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しおりを挟むランベールの姿を見なくなって、十日が経つ。
その間、僕は読書やお祈りをして過ごしたが、ふと気づくと、ぼんやりとしてしまっていた。
「ランベール様…どうしているかな?」
会えなくて寂しいと言ってくれた。
その時は、大袈裟な気がしたが、こうして、長い間顔を見ないと、
寂しいし、心配になった。
「視察と言っていたけど、何処へ視察に行ったのかな?」
全く聞かなかった自分に驚く。
悶々としていた僕は、それに気付いた。
「ステファニー様も、お一人だよね?」
ステファニーの愛するザカリーは、ランベールの護衛だ。
当然、ザカリーもランベールに付き、一緒に視察に行っただろう。
僕はステファニーに会い、視察の事を教えて貰う事にした。
僕は第三王子に相応しい恰好に着替えると、離宮を出て、王城へ向かった。
城の事は、クリストフから少し聞いていて、王太子、王子たちが暮らす区域は把握していた。
とはいえ、他の者に会えば、影武者だとバレる可能性が高くなる…
「なるべく、人とは会わずに過ごすつもりでいたのに…」
『ステファニーに会って、ランベールの話を聞く』という目的が、僕を動かした。
城に入ろうとすると、衛兵が恐ろしい顔で睨んで来たが、
直ぐに、《クリストフ》だと気付いた様で、顔色を変えた。
「こ、これは、クリストフ殿下!失礼致しました!どうぞ、お通り下さい!」
「ああ、ありがとう」
《クリストフの顔》は役に立ちそうだ。
僕は上手く衛兵たちからステファニーの居場所を聞き出し、
何とか部屋へと辿り着いた。
「王太子妃、クリストフ殿下がお見えです!」
衛兵が扉に向かって声を掛けると、「お入りなさい」と返事があった。
扉が開かれ、僕は中に入る。
そこは恐ろしく広く、豪華な部屋だった。
ステファニーは美しく着飾り、長ソファに座って編み物をしていた。
「二人だけにして頂戴」
ステファニーが言うと、侍女たちは部屋を出て行った。
それを確かめてから、ステファニーは嘆息した。
「ああ、息が詰まるったらないわ!クリストフ、どうぞ、お掛けになって」
僕は椅子を勧められ、座った。
「あなたが来てくれて助かったわ、お互い、退屈よね?」
ステファニーが顔を顰め、肩を竦める。
やはり、ザカリーも居ない様だ。
「ステファニー様、兄殿下がどちらに視察に行かれたか、ご存じですか?」
「視察?そう、ランベールは視察だと言ったのね…」
「視察ではないのですか?」
「ええ、あなたを心配させたくなかったんでしょう。
今、北地方の部族とサンセット王国の間で紛争が起こっているの。
国に援軍の要請が来てね、ランベールが騎士団を率いて向かったわ」
「!!」
思ってもみなかった事に、僕は愕然となった。
ステファニーが安心させる様に続けた。
「ランベールは賢いし、有能な指揮官だから、大丈夫よ。
それに、ザカリーも付いているわ」
だが、とても安心する事など出来なかった。
体の震えが止まらず、僕は無意識に祈りの手になっていた。
「もっと、詳しく教えて下さい…」
僕はステファニーから詳しく話を聞いた。
グランボワ王国の北地域の国境を跨ぐと、先住民族であるゾスター部族の土地がある。
ゾスター部族の土地は荒廃していて、これまで攻め入る様な国は無かったのだが、
この度、サンセット王国の国王が亡くなり、新国王となったオディロンが、
新たな領土として、ゾスター部族の土地に目を付けたらしい___
「でも、サンセット王国は、あんな土地を領土にして、どうするつもりかしら?
作物もあまり育たない、放牧にも不向きな土地よ?
