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しおりを挟む昼休憩、テオとヒューゴとヴィクとわたしは、いつも通り、噴水のある憩いの場へ向かった。水の無い噴水の側に敷物を敷き、バスケットを開いた時だった…
「お姉様、あたしもご一緒させて下さい!」
エリアーヌが現れ、わたしの側…いや、わたしとテオの間に入ろうとした。
息を飲むわたしに、テオはスッと立ち上がり、エリアーヌを避けた。
そして、わたしの手を取り、立ち上がらせた。
「悪いが、姉妹とはいえ、交友関係は別だよ、ヒューゴもヴィクも君とは親しく無いし、親しくしたいとも考えていない。
それに、君とは悪い噂もあるし、安易に近付かないで貰いたい。
帰って貰えるかな?」
テオは冷たく淡々と言うと、エリアーヌが去るのを待った。
だが、エリアーヌは憐れな女を演じ、その場に伏せると、声を上げて泣き出した。
「あああ!酷いですわ!あたし、皆さんとお友達になりたいだけなのに!
お姉様と結婚なさるんですもの、あたしも家族ですわ!
家族として受け入れて欲しいだけなのに!」
「残念だが、君と一緒にいると僕には悪い事しかない。
君が僕とフルールにとって無害だと、僕たちが判断するまでは、
距離を置かせて貰う」
エリアーヌは芝居染みた調子で、「きっ」と顔を上げ、高らかに叫んだ。
「そんな!あたしが何をしたっていうの!?噂なんて、皆が面白おかしく言ってるだけだわ!そんなの気にしなければよろしいのよ!」
「そうはいかない、グノー家の名誉に関わる事だからね。
これ以上は問答無用だ、君が行かないなら僕達が他へ行くよ___」
テオは冷静に返すと、わたしの腰に手を回した。
だが、そこへ、もう一人の人物が現れた___
「一体、何をしているんだ、エリアーヌ!?君、最近変だぞ!」
ジョルジュだ。
ジョルジュはエリアーヌに駆け寄ると、彼女の肩を揺さぶった。
「お姉様たちと仲良くしたいだけですわ!」
「君を苛めていた女じゃないか、何故!」
「それは、誤解でしたの!」
「誤解だって!?君はフルールに苛められていたんだろう!?
刺繍やお菓子は君が作った物で、全部盗られたんだって!
フルールがどんな酷い女か、ここで皆に言ってやれよ!」
ジョルジュは怒りの目をわたしに向けた。
わたしが息を飲むと、テオがわたしを抱き、その背中で隠してくれた。
「嫌だわ!あたしそんな事言ってませんわ、あなたの思い違いよ」
「なんだって!?」
そのあまりの言い分に、ジョルジュは愕然としていた。
ジョルジュはエリアーヌの言葉を信じ込み、疑った事は無かったのだろう。
「きゃー!怖いわぁ!」と、エリアーヌが立ち上がり、テオに飛びつこうとしたが、
ヴィクが背後から捕まえ、許さなかった。
「婚約者なのだろう、この女をさっさと連れて行ってくれ!邪魔ばかりして迷惑だ!」
ヴィクは捕まえていたエリアーヌをジョルジュに押し付けた。
「エリアーヌ…行こう…」
「いやー乱暴しないでー!助けてー!」
ジョルジュは連れて帰ろうとしたが、エリアーヌは非難の声を上げた。
それでもジョルジュは、何とかエリアーヌを連れて行く事に成功したらしい。
ジョルジュとエリアーヌの気配が消え、声が聞こえなくなり、わたしは息を吐いた。
だが、まだテオの胸の中だと気付き、わたしは慌てた。
「て、テオ様!失礼致しました!もう、大丈夫ですので…!」
「遠慮しなくていいよ」
テオが囁き、ギュっと抱きしめてくるので、わたしは必死に抵抗した。
「意地悪しないで下さい!」
「うん、ごめんね、君を抱いていると、僕が安心するんだ…」
腕を解かれたが、わたしは自由になる事に戸惑いを感じた。
わたしなんかを抱いて、テオが安心するのなら、
そうしてあげたいと思ってしまう…
「あの、テオ様が安心されるのでしたら、わたしは、構いませんので…」
だが、気持ちとは裏腹に、体は緊張で強張っていた。
テオはそんなわたしに気付いたのか、緩く腕を回すと、「ありがとう」と頭にキスを落とした。
「おいおい!婚約してるからって、見せつけんな!こっちは独り身だぞー!」
敷物の上で、ヒューゴがサンドイッチを手に喚くと、テオは珍しく…
「おまえたちも婚約すればいいだろう」と、はっきりと返した。
瞬間、ヒューゴは勿論、ヴィクも赤くなった。
「誰がこんな遊び人と!」
「遊び人じゃない、俺はモテるだけだ!」
「同じ事だ!浮気男は好かん!」
「浮気なんかする訳ないだろ!」
「信用出来るか!」
わたしとテオは敷物に戻ると、二人の言い合いを観戦しつつ、サンドイッチを食べたのだった。
◇◇
週末、授業が終わり、寮に帰ると、エリアーヌが部屋の前で待ち伏せていた。
不機嫌を絵に描いた様な顔をしているエリアーヌに、嫌な予感がした。
そのまま帰って貰おうとしたが、「他人に聞かれてもいいの?」と迫られ、部屋に入れるしかなかった。
部屋に入ると、エリアーヌはわたしを突き飛ばした。
「あたしに勝ったと思ってるんでしょう?馬鹿なフルール!あたしに勝てっこ無いのに!いつもそうだったでしょう?
