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しおりを挟むクマの人形は寝る時の抱き枕のつもりだった。
夜、シリルをベッドに入れ、クマの人形も一緒に入れてあげた。キョトンとしていたが、放り出さなかったので『OK』なのだろう。
クマの人形に因んで、うろ覚えではあるが【金太郎】の話をしてあげた。
「金太郎は小さいけど、とっても強かったの、熊さんと相撲をとっていた…相撲は分からないかな?」
相撲の説明は難しく、翌日、相撲の絵を描いて見せ、メイドのポレットを相手に見本を見せる事になった。
「シャルリーヌ様?これでいいんですか~?」
「回しは無いし、これでいくわよ、はっけよーい、のこった!のこった!」
「のこった、のこった…えい!」
流石、辺境の地のメイド…わたしはすんなり転がされてしまった。
「変な格闘技ですね、初めてです!」
「ええ、どこかの民族の格闘技らしいわ」
「シャルリーヌ様は博識ですねー。
そうだ!シャルリーヌ様、皆、お菓子を喜んでいました、ありがとうございます!
それでは、あたしは仕事に戻りまーす!」
ポレットは十代後半くらいで、元気いっぱいだ。
彼女が部屋を出て行き、わたしは相撲の絵を片付けた。
ふと、クマの人形相手に相撲の真似事をしているシリルが目に入り、危うく吐血しそうになった。ぶほっ!!可愛い!!
「相撲はシリルがする事は無いと思うわ、あまり役には立たないし…
それより、お父様みたいに剣とか武術を習うといいわね」
小説の《シリル》は運動や格闘等はしなかったが、いざという時の為に嗜んでおいた方が良いだろう。
ヒロインたちに討たれない様に…んんー、そうしたら、世界は破滅しちゃうかな?
「さぁ、シリル、これから楽しいゲームをしましょう!」
わたしはニヤリと笑い、昨日仕入れたカードを取り出した。所謂、トランプの様なものだ。
シリルは初めて見るのだろう、オッドアイの目を丸くしていた。
この部屋には娯楽が一つもないものね…辺境伯ってば、生真面目なのかしら?騎士団長なんて脳筋かと思ってたわ。
「カードゲームよ、色々な遊びが出来るの、最初は簡単なものがいいわね…
《神経衰弱》にしましょう!」
記憶力を試されるゲームだ、シリルの集中力や記憶力を測れるかもしれない。
ルールを教える時にはあどけない顔を見せていたが、いざゲームを開始すると、シリルの表情は怖いほど無表情になった。
そして、まるで機械の如く、カードを引っ繰り返していく。カードが合った時と、違った時、どちらもリアクションが無い!!
わたしはお手本とばかりに、大袈裟にリアクションを見せた。
「うわー!違ってたー!!」
「やったー!合ったよー!イェーイ!!」
それも数回で、中盤からはシリルが続け様にカードを取って行き、途中で混ぜてやったが、それでもわたしの番は回って来なかった。
記憶力、凄っ!!運も良いしっ!!流石、小説のラスボス様!!
「ええっと…面白かった?」
聞くと、とってもうれしそうな顔が返って来たので、負けると分かっていながら、何回も付き合ってしまった。
◇
街では、紙や絵具、カード、ボール、縄跳び…と知育的な物と、寝かし付け用に子供向けの本や冒険小説等を買っていた。
シリルはこれまで娯楽とは縁が無かった様で、何をするのにも興味を持ち、楽しんでくれた。
「今日は、お庭に出て遊びましょう!」と言うと驚いていた。
「坊ちゃまは外には出られません」と言ったのはネリーだ。
「それは、出たくないという意味?」
「前奥様が外は危険だと、出されなかったのです…」
「カルヴァン様も同じ考えなの?」
「旦那様は何も言われませんので…ですが、坊ちゃまは嫌がります」
「分かったわ」
わたしはボールを持ち、シリルに向かった。
「お外で遊ぶ人~!」と言いながら手を挙げると、シリルも釣られたのか小さな手を挙げた。
「それじゃ、着替えましょう、そんな綺麗な服を汚したら、お父様に怒られちゃうわ!」
わたしはさっさとシリルの服を脱がせ、買ってきた町の子用のシャツとズボンを着せた。
「ネリー、行って来るわね」と言うと、乳母はもう何も言わなかった。
「外は広いわよ~、気持ちいいわよ~」
繋いだ手を振りながら玄関に行くと、執事が寄って来た。流石執事、玄関を見張っているのね?
