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僕は離宮へ戻ると、ランベールと行った時の様に、黒色の鬘を被り、
目立たない質素なフード付きマントを着た。

隠し通路を通り、礼拝堂から外に出ると、足早に通りへ向かった。
一度来ただけだが、何となくは覚えている。
迷いながらも、僕はその本屋を見つけた。

「あった!」

本屋に入り、店主に声を掛けた。

「すみません、ゾスター部族について書かれている文献を探しています。
こちらに置いていますか?」

「ああ、幾つかあるだろう、だが、自分で探して貰う、ここの決まりだ」

店主は素っ気なく言い、開いている本に目を落とす。
読書好きなのだろう。
本の置き場所も覚えていそうだ。

「急いでいるんです、探して頂けませんか?
ゾスター部族の人たちを助けたいんです!少しでも早く!」

店主が再び顔を上げた。
訝し気に僕を見る。

「それは、この紛争の事かね?どうやって助けるというんだ?」

「分かりません、ですが、文献には、その糸口になるものがあるのではと…」

「それを見つけてどうするんだね、おまえみたいな若造の言う事など、
誰も信じないだろうよ、門前払いさ」

「大丈夫です、僕は第三王子クリストフに仕える者ですから」

「第三王子だって!?あのボンクラ…いや、そりゃ、気の毒に…」

クリストフの評判は悪いらしい。
だが、構ってはいられない。

「クリストフ様もこの度の事では、心を痛めておいでです。
どうか、文献を見せて下さい!」

「ああ、それなら仕方が無い、付いて来なさい…」

店主は重い腰を上げ、本棚に案内してくれた。


ゾスター部族の事を書いた古い文献は三冊あった。
古い文献なので、値が張り、ステファニーから預かっていた金のほとんどが消えた。
紙に包んで貰い、抱えて店を出た時には、陽は傾き始めていた。

「暗くなる前に帰らなきゃ…」

足早に、入り組んだ路地から表通りに向かう道を行く。
表通りが見えて来た時だ、前から歩いて来た男が寄って来て、肩をぶつけられた。

「!?」

僕は路地の壁に背中を打ち付け、その衝撃で、そままその場に崩れ落ちた。
だが、それだけでは終わらなかった。
男が僕の持っていた包みを奪おうとしてきたのだ___

「駄目!これは大切な物だから!」
「うるせー!離せよ!!」

ガツ!!

「っ!!」

僕は必死でそれを抱えたが、男は僕の腹部を蹴り飛ばすと、
力づくで奪い取ろうとしてきた。

「だ、駄目!!」

僕は必死で、男の手に噛みついた。

「痛ぇ!!この、クソガキ!!」

男が手を離した隙に、僕は本を抱え、石畳の上で丸くなった。

ガツ!!ガツ!!

散々に蹴られて体が痛む。
だけど、諦める事は出来ない。

僕だけの事ではない、ゾスター部族の人たち、協力してくれているステファニーたち、
それに、ランベール…

「だ、誰かーーー!!助けて!!」

僕は声を張り上げていた。
それに、男はビクリとし、攻撃を止めた。
効果があると分かり、僕は今や形振り構わず、叫んでいた。

「助けて下さい!!この人、盗人です!!誰かーーー!!」
「うるせえ!黙れ!!」

髪を掴まれたが、それは鬘で、バサリと抜けた。

「ヒィィ!!」

男は鬘を何と思ったのか…
勢い良くそれを振り払うと、悲鳴を上げて逃げて行った。

「た、助かった…?」

僕は安堵し、息を吐く。
だが、ここでこうしていたら、男が戻って来るかもしれないし、
いつまた同じ目に遭うか分からない…
僕は鬘を拾って着けると、フードを深く被った。
壁に手を付き、何とか立ち上がると、表通りへと急いだ。