ゾスター部族の者たちを奴隷にするつもりかしら…」
「サンセット王国の人たちにとっては、違うのかもしれませんね…」
攻め入って奪おうとする程だ、利も無く、そんな事はしないだろう。
ゾスター部族の長は、グランボワ国に援軍を要請した。
グランボワ王国とゾスター部族の繋がりは、グランボワ王国の建国の際に、
ゾスター部族が力を貸した事に始まる。
以来、ゾスター部族の危機にはグランボワ王国が助け、グランボワ王国の危機には、
ゾスター部族が助ける、そういう約束が結ばれていたのだ。
ランベールは騎士団に籍があり、陣頭指揮を執る事になった。
第二王子アンドレも騎士団の副団長として同行している。
そして、大勢の騎士団員や傭兵たちが、紛争を終息させる為に向かった___
「僕にも、何か出来ないでしょうか…」
ステファニーは頭を振った。
「あなたは騎士団には籍が無いもの…剣を握った事さえないでしょう?」
その通りで、僕は暴力とは無縁に生きて来た。
いや、いつも、暴力を受けない様、逃げてきた…
「私たちに出来る事は、信じて待つ事位よ」
自分が酷く情けなく思えた。
◇
僕はいつか通った隠し通路を通り、礼拝堂へ行き、祈りを捧げた。
ランベールが無事でいるように…
ランベールの事を思えば思う程に、僕はあの夜の事を悔いた。
ランベールがどんな思いで、僕の所に来たのか…
『今夜は、一緒に寝てもいい?』
『一緒に寝るだけ、何もしないから、お願い、クリス』
『抱きしめるだけで、我慢するよ』
『気持ち良くしてあげようか?』
『私はもっと、おまえを触りたいよ』
『神様は許してくれるよ、自然の事だからね…』
あんなに僕を求めていたのに…
僕は、拒絶した。
怖かったんだ。
神に背く事が、自分が穢れる事が…
抜け出せなくなりそうな自分が…
必死で、自分を守っていた。
「だけど、知っていたら、拒絶なんてしなかった!」
ランベールは何も言ってくれなかった。
僕が断れない事を知っていたからだ___
彼は優しいから…
僕を愛してくれているから…
「!!」
僕は自分の膝を拳で叩いた。
どうして、彼の事を考えてあげられなかったのだろう!
彼に訊けば良かったんだ!
どうしたの?
何かあったの?
少し、変だよ、お願いだから、僕に話して…
幾ら後悔しても、あの時は、もう、戻らない___
「ああ、どうか、お願いです!我が神よ!ランベール様を無事に帰して下さい!」
◇◇
僕はゾスター部族の事を調べる事にした。
サンセット王国が何を狙っているのか。
ステファニーの言葉から察すると、その事に気付いている者はいない。
それが分かれば、少しはランベールの役に立てるのではないか…
「サンセット王国の狙いが何なのか、ゾスター部族の土地に何があるのか、
調べてみようと思います。何か分かれば、解決の糸口になるのではないかと…」
ステファニーにそれを相談すると、彼女は乗り気になった。
「良い考えね、何もしないよりは余程いいわ、それに、私も気になる所よ。
勿論協力するわ。城の図書室の本を片っ端から調べましょう、人を集めるわ___」
ステファニーが仕切ってくれ、作業は直ぐに始まった。
僕はランベールに買って貰った古い歴史書から記述を探した。
だが、書かれていた事は、上辺の事で、新しい発見には至らなかった。
「あの本屋なら、もっと、詳しい本が置いてあるかも…」
ランベールが教えてくれた本屋には、古い歴史書や文献が多く置かれていた。
ランベールは、『売り物ではない、持ち出し禁止の本もある』と言っていた。
僕は期待に気が逸った。
「行ってみよう!」
立ち上がるも、それに気付いた。
「ああ、僕はお金を持っていなかったんだ…」
これまで全て、ランベールが払ってくれていたし、お金が必要な場面も無かった。
だが、本屋に行くには、それなりの資金が要る。
ここで頼れるのは、ステファニー以外、思いつかず、
僕は図書室で他の者たちと同様に作業をしているステファニーを訪ねた。
「町の本屋に行ってみようと思うのですが、資金を出して頂けないでしょうか」
「自分のお金があるでしょう?」
当然の様に返され、『確かに』と納得してしまった。
クリストフもそれなりに自由に出来る資金は持っているだろう。
現に、旅に出ている位なのだから…
「ええと、そうですね…」
だが、クリストフの部屋に入り、盗み出す様な真似は出来ない。
盗みはいけない___
「でも、そうね、必要経費だし、出してあげるわ」
ステファニーは考えを変え、金を小袋に入れ、渡してくれた。
「足りなければ、また来て頂戴」
「ありがとうございます!」
「町へは護衛を付けて行くのよ、バースが居るでしょう?」
「いえ、バースは…今は休みを取っているので…」
「あのバースが!?そう、だったら、他の者を呼びましょう…」
「ステファニー様、それは自分で出来ますので」
護衛を付ける気は無く、僕はやんわりとそれを止めた。
『おまえは私と一緒でなくては、出てはいけないよ』と、ランベールにも言われていたが、
同時に、『ここから先は秘密だよ』と言われた事を思い出したからだ。
ランベールの大切な場所を、僕が荒らす訳にはいかない。
護ってあげなければ…
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