「シリル様、シャルリーヌ様、どちらへ?」
「庭を散歩するわ、ボールで少し遊ぶけど、何も壊さない様に気を付けるわ」
執事は一瞬驚いた顔をしたが、直ぐに「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。
シリルの母親はどうしてシリルを外に出さなかったのかしら?
外が危険だなんて…もしかして、《魔眼》だから?外の方が人の悪意に触れやすいとか?
気になったが、部屋の中だけでは体に良くない、病気になっては元も子もないだろうと考えない事にした。
「綺麗なお庭ね~、シリルは花が好きかしら?」
シリルはキョロキョロと周りを見ている。そして、しゃがみ込んだかと思うと、小さな虫を見ていた。
虫に興味を持つなんて、男の子あるあるかしら?
「触っては駄目よ、握ったら潰れて死んでしまうから、殺さないようにね。
小さな虫さんにも命があるの、きっと家族もいるわ、死んじゃうと悲しむわ…」
将来のラスボスに命の尊さを説く…ちょっと変な気がするし、わたしなんかが偉そうに言える事でも無いんだけど。
でも、いつか思い出してくれますように。
翌日から、午前中は庭で散歩やボール遊び、縄跳びをする事にした。
午後からは、読書やゲームの時間に当てた。
シリルは寝つきが悪い子だったが、外で遊ぶ様になり、ベッドに入ると直ぐに眠る様になった。昼寝をする時もある。
その変化に乳母も驚いていた。
「部屋から出なかった坊ちゃまが…
坊ちゃまは普段と違う事をするのは嫌がっていましたのに…」
部屋の中が安全に思えたのだろう。
実母がそう言い聞かせていたのかもしれない。
わたしが買い物に出掛けた時、シリルは凄く心配していた、それは、こういう背景からだろうか?
わたしが外から色々な物を運んで来る事で、シリルの好奇心が高くなったのかもしれない。
いつも通り、シリルと庭を散歩していると、何処からともなく男たちが現れ、わたしたちを取り囲んだ。
皆、フードを被り、マスクをしている。身形は薄汚れていて、荒くれ者の様だ。
「痛い目を見たくなければ、子供を置いていけ!」
誘拐!?人攫い!?
わたしは咄嗟にボールをぶつけると、シリルの手を引き、駆け出した。
「待て!!」
「だ、誰かーーー!人攫いよーーーー!!」
暴漢に入られるなんて、ここの警備はどうなってるのよ!!
わたしは喚きながら走ったが、シリルは小さい子供で速くは走れない、直ぐに男たちに囲まれてしまった。
わたしはシリルに被さる様にして、蹲る。
「助けて!!誰かーーーーーーーーー!!」
男たちがわたしをシリルから引き剥そうとしてくる、蹴ったり、髪を掴んだり…
きっと、誰かが気付いて来てくれる筈!執事はいつも玄関を見張っている位だもの…
誰かが来るまで耐えればいい…お願い、お願い!早く来て!!
「しぶといヤツだな!こいつ…!!」
ビシューーーーーーーーーーーツ!!
気付くと、暴力は止んでいた。それ処か、人の気配が無くなった。
わたしは恐る恐る顔を上げ、周囲を見た。
周囲に男たちはいない、わたしはガタガタと震えながらシリルを抱き締め、泣いていた。
「うう、うわあああん!!」
怖かったよーーー!!
もう、怖いの、嫌あぁぁーーー!!!
「ふええええ」と情けなく号泣していると、漸く使用人たちがバタバタと走って来た。
「シャルリーヌ様!?」
「どうなさったのですか!?」
あなたたち、遅いのよーーー!!辺境伯の使用人の癖にーーー!!高い給金貰ってる癖にーーー!!
悪態を吐きながらも、緊張の糸が切れ、わたしは気を失った。
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