「くっ…」

体が酷く痛い。
助けを呼ぶしか出来ないなんて、情けなく、惨めだ。

だけど、護れたよ…

少しだけ、誇らしい気持ちだった。





離宮に帰り着いた僕を待ち受けていたのは、ステファニーで驚いた。

「ステファニー様!?どうされたのですか?
ああ、もしかして、何か見つかったのですか!?」

ステファニーはパーラーの長ソファに座り、紅茶を飲んでいたが、
僕を見てカップを置いた。

「あなたが帰っているんじゃないかと思って、来てみたのよ。
遅かったわね、それで、何か収穫はあった?」

「遅くなってすみません、探すのに時間が掛かりました、こちらの三冊です。
それと、お金の残りです」

僕は本の包みと金の袋を、テーブルに置いた。

「酷く汚れているわね?破れているし…」

「はい、実は、帰りに何者かに盗られそうになり…
包みは酷いですが、中の本は大丈夫です」

「クリストフ、あなた、襲われたの!?」

ステファニーが大きな声を上げたので、僕は恥ずかしく顔が赤くなった。

「良く見ると、顔も汚れているじゃないの!」

石畳に這い蹲った時だろう。
僕は更に顔が熱くなった。

「大した事はありません、本も盗られませんでしたし…」
「駄目よ!ちゃんと話なさい!怪我をしたのではないの!?」
「少し、蹴られただけです…」
「あなた、護衛を連れて行かなかったわね!?」

ステファニーに睨まれ、僕は小さくなった。

「すみません…」

「あなたに何かあれば、ランベールに殺されちゃうじゃないの!
服を脱いで見せなさい!」

「いえ、本当に、大丈夫ですから!大袈裟にしないで下さい!」

僕は自分で手当をすると言い張り、ステファニーには折れて貰った。

男が鬘に驚き逃げた話を聞かせると、ステファニーは気持ち良く笑い、
機嫌を直したのだった。
そして、使用人を呼び、痛み止めの薬を貰ってくれた。

ステファニーは古い文献を見て喜んだ。

「ゾスター部族の歴史が書かれているの?素晴らしいわ!
これなら何か分かりそうね!だけど、私には読めないわ…
これは、古代文字でしょう?クリストフは読めるの?」

「はい、古代文字を勉強したので」

「神学校では古代文字まで教えてくれるの?
遊んでいるだけかと思っていたけど、やるじゃないの、クリストフ」

ステファニーは茶化したが、僕は苦笑いをするしかなかった。

孤児院から修道院へ入った僕と、神学校へ通ったクリストフとでは、
雲泥の差がある。僕等は一生掛かっても司教には就けないが、
クリストフは三年もあれば神父に、そして、十年もあれば司教に就けるだろう。
いや、神学校を出て司教補佐ならば、5年で司教になる事も出来そうだ。

「他にも読める方がいれば、手伝って頂きたいのですが」
「そうね、その方が早いわ、二冊は私が預かるわね」

僕はステファニーに本を二冊渡した。
ステファニーが「ちゃんと手当するのよ!」と言い付け、帰って行き、
僕は早速書斎に籠り、文献を読み始めた。
読み始めると集中し、それに薬の効果もあってか、体の痛みの事は忘れていた。


◇◇


ゾスター部族は、古来より『神の使者』として、
神から与えられた土地を護り、引き継いできた。

「それで、土地が痩せていても、離れないのね?」

「そうです、土地は彼らにとって神聖なものなんです。
そして、その地で育つ物も、神聖な物とされています」

グランボワ王国建国の際に、ゾスター部族から友好の証として、
コスタリコという特有の植物が渡された。
それは、薬の原料となるもので、当時は大変に貴重な物だった。
今ではあまり使われていない様だが、グランボワ王国の北国境近くでは
今も栽培されている。

「サンセット王国の狙いは、《コスタリコ》だというの?」

「サンセット王国の前国王は病で亡くなったと聞きます。
《コスタリコ》は特有の病に対し、非常に強い効果を持っているそうです」

「王様はその病で亡くなった?」

「病状等、公にはされていないので分かりませんが…」

サンセット王国では、《コスタリコ》は手に入らない。
高値を出し、ゾスター部族から買うしかないのだ。

「でも、王様なら買えるんじゃないかしら?」

「はい…ですが、気になります」

「そうね、他に気になる事は?」

僕は用紙に目を落とした。

「ゾスター部族の土地が、《神聖なもの》という事です。
文献により、表現が異なるのですが、ある文献によれば…」

ゾスター部族の地下神殿には、泉が湧いていて、それを飲めば、不老不死になる___

「不老不死だなんて!本気で信じていると思う?」

「分かりません、ですが、古来には、それを巡り大きな争いが起きています。
その時の相手部族は、破れ、北に逃れました。
それが、後に、サンセット王国の元になったと書かれています」

「因縁があったのね…」

「この情報が役に立つものかどうかは分かりませんが…届けて頂けますか?」

「ええ、勿論よ、早馬を出すわ!情報をどうするかは、ランベール次第よ」

ステファニーが力強く言ってくれ、僕は安堵した。

ああ、どうか、集めた情報が役に立ちますように…!

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