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パーティの日は、ヒューゴの館に泊まる事にしていた。
パーティが終わり、ヒューゴ、テオ、ヴィク、わたしはヒューゴの部屋に集まった。

「この本棚を押すと…」

ヒューゴが大きな本棚を横に押すと、それは動き、その向こうは部屋になっていた。
ベッドに本棚、楽器、テーブル、椅子…簡素な部屋にそれらが置かれていた。

「ここは、俺の隠れ家、邪魔されたくない時に籠るんだ、時々窮屈でさー」

ヒューゴは両腕を上げ、伸びをした。
わたしたちは簡素な椅子に座ると、改めて、ヒューゴにお祝いを述べた。
そして、それぞれに用意していたプレゼントを渡した。

ヴィクトリアは楽譜を贈っていた。
テオはジャケットを贈った。
町で名を隠しヴァイオリンを弾いているので、その時に着て欲しいと言っていた。

わたしは二人の様に気の利いた物では無く、恥ずかしかったが、それを渡した。

「前にお約束していた刺繍です…」
「おお!ありがとう、鷹か!やった、好きなんだ!」
「はい、何が良いか迷ったので、ヴィクに教えて頂きました」
「なっ!?フルールが考えたんじゃないのかー…」

ヒューゴは刺繍を眺め、ぶつぶつと言っているが、その頬は赤い。
刺繍は鷹とイニシャル、そして背景はラベンダーだ。
ラベンダーを選んだ理由は、ヴィクの瞳から連想してだったが、それは言わなかった。恥ずかしがり屋のヒューゴを困らせる事になるだろう。

「それと、サシェを作りましたので、よろしければどうぞ」

サシェは袋型で、それぞれに瞳の色に合わせたリボンを結んでいる。
中身は乾燥ハーブ、ラベンダーだ。
気持ちを落ち着け、良い睡眠が取れると本に書いてあった。

「ありがとう!んー、いい匂い!」
「僕たちにも作ってくれたの、うれしいよ、ありがとう、フルール」
「可愛い…うれしいぞ、フルール!」

三人共、喜んでくれて良かった。

「僕からも、もう一つ、プレゼントがあるんだ」

テオは言うと、5つの紙の包みを取り出した。
包みを開くと、それぞれに、小さなキャンディが4粒入っていた。
薄い黄色から、段々と濃くなり、最後の物は枯葉色だ。
それを見た瞬間、わたしはそれに思い当たり、額を押さえたくなった。
だが、それは付き合いの長いヒューゴとヴィクもだった。

「おい、俺、ものすごーく、嫌な予感がするんだけどー?」
「実験体にされるのは久しぶりだな…」

二人共渋い顔をしている。
テオだけはご機嫌で、彼はわたしの肩に手を置いた。

「このキャンディの発案者はフルールなんだ、いわば、僕たちの共同作品だよ!
どう?食べてみたくなったかい?」

発案者は確かに自分だが、ヒューゴとヴィクを巻き込むつもりは無く…
わたしは心の中で二人に謝った。
全て、テオ様の所為です!!

「食べたい訳無いだろ!けど、まー、親友の頼みだ、仕方ない…」
「味の調整が難しくてね、どれが一番食べ易かったか教えて欲しい」
「はいはい、分かったよ…」

ヒューゴが色の薄いキャンディを口に入れた。

「ああ、甘い、食べれる」

わたしとヴィクもそれを口に入れる。
それはほとんど砂糖の味だった。
二つ目は、ほんのりと薬草の風味があり、三つ目はそれがかなり強くなった。
三つ目までは食べられたが、四つ目はかなり癖があり、途中で苦味もしてきて無理だった。
そして、一番色の濃いキャンディは、想像はしていたが、とても苦く、薬の様だった。

「ギリ、三つ目までだな、後はキツイ、無理!」
「私もだ」
「わたしもです…」

わたしたちは口直しに、テオから普通のキャンディを貰ったのだった。

「三つ目か…ありがとう、参考になったよ」
「ですが、美味しいとは感じ無いので、他の味を混ぜた方が良いかと…」
「うん、そうだね、ここからはフルールに手伝って貰うよ」
「それはそうと、今食べた草キャンディは、どういう意味があるんだ?」
「薬草の成分からだと、消化を良くしてくれ、疲れが取れるものだよ」
「効果はあったのか?」
「僕は健康体だし、目立って効果は無いかな?」
「怪しい薬と同じじゃねーか!」
「今の所はね」

