた。
一緒に入ったヴィクも驚いた程だ。

「何だこれは!?フルール、管理人を呼ぶか?」
「いえ…」

管理人を呼び、事を大きくすれば、きっともっと酷い事をするだろう。
わたしは今までの人生で、それを嫌という程、エリアーヌに教え込まされていた。

「エリアーヌか?」ヴィクに聞かれ、わたしは「多分…」と頷いた。

エリアーヌは自分の思い通りにならない時、酷い癇癪を起こす。
今日の事は、エリアーヌの今までの人生の中で、最も彼女の自尊心を傷付けるものだった。

「おまえの妹は、それ程に脅威なのか?」
「はい…何をするか分かりません…」
「だが、どれ程嘘で塗り固めようとしても、真実には敵わない、私たちが許さない、だから、気を強く持て」

ヴィクが力強く言ってくれ、わたしは泣きそうになりながら、頷いた。


その夜、わたしはヴィクへの刺繍を刺した。
ヴィクはわたしの足元に寝転がり、興味津々に眺めていた。

「ヴィクは、刺繍はなさらないのですか?」
「ああ、刺繍自体は好きだが、自分で刺すのは苦手だ」

「フルール、私のはどんな柄だ?」
「ふふ、楽しみにしていて下さいね!」
「分かった」

楽しみなのか、ヴィクの足がリズムを刻む。
そうして出来上がった刺繍を見て、ヴィクは驚き、そして喜んでくれた。
ヴィクの瞳の色に合わせたラベンダーの花と、小動物が好きなヴィクに合わせて、つぶらな瞳をした犬の柄だが、問題は…

「可愛い!!フルール、うれしいが、これは可愛過ぎて使えない!」

それは困りますね?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の妹を助けたい、ただそれだけなんだ。

克全
恋愛
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作 「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月10日「カクヨム」恋愛日間ランキング21位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング33位

【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。

秋月一花
恋愛
 旅芸人のひとりとして踊り子をしながら各地を巡っていたアナベルは、十五年前に一度だけ会ったことのあるレアルテキ王国の国王、エルヴィスに偶然出会う。 「君の力を借りたい」  あまりにも真剣なその表情に、アナベルは詳しい話を聞くことにした。  そして、その内容を聞いて彼女はエルヴィスに協力することを約束する。  こうして踊り子のアナベルは、エルヴィスの寵姫として王宮へ入ることになった。  目的はたったひとつ。  ――王妃イレインから、すべてを奪うこと。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

[完結]7回も人生やってたら無双になるって

紅月
恋愛
「またですか」 アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。 驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。 だけど今回は違う。 強力な仲間が居る。 アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

処理中です...