見てなさい、テオフィルはあたしを好きになるから!あたしがそうさせてやるから!後悔させてやる!」
そう言うと、エリアーヌはわたしに飛び掛かり、わたしの左手を掴んだ。
そして、わたしの指から指輪を抜き取ろうとした___
「いや!止めて!」
「いいから、寄越すのよ!!こんな、指輪、あんたには勿体ないのよ!!」
わたしは力の限り抵抗した。
指輪を奪われたく無かった。
テオから貰った、大事な指輪だ。
今もあの日の事を覚えている…
テオがわたしの左手を取り、銀色に光る指輪を嵌めてくれた。
『これで、婚約は成立だよ、フルール』
テオが指輪に口付け、わたしの胸は、子供の頃のようなわくわくした気持ちと、ときめきで溢れた___
「お願い!もう、わたしから奪わないで!」
わたしはエリアーヌを跳ね退けた。
エリアーヌは反動で、後ろにあったチェストに体をぶつけ、倒れた。
「!?」
ぐたりと横たわるエリアーヌの姿に、わたしは恐怖した。
「エリアーヌ!?起きて、エリアーヌ!!」
死んでしまったのでは!?
わたしは動転し、助けを求めに走った。
寮の管理人に訴え、医師を呼んで貰った。
駆け付けた医師により、エリアーヌは意識を取り戻し、わたしは安堵した。
だが、エリアーヌは手当を受けながら、涙ながらに、姉から暴力を受けたと訴えたのだった。
「お姉様に、テオフィル様と噂になってしまった事を謝りに行ったら、
酷く怒って…怒鳴り付けられ、突き飛ばされましたの!
ああ、頭が痛いわ!割れてしまいそう!」
「軽傷だがね、余分に痛み止めの薬を置いていくよ」
大袈裟なエリアーヌに、医師は呆れていたが、周囲には分からなかった。
「フルールが妹を突き飛ばしたのですって!」
「まぁ!なんて乱暴なの!」
「あんな人がテオフィル様の婚約者だなんて!」
「テオフィル様がお可哀想!」
わたしを非難する声が上がる。
エリアーヌは重病人を演じ、同情した生徒たちに庇われ、部屋から連れ出された。
わたしは魂を抜き取られた死人の様に、茫然と部屋の中で立ち尽くしていた。
「フルール!何があった!」
寮に帰ったヴィクが、話を聞いたのか、駆け付けてくれた。
ヴィクの声に安心し、わたしは泣き出していた。
「フルール、大丈夫か?何があったか、話してくれ」
ヴィクはわたしをベッドに座らせ、自分も隣に座ると、辛抱強く話を聞いてくれた。
「指輪を盗られそうになって…絶対に渡したくなくて…
揉み合いになり…弾みで、突き飛ばして…エリアーヌが頭を打ってしまって…!
わたし、どうしたらいいか…!」
「おまえは悪くない、指輪を奪うなどしたエリアーヌの自業自得だ!」
「でも、わたしが渡していれば…!」
「指輪は物だからな、心までは奪えない、だが、渡したくないと思ったのだろう?
当然の事だ、私でもそうしただろう」
ヴィクの言葉に慰められ、わたしは幾らか落ち着く事が出来た。
ヴィクはわたしの部屋に泊まってくれた。
心細かったわたしは、ヴィクの気遣いに感謝した。
だが、翌朝になっても、わたしの心は沈んだままだった。
廊下を歩けば、冷たい目で見られ、悪口を囁かれる。
それも辛くはあったが、それよりもわたしの心を支配していたのは、『恐怖』だった。
ヴィクはわたしを護る様に立ち、テオが迎えに来るまで、一緒に居てくれた。
「テオに救って貰え」
ヴィクは言ったが、わたしは頭を振った。
「こんな事…テオ様が知れば…きっと、軽蔑しますわ」
それを考えると怖い___
ああ、そうだ、この『恐怖』の正体は、テオだったのだ___!
自分の醜い姿を知られ、嫌われる事への恐怖。
わたしは震える体に腕を巻き付け、強く抱いた。
「テオは軽蔑などしない」
ヴィクは言ってくれたが、わたしは恐怖に支配され、頭を振った。
だが、無情にも、テオの乗った馬車は門を潜り、寮の玄関前に着いた。
「おはよう、フルール」
テオの明るい声に、わたしはビクリとする。
とても顔が見れず、わたしは俯き、挨拶を返した。
「まさか、ヴィクも来るとは言わないよね?」
「言う訳無いだろう、邪魔はしない、それより…」
ヴィクはわたしの背をそっと押した。
「二人でゆっくりして来い」
「ありがとう、フルール、行こうか」
テオに促され、わたしは俯いたまま馬車に乗った。
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