テオは肩を竦め、残ったキャンディを包み直し、ヒューゴに渡した。

「誕生日プレゼントだ、疲れた時に食べるといいよ」
「一番うれしくないプレゼントだよ」

なんだかんだ言いながらも、ヒューゴは受け取ったのだった。





翌日は、朝の食事を終え、ヒューゴに連れられ、皆で釣りに出掛けた。
ヒューゴの家の敷地にも川があり、少し温かくなって来た事もあってか、今回は幾らか魚が釣れた。

昼食を食べた後、わたしとテオはヒューゴの館を出た。
テオの家に寄り、寮に戻る事になっていたからだ。
ヒューゴとヴィクに挨拶し、テオに急かされ、わたしは馬車に乗った。
馬車に乗り、門を出てから、テオが教えてくれた。

「二人きりにさせてあげないとね」

テオなりの思いやりと知り、わたしは感心した。

「ヒューゴ様もヴィクも、良い幼馴染みを持って、幸せですわ」
「ありがとう、でも、もう君も仲間だよ、フルール」

テオが二コリと笑った。

『仲間』、それはうれしい響きだった。
婚約を解消しても、続けられるものだ。

だが、その時、テオと普通に付き合えるだろうか…?
わたしには想像が付かなかった。


◇◇


「グノー家とメルシェ家は、以前から家族ぐるみのお付き合いなのですって」
「エリアーヌ様は何度も家に行った事があるそうよ」
「泊まった事もおありだとか!」
「ヒューゴ様のお誕生日パーティにも呼ばれていたそうよ」
「ヒューゴ様の家のパーティって凄いんでしょう?」
「それはそうよ、各界の著名な方が集まるのですもの!」
「テオフィル様の婚約者が身内なんて、いいわよねー」

気付くと、そんな噂が学園に広まっていた。
誰が噂を撒いているのかは、直ぐに分かった。
わたしは気まずい思いをし、テオとヒューゴに謝った。

「申し訳ありません…エリアーヌが勝手に…」

二人は難しい顔をしていた。

「この程度なら構わないけど、油断ならないね…」
「噂を流すだけなら、罰せられないし、分かってやってる分、苛つくよな!」
「すみません…」
「フルール、謝ってる場合じゃないぞ!一番被害を受けるのは、おまえなんだからな!」

わたし…?

テオもヴィクも、心配そうな顔でわたしを見ていた。
ヒューゴのこの予言は、数日の内に、的中する事になった。
数日が経ち、新たな噂が耳に入ってきたのだが、それは…

「テオフィル様は、本当はエリアーヌ様の方に興味をお持ちだとか…」
「エリアーヌ様が婚約されているから、姉と婚約されたそうよ…」
「姉と婚約してまで、お側にいたかったのね…」
「テオ様は今もエリアーヌ様がお好きで、顔を見るのが辛いのですって…」
「それでエリアーヌ様に素っ気無くしてしまうのね…」
「それでは、お二人が仲良く見せているのは、エリアーヌ様への当て付け?」

この噂には打ちのめされた。
皆、まるで本当の事であるかの様に話し、好奇の目、疑惑の目を向けてくる。
皆がわたしを憐れんでいるかの様に…

「くそ!ムカツク女だな!」

声を荒げ、怒り狂ったのはヒューゴだった。
ヒューゴにとってテオは大切な親友だ、その親友の名誉を傷付けられれば、頭にきても仕方ないだろう。

「ヒューゴ、エリアーヌはフルールの妹だぞ!」

ヴィクは注意したが、ヒューゴの怒りは冷めなかった。

「だから、なんだ!フルールとは別人だろ!そうやって甘やかしてっから、増長するんだ!
あんな女に片想いしてるなんて言われるテオの方が気の毒だろーが!
フルールだって、テオという悪い男に利用されてる、憐れな女にされてんだぞ!
ヴィク、おまえ、そんなの許せんのかよ!!」

「当然、許せる訳無いだろう!だが、ただの悪口は控えろ」

ヒューゴは「むむむ」と口を曲げた。

「それで、テオは?このまま好き勝手言わせておく気か?」

「止めろと言った所で、聞かないよ。
それなら、噂が嘘だと分かる様に、僕たちがもっと仲良くしなくてはね」

テオがわたしに微笑み掛け、わたしはきょとんとした。

「彼女は自分に見せつける為に、僕たちが仲良くしていると言っている。
だから、彼女がいない時こそ、仲良くしていれば、『噂は嘘だったのだ』と思うよ」

わたしは働かない頭で必死にそれを考えた。
確かに、エリアーヌの居ない処で仲良くしていれば、エリアーヌに見せつける為というテオの不名誉も、テオに利用されているというわたしの不名誉も拭える気がした。

「はい…わたし、頑張ります!」

両手に拳を握り、決心したわたしに、テオは満足そうに頷き、
ヒューゴは力いっぱい、「いや!それ騙されてるって!テオは悪い男だぞ!!」と止めに入り、ヴィクに後頭部を叩かれていた。

笑い合っているわたし達を遠目にした生徒たちが、「噂って嘘だろ?」「めっちゃ仲良いよなー」「いつも楽しそうよね…」と言っていたが、残念ながら、わたしたちの耳には届かなかった。


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